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第二十一話 純亜の子

 もう時間は零時に近かった。しかし多美さんは、今すぐ来てほしいと言った。


「わたしと純亜くんの子が殺されるかもしれないの。わたし一人の力じゃきっと止められない。だから、急いでうちに来て」


 一刻の猶予もないのだと言う。ぼくは空腹で死にそうだったが、ともかくカプチーノを走らせた。


 事情はまったくわからない。せめてこの先どうなるかをミス・コケティッシュに視てもらおうと思ったが、まだぼくに怒っているのか、電話をかけても出なかった。


 多美さんのアパートに着いた。二〇三号室のインターホンを押す。彼女がドアを開ける。ドキンと心臓が跳ねた。


 ぼくの子を産んだ女性。ぼくより五歳年上の、大人の女性。


 やっぱりこの人と、結婚しよう。


「痩せたのね、坊や」


 声がとても、色っぽい。


「今ぼく、十三キロだよ」


「ほんとに?」


「多美さんは変わらないね、ちっとも」


「ありがとう。寝てるけど、見る?」


「なにを?」


「わたしたちの子」


 胸に抱いてきた。寝ていた。閉じた目がキュッとつりあがっている。


「よく寝てるね。しゃべってても起きない?」


「全然。地震でも雷でも起きないわ」


「三歳?」


「そう。名前はね、純っていうの」


「え?」


「純亜くんから一文字とったのよ。さあ、時間がないの。今すぐわたしの車に乗って」


 純ちゃんを抱いた多美さんの後ろから階段を降り、アパートの駐車場に行った。多美さんの車は、シルバーのフィアット500だった。


 後部座席のチャイルドシートに乗せられるあいだも、純ちゃんは熟睡していた。


「純亜くん、スポーツバッグに入れる?」


「バッグ?」


 多美さんが紺色のスポーツバッグを持ってきた。果たしてこんなものに、大人の男が入ることなどできるだろうか?


 楽々入れた。


「すごい、ハンペンを曲げたみたい」


 多美さんにチャックを締められ、ひょいと持ちあげられた。


「息ができるように、少しチャックを開けとくからね。いよいよ純が危ないとなったら全開にするから、そしたら出てきて」


「ごめん、状況を教えてくれる?」


 後部座席の床に置かれて、まるで密入国する犯罪者になった気分で訊くと、


「説明してる暇はないの。今からこの車に、殺人犯と、そいつに子どもを殺された父親が乗ってくるから。この二人がドライブするのは避けられない運命だったの。とにかく純亜くんは、純を守って。わかった?」


 なに一つわからない。


 わかっているのは、ただ一つ。


 首尾よく務めを果たせたら、ぼくは多美さんを妻にして、一緒に純ちゃんを育てるのだ。


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