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第三話 運命の子


「中学二年生の早紀ちゃん。今度の依頼人は、超特別ヨ」


 ミス・コケティッシュが連れてきた子は、勝気そうな目をしていた。ぼくの顔を、じっとにらむように見ている。


 ショートカット。白のTシャツに、デニムのホットパンツ。小柄で細身だったが、身長はぼくより十センチは高かった。


 時間はもう夜の九時だった。中二の子をこんな時間に連れてきたということは、きっと家庭に問題があるのだろう。


「探偵って、儲かるんだ」


 彼女の第一声はそれだった。ぼくはいい服も着ていなければ、部屋に高級家具があるわけでもない。どうしてそう思ったのかと訊くと、


「だって、タワマンなんかに住んでんじゃん。高いんじゃないの、ここ」


 高いといえば、高い。


「実はここ、プレゼントされたんだ。十年くらい前に、さる資産家の奥様からね」


「プレゼント? マジ?」


「不倫がばれるのを防いだお礼にね。安くはないけど、その人が失うはずだった金額を考えたら、バーゲン並みに安い」


「ボロい商売してやがんなー」


 口の悪いお嬢様だ。


「エヘン。まあ、資産百億円の依頼人からなら、一億もらったっていいでしょ? 逆に貧乏だったら、一円ももらわないことだってあるしね」


「かっこつけてるつもり?」


 だんだんと、反抗期の娘と話してる父親みたいな気分になってきた。このぐらいの齢の女の子は、どうも苦手だ。


「早紀ちゃんはサ」


 ミス・コケティッシュが、女の子をソファに坐らせて言った。


「客じゃないんだ。道ですれちがって、驚いて呼び止めたんダヨ。さて問題です。わたしが驚いたのはナゼでしょう?」


「知らないよ」


 ミス・コケティッシュにはいろんなものが視える。だから、探偵を必要としている人を見つけて、ここに連れてくることができる。


 でもぼくには、なにも視えない。ぼくはただ、持ち込まれた依頼に対して、精いっぱい行動するだけだ。


 もちろん、解決できるのは、この不思議なアメリカ人の力のおかげだけど。


「よく見なさい。なにも思い当たらナイか?」


 そもそもミス・コケティッシュは、ぼくに運命の女性を見つけてくれるはずだった。依頼人の中から、それを選べという話だったのだ。


 それがいつの間にか忘れられた。彼女は夢中になって依頼人を探すあまり、人妻とか、九十八歳のおばあちゃんまで連れてきた。そのおばあちゃんは、娘による婿の殺害計画を聞いて悩み苦しんでいたけれど、早い話認知症の幻聴だった。


 今回もそうだ。中二の子では対象にならない。香織ちゃんを失った心の穴を埋める存在は、あれから十五年、ついに一人も現れなかった。


「じゃあヒント出すヨ。早紀ちゃんは十四歳。だからできたのは十五年前。十五年前、純亜にナニがあった?」


「十五年前?」


 それはむろん、高校を卒業して、ミス・コケティッシュと運命的な出会いをし、探偵になった年だ。


 なるほど。あのころにできた子どもがもう中二か。光陰矢のごとしだね。


「おばさん、嘘ついてるっしょ。こんなちんちくりんが、わたしのパパなわけないじゃん」


 早紀ちゃんがソファにふんぞり返って、ぼくを虫でも見るように見て言った。


 わたしのパパ?


 どういうことだ。頭が激しく混乱する。


『元気な女の子が産まれたわ!』


 と、言われたのは、ついさっきだ。それが一瞬で十四歳の少女に?


 なるわけがない。これは別口だ。


 とすると、ほかにぼくが女性と手をつないだのは、十五年前にたった一度――


「まだわからナイか? この子は嶋田早紀ちゃんダヨ。嶋田修一と香織の一人娘、ということになってるけど、本当は、香織と純亜の子サ」


 スキットル。ぐいと呷る。むせた。


 口からオレンジのつぶつぶが噴き出して、早紀ちゃんの顔にかかった。


「なにしてくれんだ、このチビ!」


 嶋田早紀ちゃんにビンタされた。ジーンと痺れたほっぺをさすりながら、その怒った顔を見る。むき出した歯茎が、なんと、ぼくにそっくりじゃないか。


「純亜」


 ミス・コケティッシュが、豊かにカールした髪――十五年間まったく変わらない髪型の――を、バサッと掻きあげて言った。


「問題は深刻よ。嶋田修一が、早紀ちゃんが自分の子であることを疑いだした。そしたら修一、悩みに悩んで、頭ヘンになったね。いつ惨劇が起こってもオカシクない」


「ホントに?」


 早紀ちゃん、つまりぼくの血を引いた子が、不意に恐怖に襲われたような顔になり、ぶるっと身を震わせて言った。


「なにかにとり憑かれたみたいになっちゃって、夜中にケケケって笑ったり、ドアの隙間からわたしを見てニターッて笑ったり。かと思うと、突然キチガイみたいに怒って、わたしとママに向かって味の素を投げたりしたの」


「それだけじゃナイよ。修一はだんだんと、ネズミみたいになった」


「……え。わたし言ってないのに、どうしてそれを?」


「視えるのサ。地球人って、いや、人間って面白いネ。あんまり悩むと、動物みたいになるんダナ。狂気の成れの果てサ」


「このごろのパパ、巨大なネズミみたいに見えてきた。背中が丸くなって、爪がものすごく伸びて、前歯が出っ張ってきて、タクアンをカリカリカリって齧るの」


「猜疑心のせいダヨ。もはや人間じゃない。早紀ちゃんと香織、いつかネズミになった修一に喰い殺されるナ」


「怖い……」


「さあ純亜。あんたの出番よ。自分の娘と、かつて愛した香織を救うため、嶋田修一をなんとかしろヨ。それが探偵ダロ!」


 修一。香織。


 その名前の響きに、ぼくの心は、たちまち少年時代に戻った。


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