「天敵の存在」
「天敵の存在」
(「村上義清、その方は真田幸隆を小県から追い出し、真田郷を奪った男。予てよりの敵であったが、故郷を取り戻す為、真田は村上と本気で戦をかまえる。その為に真田幸隆は武田に忠節を誓った。」)
話は再び遡る。
天文十五年(1546年) 甲斐国山梨郡甲府躑躅ヶ崎館(かいこくやまなしぐんこうふつつじがさきやかた)
「根津美濃守政直、真田弾正忠幸隆、面を上げよ。」
武田家付随の家臣がい並ぶ中、甲斐の国主·武田晴信が二人の男に呼び掛けた。
晴信の呼び掛けにまず、
「はっ!武田晴信様、根津美濃守政直に御座います。此度は根津政直の推挙、御聞き入れ下さり、誠に恐悦至極。」
「この方が、真田弾正に御座います。」
根津政直が応え、
「武田晴信、御目通り叶い、恐悦至極。其が真田弾正忠幸隆に御座います。」
真田幸隆も面を上げた。
「真田弾正、御主の話は、山本勘助·相木市兵衛からも聞いておる。御主を推挙したいとの根津美濃守からの頼みでな、調略に長けると聞く、晴信の元で存分に励むがよい。」
甲斐の新たな国主となっていた武田晴信、若きながら頼もしい姿である。
「有り難き御言葉。真田弾正忠幸隆、武田晴信の為、身命を賭す覚悟に御座います。」
まだ武田への憎しみがあるのだろう、幸隆は鋭い眼光で晴信を見ていた。
「武田晴信様、根津政直の頼み、御聞き入れ下さり、誠に有り難き幸せ。真田弾正殿、武田晴信に三度、御礼を述べよ。」
頼みを聞き入れてもらい満足の根津政直が促す。
「はっ、根津美濃守殿の御陰で御目通り叶いました。武田晴信、其の仕官を御認め下さり、誠に有り難き幸せ。」
真田幸隆は、三度、礼を述べた。
「根津美濃守、あまり促すでない。のう真田弾正、」
笑みの晴信にその場の切り詰めた空気が少し緩むと、山本勘助が会話に加わり、
「御館様、真田様は調略を得意とさる御方。戦において、その活躍は大いになる事、間違い御座いません。」
「山本殿の申す通り。御館様、真田殿とは同じ信濃先方衆、これよりの信濃攻略に必要な存在に相違ありませぬ。」
相木市兵衛も同調する。
「ハハハ!勘助に市兵衛、御主らからも真田弾正の話はよく聞いたな。勘助は真田弾正を武田に引き込む策を練り、思案に暮れておったわ。」
晴信は笑みを浮かべて話し、
「御恥ずかしき限りに御座います。」
照れながら山本勘助が述べるが、未だに真田幸隆は固い表情のままである。
「して、真田弾正。」
笑みから真顔に戻った晴信が、
「此度、晴信に仕える褒美として、知行に小県郡·真田郷を与える。これからよりの信濃攻略、御主の働き大いに見せよ!」
国主としての威厳を放つ、
「!?、な、なんと、お、仰せに···、」
雷鳴に打たれたかの如く、真田幸隆は驚いた。
「御主の悲願は真田郷の奪還。晴信もよく存じておる。」
さらに続け、
「今や、真田の里も然り、小県は北信濃の村上義清が抑えておる。信濃攻略に際し、村上義清が必ずやこの晴信の前に立ちはだかるは必然。村上義清は猛将と謳われる男、真田弾正とは因縁の間柄と聞く。先の戦(海野平の戦い)で敗れた恨み、武田への憎しみもあろう。然れど、その恨み、その憎しみを捨て武田に仕えよ。恨みで呪い、憎しみで戦うのみは己を弱くさせる。視野が狭まり、周囲に目が届かず、憎悪による一時の強さもさらなる困難を前にいずれ敗れる。憎しみでは悲願は為せん。悲願を為すは己に負けぬ事。よいか真田弾正!」
そこには力強く述べる、甲斐の国主·武田晴信の姿があった。
「はっ!武田晴信様···、有り難き幸せ!···」
感情高まり、短くしか応えられない真田幸隆、晴信に“様”を付けた。
武田晴信を二度負かす事になる存在は、やがてこの真田幸隆の調略により敗北へと追い込まれる。
しかし、今は、憎しみを捨て武田に忠節を誓い、悲願達成の第一歩を踏み出そうとしていた。