マリアの選択、メイドの謎(4)
「……なんの疑いもないわね。彼女のマナには、嘘や隠し事をしているような色は、まったく見られなかった」
マリアは、帳簿の整理を終えた後、静かにそう呟いた。彼女の声には、安堵と、少しの拍子抜けが混ざっていた。
「話をする前に、あんなに悩んだのが馬鹿みたい。なんだか、私が悪者になった気分だわ」
応接室での一件の後、ナーシャは部屋へ戻され、マリアとカールは二人きりで話をしていた。窓の外では、夕暮れの光が庭の花々を金色に染めている。
マリアは、屋敷の中でも限られた者しか知らない力──白魔術を使える。特に精神感応系の魔術に長けており、人の持つマナの流れや色の微細な変化を読み取ることで、嘘や心の動揺をある程度見抜くことができる。
その力こそが、彼女を一介のメイドから執事の地位へと押し上げた理由の一つでもあった。
今回、アルネ様の失踪とナーシャの間に何らかの繋がりがあるのではないか──そう考えたマリアは、彼女を試すために、あの話を持ち出したのだった。
「清楚で可憐な女性に、こんな剣まで用意して……俺も、きっと悪者の仲間だな」
カールは、腰に下げた小剣を軽く叩きながら、苦笑いを浮かべた。
彼は商人ギルドの長でありながら、剣の腕も一流。若い頃は騎士の家系に生まれ、数々の剣術大会で優勝を重ね、「剣の神童」と呼ばれていた。ケネス様とも、幼少期に剣術を共に学んだ仲だ。
だが、周囲の期待をあっさりと裏切り、彼は剣の道を捨てて商人へと転身した。その転身の際、最初に世話になったのが、マリアの父が経営していた商会だった。
それ以来、二人は長い付き合いを続けている。
「ナーシャは、最初に雇い入れた時から、何か違っていたのよ。あの事件から一ヶ月も経たないうちに、ケネス様自らが屋敷に彼女を連れてきたの」
「屋敷のメイド採用に、ケネス様が直接動くなんて、考えられないわ。最初は、愛人を連れてきたのかと思って、軽蔑しかけたくらいよ」
「でも、その疑いはすぐに晴れた。彼女はとてもいい子なの。まっすぐで、ひたむきで、どんな子よりも熱心にこの家に尽くしてくれている」
「それに、ケネス様も……なぜだかわからないけれど、彼女を避けているように見えたの」
マリアの言葉には、複雑な感情が滲んでいた。信頼と疑念、そして何かを見落としているのではないかという焦り。
「……ケネス様が選んだ人には、きっと何か理由があるはずよ。あの方は、そういう方だから」
カールが眉をひそめる。「お前の話か?」
マリアは、少しだけ目を伏せてから、静かに語り始めました。
──それは、彼女がまだ十六歳だった頃の話。
王都の商業地区にある石造りの屋敷で、マリアは父と二人で暮らしていた。父、レオナルドは王都でも名の知れた商人で、誠実な取引を信条とし、貴族や騎士団とも信頼関係を築いていた。
毎朝、父と帳簿を見ながら朝食をとるのが日課だった。香ばしいパンの香り、窓から差し込む陽光、そして父の穏やかな声──それらは、マリアにとって何よりも幸せな時間だった。
だが、ある日突然、その日常は崩れ去った。
王都の衛兵が屋敷に踏み込んできた。「王室財務局への不正な献金疑惑」。父は何も知らないと訴えたが、証拠とされた帳簿は、何者かによって改ざんされていた。
マリアは、父が連行される姿を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。父の背中は、いつもより小さく、そして寂しげだった。
その後、父は王都の地下牢に収監された。マリアは何度も面会を申し込んだが、許されることはなかった。
そして──一ヶ月後。
「病死」という一枚の通知書だけが、彼女の手元に届いた。
マリアは泣き崩れた。父は病弱ではなかった。牢の中で何があったのか、誰も教えてはくれなかった。
彼女は、父の無実を証明しようと奔走した。王都の商人ギルド、裁判所、貴族の屋敷──あらゆる場所を訪ね歩いた。だが、若い娘の訴えは、誰にも届かなかった。
そんな時だった。一人の青年が、彼女の前に現れた。
ケネス・アルピン。
当時、王都に滞在していたエルクの次期君主であり、父の旧友でもあった。
「君のお父上は、誇り高い商人だった。私は彼の誠実さを、誰よりも知っている」
ケネス様は、そう言ってマリアの手を取った。
「このまま王都にいても、君は潰されてしまう。私の屋敷に来なさい。」
その言葉に、マリアは涙を流した。父を失い、世界から見放されたと思っていた彼女にとって、ケネス様の言葉は、救いそのものだった。
こうしてマリアは、エルクの街にあるアルピン家の屋敷へと移り住み、メイドとして働き始めた。
最初は、掃除や洗濯などの雑務ばかりだったが、彼女の几帳面さと帳簿への理解力はすぐに評価され、やがて事務仕事を任されるようになった。
そして、精神感応の白魔術の才能が発覚したことで、執事としての地位を得るまでになった。
「……だから、私はこの屋敷に命をかけて仕えているの。ケネス様の恩に報いるために」
カールは、しばらく黙っていた。
その沈黙には、過去を思い返すような重さがあったが、やがて静かに頷いた。
「……お前らしいな」
マリアはその言葉に軽く目を伏せ、わずかに表情を緩めた。
そして、空気が落ち着いたのを見計らうように、話題を切り替えた。
「でも最近、また怪しいと思い返すきっかけがあったのよ。見たでしょ、あのペットのこと」
「うちの魔獣使いに見てもらったのよ、そしたらあれは猫とかじゃなく魔物の子供だっていうじゃない」
「魔獣使いは、魔物でも相性によっては人になつくこともあるとはいっていたのだけれど、私の目にはあの魔物はなついているというよりも、服従しているようにみえたの」
「その魔術でも間違いはあるだろう、昔も人の心を読み違えてやっかいなことになっていたじゃないか」
「それはわかっているんだけど、ほかにもね、考えるといろいろとおかしいのよ」
「その違和感に最近気づいたんだけど、彼女、教養がありすぎるの。読み書きから計算に始まって、簡単な魔術まで使える。まるで幼いころから家や学校でさまざまな教育を受けている貴族と変わらないくらいの知識があるのよ」
「それをいったらマリア、おまえもそうだろうよ」
「私は特別なのよ、あなたも知ってるじゃない」
「まあ、彼女もなにか訳ありではあるんだろうよ。よかったのか悪かったのか、失踪した奥様を探す手がかりではなかったな」
「また何か情報がはいったら連絡するよ」
「お願いするわね」
そういうとマリアとカールは、それぞれの職場に戻っていった。
──だが、マリアは気づいていなかった。
彼女の白魔術による精神感応を、遥かに超越する力が、ナーシャの中に秘められていたことを。
その力は、ほんのわずかに見えるはずのマナの色を、巧妙に歪めていた。
──まるで、何かを隠すために。
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