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「義清の偏諱」 其の参

 「義清の偏諱(へんき)」 其の参


 村上領に攻め込んで来た海野棟綱(うんのむねつな)率いる海野軍。


 それを迎え討つ村上顕国の村上軍。


 顕国は埴科郡坂城(はにしなぐんさかき)(村上氏の本拠)より出陣、南の和合城(わごうじょう)に入り、防衛戦を展開させる。


 岩端辺りで両軍は激突。(架空の話です。)


 軍勢の数で勝る顕国の村上軍、一気に攻撃を仕掛け、海野軍は後退を余儀なくされた。


 「このまま、海野(てき)の本陣を突くのだ!」


 顕国の命を受け、村上軍の勢いはさらに加速。


 交戦の構えを見せる海野軍だが、それは逃げ(まど)うようにも見える。


 伝令より海野(てき)の情勢を聞いた顕国、


 「申し上げます!海野勢、村上軍(われら)の攻勢に恐れを為した模様。逃げに転じておりまする!このまま殲滅を謀るがよいかと!」


 「(様子が可笑(おか)しい···。余りに呆気(あっけ)ない···。)敵の本陣はどうか?」


 「申し上げます!物見(ものみ)の報せに!敵の本陣は既にもぬけの殻と!」


 別の伝令が海野(てき)本陣の様子を知らせる。


 「誠···、(はか)られたか!。目の前は分隊(おとり)。本隊は何処(いずこ)に!」


 その時、新たな報せが届いた。


 「申し上げます!海野軍、和合城を強襲したとの報せ!」


 「和合城に攻め入ったか!今は手勢が薄い、急ぎ城に帰す!」


 「恐れながら···」


 「如何(いかが)した!?申せ!」


 顕国が問いただす。


 「恐れながら、申し上げます。和合城にて御嫡男·武王丸様がおられるとの報せに!」


 「何故(なにゆえ)、武王丸が和合城におるのか!」


 「はっ!村上顕国様(おやかたさま)、御出陣の(おり)馬廻(うままわり)に紛れ、馬世話を致す者に(ふん)し、付き従った御様子。手馴れた馬の世話に感心、気づく者在らず···。」


 「武王丸(おろかもの)め···、報せ御苦労!分隊(おとり)を追う兵を急ぎ戻せ!和合城に帰す!」


 「恐れながら村上顕国様(おやかたさま)分隊(おとり)を背に村上軍(われら)が海野本隊と戦うは後から挟み内になる怖れに!」


 顕国に従い出陣した石川長昌が苦言。


 「海野棟綱(やつ)の狙いわはそれか···。軍勢を二分致す!石川長昌、殿(しんがり)を頼む!」


 「はっ!殿の御役目、承知!後ろは石川長昌が守りまする!顕国様(おやかたさま)、若様を頼みますぞ!」

 



 一方、和合城では海野棟綱率いる本隊の強襲に苦戦を強いられていた。


 村上顕国の援軍到着まで、防衛に努める和合城。


 「急げ!村上の援軍が来る前に城を落とすのだ!その(のち)、分隊と本隊で村上軍を挟み討つ!」


 豪語する海野棟綱。


 海野本隊の攻勢に和合城はギリギリ持ちこたえてた。


 「棟綱様(との)!和合城に村上顕国殿の御嫡男がいるとの報せが!」


 海野家臣が棟綱に報せを届ける。


 「顕国殿の嫡男···、よし!生け捕り致せ!これで村上家との戦、海野(われら)が有利よ!」


 和合城にて繰り広げられる戦い、

 

 あちこちで聞こえる雄叫び、飛び交う怒号、激しい乱闘、ある者は槍で首を突かれ即死、またある者は近距離からの鋭い一太刀で(おびただ)しい血を流し絶命、腕を切り落とされ絶叫する者、必死に命乞いをする者、発狂し味方に襲いかかる者、わずかな油断や臆する(さま)は容赦なく殺される、一瞬たりと気を抜けない感覚、血と汗と泥が入り雑じる激臭の中、


 武王丸は(いくさ)を目の当たりにしていた。


 と、その時、数人が武王丸を取り囲む。


 「若様を御守り致せ!」


 和合城の守備を任された兵数は、その大半が出払っている為、決して多くない。


 攻め寄せる海野軍の軍勢を前に命を落とした者も続出している。


 少ない兵数で目の前の武王丸に迫る危機に立ち向かうが、敵の一人は太刀を抜き、今まさに斬りかかる寸前であった。


 「間に合わん!」


 守備兵の一人が叫ぶ···。


 


