絶対条件
「これは、ようこそおいで下さいました」グザリフは、わざと揚々しく手を小さく回し続けて召使いのように丁寧なお辞儀をした。
「グザリフ」慎二は顔が半分溶けたグザリフを黙って見ていた。逃走の末に薄汚れて異臭がしそうな憐れな姿のグザリフを消す前に何らかの情報を得たいと考えていた。
「貴様のせいで顔に違和感が残ったぞ」グザリフは鼻に掛かった声を使って答えた。憎しみを込めた声音そのものだった。
「残念だが…貴様は終わりだ。意味がわかるか?」慎二は目を閉じながら、ため息混じりで話した。
「そう簡単に上手くいくかな?」
「本来ならば、俺たちの手は血で汚したくはないんだよ。分かるかな?」銀次は決して目を逸らすまいとするかのように2分近くも瞬きをしないでグザリフを見ていた。
「俺は死なない。死ぬのはお前たちだ」グザリフは耳に響く甲高い声で叫ぶように話すと自分の歪んだ顔を擦り出した。
「貴様は不味そうだね」ジョン・ラファロはグザリフに歩み寄っていった。
「なんだ? 貴様は?」グザリフは目の前に来たジョンの肩を掴もうとしたのだが、ジョンは素早く慎二と銀次の横に戻った。
「動きが速いな。これはどうかな?」グザリフは地面に手を翳すと土の中から木の枝が突き出て来て、ジョンの足に絡み付いた。
ジョンは腹を押さえて、ただただ笑っていた。
「これは何だ? 動きを止めるつもりでしたのか? ハハハ。大したことないじゃないか」とジョンは言って髪を解くのと同時に姿を消してしまった。
「威勢が良いだけで逃げ足が速いんだな」グザリフは声をあげて笑っていたが背中に小石が当たって振り返った。
「うん? なんだ?」
グザリフが振り返ると、ジョンはグザリフに背を向けて洞窟の入り口に佇んでいた。
「この光の向こう側には一体、何があるんだ?」ジョンは、洞窟の入り口から漏れ出ている眩く淡い群青の光に目を細めて見つめると、洞窟の中に入ろうとした。ジョンは顔を上げて慎二の様子を確認した。
慎二は首を横に振ってジョンの出過ぎた真似を静止させた。
ジョンは軽く立てに首を動かすと慎二と銀次の傍までゆっくりと歩いた。
ジョンはグザリフの横を通りすぎる時にグザリフは右足を投げ出した。ジョンの前に出して転ばそうとした。ジョンはグザリフの右足に引っ掛かり、うつ伏せに倒れると、前面が泥濘に浸かって泥まみれの状態になってしまった。
「ギャハハ。こんな初歩的な事で倒れるとは、貴様はマヌケを越えて情けない奴だな」グザリフはすっかり気を良くしたように溶けた顔を歪ませて笑った。
「気が済んだのか?」倒れていた筈のジョンがグザリフの背後に立っていた。グザリフは驚愕して地面に倒れたままのジョンと後ろにいるジョンを見比べていた。
慎二と銀次はジョン・ラファロの幻影を操る能力の高さに驚きと感嘆の声を上げて受け入れていた。
「フーディーニから教わった初歩的な魔法さ。彼は素晴らしい奴で、私の親友の1人だったよ。まさか、あんたが、こんな初歩的な技に驚くなんて情けない。こんな初歩的な事で喜ばれて勝ち誇られても困るよ。グザリフよ、初歩的だよ。初歩的」ジョンはグザリフの額を何度も叩いていた。
「やめろ!!」グザリフはジョンの腕を払い除けて、至近距離から波動砲を出したが、ジョンは高らかに笑いながら、素早く木の上に移動して木の葉を弄んでいた。
「クソ」グザリフはジョンに目掛けて波動砲を連発したが既にジョンの姿は消えていた。
