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第十六話 犯人?

 ふっと目があいたとき、亜子は、自分がどこにいるのかわからなかった。


 天井が見えた。LEDのライトも見える。見憶えのない景色。それで、自分の家ではないらしいわ、ということを知った。


 頭を起こそうとした。異常に重い。なんでこんなにだるいのでございましょう。そもそもここはどこ?


 ようやく上半身を起こしたとき、それが目に入った。


 お腹から血をもりもり出した死体。


 悲鳴は出なかった。まだ半分夢のようで、現実感がない。


 これはなんでございましょう。豚の丸焼き?


 思い出した。ここは赤沢さまのお宅だ。このお方に、さっき襲われそうになったんでございます。


 亜子は、自分の穿いているスカートを見た。とくに乱れてはいない。どうやら豚さんには、なにもされていないようですわ。


 いったいなにが、起こったのでございましょう?


 おクスリを飲まされた。豚さんが迫ってきた。おやめくださいと言おうとした。そこで意識が消えた。


 目が醒めると、赤沢さまは死んでいた。


 時計を見ると、今は九時半だった。このお宅に着いたのは確か七時過ぎで、ワインを飲まされたのが、だいたい八時半くらいだった。


 とすると、意識がなかったのは、ちょうど一時間。そのあいだに、誰か豚さんに恨みを抱いているお方がやって来て、刃物でエイッとやり、そのまま逃げた。


 いや、そうではないかもしれない。きっと犯人さんは、最初からこの家のどこかに隠れていらしたのだわ。リビングの収納スペースとか、和室の押入れとかに。


 赤沢さまは、芸能界の裏情報をたくさん持っていると自慢していらした。そのせいで、命を狙われてしまったのでございましょう。犯人さんは凶器を握り締めて、赤沢さまの帰りを待った。


 ところが赤沢さまは、お一人ではなく、亜子を連れていた。そのため犯人さんは、じっと待つしかなかった。


 赤沢さまが、亜子を襲おうとする。亜子はおクスリのせいで眠ってしまう。


 それを見て、犯人さんは潜んでいた場所から出る。そっと赤沢さまの背後に忍び寄り、ポカリと殴って気絶させる。そして、大きなお腹を切って逃げた。


 こんなところでございましょうか。


 さて。ではわたくしは、どういたしましょう。


 警察にお電話する。それ以外に選択肢はない。


 でも、と亜子は考える。


 この事件は、おそらくセンセーショナルに報道されるでございましょう。とくに、被害者と最後の夜を過ごした、若いアイドル志望の女の存在は、マスコミの関心を集めるにちがいない。


 二十歳はたち過ぎの成人だから、顔や名前も出てしまうでしょう。たとえテレビや新聞がそうしなくても、インターネットには必ず出まわる。そうなったら、もうおしまいでございます。殺人事件に関わったいわくつきの女を、いったいどこの事務所が、アイドルとしてデビューさせてくださるでしょう!


 そうなったら、生きる意味はない。アイドルになれなければ、死ぬしかないのでございます。


 だから亜子は、警察を呼ぶ代わりに、探偵の蝶舌さまを呼んだ。


 幸い赤沢さまは死ぬときに、断末魔の叫びなどはおあげにならなかったらしい。もしそうなら、ご近所のどなたかが通報して、とっくに警察がご到着されているはずだから。


 誰も亜子が、ここにいることを知らない。編集部のあるオフィスビルに入るときも、出るときも、誰ともすれちがわなかった。このお宅に入るときも、人の姿はなかった。


 赤沢さまの車に乗っていた二十分ほどのあいだに、誰か知り合いに見られたという可能性も、ほとんどない。となると心配なのは、指紋の問題と、電話だ。


 もし亜子が、このまま逃げた場合、このお宅や赤沢さまの車に残した指紋が気になる。それを全部拭き取れる自信は、とてもない。赤沢さまのものではない髪の毛や、食器やグラスに残った唾液の存在も、警察の科学捜査によって浮かび上がってくるでしょう。それらをどうしたらよいのかは、蝶舌さまの知恵に頼るしかなかった。


 そして、もっとも気になるのは、赤沢さまに昨日かけた電話だった。


 あのとき亜子は、自分の名前を言い、オフィスに行く約束をした。もしその通話内容が録音されていたら、必ず捜査線上に浮かぶ。そういう危険があるのなら、むしろ現場を逃げ出すことで、殺人容疑すらかかってくるかもしれないのだわ!


 それについての相談も、できる相手は蝶舌さましかいなかった。そこで電話をかけたのだが、ずいぶん待った気がするのに、まだいらっしゃらない。


 時計を見る。九時五十分。電話をしたのはいつ? 九時半? 何分で着くと言ってらしたっけ? ついさっきのことなのに、もう思い出せない。


 まださっきのおクスリが、残っているのでございましょう。記憶があいまいなのはそのせいだ。ああだるい。また眠ってしまいたい。


 と、そう思ったとき、玄関のドアノブがまわった。


 蝶舌さまだわ。


 ガタンと音がする。鍵がかかっているらしい。とすると犯人さんは、合鍵でも持っていらして、出ていくときにロックして帰られたのだろうか。


 亜子は急いで玄関に行って、鍵をあけた。


 ドアが開くと、中年男性の姿があった。


 ノーネクタイに黒のスーツ。カエルのようなひどい顔色――蝶舌さまではない。


 その瞬間悟った。犯人さんが、犯行現場に戻ってこられたのだ。


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