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「勘助の真意」 其の参

 「勘助の真意」 其の参


 高野山成慶院にて供養の為、訪れていた甘利備前守虎泰。


 「如何したものか···。」


 甘利虎泰は深い溜め息をついていた。


 付き従う家臣がその様子を見て小さく促す。


 「甘利様、今は供養に参られておられる所。悩ましき事、御忘れになるが良きに。」


 「承知致しておる。」


 眉間に(しわ)を寄せ、応える虎泰。


 山本勘助は動けずにいる。


 武田を憎み、板垣信方に破れた(じぶん)の無力を嘆き、行く先を無くしかつて修行した高野山に戻ってきた。


 ここでまた武田の者と出会す事は、運命なのか定めであるのか。


 憎しみ消えぬ思いが勘助を悩ませる。


 「勘助、御主に何があったかは知らん。問う事もせん。然れど、仏門に覬覦(きゆ)するは早い。御主には為すべき事があるのではないか?」


 和尚は勘助を促した。


 「某は···」


 言葉を詰まらせる勘助、


 「勘助、身仏の教えは欲にとらわれぬ事。人は欲を欲する。それは当然の()り、欲を棄てるは己を捨てる事。御主は、兄と父を武田に殺され憎んでおろう。怒りは人を強くするが破滅もさせる、良いか勘助、御主の真の望みは何か?その答えは武田にあるのではないか?」


 「和尚、知っておったのか···」


 「ハハハ!勘助!武者(おとこ)になれ!」


 和尚の言葉に遂に勘助は動いた。


 「御無礼は承知、武田家重臣·甘利備前守虎泰様と御見受け致します。某は山本勘助。武田家に仕官しとう御座います。」


 「御主、山本勘助···」


 甘利虎泰は驚きを隠せずにいる。


 「寺の僧がいきなり何を申す!」


 虎泰の家臣達が勘助をとり囲む。


 「待て!高野山(ここ)は仏門の場、殺生はならん。山本勘助、生きておったか。」


 家臣達は勘助を離した。


 「はっ、先刻の御無礼、先ずは御詫びしとう御座います。申し訳御座いませぬ。」


 虎泰に深く頭を下げる勘助。


 「詫びる相手が違うぞ山本勘助、仕官を望むとは如何(いかが)理由(わけ)か?」


 「御恥ずかしながら某、諸国を流浪し見聞を広げ、孫子の兵法を学び、戦場を渡り歩き、己は武人であると自負しておりました。然れど、怒りに身を任せて挑んだ戦は余りに儚く、己の無力に気付き申した。更なる高みを望むに、武田家こそ我が進むべき道と思うた次第!」


 「兄、父の仇討ちのためか?」


 虎泰は勘助の核心を突く。


 「確かに、怒りが無いと言えば嘘になります。然れど、怒りでは己は強くなれませぬ。己を強くするは目の前の苦難(たけだ)から逃げぬ事、それに立ち向かう事、山本勘助は武田家に己の生きる理由(わけ)を見いだしとう御座います!」


 「···山本勘助、御主をそうさせた御方に礼を述べよ。甲斐について参れ!」


 「甘利様!」


 勘助は甘利虎泰に付き従う事を許された。


 「和尚、誠、世話になった。済まぬ。」


 「礼などいらん!寺に落武者がいては困るわ!ハハハ!勘助、御主の高みとやら楽しみにしておるぞ!」


 「あい済まぬ。和尚!」


  



  甲斐に戻る途中、甘利虎泰の深い悩みを知った勘助は駿河国の今川義元に謁見を迫っていた。


 「勘助、御主、誠にそう申しておるのか···」


 「甘利様、武田家に忠節を誓う為、某の姿勢を御見せ致す!」





 この時、甲斐国ではクーデターが起きようとしていた。


 嫡男·武田晴信による父·武田信虎の追放である。


 信虎と晴信の間はあまり良くなかった。


 無論、晴信は甲斐をまとめあげた父を尊敬していた、しかし、国を強固にするためとは言え民主制を軽んじ、武力統治を進める姿に疑問を抱く。


 また信虎も、学問に熱を入れ、知識と教養ばかり身につける(せがれ)を生意気に感じていた。


 信虎が弟·信繁に家督を譲ると言い出した頃、晴信は父の追放を決心する。


 (武田晴信(信玄)は領民の為の政策を幾つかだしますが、いつしか父と同じ道をたどるように。信虎はそんな晴信の本質を見抜き、弟·信繁に家督を継がせる事で自分と同じようにならぬよう気配りしていたように感じます。)


