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第二十四話 理不尽な法

 そのまま死んだように寝てしまい、起きたら朝の七時だった。


 妻はどうしたろう。少しは眠ったろうか。


 そう考えながら階段を降りて、リビングのドアを開けた。和樹の両親が来ていた。義父、義母、雅斗くんもいた。そして貴美子。


 貴美子が和樹を、燃えるような目でにらんだ。


「新聞に大きく出ちゃったわよ。自分がなにをしたのか見て!」


 貴美子が新聞を投げつけた。屈辱に顔が火照る。


 新聞を拾って広げる。


『犯人のヤロー、八つ裂きでもまだ足りないぜ。皮剝いで切り刻んでやる! 被害者のおっさん、堂々の殺人宣言!?』


「あんたがペラペラしゃべったことで、わたしたちがどういう目で見られるか想像がつかない? バッカじゃないの。できもしないこと言わないで!」


 和樹は二階に戻った。妻を殴ってしまう前に。


 熊野刑事に電話をかけると、すぐに出た。


「村松です。教えられる範囲で結構ですので、現在の状況をお伺いしてもいいですか」


「いいですよ」


「小宮清伸は自白しましたか?」


 新聞にも載っていない名前を出して訊くと、一瞬詰まったような間があったが、


「誘拐・監禁についてはほぼ認めていますが、殺害については濁してます。まあ、今から取調べでギューギュー締めますよ」


「殺人で有罪にできますね?」


「凶器となったドライヤーのコードから、指紋が検出されています。あとは自白させれば」


「動機は?」


「それもこれからですがね。言わせますよ」


「わいせつ目的で誘拐して、バレたくなくてやったんでしょうか?」


「そんなところでしょう」


「精神障害とかで、無罪はないですね?」


「絶対ありません」


「生育歴で、情状酌量されてしまうとか」


「幼児の殺害に、同情すべき事情なんかありませんよ」


「向こうの親に会うことはできますか?」


「弁護士に言っときましょう」


「誘拐まで認めてるんなら、容疑者などではなく犯人です。できるだけ早くなんらかの行動をしてほしいと、母親に伝えてください」


「言っときましょう」


「小宮はこれからどうなります?」


「明日の午後に送検します。検察の調べがあって、その翌日こっちに戻されて、最大二十日間の勾留となります」


「未成年者の場合、裁判などにちがいがありますか?」


「まず家庭裁判所で非公開の少年審判があります。罪が軽ければそこまでですが、殺人だと、そのあと必ず刑事裁判になります。村松さんもそこで裁判を傍聴することができますけど、被告人の顔が見えないような措置がとられる可能性もあります。あと成人とちがうのは、犯人の未熟さや更生などについてかなり考慮されるということです」


「刑が、軽くなるのですね」


「でも重罪ですからね。なんとも言えませんが、十年くらいかと」


「軽いですね」


「まったくそのとおりです」


「行くのは少年院ですか?」


「いえ、少年院は保護処分となった少年を入れる施設ですから、今回のケースでは少年刑務所になるでしょう。少年といっても、成人も収監される刑務所です」


「メシ、風呂つきの生活ですね」


「おっしゃるとおりです」


「いつごろ仮釈放になります?」


「十年だとしたら、九年目くらいでしょうか」


「それでもう自由の身ですか?」


「ですね」


「幼女を誘拐して、殺したやつが?」


「そうです」


「ああいうのは拭いがたい性癖で、治るものではないと聞きますが」


「かもしれません」


「再犯なんかされたら、とんでもないじゃないですか」


「今度やったら無期、もしくは死刑もあるでしょう」


「そのときになって死刑判決が出ても、第二の友華が出てからじゃ遅いじゃないですか」


「本当にそうです」


「できるだけ罪が重くなるようにしてください。殺人だけじゃなくて、乱暴もきっとやってます。全部暴いてください」


「全力でやります」


 お願いしますと言って電話を切り、続けて勝間田に電話した。


「小宮の写真は手に入りましたか?」


「ええ。パソコンで送りましょうか」


 和樹はパソコンに詳しくなかったので、雅斗くんを呼び、雅斗くんのパソコンで勝間田とやりとりができるようにしてもらった。


「お礼はどうしましょう?」


「なに言ってるんですか。ぼくは被害者をむしるハイエナじゃありません。村松さんのために、できるかぎりのことをさせてください」


 嬉しい言葉。


「小宮の評判なんかは聞きましたか?」


「昨日話してくれた女子生徒がいました。学校では、おとなしくてほとんどしゃべらない生徒だったようです」


「非行歴は?」


「調査中です。もう少し情報を集めてから、メールで送りますよ」


 礼を言って電話を切ると、雅斗くんが引き締まった顔で、


「勝間田さんからメールが来ました」


 画面に写真。


「今年五月に撮影したクラスの集合写真で、後列の右から三人目が小宮だそうです」


 歯を食いしばって見る。伸びた前髪が眉を隠している。細い目。低い鼻。薄い唇。他の生徒はほとんどが笑ってるのに、小宮だけが暗い。


 おそらく学校では、誰からも相手にされていまい。女子にも男子にも。家で一人で異常なマンガでも読んでいそうだ。部屋のベッドの下には、児童ポルノが大量にしまってあるんじゃなかろうか。


 おまえみたいな人間は、この世にいてはいけない。


 一階に降りると、みんなで友華の写真を囲んでいた。ピアノを弾く友華。水遊びをする友華。バレエのポーズを決める友華。パパとママの絵を描く友華。


「写真見ても、生き返りゃしない」


 無念さがそう言わせた。それほど小宮の野郎は、取り返しのつかないことをした。


「あんたはもう、友華を忘れたの?」


 妻が、またしてもにらんできた。


「あんたは友華を愛してなかった。だから平気で目を離した。皮を剝ぐとか切り刻むとか、気持ち悪いことばっかり考えてる。犯人と一緒なのよ、あんたは」


 犯人と一緒――小宮と。


 殴った。


 床に倒れた妻に背を向けて家を出た。門の外にマスコミがいた。スコップを振りまわして追い払った。


 車は自宅に残してきたので、タクシーを呼んだ。


 十分ほどで来たタクシーに乗り込んだとき、念のため、


「もしマスコミが尾けてきたら撒いてくれ」


 と頼んでおき、愛人の海野多美のアパートの住所を告げた。


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