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第三十話 勝間田章吾

 多美さん。


 頭の中は、それ一色になった。


 翌日の夜も、多美さんは来てくれると言った。


 バイトが終わると自転車をとばして帰った。部屋をきれいに掃除して、正座して待つ。


 電話。


 保護観察官の、粕谷かすやさんからだった。


「元気?」


「はい。なんとか仕事は続いてます」


「伝言があるんだ。熊野刑事さんからだけど、憶えてる?」


「……ええ」


 思い出したくない名前。清伸のことを頭から殺人犯と決めつけ、誘導的な取調べをした刑事だった。


「熊野さんによると、村松和樹氏に、清伸くんの出所後の様子を探っている様子があるらしい。おそらく住所は知られていて、襲ってくる可能性があると。あるいは人を雇って襲わせるとか、車で撥ねるとか。とにかく充分注意して、静かな場所に一人でいるのは避けてほしいとのことだった。これまでになにか、不審な電話とか手紙はなかった?」


「いえ」


「もし謝りに来いとか、会って話をしようとか言われても、絶対に一人では行かないように。わたしか弁護士の高橋さんに連絡して。わかったね」


「わかりました」


 一応そう答えたが、友華ちゃんの父親に謝りに来いと言われて、拒否できる自信はなかった。


 清伸自身、そうすべきだと思っている。


 殺されても仕方がないと考えたこともある。でも多美さんを知った今は、安易に死にたくはなくなっていた。


 多美さんは来てくれた。その翌日も。


「来月の頭くらいから、わたしのアパートで一緒に住もう。純を育ててね」


 そんな話をした数日後、夕方六時半にチャイムが鳴った。


 いつもより早いなと思いながらドアをあけると、多美さんではなかった。


 スーツ姿の男が立っていた。


「こんばんは。フリーライターの勝間田章吾と申します。小宮清伸さんですね?」


 差し出された名刺を受け取りながら、小さくはいと答えた。


「生活は落ち着きましたか? わたくしは、現代社会の問題点を、少年犯罪を通して研究している者です。小宮さんほど、現代社会の歪みを身をもって体験された方はいないと思います。それをぜひお聞かせ願いたいと思ってまいりました」


 もう十年も経ってるのにと、清伸は唇を噛んだ。


「捜査に問題はありませんでしたか? 裁判で矛盾は感じませんでしたか? 日本の将来を良くするために、そのあたりを証言してほしいのです」


「……あの、いきなり来られても、心の準備がありませんし」


「ではいつがよろしいでしょう。明日では?」


 勝間田の片足が、強引にドアの内側に入ってきた。


「取材を受ける気はありません」


「プライバシーには配慮します。とくに教えていただきたいのは、警察の密室での取調べの様子です。警察のやることは、すべて公正と正義に適っていましたか?」


「そのことだけ、お話しすればいいですか?」


「そうです、そうです。三十分で終わります。明日六時でどうでしょう」


「……はい」


 押し切られてうなずいたとき、階段を昇ってくる多美さんが見えた。


 勝間田が振り向く。多美さんがその顔を見る。


「あ」


 勝間田が声をあげた。知ってる人間に偶然会って、驚いたというリアクション。多美さんも、ビクッとした。


 が、多美さんはそのままさっと部屋に入った。ドアが閉まる間際の勝間田の顔は、まるで幽霊でも見たかのようだった。


「知ってる人?」


 多美さんはそれには答えず、キッチンに行って換気扇をまわし、煙草を吸った。


「フリーライターだって言ってたけど」


 重ねて訊くと、多美さんは恐い顔で煙草をシンクに押しつけて消し、


「昔、うちの会社に取材に来た人よ。キーくん彼に、なにか話した?」


「明日取材を受けることになった」


「は? なに言ってんの。そんなの断わりなさいよ!」


 勝間田の名刺を見た。断われと言われても、いったいどう言ったらいいのか。


「かけないんなら貸して。わたしがかける」


 名刺をひったくられた。多美さんが携帯を出す。


「さきほど小宮さんのアパートでお会いした者ですけど、小宮さんはいかなる取材も受けませんので、もう来ないでください。いいですね」


 多美さんは電話を切ると、抱きついてきた。


 もしかして、勝間田は昔の彼氏かなと、ふと想像した。


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