表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイド ナーシャの日常  作者: うぃん
第一章 黒い髪のメイド
16/17

メイドと魔女と、夜を駆ける者たち(4)

(時間は少し遡る。)


 ……おかしい。いや、異常だ。


 俺は今、木こり小屋の中で、背中に冷たい汗を流しながら、窓の外を睨んでいた。


 何かが来ている。いや、“何か”じゃない。


 あれは、化け物だ。しかも二体。


 強大な黒いオーラを放つ女と、信じられないほどのマナを保有する魔獣。その二つが、ものすごい速度でこちらに向かって接近している。


 俺は蟲使いだ。


 蟲を操り、毒を仕込み、情報を集め、暗殺を遂行する。


 この仕事を始めて十年以上、数えきれないほどの標的を仕留めてきた。


 だが、今、俺の全身が警鐘を鳴らしている。

「逃げろ」と。


「なぜだ……。たかだか片田舎の君主の屋敷に、あんな護衛がいるなんて聞いてない……」


 俺が狙っているのは、アルネ領主の息子、マルカム。


 依頼は単純だった。


 若い君主の息子を暗殺しろ。警護は騎士数名、姉のカリンが厄介だが、彼女が不在の時を狙えば問題ない。


 報酬は高額だったが、たまにある“おいしい仕事”だと思っていた。


 ……甘かった。


 今ならわかる。


 この依頼、過去に受けた者は誰一人として戻ってきていない。それを先に知っていれば、俺はここにいなかった。


「斥候に出していた蟲たちが……全滅してる……」


 俺は思念波を通じて、外に配置していた蟲たちの状況を確認した。


 だが、すべてが沈黙していた。


 まるで、存在ごと消されたかのように。


 今まで、二度マルカムの暗殺を試みた。


 一度目は、食事のデザートに毒を混入。

だが、毒は効かなかった。


 二度目は、納入した食材に小型の蜂型魔物を仕込み、直接刺殺を狙った。

しかし、蟲はすべて駆除されていた。


 どうやって? 誰が? その答えが、今、目の前に迫っている。


「一度目の失敗で撤退すべきだった……。これは俺の手に余る仕事だった……」


 俺は、暗殺者としての冷静さを保とうとした。


 だが、心臓の鼓動が早まっている。指先が震えている。


 この感覚は、初めて殺しをした夜以来だ。


「……仕方ない。最大戦力で迎撃する」


 俺は、非常用の部屋に向かい、戦闘用に配備していた蟲たちを解き放った。


 大型のキラービーと毒蛾。


 キラービーは、子猫ほどのサイズで、尻部に黒く光る針を持つ。 その針は岩をも砕き、毒は大型魔獣すら麻痺させる。


 毒蛾は、戦闘力こそ低いが、鱗粉に強力な腐食毒を含んでいる。ほんの少しでも触れれば、肉が溶け、骨が露出するほどの威力だ。


 これだけの戦力を、撤退のためだけに使うのは過剰かもしれない。


 だが、三度目の失敗は許されない。


 俺は、持てる最大の力で、迎え撃つ。


 ……だが。


 蟲たちは、何の抵抗もできずに、地面に叩き落された。


 キラービーが、あの女の前で、まるで紙くずのように潰された。


 しかも、どうやって倒されたのか、俺にはまったくわからなかった。

魔術か? 物理か? 気配すら感じ取れなかった。


 そして、魔獣――あれは、身体のサイズを変化させていた。


 巨大化したその姿は、まるで黒い影の塊。


 キラービーたちが襲いかかったが、軽く一はたきで吹き飛ばされた。

毒蛾の鱗粉も、効果がないのか、無視されて突進してくる。


 俺は、理解した。


 この二体は、俺の知っている“力”の範疇にない。


 神のような存在。


 俺の技術も、経験も、すべて無力だった。


「……もう、通常の手段では逃げられない」


 俺は、最後の手段に手を伸ばした。


 転移の魔方陣。


 これは、大地のマナと契約し、己のマナを捧げることで、他所へ移動する秘術。


 だが、非常に不安定で、座標がずれれば空中や地中に転移されることもある。

最悪の場合、マナの意思に取り込まれ、二度と戻ってこられない。


 それでも、今の状況では、賭けるしかなかった。


 俺は魔方陣に乗り、事前に構築していた術式にマナを注ぎ込む。

陣が淡く輝き、空気が震え始める。


 俺の身体が、陽炎のように揺らぎ、徐々に消えていく。


 転移は、成功したかに見えた。


 ……だが。


「ギャーーぁーー!!」


 俺の口から、絶叫が漏れた。


 身体が、岩に、めり込んでいた。


 右半身が、大岩に癒着している。

皮膚が裂け、骨が軋み、神経が岩に繋がっているような感覚。


 動けば、肉が引きちぎられる。痛みが、脳を焼く。


 俺は、理解した。


 この転移は、暗殺者人生の中で、最悪の選択だったことを……。


ブックマークおよび評価ボタンをクリックして応援していただけると嬉しく思います。

作者の励みになりますので、是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