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「武田の撤退」

 「武田の撤退」


 「御館様、村上方は兵を引き上げた次第に御座います。」


 山本勘助、晴信に報せを届けた。


 「村上は退いたか···。村上義清···、噂に負けぬ信濃の守護神、強き武将よ。」


 産川を越えた遠くの村上陣を見つめ、応える晴信。


 「はっ、北信濃の猛将は噂以上の強さ。御館様、ここは武田も兵を退き、立て直すが宜しいかと。」


 撤退を助言する山本勘助。

 

 「為らぬ勘助!板垣と甘利を失い、武田が兵を退いたと為れば···敗北を他国に知らしめようぞ!武田は芝居(しば)を踏み、上田原(ここ)に留まるのだ!」


 「御館様!板垣様、甘利様の御討死。武田は村上に破れたのです!御認め下され!」

 

 口調を強める山本勘助に、


 「為らぬ!武田は芝居(しば)を踏むのだ!」


 敗北を悟りながらも、退く事を認めぬ晴信。


 そこへ、「御館様!」 本陣に帰還した武田信繁が現れた。


 「兄上、(いや)御館様!武田信繁、只今、帰陣致しました。御館様、二陣の務め果たせず戻り、面目次第も御座いませぬ。」


 帰陣果たし早々、晴信を前に詫びを入れる信繁。


 「信繁、大事であったか!村上との戦、如何したのだ!?」


 信繁の無事に安堵するも、報せを聞く晴信。


 「申し上げます。我等、村上方の将を討つ武功あげるも、板垣を討ち取られた始末。板垣亡くして乱れた兵を統率出来ず、戦にこれ以上の損害を考慮、撤退致した次第。申し訳御座いませぬ。」


 頭を下げ、深々と詫びる信繁。


 「あい、わかった。頭を上げるのだ、信繁。板垣の死、既に知っておる。見よ、本陣の荒れる様、村上総大将の突撃によるものじゃ。村上の突撃に晴信(わし)は動けず、甘利が楯として武田を守り散った。此度の戦で晴信(わし)は失ったものが大きい。信繁、御主(そなた)を責めるに非ず。村上に勝てると勇む晴信(わし)(おご)りが招いた故の事。」


 「兄上···、甘利までも···」


 「信繁、暫し休むがよい。」


 「兄上、ここは一度兵を退き、甲斐に戻るべきかと。」


 「兵は退かぬ!」


 晴信は断固、撤退を認めなかった。


 戦の敗北、己の驕りに気づくも、武田の意地(ほこり)は捨てられず、両雄の死を弔い、二十日余り留まる事となる。


 


 その頃、村上本陣ー。


 意識失い、眠りについた村上義清が目を覚ます。


 「義清(わし)は、生きておるか。」


 「義清様(との)、目を覚まされましたか。至る所に傷口有り、まだ暫し安静になされ。然れど、武田本陣での奮戦、御見事で御座いました!」


 清野伊勢守が側に仕えていた。


 「伊勢守、戦は如何した!?」


 「はっ。義清様(との)が意識をなくして幾十日、武田に退く兆し非ず。これを受け、村上勢(われら)も陣を解かず膠着の様。して此度の武田との一戦、村上勢(われら)は、雨宮正利·屋代源吾·若槻清尚·西条義忠·小島権兵衛等が討死、千九百余りの兵を失った次第。損失多く、追撃は避けた方が宜しいかと考慮致し、留まっておりまする。」


 「義清(わし)は、それほど眠っておったか···。家臣討たれて多くの兵失い、武田晴信を討てず、悔しき限りよ。」


 「何を申される。義清様(との)は、武田の宿将·甘利備前守殿を討つ武功!武田本陣での奮戦!村上勢(われら)、板垣駿河守殿も討ち取り、武田相手に村上が底力を大きく見せつけたに相違ありませぬ!義清(との)の御姿、御見事で御座いました。」


