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「勘助の真意」 其の弐

 「勘助の真意」 其の弐


 「某が村上様の元に参上致したは、武田との戦に勝って頂く為に御座います!」


 義清は困惑していた。


 山本勘助が武田を憎んでいる事は確かであろう。


 しかし、武田の軍師と言われるまでの存在になったのは、武田晴信に忠誠を誓ったからに違いない。


 怒りを忘れ、武田晴信に己の野望を見いだした故、武田に仕えたのだと。


 「勘助、御主の真がわからぬ。これも御主の策か?」


 「恐れながら策に非ず、某の胸に秘めたる想いに御座います。村上様程の御方、それ以上の詮索は御無用かと。」


 「儂に御主を信じろと申すか!山本勘助、捨て身の覚悟は如何(いか)に?」


 「腹を切れとの仰せなれば、それも定め。御意のままに。」


 丁寧に応える勘助。


 「御館様!」


 雨宮刑部正利(あまみやぎょうぶまさとし)が、我慢できぬと割って入る。


 「恐れながら御館様、山本勘助(このもの)は武田の間者!即刻、首をはねるがよろしいかと!その首を晒し、武田に見せつけるが得策!然れば、武田は村上勢(われら)に怖れを為すに相違ありませぬ!」


 「雨宮刑部殿の申す通り!山本勘助の首、貰い受ける!」


 屋代越中守正国(やしろえっちゅうのかみまさくに)は刀を抜いた。


 静かに目を閉じる勘助、首もとに伝わる刃の冷淡な感覚、渇いた喉が水分を欲する。


 「山本勘助!成仏致せ!」


 頬をつたる冷たい一汗(ひとあせ)、勘助は覚悟を決めた。


 


 「待てぃ!屋代越中守!そこまでと致せ!」


 渾身の一振りは、間違いなく首の肉を裂き、動脈を破り、頸椎(けいつい)を破壊していた。


 鮮血の波と宙を舞う首の光景を、その場にいる誰もが予測する、後数秒遅ければ。


 静かに目を開く勘助、首もとに手をあて、己が生きている事を確かめる。


 「御館様、何故止められまするか!?」


 「屋代越中守!勘助の首をはねよと儂が申したか!」


 刀を鞘に納め慌てて膝をつく、屋代越中守。


 「はっ、とんだ御無礼を。申し訳御座いませぬ···。」 


 「山本勘助の首、晒せば武田は怒れる獅子と為ろう。今の武田は破竹の勢い!武田を破るに、これ以上勢いつけて何とする!」


 義清の響き渡る怒声、これを受けその場に居合わせた者は頭を下げる。


 少し間を置き、清野伊勢守が忠言した。


 「恐れながら御館様、山本勘助を武田の間者と知り、このまま仕官を御認めなさるか?それでは家臣一同の士気に関わるが必然。武田に寝返る者の恐れも有り。」


 「伊勢守の申す事は最も為り。勘助、御主の覚悟は見た。今一度問う、武田を負かすとは何故(なにゆえ)か?真を申せ!」


 先程、命を落とす直前であった勘助、これが初めてではない。


 直ぐに冷静を戻すと義清に応えた。


 「某は兄·山本光幸(貞久)を武田に殺された身、武田を憎んでおりまする!村上様には武田相手の戦、是非にも勝って頂くが真の望み!」


 これ以上、山本勘助(このおとこ)を問い詰めても、同じ応えしか返ってこないだろう。


 義清は勘助を武田の元に返すべきか決断を迫られる。


 「それから···、」


 勘助の一言に思わず振り返る義清。


 「それから此れよりの小県郡侵攻に際し、武田軍の先陣を務めますは、武田家譜代の重臣·板垣駿河守信方(いたがきするがのかみのぶかた)様に御座います。」


 

