無常な叫び
8月24日から更新をしていませんでしたが、読んでくださる読者がいて嬉しかったです。この小説は楽しんで書いています。更新が遅いのに、何の迷いもなく不思議な気持ちで書いていて、パーソナルで、局地的で、ささやかな喜びの中で執筆をしています(照)。読者の応援が支えです。久しぶりの更新です。宜しくお願い致します!
レインはベッドから降りて慎二と膝を突き合わせる形でパイプ椅子に座ると、ジュリアの腰の手術をした担当の医師、杉山が扉をノックして病室に入ってきた。
ジュリアは顔色が良くなっていた。
「腰の手術は経過が良好ですが、普通の人よりも回復が早過ぎます。信じられない」首を横に振りながら何度も自分の中で問いただし、葛藤をする杉山は苦悶していた。杉山はレインに握手した手を離さずにいた。
杉山はレインから何か答えを待っていたが、レインは顔色1つ変えずに杉山の話を黙って聞いていた。
「ジュリアさんの経過ですが、正直に申し上げますと、現代の医学では考えられないほど驚異的な回復力を見せています。大袈裟ではなく、3日もすれば全快するでしょう。いや、明日にでも。ジュリアさんの体は大したもんです」杉山はレインから手を離すと唇を噛み締めてジュリアの驚異的な現象に戸惑い続けていた。
「杉山先生、大変な事態が起こっていたのに、ジュリアの手術をして頂き心から感謝をしています。杉山先生の決断力に感服しています。ジュリアがその気持ちに答えたくて、肉体に奇跡的な変化が起こったとしか考えられません」レインは熱い思いを込めて杉山を讃えた。
「奇跡、ですか。そうだと良いのですが。現代の医学では考えられない事が起こる例は仲間内の話では聞いたことがありましたが、まさか、自分が受け持った患者さんに起こるとは。驚いています。何か目に見えない聖なるものに守られていたのかな?」杉山は緊張していた顔を綻ばせて、ベッドに横たわっているジュリアを優しく見つめた。
『直感的に感じ取る医者の1人かもしれないな』とレインは思った。
ジュリアの回復力は本人の魔法による力と強靭な潜在能力に依るところが大きい。そこにレインの力も深く関わっていた。
それもそのはずだ。夜間に街が壊滅的な被害、混乱状態だった時、紋絽病院も停電や損壊をして甚大な被害を受けている最中にあるのにも関わらず、ジュリアの手術を決行した勇気ある決断と行動力を見せた医者や医療関係者たちの目を盗み、わすがな時間だが麻酔で眠るジュリアに面会したレインが、癒しの魔法をジュリアの体全体に結界を張るようにして癒したのだから。
だが、レインは優しげな表情を浮かべている医師、杉山の話の裏側や本心を読んでいた。
ジュリアの奇跡の原因を調査して突き止めたい、ジュリアの肉体を隅々まで調べあげて研究の対象にしたいのだ。
患者を研究したいという欲求が強いのは大学病院だと良くある話だ。入院期間を伸ばしたり、密かに新薬を投与したり、または多量の薬を使用した結果、ある種の医療過誤を引き起こす要因になって問題が発生して世間に晒される。
今、現代の医療は多きく変わろうとしている。
AI医療、再生医療、遺伝子医療などによる革命が爆発的に起こっている。
古い体制による古い医療システムは残る部分と静かに消えていく運命にあるのものに分かれていく。
医療の進化を否定して無理な治療を盲信して施すヤブ医者も中にはいるのだ。
例えば、乳ガンじゃないのに乳ガンだと過剰診断をして、強く患者に乳房摘出手術を進めて手術を終えた後、切り取った乳房を詳しく調べた結果、正真正銘の乳ガンではなかったという話もある。
嘘つきで、病を作り出す裁量のない医者に出会ったら、迷わずにさっさ逃げ出す事や他の病院に掛かる必要もあるのだ。
杉山の後から5人の医者が病室に入ってきた。ジュリアの見物に来たようだ。
レインは杉山には感謝をしているが、裏の顔を知ってしまった以上、もうこの病院にジュリアを留まらせる訳にはいかない。
レインは慎二が静かに目を閉じて瞑想をしているの気付いた。
慎二は穏やかで深い呼吸を繰り返していた。
レインはジュリアの意識にダイブした。
『ジュリア、分かっているな』
『うん』
『あとどれくらいの時間が必要だ?』
『3時間もあれば大丈夫よ』
『慎二の詳しい話は他の場所で聞く事にしよう』
『わかったわ』
『ジュリア、もう1人の仲間、銀次が戻ってきたら行動開始する。だが、何が起こるか分からない。行動は状況によって変わる』
『うん。お兄ちゃん、あまり無茶はしないでね』
『わかった』
