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第三十八話 すべては明らかに

 目を開けると夜だった。


 満天の星空と、海賊船。


 ああ。さっきのは、夢だったんだな。


 横に村松さんがいた。夢とちがって服を着ている。でも砂の上に坐っているのは夢と同じだった。


 村松さんは砂をいじりながら、小声で鼻歌を唄っていた。


 まるで子どもみたいだな、と思った。


 清伸は、寝転がったまま訊いた。


「なんの歌ですか?」


 村松さんが、ちらりと一瞥をくれた。


「正義はいいねーって歌だよ。なんだか疲れちまった」


 村松さんは手についた砂を払い、ため息をつくと、


「なんかさ、なにかに見られてるような気がするんだよ。死神だか神だか。そんなのが、本当にいるのかどうかも知らんが」


 立ち上がって、空を見上げる。


 清伸も同じ空を見た。


 満月が、蒼白く光っていた。


「おまえを赦す気はない。が、とりあえず復讐は中止してやる。決意が鈍った」


 どう返事をしていいのかわからない。


 世間の誰もが赦さない幼女殺人犯を、村松さんは見逃してくれた。


 こんな人が、ほかにいるだろうか。


「あっちの突堤で」


 村松さんが指差す。


「誰も見てないことを確認して、子どもを落とす予定だった。でもやめた。さて、元々おまえに殺させるつもりで多美に産ませたあれを、どうするか。おまえにくれてやる義理はないし、おれにとっては邪魔なだけだ。なにかいい考えはないかな」


   *   *   *


「あの、その話、ベンチでしませんか」


 小宮が言った。反対する理由もないので、そうした。


「今夜は満月ですね」


 くだらないことを言う。


「それがどうした」


「ぼくがあの事件を起こしたときも、満月でした」


「よく憶えてるな」


「八月の半ばだったんです。ぼくは夏休みの最中で、世間でもお盆休みと呼ばれて会社などが休みになる時期でした」


「だから?」


「盲点だったと思うんです。一つの町に、二人も変質者がいるわけない。幼女を誘拐したやつがいたら、女の子を殺したのも、そいつにちがいないっていう」


「なにが言いたい?」


「いたんですよ、もう一人。でもその人は変質者じゃない」


 小宮の顔を見た。その瞬間、初めて思った。


 こいつは案外、バカじゃない。


「ぼくには誘拐する動機はあっても、殺す動機はありません。そして、その一線を越えることは、どうやってもできない人間なんです。だけど、それを知っているのはぼくだけです。ぼく以外の人すべては、実際に女の子が殺されてるんだから、小宮清伸はそういうことのできる人間だと思い込んだのです。だから、ほかに犯人がいるかもしれないなんてことは、考えもしなかった」


「証拠はどうなんだ」


「思い込みのせいです。唯一の物的証拠は絞殺に使われたドライヤーでした。ぼくがそのコードをうっかり触っただけで、凶器を使用した証拠にされました。あとは、全部警察と検察のストーリーどおりに自白したせいで、有罪になったんです」


「じゃあ真犯人は誰だ」


「ぼくも今夜まで、真相は知りませんでした。でも今は知っています。事件当時、村松さんには愛人がいました。事件後すぐに、二人は同棲を始めました」


 自然と手がこぶしになる。


「多美さんは、会社のお盆休みを使って、愛人の家庭を盗み見ることにしました。普段の村松さんが、奥さんや娘さんとどういうふうに過ごしているか、見てみたかったのです。楽しそうにスーパーで買い物をする三人。ところがそこで、とんでもないものを目撃します。友華ちゃんが、怪しげな男のあとについていくところです」


「…………」


「多美さんはそれを追って、ぼくが家に友華ちゃんを連れ込んだことを知ります。多美さんは驚きましたが、村松さんに知らせることも、警察に通報することもしません。おそらくぼくが友華ちゃんを殺すことを期待したのでしょう。多美さんは知っていました。子どもさえいなくなれば、村松さんが妻と別れて、自分と一緒になってくれることを」


「…………」


「彼女は誘拐事件がどう進展するのか気になります。そこでときどき、ぼくの家をこっそり見に来ます。あるとき、ぼくが家から出てくるところを見ました。友華ちゃんにビデオを観せておいて、買い物に出たときです。いつもはビデオに夢中になって、ぼくが出て行くのにも気づかなかった友華ちゃんでしたが、そろそろ両親のところに帰りたくなったのでしょう。その日は鍵を開けて家から出ました。それを見た多美さんはハッとします。誰かが友華ちゃんを見つけて保護すれば、自分の期待とは正反対のことが起こる。村松さんがますます子どもを大事にするようになり、家族の絆がいっそう強くなるのです。それを考えると絶望します。唯一の解決策は、子どもが無事に還らないことです。多美さんは友華ちゃんに近づき、危ないから家に戻りましょうねなどと声をかけ、急いでぼくの家に入ります。誘拐犯の家で子どもを殺せば、殺人容疑は自ずとその誘拐犯にかかる。今やれば安全だとの判断から、多美さんは殺害を決意し、ぼくの部屋に行って、友華ちゃんの首をドライヤーのコードで絞めました」


「……証拠は?」


「物的証拠はありません。目撃証言もありません。ですが、多美さんが村松さんの愛人だと知った瞬間に、ぼくには一気に真相がわかったのです。多美さんだけに、動機と機会がありました」


「それだけで、犯人とは言えない」


「そしてなによりも、多美さんは子どもを殺せる人です。死なせる目的のために、純を妊娠して産むことができたのです。多美さんには幼女殺しができる、ということを、この復讐計画全体が証明しているのです」


 そう。多美ならできる。そして、やったろう。


 多美。


 満足していればよかった。公園で子どもと遊ぶ幸せに。なのに、愛人に溺れた。


 子どもさえいなければ別れるんだがなと、何度も寝物語に言った。


「……小宮」


 小宮の膝に、手を置いた。


「赦してくれ。おまえの母さん、殺しちまった」


「ぼくこそ、友華ちゃんを誘拐しなければ」


「多美を赦してやってくれ。おれが唆したようなものなんだ」


「多美さんのおかげで、ぼくには純という生きる希望ができました」


「あの子を育ててくれ。頼む」


「はい」


 小宮と二人、ベンチを立って、並んで歩いた。


 海賊船の横を通って、駐車場に戻った。


 車がない。


 シルバーのフィアット500が駐めてあった場所に、なにかが落ちていた。


 拾って見た。イタリアで多美に買ってやった、カメオだった。


 悟った。


 多美が、自分の子どもを連れて、永遠に去ったことを。


 きっと、小宮が真相に気づいたことを、女の勘で知ったのだろう。


 バカな男どもを嘲笑うかのように、鮮やかに逃げた。


 と――


 駐車場に、えらく痩せた、ちっちゃな男が歩いてきた。


 ぎょっとした。


 海賊船で見た死神だった。


「多美さん……純……」


 死神は、呻くように言ってうずくまった。


 そこへ。


 どこから現れたのか、金髪の大女がぬっと立ち、


「サ、純亜、帰るよ」


 死神の手を引いて立たせると、よっこらしょと背負い、夜の闇に飛んでいった。


                                       (了)


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