 「武田家の重臣にして宿将、板垣駿河守信方が先陣を切ると?それも儂を惑わす策か!」


 「滅相も御座いませぬ、村上様に勝って頂く為に御報せ致したまで。」


 この時、武田側で信濃先方衆として真田幸隆、相木市兵衛らが前線で戦う事になっていたがが板垣信方が先陣を務めるとの話はあがってはいなかった。






 板垣信方は先代の武田信虎から仕えて活躍した武田家の重臣、信虎追放後も家督を継いだ晴信に仕え武田家最高職の一人となった宿将である。


 天分九年(1540年) 信虎による信濃国佐久郡侵攻において板垣信方は敵の城十数を落とすなど目覚ましい活躍を見せた。


 武田晴信が諏訪を滅ぼした際、諏訪郡代(すわぐんだい)(上原城城代)を任された板垣信方。


 諏訪郡代として諏訪衆を取りまとめ、自らが先頭に立ち諏訪衆を率いて信濃侵攻戦で戦功をあげていた。


 また流浪の身であった山本勘助を見込み、武田家へ仕官の推挙した人物も板垣信方であった。


 無論、いきなり仕官を推挙した訳ではない。


 勘助が駿河国今川家の仕官を断られ、諸国を彷徨(さまよ)い、甲斐国に流れついた時、国を統一させた武田信虎に目通りを願った。


 当然、門前払いされ、行く宛の無いまま途方に暮れていた勘助。


 「見慣れぬ姿、御主どこぞの落武者か?」


 偶然通りかかった板垣信方が声をかけた。


 身形からして位の高い御人に違いないと察した勘助は信方に成り行きを話した。


 仕官を求め流浪の身である事、名を山本勘助と言う。


 山本という名を覚えていた信方は、勘助に質問する。


 「山本という名、御主、山本光幸(貞久)を存じておるのか?」


 「山本光幸は某の兄に御座います。今川家に仕官している身。兄が如何致したのです?」


 「勘助、何も知らぬか?故に甲斐を彷徨っておったか。武田信虎様(おやかたさま)は、御主が山本光幸の身内と見抜き、報復を恐れたのであろう。故に仕官を御認めくださらなかったに違いない。」


 信方はつい口を滑らせた。


 「板垣様、兄が如何したと言うのです?」


 信方は「しまった。」と思うが、目の前の勘助(おとこ)は容赦してくれない。


 根気負けした信方、事の次第を話す。


 兄だけでなく、父までも亡くしていた事実を知る。


 勘助は怒りに燃えた。


 怒りに身を任せ、信方に襲い掛かる。


 勘助の逆上を予測していた信方は、直ぐ様抜刀、これに応戦した。


 慌てた信方の家臣も応戦に加わる。


 「手出しは無用!」


 信方の叫びに家臣は退くも、刀の(つか)を握りいつでも応戦の構えを見せる。


 激しい攻防に、刀同士の奏でる鋭い音が周囲を木霊する。


 「勘助!なかなかの腕じゃ!落武者と申した事、謝るぞ!」


 「板垣様、貴方の御命、頂戴仕(ちょうだいつか)まつる!」


 本能とも言うべきか勘助は直感した、板垣信方(このおとこ)が自分より優れている事に。

 

 数多(あまた)戦場(いくさば)を駆け巡ってきた信方(おとこ)は強かった。


 やがて刃こぼれする程の一騎討ちに、終止符は打たれる。


 足を滑らせた勘助、これが致命となった。


 地面に尻をつき、倒れる勘助、己が手にする刀は遥か彼方を差しているのに対し、信方は見事、刃の先を勘助の喉元にあてているではないか。


 「板垣様、御見事に御座います。」


 その瞬間、勘助は死を覚悟した。


 「甲斐より立ち去れ!山本勘助、生きておればまた会おうぞ!」


 立ち上がる勘助、やるせない想いが、信方の家臣に向けられた。


 信方の家臣一人を切りつけ、甲斐より必死の逃走を謀る勘助。



   


 板垣信方の家臣を殺めた故、武田から追われる身となっていた。


 行くべき所見つからず、己の無力を憂い、かつて修行した高野山へと向かう。


 このまま仏門に覬覦(きゆ)するか、勘助はその気でいた。


 「勘助、御主は武人となるのではなかったのか?」


 かつて、世話をしてくれた寺の和尚に声を掛けられる。


 「武人の道を望んでおったが、もう諦めたか?ハハハ!」


 「某は無力為り。和尚、某を寺においてはくださらぬか?」 


 「何があったか知らんが、大分嘆いておるな。今の御主に覇気が見えん。寺に居たくばそう致せ。御主の好きにせい!」


 「和尚、恩にきる。」


 勘助は和尚に深々と頭を下げた。


 暫く、寺での修行に励んでいた勘助。


 「勘助、甲斐武田家の御偉い方が成慶院に供養の為、参られておるぞ!一度会われては如何か?」


 武田と聞いて躊躇(ためら)う勘助を和尚が促す。


 「勘助、御主は仏の道より武人の道を望んでいよう。御主の右眼、野望に燃えておるぞ!」


 そして勘助は出会う、甲斐武田家の重臣・甘利備前守虎泰(あまりびぜんのかみとらやす)に。

 


 


 



 


 

 


 


 

 

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