「そこで、改めてお兄様にですね、折り入ってお願いがあるのです」杉山は両手を後ろに組んで神妙な顔をした。
「なんでしょうか?」レインは杉山の目を真っ直ぐに見つめた。
「実は、しばらくのあいだジュリアさんを私どもが使っている別の医療施設に移したいのです」
「それはなぜですか?」レインは冷たい視線に変わった杉山を見つめていた。
「もっと高度な医療設備が整った場所だと、ジュリアさんの回復が、より一層増すと思うからです」杉山の額に汗が滲んでいた。
「ここで十分だと思いますが」レインは穏やかに杉山を見つめていた。
「いやいや、そう言うわけにはいかないのですよ」杉山の声には必死なものがあった。
「詳しい説明と理由が欲しいですね」レインは杉山の後ろに並ぶ5人の医者を見た。5人とも落ち着かない様子を漂わせていた。
「先ほどお兄様に説明した通り、患者様の負担を考慮しまして、回復力を高める必要があるのです。快適な医療施設だと、お約束をしますよ」杉山は白いハンカチを白衣から取り出すと顔を拭いた。
「ここでも十分だと私は判断します。ジュリアの意見を聞いてから決めてはどうですか?」レインは瞑想にふける慎二を見た。
慎二は半目の状態で、瞼が時折、小さく痙攣していた。口もとには柔らかな笑みが浮かんでいる。
「ジュリアさんの意思を尊重は致しますが、私どもの考えを優先して欲しいのです」杉山は汗を拭きながら早口で話した。言葉に苛立ちがあった。
「ジュリア?」レインはジュリアに顔を向けずに話しかけた。
「私はここがいいわ」ジュリアはレインの後ろ姿を見ながら言った後、枕元にある雑誌を手に取りページをめくった。
「先生、ということで話はこれでよろしいでしょうか?」レインは杉山の唇を見ながら話した。
「いやいや、それじゃこちらが困るのですよ」杉山はスマホを取り出すと電話を掛け始めた。
「来てくれ」と杉山は一言だけ話すとスマホを白衣のポケットに忍ばせた。
「先生、どうしたんですか? 一体、誰に電話をしたのです?」レインは話をしている途中で杉山がした電話が気に食わなかった。
「大丈夫です。心配はいりませんから。ジュリアさんの事は任せてください」
「勝手に話を進めて貰っては困る。人権問題にも関わってくる話になる」とレインは話すと1度ジュリアの顔を見た。
「その点については心配に及びません。ジュリアさんの人権は私が責任を持って完全に保証致します」杉山は後ろにいた5人組の医者たちに同意を求めると口々に「約束しますよ」と言った。
「こちらの考えを分かってくれませんか?」と杉山が話した直後に扉から10人もの背広を着た男たちか次々と病室に入ってきた。
その中に看護師の姿はなかった。
「お兄様にはもっと大事な話がありますので、今から別の部屋に行きませんか?」杉山はレインの肩に手を置いて扉まで促すと、杉山の後ろにいた5人組の医者がジュリアの傍に行き注射器と麻酔薬を用意した。
「お兄ちゃん!」ジュリアが叫んだ。
背広を着た男たちは5人ずつに分かれてレインと慎二の腹を殴ると、羽交い締めにしてハンカチを2人の口に被せた。
「大丈夫、心配しなくても良いですからね。任せてくださいよ」杉山は血走らせた目を大きくしてレインを眺めていた。
杉山は自分で気づいていないのか、口から泡とよだれが垂れていた。体を小刻みに震わせていて面白そうに座ったまま力なく座る慎二を見ていた。
ハンカチで口を塞がれても慎二は変わらずに瞑想を続けていた。背広を着た5人の男は慎二の腕を取り麻酔薬を打とうとしていた。
羽交い締めにしたレインを眠らせるためにハンカチに浸した薬品は既に跡形もなく消えていた。
背広の男たちはいつまでも眠りに落ちないレインに激しく動揺していた。普通の人間なら20秒もあれば深い眠りに落ちるはずだ。
レインは瞬きもしないで杉山を見ていた。
杉山は焦りからか顔を歪めていた。
「先生! 患者と、この座ったままの男の腕に針が刺さりません!」注射器を持ったまま立ち尽くし驚愕する5人組の医者は引き吊った顔をして叫んだ。
「あ、あ、あんたたちは一体何者なんだ?」杉山はレインとジュリアと慎二のただならぬ異変に恐れを抱き、正気と狂気の狭間で自分の立場と我を完全に失っていた。
レインはハンカチを払い除けると「忘れることだ」と呟き、右手で自分のこめかみ辺りを擦った。
「あっ」杉山が胸を押さえて声を漏すと瞳孔が開き前のめりに倒れた。
5人組の医者たち、背広を着た10人の男たちも次々と胸を押さえて倒れていった。
つづく
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