「武田の反撃」 小笠原長時の油断
「武田の反撃」 小笠原長時の油断
「そこの百姓共待てぃ!怪しき奴等!何処に向かっておる!」
百姓の身形に化けた真田幸隆等を小笠原家臣が呼び止めた。
「ワ、ワシ等は怪しい者でねぇです。塩尻峠の麓で百姓をしとる者でさぁ。今年は雨が少なく作物が育たんで、雨乞いに山の御社へ酒を届けようと向かっておった所でさぁ。山の神様に御願いして、雨をうんと降らしてもらわねえと。なぁ市兵衛。」
芝居をうつ真田幸隆、振り向き相木市兵衛に同意を求める。
(「相木殿、頭をさげ幸隆に相づち致せ。無理を承知で頼む!」)
「·····幸兵衛の申す通りでさぁ。ワシ等百姓は、作物が育たんと飯の食い上げ、皆が苦しんどります。山の神様に雨降らせてもらわねえと、このままだとオラ達死んでまいまさぁ。(なんで儂まで頭をさげねばならんのじゃ!)」
相づちするも、内心で幸隆を恨む相木市兵衛。
「社へ雨乞いに向かっておるか。幸兵衛に市兵衛、似た名前じゃの!市兵衛とやらは猿顔、これでは猿兵衛ではないか!ハハハ!」
小笠原家臣達に笑われる相木市兵衛。
(「相木殿、済まん。堪えて頼む!)「お侍様方、ワシ等先を急ぎますでここらで····」
言い終えるより、先を進もうとする幸隆。
「待てぃ!供えるには多すぎる酒じゃ!社に向かうと申したな。塩尻峠に信濃守護·小笠原長時様が構えておられる。神に供えるなら、小笠原長時様に飲んで頂くも同じ事!暑さで喉が渇いておる、我等が酒を飲んで雨を降らせてやるわい!ほほう、女子もおるではないか!今宵は楽しめそうじゃ!百姓共、我等の陣営に参れ!」
「お、小笠原長時様のご家臣様とはとんだご無礼で。さ、酒は供えると別に他の村と寄合でいるもんでさぁ。勘弁してくだせぇ。どうか御見逃しを。」
「幸兵衛とやら、百姓ごときが我等小笠原の軍勢に楯突くと村を無き者と致すぞ!あの武田も我等を恐れておるのだ!」
「た、武田と言うと、甲斐の武田で御座ぇますか!?」
「他におるか!我等は武田を潰す為に出陣、諏訪を攻めておるのだ!武田は我等の勢い恐れ、今だ甲斐に止まったままよ!ハハハ!御主等の村を潰すなど容易い、我等に歯向かえば皆殺しじゃ!」
「ご、ご勘弁を!」(「こ奴等に武田は潰せん!所詮は烏合の衆よ!」)
心で呟く真田幸隆、小笠原家臣に捕まり小笠原陣営への潜入を成す。
(「ここまで事は上手く進んでおる。陣営に入りし、幸隆は小笠原長時の元に参り仁科盛能に近づく。相木殿は諏訪衆と素性がばれぬよう、酒をまき宴を盛り上げられよ。菖蒲、男共を骨抜きさせ士気を落とし警戒を解かせるのだ。相木殿、方々、菖蒲、違えても小笠原長時を討っては為らぬ!幸隆の見立、三日の後も朝早に御館様率いる我が武田勢が小笠原陣営を攻め寄せてくるはずじゃ!それまで辛抱頼む!此度、小笠原との戦、御館様が小笠原長時を退かせてこそ意味がある!武田が勢い戻す為の戦なのだ!皆、色々と申したき事もあるであろう、然れど幸隆に従ってくれ!必ずや武田を勝たす!」)
七月十六日 夕刻 小笠原陣営
「幸兵衛とやら、山の神に雨乞いを頼むか。ハハハ!儂は信濃守護!為らば儂に頼め!御主等の村も然り信濃国を守っておる!雨など容易く降らせてやるわい!然れど暑い、先ずは酒で喉を潤さねばのう!」
真田幸隆、小笠原長時の元に参上していた。
百姓の身形に芝居する幸隆を武田の知将と気づく者はいない。
「ははー。小笠原長時様程のお偉いお侍様の元におるなんて、ワシも幸せ者で御座ぇます。雨乞いに参った甲斐が御座ぇました。」
「幸兵衛!殿の御前ぞ!弁えぬか!」
「ひゃー、と、とんだご無礼を!何せ田舎者で御座ぇます。お許しくだせぇ。」
地面に膝をつき、両腕つきだし頭を下げて芝居する幸隆。
「構わぬ!幸兵衛、間も無く小笠原は武田と戦を構える!その前の息抜きじゃ!気を張りつめておっては身が持たん!武田を潰した後、信濃に雨を降らせてやるわい!ハハハ!」
豪語する小笠原長時。
「殿、口が軽すぎまする!百姓ごときに戦の話などされますな!」
「盛能!御主は暑苦しいわい!小笠原が武田を潰し、地に落ちた守護の名を戻すのじゃ!今宵は宴ぞ!御主も酒を飲んで頭を冷やせ!」
そう言われ後に下がる武将、仁科盛能。
その様子を地面にひれ伏し幸隆は見つめていた。
(「あの武将、仁科盛能か。主に嫌気がさしておるな。離反の意があるに相違無い!」)
「た、武田を潰すで御座ぇますか!流石は信濃の守護様!武田と言えば、負けた者には容赦無い荒くれの集団と聞いとります。ワシ等の村も襲われねえか怖くてたまりませんでさぁ。是非にも武田を破ってくだせぇ。」
幸隆の言葉に、
「ハハハ!幸兵衛、安堵致せ!武田など腰抜けの集まりじゃ!先刻も儂の命で動いた村上に大敗し、弱腰になっておるわい!獅子は牙をもがれた鼠じゃ!恐れるに足らんわ!ハハハ!」
上機嫌で応える長時。
「ひゃー、ワシ等にゃ戦はわからねぇですけど守護様を強いお方、お見逸れいたしましたぁ。それにしても、先程のお侍様はお強い守護様に物申すなんてとんでもねぇです!」
「仁科盛能か。優れておるが、何かと儂に意見してのう。武田の上原城を攻めるかで、儂に楯突きおった。武田との戦を恐れておるわい!儂が負けるはずなかろう!さて、そろそろ日も沈むころじゃ。幸兵衛、村に帰るなら帰るがよい。酒は有り難く頂くわい!雨はもう暫し待っておれ!」
「ははー。守護様に飲んで頂けるならこれ以上の喜びはねぇです。そんで宜しければもう少しここにいさせてくだせぇ。村の皆が腰抜かす土産話ができそうでさぁ。」
「好きに致せ!」
言い終えると、小笠原長時は本陣奥に向かっていった。
(「これで、好きに動ける。仁科盛能、あの武将に近づくか。」)
幸兵衛こと幸隆は、小笠原の陣営を見てまわる。
陣営の様子を把握し、仁科盛能に近づく為に。