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第二十六話 偽善者への鉄槌

 封筒に手紙を入れて宛名と住所を書き、車でコンビニへ行って郵送を頼んだ。


 ついでに酒を買って車に戻ると、勝間田に電話した。


「たくさん調べてくださって、ありがとうございます」


「お役に立てたなら嬉しいです」


「一度お会いしたいですね。犯人の野郎を殺したいと思うのですが、そういう自然の感情を抑えつけようとする圧力が内外にありましてね。勝間田さんでしたら、きっとこの気持ちをわかってくださると思いまして」


「被害者の会の方を紹介しましょうか?」


「それはいいです。いつ会えるでしょう。明日の朝九時では?」


「いいですよ」


 海野多美のアパートで会うことにした。自宅にはマスコミが来る可能性があったし、外で会う気にはなれなかった。話を多美に聞かれることは構わない。


 多美のアパートに行った。


「妻とは別れる。今日から一緒に住もう」


 多美が息を呑んだ。唇をつけると、チューチュー吸われた。


 寝た。


 翌朝、勝間田が来ることを多美に話し、職場に電話した。上司を呼び出して退職の意志を告げる。


「退職じゃなくて、休職にすればいい」


「いえ、もう二度と働きたくないのです。みんなわたしの娘が殺されたことを知っています。そんな悲劇の主が近くにいたら、誰も冗談さえ言えない職場になるでしょう」


 すると明らかにほっとした声で、


「残念だなあ。気が変わったら、いつでも戻って来いよ」


 あとはもう、どこからの電話にも出たくなかったので、携帯の電源を切った。


 午前九時、約束どおりの時間に勝間田は現れた。黒のスーツ姿だった。


「ハハハ、葬式みたいな恰好ですね。気を遣わなくても、わたしなんてジーパンですよ」


 勝間田は和菓子の箱を差し出しながら、


「笑顔を見て安心しましたよ。村松さんは、実に立派ですね」


「リッパ? どこがです?」


「この状況によく耐えておられます。さぞ苦しいでしょうに」


「フフ。妻と離婚を決めて、愛人のアパートに転がり込んだところですよ。今日からは愛人じゃなくて、なんだろう、彼女かな? 海野多美といいます。多美、勝間田章吾さんにご挨拶して」


 互いにぎこちない表情で会釈した。


 事件の話をした。小宮のことをどう思うかと、勝間田に訊いた。


「あんな異常なことをする輩は、モンスターですよ」


「更正の見込みは?」


「ありません」


「再犯の可能性は?」


「あります」


「じゃあ殺したほうがいいですね」


「死刑にできればどれだけいいか」


「法律が変わる可能性はありますか?」


「難しいです。ですが、例えば小宮のようなやつが出所後に二度目の殺人を犯せば、少年法を変えろという大合唱が起こるでしょう」


「待ってられないな。ところで小宮が出所したら、インターネットに情報が出ますかね」


「でしょう。そのころは今より相当ネットも進化してるでしょうから、性犯罪者がどこに住んでどんな仕事をしてるかも、わかるようになるかもしれませんよ」


「そりゃあいい。いつでも殺しにいける」


「ハハハハ。やるなら完全犯罪でね。それで村松さんが捕まったら、どうにもやるせないですから」


「そうよ。和さんがやったら絶対にだめよ」


 多美が口を挟んだ。この女は道連れにしたい。多美という女には、そう思わせるところがある。一緒に堕ちる相手は多美だ。


「じゃあさ、実行犯はお願いしていいかな。あいつが出所してきたら、色仕掛けで誘い出すとかして」


 多美が反射的に笑った。まるで今のを冗談にするように。だが冗談ではなかった。


「どうでしょう、村松さんの今の率直なお気持ちを、わたしのする講演会の中でお話しくださることはできないでしょうか?」


 勝間田が言ってきた。即座に首を振った。


「せっかくですが、お断わりします。人前に出るつもりはありません」


「では、手記をお書きになるのはどうですか?」


「同じです。わたしは存在を消したいのです。復讐するんですから」


 勝間田は、わかりました、また会いましょうと言って去った。だがまた会うのは危険かもしれないと感じた。


 つい正直な気持ちを言いすぎてしまった。将来やるべき完全犯罪が、こういうことから崩れてしまってはいけない。


 勝間田が帰るとやることがなく、小宮の母親に糾弾の手紙の第二弾を書いて、ポストまで歩いた。そのときふと、小さな教会が目に留まった。


 ちょうど無料の講演会をしているようだったので、入った。


 演壇に牧師ふうの初老の男がいた。五十人ほどが行儀よく坐って聴いている。


 やがて講演が終わった。演壇にまっすぐ向かう。


 すると牧師が満面の笑みで、


「ようこそおいでくださいました。初めての方ですね?」


 和樹は相手の目を正面から見据え、


「神様は、どんな罪でもお赦しになりますか?」


 牧師が真剣な顔になる。


「赦されない罪もあります。ですが、ほとんどの罪は赦されます」


「赦されない罪とは?」


「神に対する冒瀆です。意図的に神に反逆し、神を辱める道を歩みつづけるなら、赦しは得られないでしょう。ですがたいていの過ちは、悔い改めることで赦されます」


「殺人は赦されますか」


「心から悔い改めるなら」


「悔い改めるだけで、いいんですね?」


「神から見て本当に心を入れ替えたならばです。生き方も、人格も変えなければなりません。ですから自分一人の力では無理でしょう。神の救けが必要です」


「人を殺しても、神に救けを求めたら赦されるよと、あなたは教えているのですか?」


「わたしの考えではありません。み言葉にそうあるのです」


「殺されたものの家族はどうなります? 殺人犯が神に赦されたら、たまったもんじゃないでしょう」


「わたしたちはみな罪人です。その罪を神は赦してくださいます。事実、神の大きな赦しがなければ、わたしたちは生きていけないのです。それなのに、誰かを決して赦さないとするなら、その人自身はどうして神に赦しを求められるでしょう」


「ちょっと待った! たとえばおれが、娘を殺されたとしよう。おれは殺人犯を決して赦さないと誓う。それによって神に赦してもらえなくなる。ところが犯人のほうは神に救いを求めて、心を入れ替えた結果、神に赦されたとする。するとどうなる? おれは地獄に堕ちて、そいつは天国に行くのか?」


 牧師の目に驚きの色が浮かんだ。近所で起きた殺人事件に思い至り、和樹が誰だか見当がついたのかもしれない。しかし牧師は声の調子を変えず、


「すべては神の目から見てどうかです。犯人の方がどうなるか、被害者の方がどうなるかは、それぞれの心によって最終的に神が――」


 みなまで聞かずに牧師を殴った。女たちの悲鳴が響いた。


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