屋敷に咲く黒髪の魔(2)
カリンは、自室の窓辺でため息をついていた。
その姿は、普段の凛々しさとは違い、どこか物憂げで、静かな夜の空気に溶け込んでいた。
(戻ってくると、なぜか疲れる……いや、彼女のせいか)
カリンの脳裏に浮かんだのは、メイドのナーシャの姿だった。
初めて出会ったのは、五年前。
父に連れられてきた新しいメイドは、少し落ち着きがなく、きょろきょろと屋敷を見渡していた。
(あの黒髪は、今も変わらず美しい。あの時も、柔らかな笑顔で皆に紹介されていたな)
(あの雰囲気に、私は“母性”というものを初めて感じた気がした)
当初、カリンはナーシャの朗らかな笑顔と、仕事に対する真摯な姿勢に好感を持っていた。
だが――その好感が、疑念へと変わる出来事があった。
ナーシャが屋敷に来て一年が過ぎようとしていた頃。
カリンは、騎士になるか魔術師になるか、人生の岐路に立たされていた。
剣士としても高い素質を持ち、父に相談しても「好きにすればいい」と言われるだけで、余計に悩みは深まっていた。
そんなある夜、父が不在の屋敷に、マルカム様を狙う侵入者が現れた。
その者は手練れで、屋敷の誰も気づかなかった。――ただ一人、ナーシャを除いて。
窓辺に佇んでいたナーシャが、突然悲鳴を上げた。
その声に、屋敷中が騒然となる中、カリンと数名の警護兵は即座に異変を察知し、マルカムの部屋へと駆けた。
侵入者は、すんでのところで取り押さえられた。
だが――カリンは見てしまった。
マルカムの部屋にほぼ同時に到着していたナーシャの体から、まばゆい光が放たれていたのを。
それは、体内のマナが輝きを放つ瞬間。
(あの輝き……あれを見て、私は魔術師になる決意をした)
その後、何度もナーシャにあの時のことを尋ねたが、彼女は「窓辺にいたから、マルカム様の部屋に向かう魔術の波長を感じただけ」と言い、詳細は覚えていないと繰り返すばかりだった。
(今の私のマナでも、あの時の彼女の輝きには遠く及ばない)
(彼女はいったい何者なのだ……)
カリンの眠れぬ夜は、まだ続いている。
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