マリアの選択、メイドの謎(2)
「……いいのか、マリア?」
カール様の声には、驚きと戸惑いが混ざっているように聞こえました。眉がわずかに動いて、視線が私に向けられたとき、胸が少しだけざわついたのを覚えています。
応接室の空気が、さっきまでとは違って、ぴんと張り詰めたような緊張感に包まれていました。窓から差し込む陽の光も、なんだか場の空気を察したみたいに、少しだけ陰って見えた気がします。
「ええ、構わないわ。この話は、屋敷で働く一部の者にはすでに知られていること。それに──ナーシャには、知っていてもらいたかったのよ。マルカム様のお世話をしているあなたには、ね」
マリア様の声は静かで、でもその奥には強い決意が込められているように感じました。まっすぐに私を見つめるその瞳は、逃げることも、目を逸らすことも許されないような、そんな力を持っていて──私はただ、うなずくしかありませんでした。
そして、マリア様は語り始めました。
ケネス様の奥様、アルネ様にまつわる、過去の物語を──。
「カールへの依頼内容は、ケネス様の奥様であるアルネ様が、かつて所有されていた魔道具の回収よ。王都から送られてきた新作の品々の中に、彼女が使っていたものと似たものがあるかもしれない。だから、目を通しておきたいの」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず息を呑んでしまいました。アルネ様──そのお名前は、屋敷の中でも特別な響きを持っていて、亡くなられたと聞いてはいたけれど、詳しいことは誰も話してくれませんでした。
「ナーシャ、あなたも聞いたことがあるでしょう? アルネ様が、ケネス様と出会う前は王国の宮廷魔術師だったことを」
「はい……庭師の方から、少しだけ……」
私はうなずきながら答えました。確かに、アルネ様が王都で活躍されていたという話は聞いたことがあります。でも、それがどれほどすごいことだったのかは、正直よくわかっていませんでした。
「アルネ様は、王都に綺羅星のごとく現れた天才魔術師だったの。宮廷入りしてわずか二年で、第二位の座まで上り詰めたのよ」
「第一位は、長年その地位にあった名誉職のようなもの。実質的には、アルネ様がダルリア王国最強の魔術師だったと言っても過言ではないわ」
その言葉に、私は思わず目を見開いてしまいました。
──最強。
その言葉を聞いて、私は思わず息を呑みました。
アルネ様のことは、屋敷の人たちから聞く限り、穏やかで優しい方だったと聞いています。だからこそ、「最強の魔術師」という言葉が、少し意外に感じられたのです。
でも……カリン様の魔術の腕前を思い出すと、確かにその血を受け継いでいるのだと、納得できる気がしました。
「そんな彼女が、ケネス様と恋に落ちたの。アルネ様は、私の一目惚れだったと、笑って話してくださったわ。ケネス様も、同じことをおっしゃっていた」
「でも、当時のケネス様にはすでに婚約者がいたの。次期君主として、政略的な結婚が決まっていたのよ。だから、周囲は猛反対だった」
「それでもケネス様は、すべての反対を押し切って、アルネ様と結婚された。あの時の騒動は、アルピン家が崩壊するのではないかと思うほどだったわ」
マリア様は、遠い記憶を思い出すように、少しだけ苦笑いを浮かべていました。
「結婚が決まってしばらくして、アルネ様はカリン様を身ごもられた。そして、あっさりと宮廷魔術師を引退されたの」
「当時、女性の宮廷魔術師が子を持つと職を辞すという慣例はあったけれど、アルネ様ほどの地位にあった方が、それを守るとは誰も思っていなかった」
「でも、アルネ様はこう言ったの。『私は生まれつき身体が弱い。子を育てることと、宮廷の務めを両立するのは難しい』と」
その言葉を聞いたとき、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになりました。
──母としての覚悟。
それは、魔術師としての栄光を捨ててでも守りたいものがあったということなんだと思います。
「カリン様が生まれ、屋敷には穏やかな日々が流れていた。皆が笑顔で過ごし、幸せが永遠に続くものだと思っていたわ」
「でも──その平穏は、突然崩れたの。隣国ルバ王国との大戦が始まったのよ」
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