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「両軍の布陣」 其の壱

 「両軍の布陣」 其の壱


 天文十七年(1548年) 一月末


 山本勘助は板垣信方が城代を任された上原城に帰陣を果たす。


 「勘助、無事に戻ったか!目出度(めでた)き限りじゃ!」


 「板垣様、某は豪語した身ながら面目次第も御座りませぬ。」


 「何を申す、命あっての物種じゃ!勘助、よう戻った!」


 「有り難き御言葉。」


 勘助は信方に御礼を述べ、頭を下げた。


 「して勘助、北信濃(むらかみよしきよ)如何(いかが)であった?」


 「はっ!村上義清、あの武将(おとこ)は噂に聞く猛将に御座いました。」


 「御主の眼に、如何見えたか申せ。」


 「申し上げます。強さは去ることながら、弱さも(わきま)えておられる。あの御方に小細工は通じませぬ。某の話を聞き入れ、某を殺さず生かして下さった。無闇に前進(いくさ)(あら)ず、己に否があれば御認めになり、引くべきは退く。然れど、前進(いくさ)を決めるは大義を貫く為。欲に()らわれず、義を重んじ、卑怯を嫌うが故、戦は正面から挑まれましょう!」


 「···、して此度の武田(われら)との戦、どう思う?」


 「わかりませぬ。然れど、御館様には手強(てごわ)き相手となりましょう。武田(われら)は容易には勝てますまい。」


 「勘助、御主の読み通りにはいかぬようじゃな。」


 「板垣様、御館様の御心は何処(いずこ)に?」


 「勘助、御館様はこの信方に任せい!晴信様(わかさま)は、儂を信虎様(おやかたさま)とは改め、親父と慕って下さった。晴信様(わかさま)の御心は儂が晴らして差し上げる。安心致せ!」


 「板垣様···。」


 晴信にとって、板垣信方は父·信虎とは違った慕うべき存在(おやじ)であった。


 感傷(かんしょう)(ひた)る二人、勘助が話を戻す。


 「それから板垣様、此度の戦に諏訪大明神(すわだいみょうじん)の旗を掲げて頂けませぬか?」


 「諏訪大明神か、諏訪衆を味方につける為か。諏訪の守り神を元に戦えば、御加護もあろう。あい、わかった。御館様に御願い致すとしよう!」


 「有難う御座います。(万が一、武田(われら)が村上義清に敗れては、武田に従ってきた者の心は離れよう。諏訪の姫様、諏訪頼重(ちちうえ)を自害させられ御館様(たけだ)を憎んでおられた。某と同じく思え、その閉ざされた御心を根強く説き(ほぐ)し、(ようや)く姫様の御心も御開きになられた。姫様と諏訪家を断絶させぬ為、御館様との間に若様を御産みになるよう説得致し、板垣様が尽力下さった甲斐あって、四郎(勝頼)様が御生まれになった。真田様も然り、今や武田に恨みを持つ者がその恨みを棄て武田を支えておる。武田を慕う心を失わせてはならぬ。諏訪は板垣様が任され、大事に守ってきた地。諏訪衆の心を離してはならん!)」


 勘助は(こころ)の中でそっと(つぶや)いた。


 後、『諏訪大明神』の旗は板垣信方の願いとして晴信に聞き届けられ、武田軍はこの旗を掲げる。


 

 天文十七年 二月一日


 その数日前ー。


 武田晴信、およそ五千の軍勢を率いて甲斐を進発。


 上原城に入り、板垣信方、山本勘助、諏訪衆に郡内衆を率いる小山田信有(おやまだのぶあり)と合流し、総勢八千を超す大軍となる。


 「御館様、此度の戦、是非にもこの真田弾正に先陣を仰せくださいませ!」


 上原城にて開かれる武田の軍議、真田弾正幸隆は先陣の務めを願い出た。


 「為らぬ!真田弾正、その(ほう)は右翼の脇備えを命ずる。相木市兵衛、真田弾正に呼応せよ。」

 

