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1.11. 潜行 ②

 砕かれた岩の破片を掌に転がし、迫り来る魔猿の醜怪(しゅうかい)な顔を()め付けた。ここは狭く、投げるために腕も振れない。



 その腕を吹き矢の筒のように真っ直ぐに伸ばし、礫片(れきへん)を乗せた掌を上に、猿の方へと向けた。中指を照準器に見立てて狙いを付ける。そして、



「ダイン」



 の呪文と共に(つぶて)は発射された。



 先頭を走る猿はそれを額に食らい、頭部が弾け飛んだ。血潮と脳漿(のうしょう)が飛散して、後続の魔猿に降り掛かる。魔物どもは仲間の惨死にも、自分の顔に粘り付いた体液や肉片にも怯まずに疾駆する。



 野伏せりは木片を手に取ると同じように狙いを定め、



「エルグ」



 と唱えて炎を点じた。そして、



「ダイン」



 とそれを射出した。炎の尾を引き、昼の明るさにも明らかな直線を描いて狙い違わず別の一匹を撃ち抜いた。それが倒れるのも待たずして、野伏せりはまた新たに礫片を拾い上げている。そして再び狙いを付ける。



「ダイン」とは、ものに加速度を伴う「力」を加える魔法である。たとえば柔らかい地面に向かってそれを使えば、効果範囲は威力に応じて凹む。岩の一点に使えばその一点は押される力を加えられ、岩全体が丈夫であれば転がりもし、(もろ)ければ砕けもする。またこれは破壊の魔法ではなく()くまでも力を加えるものであるから、柔らかくなるまで熱した金属に適度な強さで掛けるのならば曲げることにも使えるだろう。極々(ごくごく)小さな、針の先よりも(わず)かな範囲に使えば、対象の硬度や脆性(ぜいせい)にもよるが、穿孔(せんこう)するのも可能であろうし、対象の一面全てを範囲とし、重さに対して充分な威力を加えてやれば、動くか、もしくは勢いよく吹き飛んでいく。



 野伏せりは今、このダインの魔法を掌の上の(つぶて)に掛けて、腕も振らずにそれを撃ち出しているのだった。また一匹の魔物が倒れる。当然、これの対象は礫でなくともよい。今度は手を下ろした先に礫や何かがなかったために、彼はエルグを唱えて炎を点じ、その炎にダインを掛けて火炎を射出する。再び、別の魔物が燃えた。



 残る猿は三匹。だが、ここで時間切れだった。素早く仰げば、まさに今、瓦礫の山を登り切った魔狼が大口を開けて真っ逆さまに、真上から落下してくる最中であった。頭上は巨大な狼がその身を投げるのに充分なほど開けていた。野伏せりは脚に力を込めて立ち上がり、その足の力を腰に、腰の力を胴に、胴の力を腕に、腕の力を拳に込めて、魔狼の口腔(こうこう)内へ突き上げた。内側から喉を突かれた魔狼は肉体的な反射によって(ひる)まざるを得なかった。その一瞬、野伏せりは呟いた。



「ダイン」



 魔狼の身体は破裂した。野伏せりの突き上げ、魔狼の喉に突き刺さった拳からダインが、四方へ向かって放たれたのだ。魔狼の肉はそれぞれの方向へ押し広げられ、千切れ飛んだ。周囲の木枠、瓦礫の一面、そして地面は一瞬にして紅に染まった。上空からも血糊が降り注ぐ。臙脂色のローブを更に赤くして、ぬめる足元を踏み締めて、目の前の横木に貼り付いた、灰色の体毛の生えた肉片を手にすると、エルグで熱を吸い取った。



 間髪もなく野伏せりは瓦礫の山に手を突き込み、礫片を引き抜くと魔物へ射出し、それをもう二回繰り返して向かい来る猿どもを殲滅した。



 それを見届けるや否や彼は格子を足場として駈け上がり、横木から横木へと跳躍しながらこの乱雑な砦へ侵入していった。火攻めは止めた。前哨(ぜんしょう)の猿どもが放った喚声、咆哮、彼自身が崩壊させた瓦礫の反響を考えれば、残る猿どもも迎え撃ちに来るだろう、それを屠った方が早い。その判断だった。



 事実(まば)らに猿どもが三匹編成で木枠を飛び移り駈け寄ってくる。最初の編隊こそ炎を投げ付け焼き殺したが、燃えた猿どもは木枠の隙間から転げ落ち、奪う熱も手元になければ、礫片も足場の遥か下、遠距離からの攻撃は出来なくなった。かと言って周囲を走る枠組に邪魔され剣も振れない。



 やむなく野伏せりは襲い掛かる魔猿を(ふところ)近くまで入れた。中指をやや曲げて人差指と薬指の長さに揃えた貫手(ぬきて)で敵の首を突き破り、手首を捻りつつ顎骨ごと頭蓋骨を(すく)い上げて、後続の一頭に鈍器代わりにぶつけ殺した。同時に体温も奪い取る。そしてその熱で炎を作り上げると残りの一頭に放出した。一連の動作だった。魔猿がなまじ知恵を付け、編成など組むから余計に(なめ)らかに殺されていくのだ。



 前方、上方からは魔猿が迫り、下方では番犬代わりの魔狼が駈け巡っている。だが、野伏せりに襲い掛かろうと木枠を登る魔狼など、足斧(そくふ)の一撃で首が飛ぶ。ものの数ではなかった。



 野伏せりは縦横に架けられた足場の上を駈け回り跳び回った。後には魔物どもの血飛沫(ちしぶき)が飛散し、肉塊が転げ落ち、赤黒い体液が周囲に降り掛かった。



 赤い破裂が彼の位置を指し示す。それはかしこで発生したかに見えればそちらにも見える。一ヶ所に留まらず、あちらこちらで無造作に上がる花火のようだった。



 それが不意に止んだ。



 野伏せりは足場の突き当りまで進んでいたのだった。目の前には岩壁(がんぺき)がある。かれはそれを拳で叩いた。小首を傾げた。ここに来るまで、襲撃は数多にあったが、その中心と見做せるような、巣とも言うべき所にぶつからなかったのだ。襲い掛かってくる魔物は幾らでもいた。だが、これだけの群であれば戦闘要員にならないような小さな魔物や(はら)んだ魔物、何よりもボスらしき魔物は見当たらなかった。



 岩壁に沿ってするすると移動した。すると、岩壁の一ヶ所に、目にも見えるほどの禍々(まがまが)しく(いや)らしい瘴気が漏れ出てくる、不吉な横穴がぽっかりと大口を開けていたのだった。野伏せりは駈け寄り、その洞穴に飛び込んだ。



 鼻を刺し、肌に(から)む、ぞっとする気配。間違いない、ここが魔猿どもの巣窟(そうくつ)だった。獣臭い暗闇に、彼は踏み込んで行った。


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