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「勘助の真意」 其の肆

 「勘助の真意」 其の()


 武田信虎追放による晴信の毅然とした態度、国を思うが故の行動力、家臣をまとめあげる統率力に期待する者が多くなり、弟の信繁はこう叫んだ。


 「最早(もはや)晴信様(あにうえ)とは呼ばぬぞ!晴信(あに)は甲斐の国主!御館様じゃ!」


 これに譜代家老達も続く。


 「信繁様の申す通り。最早、晴信様(わかさま)(あら)ず、甲斐の新たな国主にして武田家当主。武田晴信様(おやかたさま)と御呼び致す!」


 晴信は甲斐の新たな国主となった。





 晴信は勘助を認めていたが、家臣の中には武田への仇討ちが狙いでないかと疑う者も多い。


 「板垣、勘助をどう思う?」


 「はっ、晴信様(おやかたさま)、勘助に恨みがある事は確か。然れど、恨みを晴らすより、目の前の苦難に立ち向かう事を決めたようで、見開いた眼に燃える闘志を感じますれば、以前とは別者と見受けまする。」


 「ハハ!板垣がそこまで言うのだ、山本勘助、奇天烈(きてれつ)な男よ。」


 「つきましては晴信様(おやかたさま)、一度、勘助の心を見るべく一太刀の御許しを願いとう御座います。」


 「決闘致すか!板垣、一度勘助を負かした御主なりの考えという理由(わけ)か?」


 「はっ、御恥ずかしき限りに御座る。この板垣、刀で交わるしか本心を語れませぬ···」


 「あい、わかった!板垣の好きに致せ!」


 板垣信方の申し出は、屋敷にいる勘助の元に届いた。


 時を同じく、甘利虎泰が現れる。


 「甘利様、某は決闘など望んでおりませぬ。まして相手は板垣様···。」


 「勘助、板垣殿は真っ直ぐな武人(おとこ)。儂は戦において策を労する。然れど、板垣殿は己が先陣を切り挑まれる御方。その獅子たる姿は相手を怯ませ、味方を励ます。良き機会(とき)ではないか!御主を疑う者も多い、板垣殿が御認め下されば皆も疑うまい。」


 「しかし、板垣様相手に勝つ見込みなど···」


 「勘助、戦は勝つ事が全てに非ず。負け戦にも相手に存在を示すことが出来よう。板垣殿に余計な小細工は通じぬ、為らば己の全てをぶつける。きっと御主の本心が見たいのだ。」


 勘助は心を決めた。


 「甘利様、某などに教えを頂き御礼申し上げまする。有難う御座います!」


 (「勘助、御主は策略(わし)攻防(いたがきどの)の意を継ぐのだ。」)


 この(のち)、甘利虎泰は己が持つ才覚を勘助に説いてゆく、やがてそれは、山本勘助を軍師へと開花させるのであった。




 