 初めて見る戦を前に、驚く程落ち着いた己に気づく武王丸。


 故に、迫る命の危険を冷静に分析、(さや)に収まった刀で敵の一太刀を受け止めた。


 「馬鹿な!?」


 敵が一瞬怯(ひる)んだ事を武王丸は見逃さない。


 鞘で攻撃を受け止めたまま、瞬時に片方の手で鞘から刀を抜く。


 躊躇(ためら)いなく、浴びせる一太刀。


 武王丸が我に返ると、目の前の危機(てき)は絶命していた。

 

 その様子を見ていた守備兵達。


 「今の姿はまるで鬼神、武王丸(あのおかた)北信濃(ほくしん)猛将(ゆう)になるかもしれん···。」


 そこへ、海野軍を率いる海野棟綱が現れた。


 「今の一太刀、見事であった!御主が村上顕国殿の嫡男、武王丸か?」


 臆すことなく応える武王丸。


 「如何(いか)にも。(われ)、村上顕国が嫡男、武王丸である。」


 「中々の面構え、御主、大将の器を備えておるな!」


 対面する海野棟綱と武王丸。


 海野棟綱は武王丸より、五か六、歳上だ。


 その若さで(あるじ)として軍勢を率い、滋野一族·海野氏を継ぐ男、村上家とは敵対する関係。

 

 「何故、我が領地に攻め寄せるのか?」


 武王丸は凛として海野棟綱に問う。


 「何を申す!先に小県郡に攻め込んだは御主の村上氏ではないか!」

 

 そう、武王丸の祖先村上氏が勢力を拡大、小県郡に攻め込み領土を奪ったのである。


 海野棟綱が村上領に攻め込む理由を知った武王丸は戦国の習いを実感していた。


 そして、海野棟綱に従う家臣に同じく滋野一族·真田家の者がいる。


 棟綱の子が真田家に養子に出されたか、真田家に嫁がせた娘の婿か定かでないがその人物こそ、真田幸隆だ。


 海野氏の代表的な家紋に六連銭(ろくれんせん)なるものあり、これは真田家に受け継がれ、真田六文銭(さなだろくもんせん)となる。


 受け継がれた六連銭を掲げ、真田幸隆は武田家に臣従(しんじゅう)したと言う。

 

 武王丸(村上義清)と海野棟綱·真田幸隆(この頃、真田幸隆はまだ生まれて二、三才)、小県郡(りょうど)を巡る因縁の間柄となってゆく。

  

 海野棟綱を前に雄姿をみせた武王丸だが、劣勢に変わりは無い。


 顕国率いる援軍の到着もまだである。


 その時、新たな報せが海野棟綱の元に届く。


 「棟綱様(との)!申し上げます!我が(ほう)に味方した、小川定縄殿の古山城、陥落したとの報せ!小川定縄殿は落ち延びた御様子!村上方家臣·大日方長利の軍勢が、いち早く和合城(こちら)に到着、海野軍(われら)と交戦致した次第!」


 「小川定縄殿は破れたか···。致し方あるまい、大日方勢を押し返せ!海野軍(われら)は撤退致す!時を稼げば村上の本隊がくる、急げ!」


 村上顕国から離反した小川定縄を討伐する為、顕国は与力の香坂氏·大日方氏を差し向け、小川定縄の古山城を攻めさせていた。


 古山城を陥落させた後、顕国が海野軍の分隊(おとり)と戦っていた頃、香坂氏を古山城に残し、大日方氏は顕国の援軍に向かう為、一路和合城へ。


 顕国より先に和合城に到着した大日方長利は、城に武王丸と海野棟綱の存在を知り、急ぎ戦線を展開、武王丸救出に動いのだ。


 大日方勢の急襲に対抗する海野軍本隊だが、やがて顕国率いる村上軍本隊が到着。


 海野軍本隊は壊滅、分隊も退き、海野棟綱は撤退を余儀なくされた。


 顕国は小川定縄の討伐、和合城における功績を称え、大日方長利に水内郡·小川庄(みのちぐんおがわしょう)を与える。


 大日方長利はその後、小川·古山城を本拠とし、名を大日方長政(おおひなたながまさ)と改めた。



 「武王丸!愚か者!御主の軽率(こうどう)が戦を敗北に招いたかもしれぬぞ!何故!勝手な真似をした!!」


 激怒する顕国。


 「父上!勝手な振る舞い、誠に申し訳御座いません!武王丸は一度(ひとたび)、戦をその目と身体(おのれ)で感じとう御座いました。(おご)っていたのではありませぬ!戦とは何か、己で確かめたく!」


