黒髪のメイドと毒を超えた微笑み(2)
(しくじったのか……なぜ、あの小僧はまだ生きている?)
エルクの場末の酒場。男は苦悩していた。
名はヘンリー。ダルリア王国の隣国、グランド小王国のギルドに所属する冒険者。
中肉中背、どこにでもいそうな容姿。酒場の空気に自然と溶け込み、誰も彼を気に留めない。
だが、彼の正体はA級の蟲使い。暗殺術を操る、影の仕事人。ヘンリーという名も偽名だろう。
(計画は完璧だった。俺の蟲たちは、確実に仕事をしたはずだ。なのに、なぜマルカムは生きている?)
依頼主は某国の高官。ケネスへの恨みから、息子マルカムの暗殺を命じた。
アルピン家の料理人が珍しい食材を集めていると聞き、収集家を装って屋敷に潜入。
彼が操るのは、蚊や蚤などの極小魔物。通常の蟲使いが扱う大型種とは異なり、繊細な魔力操作が必要とされる。
(蚤の魔物に命令式を組み、厨房から取り分けられた桃のコンポートに、内臓を蝕む毒を注入した。監視役の蟲で確認もした。子供の身体なら、二日後には発熱、腹痛。そして半月後には死に至るはずだった。なのに、五日経っても何の症状もない……)
まさか、メイドが生活魔術で味を変えた際に、毒の成分まで変質させたなどとは、思いもよらなかった。
(毒に耐性がある? いや、まだ依頼期間は残っている。次の手を考えるとしよう)
「そこの女、一緒に飲まないか? 今日は一人なんだ。いい儲け話があってな、懐はあったかいぞ」
男は娼婦と思しき女に声をかけ、エルクの夜の闇に消えていった。
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