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第二十八話 復讐の狼

 イタリアの空が青い。


 この一月半で、色々なことが片付いた。貴美子と正式に離婚し、家を売り、復讐計画を立てた。


 裁判の傍聴はしないことにした。やつの言い訳など聞きたくない。小宮がいつ刑務所から出てくるかを知るだけでいい。熊野刑事によると、それは法務省から被害者の親に伝えられるということだった。


 旅行は七泊あった。バチカンでは、多美にせがまれてカメオを買い、ヴェネツィアではゴンドラに乗った。巨大な教会を見物し、宗教画の解説を聞いた。


 明日は帰国するという最後の晩、ホテルで和樹は言った。


「小宮への復讐を、一緒にしてくれるか?」


「……わたし、なにをするの?」


 計画のあらましを話すと、多美は顔を蒼くし、


「そんなこと、無理じゃない?」


「できないか?」


「できるかできないかじゃなくて、そんなふうに計算どおりにいく?」


「きっといくさ」


 多美が、じっと目を見てきた。


「あなたの顔……」


「顔?」


「狼に似てきたわ」


「狼に?」


 頬に触れてみた。手に当たるヒゲの感触が、硬い。


「ヒゲが伸びたからだろう。復讐計画を考えるのに忙しくって、剃るのを忘れた」


「鏡は見てない?」


「どうだろう。見てないかもしれない」


「見て」


 ユニットバスに連れて行かれた。鏡を見る。あれが……おれ?


「気がつかなかったの? 旅行中、みんなあなたを振り返ってたわ」


「そうか。きっと憎しみが、顔を変えたんだな」


 和樹は、前に飛び出した鼻を触り、横に大きく裂けた口を開いたり閉じたりし、鏡に牙を映してその鋭さを確認したりした。


「みんな小宮のせいだよ。あいつを破滅させたい。たとえ何年かかっても。なあ多美、協力してくれるな?」


 多美は黙った。沈黙は一分以上続いた。そのあいだ、テーブルに置いてあったカメオをいじっていた。貴婦人の横顔が彫ってある、バチカンで買ってやったカメオを。


 やがて多美は、吹っ切れたように笑顔を向け、


「和さんのためなら、やるわ」


 抱き締めた。本当に多美は、世界一の愛人だ。


「うまくいくかなあ。わたし、女の子を産むんだよね?」


「何年かかっても、だ」


「和さんの子じゃダメなのね」


「情が移るだろう。相手は見ず知らずの男じゃないと」


「……あなたは、それでいいの?」


「いい。おれはもう、人間の心は捨てた。おまえにも捨ててほしい。でなければ、この正義はできない」


「正義、なのね」


「そうさ。少年法なんか正義じゃない。あいつにふさわしい刑を執行する。おれたちが協力すれば、国に、それをさせるよう仕向けることができるんだ」


「わかったわ」


 ついに、多美は言った。


「わたしも人間の心は捨てる。狼みたいになる。あなたと一緒に、どこまでも堕ちていくわ」


 抱いた。


 計画が始動した。


 十年後、法務省より連絡があり、小宮清伸が少年刑務所を出所したことを知った。


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