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第三十四話 ねじれる計画

『ぼくと手をつないだら、子どもができちゃうよ』


 不思議な超能力者に連れられて、多美が探偵事務所に行くと、頭のおかしなチビがそう言ったらしい。


 が、しばらくすると、多美は本当に身籠った。相手が誰かなんてことは知らない。


 運よく女が生まれた。計画どおりだ!


 女児を差し出して、自由にできる環境をつくれば、小宮は必ずイタズラをする。


 そしてバレることを恐れて、いつかは殺す。


 和樹はそう信じていた。


 ああいうやつの性癖は治らない。刑務所に行ったくらいで決して反省なぞしない。だから必ずやる。そうしたら今度こそ死刑だ。


 ところが多美のほうが、待てなくなった。


「もう無理」


 電話で訴えてきた多美に、和樹は待てと言った。


「絶対に小宮はやる。あともう少しだけ待つんだ」


「嫌よ」


 多美はきつい口調で言った。


「あれはただのいいパパよ。一緒に住んでるわたしのほうが、和さんよりよっぽどわかってるから。それより最近純が、色々わかるようになってきたの。死なせるんなら早くして。これ以上大きくなったら、わたし、つらすぎるかも」


「……わかった」


 ある程度予想はしたことだが、多美に母娘おやこの情が生まれてきている。仕方がない。子どもは処分しよう。


 すっかりパパ気分でいる小宮に、死体をプレゼントしてやる。


 そうだ。愛する娘を突然殺される苦しみを、あいつにも味わわせてやるのだ。復讐としては物足りないが、今回はこれで我慢してやる。


 子どもの次は、おまえだ、小宮。


 これはそういうメッセージになる。純の死体を見た小宮は、この先一生、復讐の手が自分に伸びることを恐れて、毎日ビクビク脅えて暮らすことになるのだ。


 和樹はそう決めて、電話で多美に言った。


「折を見てこっちのアパートへ来い。人に見られないように注意してな。おまえは同棲相手に嫌気が差して、子どもを連れて家出した。そういうことにするんだ」


「……それで?」


「ノイローゼになったおまえは、海が見たくなって堤防に坐り込む。気がつくと子どもの姿がない。誤って海に落ちたってわけさ」


「わたしが落とすの?」


「いや、おれがやる」


「……捕まらない?」


「目撃者さえいなければ大丈夫だ。そこのところは、おまえがしっかり見といてくれ」


 八月の第二土曜日の深夜に決行となった。その日の昼前、多美の携帯に、小宮からのメールが入った。


〈多美さん。彼氏が、村松和樹さんであることを知りました〉


 舌打ちが出た。くそっ。勝間田の野郎だ。きっとあいつが、余計なことをしゃべったにちがいない。


 小宮に会って、とことん恐怖を植えつけなければ。


 幼女の溺死に関して、もし警察におかしなことを言ったら、どれほどの苦痛が待っているか――そいつを骨身に沁みてわからせてやる。


 もうすぐ小宮に会う。ついに、あの野郎と……


 二十三時。アパートを出る予定時刻の一時間前になったとき、和樹は玄関に立った。


「どこに行くの?」


「どうも落ち着かなくてな。ちょっと外の空気を吸ってくる」


 当てもなく歩く。目の前を、小宮の母親の顔がちらつく。電車に飛び込んで自殺した、無責任な女の顔が。


「くそっ。おれのせいじゃねえぞ。あいつは勝手に死んだんだ」


 気がつくと、どういうわけか、教会の前に立っていた。


 牧師を殴ったのが、つい昨日のことのように思える。


 あれで和樹は、ローマ法王にクソを投げつけようと思い、イタリア旅行を計画したのだ。


 イタリアではカメオを買い、多美を小宮への復讐に引きずり込んだ。多美もまた、地獄行き決定か――


「くそっ。神様がなんだ。おれの悲しみを知らないくせに、罰だけ下そうってのか。おれは神なんて恐くねえぞ!」


 アパートに戻ったときは、深夜零時をとっくに過ぎていた。


 小宮に会うことや、子どもを殺すことを考えると、歩く足がどうしても遅くなったのだ。


 アパートの駐車場に目をやる。すると、シルバーのフィアット500に、もう多美が乗っていた。


 運転席に乗り込んで、後部座席を振り返って言う。


「ガキも乗せたのか。おれが帰ってくるのを待てなかったのか?」


「和さんと同じよ。和さんの部屋にいても落ち着かないから、外の空気を吸いに出たのよ」


「誰にも見られてないだろうな?」


「ええ」


「そのスポーツバッグはなんだ?」


「家出を装うんだから、適当に荷物を入れたの」


 するとスポーツバッグが、小刻みに揺れた。


「ん?」


 猫でも入ってるのか、と一瞬思ったが、そんなはずはない。ただ多美の足がバックに当たって、動いたように見えただけだろう。


 車を発進させて、小宮のアパートに向かった。深夜一時。多美が車を降りて階段を昇っていき、やがて小宮を連れて階段を降りてきた。


 と、駐車場に小宮が這いつくばり、大きな声を出した。


「ごめんなさい!」


 人目につきたくなかった。急いで手を伸ばし、小宮の腕をとった。


「目立つことすんじゃねえ。早く車に乗れ!」


 おぞましさに震えが起こる。


 友華を殺した野郎の肌に、触れてしまった。


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