 父の追放を決めた晴信は重臣達を根強く説得、弟·信繁も兄の頼もしい姿に納得し、甘利虎泰が甲斐に戻って間もなくクーデターを決行させます。


 「晴信様(わかさま)、高野山で拾い者を致しました。その者が駿河国·今川義元殿を説得し、信虎様(おやかたさま)を迎え致します。」


 「甘利、その者は信ずる者か?」


 「はっ、武田家に仕官を願っております。事が為せば、晴信様(わかさま)に御目通り願う次第。」


 「甘利が申す者、間違いはあるまい!して各々、此れより父君、武田信虎を追放致す!駿河に出発の後、館を固める!父を二度と甲斐の地に入れてはならぬ!」


 武田信虎は、駿河国·今川義元に所用あって出発した、二度と甲斐国に戻れずと知らず···。


 




 山本勘助を邪見していた今川義元であったが、先刻の北条との戦で武田信虎の謀により父·山本貞幸を謀反人と捉え、自害させた事に詫びる為、勘助の謁見を認めていた。


 兄、父共に義元(しゅくん)にそれほど忠義を尽くしていたのであろう勘助は誇りに思う。


 「御目通り叶い、恐悦至極に御座います。」


 「山本勘助、面を上げよ。此度は儂が(ぬし)に詫びねばならん。父君の事、済まぬ。」


 「今川義元様程の御方が、某に頭を下げられますな。父も兄も忠義を貫いたまでの事。今川様には此度、御願いの義有りて参上致しました。」


 「今川家への仕官か?」


 「それには及ばず。某は武田家へ忠節を誓いました。暫くして、ある御方が今川様の元に参られます。その御方をここ駿河に置いて頂きたい。」


 「!?勘助、唐突過ぎてわからぬ。簡潔に申せ。」


 「然らば申し上げます!甲斐国主·武田信虎殿を駿河に隠居させまする!」


 「!?誠を申すか!では武田晴信殿からの書状は偽りではなかったか···。()は信じておらなんだ。然れど勘助、御主を信ずる証しはあるのか?」


 「はっ、ここに甘利備前守虎泰様が直筆の書が御座います。」


 「甘利備前守殿の書···、あいわかった。して、誠に信虎殿を追放してよいのか?甲斐が弱体するやもしれぬぞ。」


 「為りませぬ、甲斐は此れより強国となりましょう!」


 義元は勘助の言うことを信じなかったが、武田信虎追放には賛同した。


 国主を無くし甲斐が弱体化すれば、攻め入る隙ができるからである。


 「勘助、御主が信虎殿を迎えに行くのだな。よかろう!晴信殿の策に乗ってやるわ。」


 「有り難き幸せ。」


 何も知らず武田信虎は、駿河国に入り、今川義元と情勢を確めると帰路に就いた。


 甲斐の国境に来た時、異変に気づく、戦の為りをした自分の家臣達が刃の矛先を信虎に向けている。


 「何事ぞ、儂は甲斐の国主、武田信虎である!」


 「父上!貴方は此れより、甲斐の地に戻れませぬ!どうぞ、駿河国に御戻り下され!」


 「晴信、此れは何事か!」

 

 「父上を追放致します!此れより甲斐はこの晴信が国主となります!」


 「何を申すか晴信!」


 怒りをあわらにする信虎だが、晴信の元に、板垣信方、甘利虎泰、飯富虎昌(おぶとらまさ)ら譜代家老達が自分に刃を向けている事に愕然とした。


 「御主ら、儂より晴信を選ぶか!愚かな···」


 「父上!晴信は此れよりこの甲斐を豊かで強固な国に致します!此れまでの事、御礼申し上げる!」


 「馬鹿な!晴信!···」


 信虎はいきり立ったが、付き従った僅かな手勢はすぐ討ち取られ、やむ無く反転した。


 「武田信虎様、御迎えに上がりました。」


 「御主は···」


 身形を整えた山本勘助の登場である。


 勘助は無事、武田信虎を駿河国·今川義元の元へ御連れした。


 道中、一度信虎は山本勘助の名を知り、斬りかかる。


 勘助は不思議と憎悪は無く、簡単に信虎を負かした。


 目の前にいるは憎しみの元凶、しかし、勘助の目には無益にあがく老人に見え、この老人の境遇を思い、悲しくも思え、憎しみは失せる。


 武田信虎追放のクーデターはかくして成功、武田晴信は甲斐の新たな国主となった。


 やがて、クーデター成功の功労者として、晴信は勘助の目通りを許し、武田家への仕官を認める。


 勘助は板垣信方に詫びを入れた。


 「板垣様、先刻の御無礼、誠に申し訳御座いませぬ。」


 「驚いたぞ勘助!御主が武田信虎様(おやかたさま)を駿河へ迎え入れたとは!御主をまだ信じてはおらぬが、武田家への恨みは無いのか?」


 「はっ、恨みより己が生きる道を武田家に見いだしたのです!板垣様、某は武人に為りとう御座います!」


 「勘助、人は儚い。精進致せ!」


 「勘助、人の心を動かす必死さが御主にはある。晴信様(わかさま)と武田家を頼むぞ!」


 板垣信方と甘利虎泰、両雄は山本勘助を激励した。


 其の()に続きます。






 


 

 

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