「武田の反撃」 其の弐
「武田の反撃」 其の弐
天文十七年(1548年) 七月
「恐れ乍ら御館様、諏訪衆が御目通りを願っておりまする。」
晴信に報せを届ける、山本勘助。
甲斐·甲府·躑躅ヶ崎館、晴信の元を諏訪衆が訪れていた。
この時館は、戦仕度に追われ慌ただしい雰囲気である。
その雰囲気、賑わうと違い殺気漂う殺伐とした気配が感じられた。
皆が一言も発せず真剣な眼差しで取り組む姿、戦仕度は着実に進む。
そんな状況であったが、諏訪衆の目通りを許す。
館を歩む晴信の表情はどこか険しい。
(「離反の意を伝えに来たか、或いは館で晴信と刺し違えるつもりか、何れにせよ諏訪衆は武田に反旗を翻した、これまでの非道を思えば当然。処刑覚悟で武田に物申すと乗り込んできたに違いあるまい。覚悟を決めて武田の前に来たのだ、為らば国主である晴信が会わぬ訳にはいかぬ!」)
心の中で呟きながら晴信、やがて諏訪衆を前にした。
「諏訪の方々、儂が甲斐国主·武田晴信為り!これまでの非道、誠に済まぬ!此度は、離反の意を武田に伝え参られたか!?」
腹の底から出したに違いない大声が館に響く。
その大声に戦仕度に追われる者が一瞬、手を止めたが直ぐに戻した。
「た、武田晴信様!先ずは御目通り叶い、有難き幸せ!り、離反の意、諏訪衆にそのような心非ず。館に来たは、武田勢の御見方に加えて頂きたいが為!何卒、小笠原を討って下され!」
諏訪衆を代表する一人が、前に出て姿勢下げ晴信に告げる。
「方々、武田に反旗を翻したでないか!?」
驚き問う晴信に、
「我等諏訪衆、武田家に忠節誓った次第。板垣様、我等をそれは良くなされた。この恩に報いるべき時。先刻の戦にて武田晴信様、『南無諏方南宮法性上下大明神(なむすわなんぐうほっしょうかみしもだいみょうじん)』の旗を掲げられた。この旗の元、我等諏訪衆が御見方致すは当然に御座います!」
武田に見方する訳を話す。
「い、板垣····、礼を述べるぞ。忝い!」
目を閉じた晴信、今は亡き板垣信方にそっと礼を述べた。
(「板垣様····、貴方様は諏訪を大事になされた。その優しき御心に諏訪が応えておられまする。先刻の戦より、諏訪衆の心は離れておらなんだ!武田反撃の時じゃ!」)
心で叫ぶ山本勘助、諏訪を任された板垣信方の優しさが諏訪衆の心を掴み、勘助の策で板垣信方より晴信に聞き届けられた『南無諏方南宮法性上下大明神』の旗を武田が掲げた事により、諏訪衆は離れる事なく武田に見方したのである。
「武田晴信様、先頃の小笠原勢の下諏訪侵攻、火を放ち御柱神事を無にした行いを我等許さず!小笠原勢を退かせ、武田晴信様が元、諏訪大社御柱神事を執り行って頂きたいも我等の願い!諏訪の地侍共(西方衆)は小笠原に靡きました、然れど諏訪衆一丸にして武田晴信様に従うまで!」
同行していた諏訪衆皆が晴信に頭を下げた。
目を開ける晴信、
「諏訪の方々、熱き想いはこの晴信が聞き遂げた!武田に御見方頂ける事、先ずは深く礼を申す!有難う御座る!小笠原を退かせ諏訪大社御柱神事、晴信が必ずや執り行う!手を止め聞ける者は聞いて貰いたい、此度の小笠原との戦、慎重を期す故に長い戦となるやもしれぬ!然れど、武田は負けぬ戦を致す!皆方々、何卒晴信に御力添え下され!」
「ははーーーっ!!!」 「おおっーーー!!!」
殺気に満ちた空気が、活気に変わった。
まだ戦に勝った訳ではない、しかし、諏訪衆が見方に加わった事で晴信の自信がまた少し戻った様に見える。
(「此度の戦、武田は小笠原を破るに違いない!」)
そう確信する山本勘助。
そして諏訪下社を占領していた小笠原長時、七月に入り上諏訪へと軍勢を進めいよいよ武田が領する諏訪に侵攻を開始しようとしていた。




