「義清の偏諱」 其の弐
「義清の偏諱」 其の弐
永正十二年(1515年) 武王丸は元服を迎えようとしていた。
「若様、祝着至極に御座います。」
武王丸の傅役、石川長昌は晴れ姿の武王丸に喜びを隠しきれない。
それは、父·顕国も同じ思いだが、父としての威厳故か、喜びを隠し冷静を装う顕国。
「武王丸、天晴れ!見事な姿よ!」
「顕国、武王丸は武士になりましたぞ!、長昌、これまでの務め、礼を述べる!」
顕国、長昌に深く頭を下げる。
「若様、礼儀も身について何より。剣術鍛練に、涙目でおられた姿が御懐かしゅう御座います。嫌気がさせば、こっそり城から脱け出し、馬や牛の元へ行かれては触れ合っておられた。その都度、長昌は若様の身に何かあれば一大事!と肝を冷やしておりましたわ。」
「長昌、その話はもうよい!」
照れる武王丸。
そしてもう一人、息子の晴れ姿を喜ぶ、母·お通。
「武王丸、立派になりました。母は嬉しき限りです。武王丸は、心の優しい子。どうか、その優しさを忘れずに生きてゆくのです。この世は、辛き事も多い。然れど、辛き事にも負けぬ強い武王丸になりなさい。」
「母上、武王丸はいつかこの北信濃に知れわたる程の猛将になりますぞ!」
心に秘めた思いを武王丸は述べた。
「フフ、楽しみにしていますよ。」
「若様!男は口にした事、守らねばいけません!ハハハ!」
母·お通と長昌に笑われ、ムキになる武王丸。
「長昌、わかっておる!『武士に二言は無い』であろう!」
やり取りを見ていた父·顕国、
「武王丸、よき武将になるのだぞ。」
応える武王丸。
「顕国、必ずや源氏の名に恥じぬ武士になりまする!」
武王丸にとって幸せな日であった、そこへ···
「も、申し、申し上げます!火急の知らせに!」
急ぎ、顕国の家臣がやって来た。
「如何した!」
武王丸の晴れ舞台に、慌てて来た家臣に苛立ちを見せる顕国。
「はっ!御無礼は誠承知、顕国様の家臣、小川定縄殿が謀反。村上家に反旗を翻した御様子!」
「小川定縄が謀反と!」
「はっ!兵を固め、古山城に籠ったとの報せが!」
「誠か、定縄め、顕国に野心が無い事を憂いておったが、謀反を起こすとは···。その報せ、確たる証拠はあるのか!?」
「恐れながら小川定縄殿、小県郡海野庄·海野氏と内応していた御様子!小川定縄殿の密使を捕らえ、その書状がこちらに···。」
差し出された書状に目を通す顕国。
確かに、小川定縄は以前より顕国の命に背く事が幾度かあった。
しかし、謀反を起こすとは思いによらない事態である。
顕国は、佐久郡の有力豪族·大井氏を服従させ、北部に敵対する高梨氏を圧迫し勢力を広げるが、積極的に対外に攻め入ろうとはせず、対内政策に目を向け、代々受け継がれた信濃村上氏が源氏の名門として再興できる為の実力固めに力を注いでいた。
小川定縄も代々の名門の家柄、名家の誇が顕国のやり方を認めなかったのかもしれない···そのように考える顕国。
「小川定縄の押印、海野と呼応し、顕国を攻める気でいたか···。」
謀反に確信を持つ。
「此れより、小川定縄の古山城を攻める!、武王丸よ!元服の備えは日を改めると致す!よいな!」
顕国は小川定縄を討つ覚悟を決めた、とその時、別の家臣による新たな報せが届く。
「申し上げます!既に海野氏が兵を進め、村上領に攻め寄せる兆し!」
「海野が先に動いたか···、やむ終えん!迎え討つ!」
「迂闊に戦えば、背後を小川定縄にとられますぞ!」
石川長昌が忠告する。
「小川定縄討伐に、香坂忠宗·大日方長利を差し向ける。村上顕国は海野軍を迎え討つと致す!」
敵の侵入を受け、武王丸の元服は見送りとされた。
「父上!武王丸も戦に参陣しとうございます。」
「ならぬ武王丸、御主はまだ元服を控える身!城で母上を御守り致せ!」
父の言葉に、しぶしぶ従う武王丸。
「各々、敵は村上の土地を侵さんとしている!よって、顕国はこれを迎え討つ!覚悟致せ!出陣じゃ!!」
「おおっ!!」
下知を飛ばす顕国。
村上顕国率いる軍勢は、村上領を侵す海野軍を迎え討つ為、葛尾城を出陣する。