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メイド ナーシャの日常  作者: うぃん
第一章 黒い髪のメイド
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マリアの選択、メイドの謎(1)

朝の空気はひんやりしていて、屋敷の高い窓から差し込む光が、帳簿の紙面にやさしく影を落としていました。インクの香りと古い紙の匂いが混ざり合っていて、マリア様の仕事部屋は、まるで時間が止まったみたいに静かで落ち着いた雰囲気です。


今日は、メイド長であり執事でもあるマリア様のお仕事部屋で、帳簿整理のお手伝いをさせてもらっています。壁一面に並んだ棚には、過去十年以上分の帳簿がきちんと収められていて、背表紙には丁寧な字で年月と項目が書かれていました。


この屋敷で働く人たちの食費や衣類、備品の購入費、それにお給料まで──全部がこの帳簿に記されているんです。数字の並びの中に、私たちの日々の暮らしが刻まれていると思うと、なんだか背筋がしゃんと伸びる気がしました。


本来なら、アルピン家ほどの大きなお屋敷なら、帳簿係の人が専任でいるものらしいんですけど、この屋敷ではマリア様がその役をずっと担当されているそうです。聞いた話では、マリア様は商人の家に生まれて、子どもの頃から数字や帳簿に慣れ親しんでいたんだとか。だからこそ、君主であるケネス様から直接、この大事なお仕事を任されているんですね。


それだけでもすごいのに、マリア様はこの屋敷に二人しかいない執事のひとりでもあります。着ているのもメイド服じゃなくて、深い紺色の執事服。肩には銀糸の刺繍が施されていて、その凛とした立ち姿が、さらにかっこよく見えるんです。


私たちメイドにとって、マリア様は憧れの存在です。厳しいけれど優しくて、そして何より誇り高い方。マリア様みたいになりたい──そう思っているのは、きっと私だけじゃないはずです。


そんな静かな時間の中、扉の向こうから控えめなノックの音が聞こえてきました。


「失礼します。商人ギルドから、ギルド長のカール様がお見えになっています」


受付係の声が、部屋の空気を少しだけ揺らしました。


「あら、カール? 珍しいわね。しばらくしたら行くと伝えて。少し待ってもらうようにお願いしてちょうだい」


マリア様は帳簿を丁寧に棚へ戻しながら、私に目を向けて言いました。


「ナーシャ、ギルド長と会うのは初めてよね。あなたのことも紹介したいから、一緒に来なさい」


私は少し緊張しながらも、マリア様の後を追って応接室へ向かいました。


応接室は、一般のお客様用とは思えないほど豪華な造りでした。黒檀の扉を開けると、白い大理石の床が広がっていて、天井には小ぶりだけど繊細な装飾が施されたシャンデリアが輝いていました。大きな窓からは、手入れの行き届いた庭園が一望できて、季節の花々が風に揺れているのが見えました。


部屋の中央には、白磁の机と、深紅のクッションがついた椅子が十脚ほど並べられていて、まるで貴族の貴賓室みたいな空間に、私は思わず息を呑んでしまいました。


「久しぶりね、カール」


マリア様の声は、いつもより少し柔らかくて、親しみが込められているように感じました。


「マリア様、ご無沙汰しております。突然の来訪にもかかわらず、ご対応いただけるとのこと、感謝いたします」


カール様は、口元に笑みを浮かべながらも、どこか堅苦しい口調で挨拶されました。年齢は四十代前半くらいでしょうか。整った顔立ちに、落ち着いた物腰。ダンディって、こういう方のことを言うんだろうなって思いました。


「堅苦しい挨拶はいいわよ。この子は、ここで働いて五年になるの。今回紹介しようと思って連れてきたの」


「黒髪が美しいそちらのお嬢さんに、立派で格好よくて紳士的な俺をアピールさせてもらおうと思ってね」


カール様は冗談っぽくそう言うと、私の前に歩み寄ってきました。


「カールと申します、美しいお嬢様。こんな可憐で華やかなお嬢さんがこちらで働いているとは、気づきませんでした。今度ぜひ、お食事でもいかがですか?」


突然の誘いに、私は目を丸くしてしまいました。まさか、こんな立派な方から食事に誘われるなんて──頭の中が真っ白になってしまって、どうしていいかわかりませんでした。


「うちの子をからかわないでよ。ナーシャ、カールは若い子を見ると、誰にでも言っているのよ。それで、今日の用件は何なの?」


マリア様の声には、少しだけ呆れたような響きが混じっていました。


「王都から新しく発表された魔道具や新作の磁器などが送られてきたんだ。まずは君主のケネス様にお目通しを、と思ってね。外で控えている従者が、ほかにもいろいろと持ってきているから、後で見ておいてくれないか」


そう言いながら、カール様は包みを開いて、見事な磁器の皿やティーカップを取り出しました。


透き通るような白磁に、金彩で描かれた花模様。手に取ると、指先にひんやりとした感触が伝わってきて、まるで宝石みたいな輝きを放っていました。


マリア様は、目を輝かせながらそれらを手に取り、ひとつひとつ丁寧に眺めていました。マリア様が磁器を大好きなのは、屋敷の人なら誰でも知っています。だからこそ、カール様が持ってきた品々は、マリア様の好みにぴったりだったんですね。


「いいお皿ね。気に入ったわ……。で、本当の用件は何なの? さすがにこれだけでは、ギルド長自ら足を運ぶ理由にはならないでしょう?」


マリア様の目が、鋭くカール様を見据えました。


カール様は、少しだけ表情を引き締めました。


「ちょっと人払いをお願いできないかな。例の、依頼されていた件の話だ……」


その言葉に、私は思わず身を引こうとしました。だって、そういう話は私がいてはいけないものだと思ったから。


でも──


「ナーシャ、ここにいていいわ。この話を一緒に聞いてちょうだい」


マリア様の声は、いつもよりも少しだけ硬くて、そして何かを決心したような強い響きがありました。


 真剣なマリアさんの表情とその何かを決心したような固い口調の言葉に、私は心の中に少しざわめきが立つのを感じるのでした……。

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