1.3. 狩りをする農夫達 ③
エリヤとシドニーの後姿が見えなくなると、一行は探索を進めるべく、更に奥へと足を運んだ。しかし、これにどれほどの意味があるのだろうか。隊員は既に六名。当初の半数しか残っていない。そして、ロンはシドニーに巣を探すだけだと言ったが、もしも遭遇してしまったらそれで終わるわけがない。
最年長であったが故にこの隊のリーダーとして振る舞うようになっていたシェーンは杖代わりにもしていた鋤を止めた。空気の揺れに、何やら違和感があったからだ。片手を挙げ、一同を制した。
静まり返る一瞬、藪から影が飛んだ。それは右側を警戒していたリッチを襲った。リッチは反射的に鋤を振り回し、それを叩き落とした。地に落ちたそれはピクリと体を震わせると起き上がった。兎、額からねじくれた角を鋭く伸ばす兎の魔物、アルミラージだった。真赤な目は光を飲み込み、何処を見ているとも分からない。それは痙攣する程に見開かれていた。角をリッチに向けたまま、ふうふうと唸った。
リッチは鋤を振り上げ、アルミラージに歩み寄った。振り下ろせば一撃である、はずだったのだ。だが周囲の草叢が一斉に騒めき出し、そこからは多数のアルミラージが現れた。
――囲まれていた!
気付いた農夫達が構える間もなく魔物らは牙を剥き出し襲い掛かる。鍬を振るい、鋤で突き刺し、大声で自分達を奮い立たせながらアルミラージを打ち、斬り、潰す。血は宙に舞い、飛沫が草に散った。魔物らは肉が裂け、骨が折れても人間を襲い掛かるのをやめはしない。息が絶える瞬間まで角を農夫に突き立てようとし続ける。
動物であればとっくに逃げているものを! 魔物の特攻に農夫達も傷付いていく。腕は裂かれ、腿を突かれ、身体に纏う布地に染まる血の色は、兎の色か、自分の色か、分け隔てが出来なかった。傷と痛みと出血に膝をつく者も現れる。その隙を突き、アルミラージは脇腹に角を突き立てる。
脇腹から血潮を奔騰させて、その農夫は倒れ込む。仲間の体に角を突き立てたままのアルミラージを大鎌で横薙ぎに、スレーターは切り払った。
「大丈夫か!」
唇を引き攣らせて応えることも出来ない。涙を溜めた目を瞬き、どうにか生きてはいるようだ。しかし、こんな様で、応戦も出来ないで、自分の身を守ることで出来ない様で、後はどれだけ生き長らえていられるものか。
周囲をヒュンヒュンと跳び回る魔物ども。農夫達は自らの武器を振り回す。魔物の死体も幾つか落ちてはいるものの、襲い掛かるそれらの数は減ったようには思われない。
ロンは石槍を振り下ろして一匹の額を強かに打った。それは宙を飛び、樹の幹にぶつかって転がり落ちてはいったもののまた立ち上がり、飛び掛かろうと体を低くする。それに備えなければいけないが、別の個体が飛び掛かって来るのをも防がなければならないのだ。
どこに目をやるべきか。一瞬の惑いがロンに生じた。惑いはその瞬間の注意を散らせた。こんな時に、意識を散漫にさせるなど、命取りだという他ないのに。
更に間が悪いとしか言いようがない、
「ロン!」
遠くからシドニーの叫びが風に乗ってやって来た。
その声にロンは振り返らずにはいられなかった。目を、あらゆる魔物から離してしまった。打ち飛ばし、樹の幹にぶつけ、今では再び飛び掛からんと後ろ脚に力を込めている個体からすらも。
そしてそれは跳んだ。角をロンへと真っ直ぐに向けて。
ロンははっとしてそれを見たが、もう遅い。槍を構え直す時間はない。魔物は真っ直ぐに宙を飛び、ねじれた角をロンに突き刺すばかりである。
そしてそれは燃え上がった。飛び掛かって来る魔物が、しかも、発火したのである。アルミラージは自身の体から炎を噴き上げて、一個の燃え盛る火球となって、ロンへと体当たりを仕掛けようとする。――
それが、どうした訳だろう。魔物の飛び掛かる勢いは減じ、首を捻じ曲げて角は刺さりもしない、あらぬ方向を向いていた。ロンの胸元にぶつかって、転ばせるには充分な力ではあったものの。ロンを襲った魔物は黒煙を上げて燃え上がり、苦痛の悲鳴をまき散らしながら死んでいった。
エリヤとシドニーは仲間達の元に辿り着いた。そこで仲間達が魔物の群に襲われているのを目撃した。そして次の瞬間には、仲間の周囲に火柱が突き立ったのを見たのである。
激しく燃え上がる炎同士は繋がり合って聳え立つ壁面となり、魔物を中に含んで大樹の梢の高さにまで達した。壁のこちら側では魔物に襲われていた仲間達が呆然として赤い炎を見上げている。
突然の怪異に我を失したエリヤとシドニーが歩み寄る。一同は魔物を一度に呑み込んだ炎から目を離せずにいた。
「これも魔物の仕業だべか」
熱を受けて火照った顔でシドニーが呟く。
「いや、……」
シェーンは答えたが、彼とて訳が分からない。
「こんなことぁ、聞いたことがねえ……。アルミラージが燃えるたぁ。そもそも、アルミラージは魔法が使えないはずだべ……」