 「勘助!天晴れじゃ!御主の心に偽りは無いと見た!」


 「板垣様···、某を御認め下さるか···有難う御座いまする!」


 勘助は両膝を地面につき、見開く眼から流れた涙が頬を伝わるのを忘れ、板垣信方に感謝していた。


 「御館様、この板垣!山本勘助の仕官を推挙、御認め頂きとう御座います!」


 「此度の戦、誠に見事。板垣駿河守!その方の願い聞き入れた。山本勘助、見事な負け戦であった!」


 山本勘助は板垣信方の推挙により、武田家に仕官する事を許される、これに意見する者はいなかった。


 数刻前ー、


 両者は躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の近くで戦を構えた。


 武田晴信を初め、多くの家臣がそれを見守っている。


 二人が持つは真剣、まさに真剣勝負。


 額に汗を感じながらやや姿勢を落とし、勘助は(さや)を片方の手で抑え、刀の(つか)を握りしめる。


 対する信方は既に刀を鞘から抜き、両手で柄を握り仁王立ちしていた。


 「勘助、参るぞ!」


 勘助は刀を抜き、信方に応える。


 草鞋(わらじ)とは思えぬ素早い動き、信方の一撃が勘助を襲う。


 片方の手は刀の切先(きっさき)近くを握り、もう片方で柄を強く握る、真剣白刃取りで防戦する勘助。


 勘助の必死の防戦は信方に一時の退却を与えた。


 「板垣様、今度は某が参ります!」


 以前のような怒りに身を任せた太刀の振る舞いではない。


 信方にも汗が伝わるのを感じた。


 勘助は、策を持たず己の全てを信方にぶつける。


 勘助の必死(ほんき)を見た信方、その一太刀が信方の頬に“一の漢字”の傷を負わせた。


 頬から流れる血が腕を伝い地面にこぼれる。


 瞬間、信方の豪の一撃が勘助の刀を地面に叩き付けた。


 凄まじい一撃、腕に強い(しび)れを感じ勘助は刀を離し地面に崩れ落ちる。


 負けを認める勘助。


 しかし、策を持たず真っ向から挑んでくる勘助(すがた)に信方は手を差し伸べた。


 「勘助!天晴れじゃ!御主の心に偽りは無いと見た!」


 「板垣様···、某を、某を御認め下さるか···。」


 「山本勘助、見事な負け戦よ!」


 「甘利様···」


 「山本勘助!知行百貫で御主を召し抱える!して父の無礼、あい済まぬ!恨みを捨てよとは言わぬ、此れからは武田家に己が生きる道を見出だすのだ!勘助、精進致せ!」


 「武田晴信様(おやかたさま)···、有り難き幸せ!この山本勘助、武田家に忠節を誓いまする!」


 勘助は己が生きる道を見出だした。


 それは遠い回り道もあり、長かった。


 そして武田の快進撃が始まる。


 若い晴信は、怖れを知らず前進を続け、領土拡大の快挙を為す。


 その姿は父·信虎を越えていた。


 やがて諏訪に攻め入り、諏訪頼重を盟約違反と見なし、自害に追い込む。


 いつしか晴信は、負けを怖れた。


 負けてはならんという気迫が、家臣の士気を高めた、が同時に家臣達は晴信を恐れた。


 信虎と同じ道を歩もうとしている。


 そして佐久郡·志賀城攻めにおいて、晴信の恐怖統治は諸外国に武田の恐さを知らしめた。


 降伏せぬ志賀城に対し、援軍に来た関東官領軍を逆に討ち取らせ、討ち取った首およそ三千を志賀城の眼下に並べさせたのである。


 敵の士気を落とすに効果は抜群であったが、これにはやり過ぎではないかと、家臣達からの声もあがっていた。


 志賀城降伏の後、乱取りを認め、生き残った志賀城兵は武田を強く憎んだ。


 「御館様は若い、若さに身を任せておられるが負け戦をこの上なく怖れいる御様子。このまま行けば、大きく負けた時取り返しがつかぬ。まして武田の反乱も無きに非ず。」


 板垣信方は頭を悩ませる。


 晴信の統治に、支配した領国から反発が起きようとしていたのも確か。


 氾濫する川をせき止め、甲斐を豊か国に築く一方、国主としての威厳が晴信に負ける事の怖れを植えつけた。


 「勘助、御館様は負けを酷く怖れておられる。このままでは···」


 諏訪を治めた晴信は、諏訪郡代として上原城に板垣信方を置き、諏訪を任せていた。


 勘助は信方の呼びかけに応え、諏訪を訪れる。


 「板垣様、次なる武田(われら)の相手は北信濃の猛将·村上義清と御見受け致します。」


 「左様、御館様は北信濃に目を向けておられる。村上義清···、あの武将(おとこ)は強いぞ、勘助!」


 「然れど、今の御館様に敵はおられぬ様に見えまする。」


 「勘助、今の御館様はかつての御主じゃ。負けを知らぬと自負する姿、危なく見える···。」


 「板垣様、某もかつての御館様を思っておりました。某を戒め下さり、武田に生きる道を見出だしたのも御館様の御心に光を見たからこそ。今の御館様の御心は雲っておられまする。」


 「為らば勘助、御館様の御心を晴らしてくれぬか?」


 「板垣様···、わかり申した。某、直ちに参ります。」


 「甲斐に戻り、御館様を頼むぞ!」


 「甲斐には戻りませぬ!御館様は某の言葉に耳を傾けますまい。某が参るは、埴科郡坂城(はにしなぐんさかき)、葛尾城に御座います。」


 「勘助、御主···。」


 「板垣様、これも武田の為。某は村上義清の元に参ります。」


 「村上義清を説得致すか···、ハハハ!勘助、儂も力になるぞ!」


 「為れば板垣様、村上との戦、先陣を務めて頂きたい!」


 「先陣を務めるのはこの上ない喜びじゃ!、あい、わかった!御館様に先陣の務め、御願い致す!」


 「板垣様、呉々も油断なされるな。御館様には御心を晴らして頂き、武田を今川、北條に負けぬ存在(だいみょう)になって頂きとう御座います。」


 「勘助···、御主も村上に討たれるなよ!信濃が治まれば、ゆっくりと酒を飲もうぞ!」


 「では某、北信濃に参ります。」


 勘助は、村上義清の居城·葛尾城に向かった。





 「勘助、御主の真意は武田晴信の目を覚ます事。その為に、敵である儂の元に来たと!御主に言われずとも、晴信相手の戦、勝ってくれるわ!各々、武田晴信に上には上がいる事を思い知らすてくれるぞ!」


 「はっ!村上義清様(おやかたさま)、皆々、武田に恐怖を与えるのだ!法螺貝をここへ、吹き鳴らせ!」


 法螺貝の奏でる轟音にその場にいた者の緊張と士気は最高潮に上がる。


 「勘助、余計な策はいらぬ。御主は武田に戻れ!次に会う時は戦場(いくさば)よ!」


 「村上様···。」


 「御主は武田の軍師、山本勘助!中々の武人(おとこ)を見たぞ!」


 勘助は、村上義清に深く頭を下げ、そして、板垣信方の上原城に向け急ぎ歩を進める。


 「手出しは為らぬ!」


 と、勘助の姿を見えなくなるまで義清は見守った。

 

 



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