 「はっ!承知仕奉ります。」


 晴信に頭を下げ、真田幸隆、相木市兵衛は後に下がる。


 この戦に先駆け真田幸隆は村上方の家臣の調略を謀り、村上義清を激怒させていた。


 義清は、戦の勝敗に限らず、真田幸隆を討ち取るに違いないと晴信は覚悟していた故の配慮である。


 「此度の戦、先陣の務めは大将·板垣駿河守、甘利備前守!二陣に、武田信繁を大将と致し飯富虎昌(おぶとらまさ)小山田信有(おやまだのぶあり)。本陣に晴信(わし)を総大将とし、馬場信房(ばばのぶふさ)、山本勘助、内藤昌豊(ないとうまさとよ)を置く。後備えに、原昌俊(はらまさとし)室住虎光(もろずみとらみつ)、真田弾正を任す!」


 「はっ!」


 一同が晴信に頭を下げた。


 山本勘助が、村上義清の元にいた事を晴信は知らない。


 板垣信方の配慮で事はふせられた。


 これを報せても、今の晴信では逆行あるのみで利は無く、勘助の命を落としかねないと判断したからだ。


 信方にとって今や勘助は武田に必要な男、勘助は諏訪に子を産み療養の為に戻っていた諏訪の姫の見舞いに暫く、甲斐を留守にしていた事になっている。


 信方を除き真田幸隆はこれを知っていた。


 忍びを放ち、村上方の情勢の報告を受けていたからに他ならない。


 無論、幸隆も口外を固く禁じていた。


 「勘助、御主も命知らずの軍師(おとこ)じゃな。村上義清、如何であった?」


 「真田様···、御恥ずかしき限りに御座います。村上義清は手強き相手と御見受け致しました。」


 「左様であろう。村上義清(あのおとこ)は儂の宿敵じゃ!」



 

 勘助は、諏訪に赴き、村上義清の元に参る前、幾日か諏訪の姫を見舞っていた。


 「勘助、御館様は勝ちますか?」


 綺麗な瞳とは裏腹に、諏訪の姫の鋭い問いかけが勘助を悩ませる。


 「勿論に御座います。姫様と若様の為、御館様は必ずや勝ちまする!」


 「勘助、御館様は負けを怖れておられる。今の御館様は心ここに非ず。私は御館様がわからぬ。」


 「姫様、御心配は御無用。御館様は某に。姫様は御体を(いたわ)られ、若様を大事に為され。」


 「言われずともわかっておる!勘助、下がれ!」


 諏訪の姫は、複雑な気持ちを勘助に読み取ってもらえず、苛立ちを隠しきれない。


 「では某、板垣様の元に参ります。」


 「勘助、御館様を頼みましたよ···。」


 勘助は、板垣信方の上原城に向かい、村上義清の元に参上した。



 勘助と話した後、板垣信方は甲斐の晴信の元に、書状を送る。


 『御館様、此度の戦は雌雄を決する大戦(おおいくさ)。相手は村上義清に御座る。小細工は通じぬ相手。御館様の御心を勝たす為、この板垣が御館様の槍となり甘利殿が楯として武田を導く所存。決死の覚悟に御座る。覚悟に応え、板垣駿河守信方と甘利備前守虎泰殿に仰せ下され。上原城にて御待ち致します。』


 甘利虎泰も晴信のいつしか、先代·武田信虎をも超え歯止めの効かぬ姿を止めようとしていた。


 「板垣···、甘利···。」


 晴信は、内心で震えていたが、その姿を決して周りに見せなかった。


 「儂は、父上を追放し甲斐の新たな国主となったのだ。甲斐を豊かで強固な国に築かなばならん!」


 己を奮い起たす晴信、抱える圧力(プレッシャー)心身(ストレス)に押し潰されぬよう立ち向かう姿は、戦国時代屈指の武将(おとこ)そのものであった。



 


 




 


 


 

 

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