メイドと魔女と、夜を駆ける者たち(2)
「バカ猫。ほら、おきなさいよ、なに寝てるのよ」
……ああ、せっかく気持ちよく寝てたのに。
ナーシャの横で丸くなって、あったかい毛布のぬくもりに包まれてたのに……。
キンキン声が耳をつんざいた。
この声を聞くだけで、背筋がゾワッとする。
黒の魔女――あいつが出てきた。
「あなた寝る必要なんてないでしょ、ちゃんと起きて二十四時間ナーシャを護衛してなさい」
……いや、寝るよ? 魔物だって休むんだよ?
僕は猫じゃない。パンサーデビルっていう、れっきとした魔獣なんだ。
ナーシャが“クロ”って名前をくれたから、僕は彼女のしもべとして、ずっとそばにいる。
でもこの魔女は、いまだに“バカ猫”呼ばわりだ。ひどい。
最近、ようやくわかってきた。
ナーシャと黒の魔女は、同じ身体を使ってるけど、まったくの別人だ。
ナーシャは優しくて、あったかくて、いつも笑顔で、僕のことを撫でてくれる。
一緒にいるだけで、心が穏やかになる。
彼女のそばにいる時間は、僕にとって宝物だ。
でも、黒の魔女は違う。冷たい笑みを浮かべて、僕のことを道具みたいに扱う。
黒いローブに小さな杖、そして全身から溢れる魔力と黒いオーラ。あれを見ただけで、僕の毛は逆立つ。本能が「逃げろ」って叫ぶんだ。
夜になると、魔女は空に飛んでいく。
飛行魔術なんて、竜種くらいしか使えないはずなのに、あいつは平然と使う。
あんな小さな身体に、どうやってあれだけのマナを蓄えてるんだろう?
そして、夜明け前には戻ってくる。
魔術で服を着替えて、何事もなかったかのようにベッドに潜り込む。
朝になると、そこにはいつものナーシャがいる。
彼女は何も覚えてないみたいで、いつも通りメイドとして働いてる。
これはきっと、黒の魔女が悪い魔術でナーシャに取り憑いてるんだ。
なんて不憫なナーシャ……。僕がもっと強ければ、あんな魔女、けちょんけちょんにして、彼女を自由にしてあげられるのに。
「バカ猫……、変なことかんがえてなかった、いま」
うわ、読まれてる。主従契約のせいで、思考まで筒抜けなんだよな……。
「かんがえていないです。僕はあなた様の忠実なるしもべです。偉大な魔女様……」
とりあえず、へりくだっておく。命は惜しい。
「あなたと私は主従の印で結ばれてるんだから、へんなこと考えても無駄よ」
「あとぜったい私以外としゃべっちゃだめ、ナーシャにもね。もししゃべったら竜の巣に叩き込んでやるから」
はい、しゃべりません。絶対に。
この世界では、魔物がしゃべると魔族扱いされて、すぐに討伐対象になる。
魔族ってのは、マナの濃い土地を奪おうとして人族を襲う連中で、昔から何度も戦争を起こしてる。でも、集落が大きくなるとマナの意思に操られてスタンピートが起きて、結局全滅する。
そんな歴史を、何度も繰り返してるんだ。
「でもなんであんなにナーシャはもてるの? 私、声をかけられたこともないんだけど……」
……そりゃそうでしょ。
出会っていきなり僕を焼いたよね?
そんな危険なオーラまとってる魔女に、誰が声かけるのさ。
「……まあいいわ、ちょっといまから害虫駆除にいくから、つきあいなさい」
うわぁ……。まただ。
この「ちょっと」って言葉が、まったくちょっとじゃないんだよな。
僕は全身に倦怠感を感じながら、窓から飛び出す魔女の後を追った。
夜のエルクの街。
静まり返った空を、僕たちは音もなく駆けていった。
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