 武王丸は応えた。


 「為らば問う、戦とは何か!!」


 「戦とは、己(武士)の生涯(生き様)に御座います!」


 周りの家臣達は酷く驚いている。


 武王丸の見開いた目が誰にも負けぬという強さを物語り、その様に鬼神の如く奮闘する猛将を思わせたからだ。


 「武王丸、自惚れるな!戦を己の生涯と申すか。それではいつか、御主は己の欲に負け滅びゆくが定め。戦とは戦国(人)の習(欲)。人なれば欲を欲するは当然、その欲が為した姿こそ戦。村上家の当主になる者として(つよさ)は必須、なれど(つよさ)に生きれば民は付いてこぬ。(よわさ)を学び、痛みを知る。(つよさ)(よわさ)を備えてこそ猛将(おとこ)となるのだ。」


 顕国の言葉に耳をかたむける武王丸。


 「元服は取り止めと致す!御主には、一年の謹慎を申しつける。よいな!」


 「はっ!武王丸、慎んで御受け致します。」




 顕国は武王丸に一年の謹慎を言い渡し、正室·お通の兄、斯波義達(しばよしたつ)の元へ奉公に出させた。


 「武王丸、御主はこれまで村上家嫡男として上に立つ者の器を学んできた。此度は斯波義達殿(あにうえ)の元へ奉公し、下に仕える者の苦労(きもち)を学ぶのだ。」


 お通を介し、顕国の想いを悟った斯波義達は武王丸の奉公を認め、武王丸は斯波氏が守護を務める尾張(おわり)·遠江(とおとうみ)国に旅立つ。


 斯波氏は室町幕府菅領(むろまちばくふかんれい)の三菅領を担う名家で、越前·尾張·遠江国の守護を務める有力大名であった。


 戦国時代に入り、斯波氏は主要領国の越前を家臣の朝倉氏に奪われ、遠江を巡り隣国の駿河国の守護·今川氏と争うなどやがて衰退の(きざ)しが現れる。


 武王丸が奉公に出た頃の斯波家では、斯波義達の家臣、尾張守護代の織田達定(おだたつさだ)が遠江出兵に異を唱えて謀反、反旗を翻した為、反対勢力を一掃し、国内の立て直しを進めていた。


 武王丸は、斯波家の規模の大きさに驚き、上には上がいる事を実感する。


 奉公を始めた武王丸、苦労と苦難の連続の日々。


 嫡男として育てられた故に、上に立つ者の器ばかり意識していた武王丸。


 此度の奉公で、下に仕える者の苦労(きもち)を思い知らされる。


 (「父上が申しておられた事は、誠であった。武王丸(わたし)は自惚れていた。」)


 武王丸は、父の言葉を思い出し、己が自惚れていた事に気づく。


 下に仕える者の苦労を学び、時に嫌気が差す事もあったが、真っ直ぐな性格と持ち前の忍耐力で、一年の奉公を無事に勤めあげた。


 斯波義達は、武家の嫡男として生まれ当主になるべく育てられた者が、ここに来て仕える身分となり、様々な苦労や苦難に屈辱と遭遇するも、それでも負けぬと武士(おとこ)の姿を見せる武王丸に深く感心し、自身の名一文字『義』を武王丸に与えた。


 名を賜る事は武王丸にとって大変名誉な事である。


 奉公を終えた武王丸は、村上氏の本拠·信濃国·葛尾城に戻ってきた。


 「父上!武王丸、ただ今戻りまして御座います。」


 「奉公の勤め御苦労!武将(おとこ)の顔になったな武王丸!」


 「有り難き御言葉、父上の御陰に御座います!」


 そばで様子を見ていた、母·お通も武王丸の無事な帰省を大変に喜んだ。


 数日後、武王丸は父の許しを得て元服を無事果たす。 


 「武王丸、元服を迎え名を改めよ。何とする?」


 父の問いに、武王丸は己の想いを述べる。


 「父上、此度の奉公で斯波義達様は(それがし)を御認め下さり、名、『義』の一文字を賜りました。これに村上(わが)御先祖、清和源氏より『清』の一文字を頂き、生涯を(ただ)しく(せい)すとの想い込め、『義清』と致します!」


 「義清、村上義清か!良き名よ!」


 父·顕国は喜び叫んだ、母·お通も嬉し涙を拭う。


 石川長昌をはじめ、村上家臣達が声を(そろ)える。


 「若様改め、村上義清様じゃ!」 



 

 武王丸、改め、村上義清十五才。


 その後、戦役に身を投じてゆく村上義清。


 その強さは図り知れず、やがて信濃村上家当主として最大の勢力を誇ったと言う。


 北信濃の猛将の過去(おいたち)であった。

 


 

 

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