 「左様であったな。武田宿将を討った武功、村上の誇る強さ、武田晴信め、恐れ入ったであろう。武田が退かぬというのなら、村上も退かぬ。然れど、無用に戦を仕掛けるな。様子見致す。戦の態勢は解かず、討死にした家臣の弔いを行うのだ。」


 武田がまた戦を仕掛ける可能性を考慮、臨戦態勢を維持し、両軍膠着状態の中、義清は討死·戦死した者を敵味方に限らず弔った。


 村上義清を筆頭に、清野信秀·屋代正国·楽願寺雅方·島津規久·赤池修理亮·井上清正等が手を合わす。


 死者を弔う炎、立ちこめる煙は天高く昇ってゆく。


 それから、数日が過ぎた三月初め。


 「申し上げます!武田が兵を退いた模様!撤退して行く様子!」


 武田を物見していた兵が急ぎ、義清の元に報せを届ける。


 「誠か!馬をここへ!義清(わし)が目で確かめようぞ!」


 報せを受け、己で確かめるべく馬に乗り、武田が見える所まで進む義清。


 そして、兵を退く武田の姿が見えた。


 「武田は退いた!この戦!村上勢(われら)の勝ち戦よ!各々!よくぞ戦って下さった!有難う御座る!」


 武田本陣にて鬼神の様を見せた姿は、今は葛尾城にて出陣の下知を飛ばした村上義清の様に戻っている。


 「義清様(との)、然れど油断は為りませぬ。武田は退いたと見せかけ、再び戦を仕掛けるかと。もう暫し、留まるが得策。」


 清野伊勢守の言葉に、


 「伊勢守の申す通り!暫し留まり、様子を見ようぞ!」


 義清は素直に従った。


 その数日後、武田勢の完全撤退を判断した義清は、葛尾城への帰還を決断、村上勢も上田原より撤退を開始する。


 村上義清、途中砥石城に赴き戦果を伝えた後、自身の本拠地・信濃国埴科郡坂城葛尾城(しなのこくはにしなぐんさかきかつらおじょう)に帰還した。




 晴信が撤退に応じた理由(わけ)、それは山本勘助の計らいで上原城に控える晴信の側近·駒井高白斉(こまいこうはくさい)に事を伝え、報せを受けた駒井高白斉が武田家を代表する武将·今井信甫(いまいのぶすけ)と相談し、晴信の母·大井の方に事を打ち明けた為による。


 『 晴信、此度の戦で貴方(あなた)は大きな代償を払った。それは、金や物で代えられるものでは無かろうて。板垣·甘利の死は、然程貴方の心を痛めたのかもしれません。然れど、板垣·甘利は命懸けで貴方に何かを伝えたはず。貴方はわかっている事でしょう。よいですか晴信、戦に敗れるとは斯様に辛きものなのです。貴方は甲斐の新たな国主として、身に受ける心身の苦しみに負けずよく努めた。して貴方が勝ち続けたこれまでの戦にも、今の貴方と同じ思いをした者が多くいたのです。破れ失い、負けた者の辛さが初めてわかったであろう。戦に疲れた兵も多くいようぞ、いつまでも貴方のつまらぬ意地に兵を付き合わせるな。早く休ませよ。そして貴方も休みなさい。晴信、この辛さを越えて前に進むのです。母は信じていますよ。 』


 事情を知った大井の方は、戒める書状(てがみ)と使者を晴信の元に送った。


 書状受けとり、「母上・・・。」と晴信は涙する。


 やがて武田晴信、退く決断を下す。


 三月初め武田軍撤退を開始、上原城を経て、三月二十六日、甲府に無事の帰還を果たした。




 


 




 

 


 

 

 

 ブックマーク登録、小説を読んで頂きありがとうございます。 

 中々話進まず、史実からズレていたり作中におかしな所も多くあると思いますが、壮大な大河を描く気持ちで書き進めて行きますので応援お願い致します。


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