「貴様は魔法国から来たんだろう? 私に当てることも出来ないのなら、1から出直すか、ここで死ぬかの選択をしなければならないよ」ジョンはグザリフの目の前に立っていた。
「き、貴様、ふ、ふざけるな」グザリフはジョンの素早さに苛立ちを見せ始めていた。どんな攻撃も交わすジョンの能力に絶望的なものを感じていた。
『俺はここで殺られる』グザリフはこの言葉が脳裏に鮮明に浮かんでいた。否定しようと首を横に振ってみるが、決定的な事実の宣言を聞いた後に、消すことが出来ない刻印を眉間に刻み込まれた気がしていた。
「ジョン、ここは君に任せて、僕たちは先へ急いでもいいか?」慎二は洞窟へ歩きながら大声を出した。
「ああ、構わないよ」ジョンは腕を組んでヨレながら立っていた。ジョンの体全体からリラックスしたオーラが漂っていた。
「グザリフ、貴様は地獄が似合うよ。安らかに死ねよ」銀次は吐き捨てるようにグザリフに言うと、持っていた木の枝でザグリフのお尻を強く叩いた。
「貴様……」グザリフは右手に波動砲を溜め込むと銀次の背中に目掛けて投げ飛ばした。
銀次は防御体勢をしてから、波動砲の角度を計ると腰を落として見事に右足で蹴り飛ばした。
轟音を轟かせた波動砲は猛烈なスピードを上げてグザリフに返っていった。波動砲は無惨にもグザリフの溶けて焼け爛れた顔に当たった。
「ギャー、熱い、熱い」ヒステリックなグザリフの叫び声が森の中に響き渡ると、木の上に停まっていた鳥たちが鳴き声を上げながら一斉に西の空へと向かって飛び立っていった。
「グザリフよ、最後に何か言い残す言葉はないか? 出来れば、秘密を打ち明けて欲しいんだよ。あんたの魔法国のボスの居場所だったら嬉しいね」ジョンはこの時点で心に決めた。慎二と銀次とレインの仲間になることを。
今後もヴァンパイアとしての立場を明確に慎二たちに伝えることが出来そうだし、改めて未知なる希望を求めて正義に注ぐ事を決心した。『ありあまる時間は正しい事に使った方が気持ちがいい』ジョンは自分の気持ちの変化を素直に受け止めていた。
死神はジョンの肩を叩く寸前で腕を静かに下ろしたのだ。もはや死神さえも今のジョンの命は奪えそうもないと判断したのかもしれない。
『今後も死神は虎視眈々と自分の命を狙っているという気配だけは常に感じていたい』とジョンは考えていた。
『いつかは必ず自分の命にも終わるが来ると信じていたい』とも思っていた。
研ぎ澄まされたジョンの力は魔法使いと渡り合えるには十分であった。ひょっとすると、それ以上の能力が秘められているかもしれない。
慎二も銀次も、ジョンに下手に手を出さなかったのは、警戒心によるところとジョンの心を完全に読み取れなかった事が非常に大きかった。
「さあ、グザリフ、時間が来た。ボスの名前と居場所を説明して貰おうか?」
「なあ頼むよ。助けてくれないか?」グザリフは愛想笑いに揉み手をすると繰り返し、しつこいくらいに頭を下げ始めた。
「慎二、銀次! グザリフが命乞いをしているぞ」ジョンは洞窟の入り口から溢れ出る淡い群青の光を見つめている慎二と銀次に向かって叫んだ。
「艶夢の街で、2000人もの大勢の方がお前のせいで死んだんだ。亡くなった人を傷ひとつなく、綺麗なままの姿で生き返らせる事が出来たなら、助けてやってもいい。今すぐ、生き返らせる事が絶対条件だ」慎二は溢れている群青の光を見つめたままでジョンに大声で返事を返した。
「グザリフ、早速、頼むよ。死んだ2000人を今すぐ生き返らせろ」ジョンは、一瞬だけ、小さく笑みを浮かべると、まるで感情のない、抑制と狂気に冴えた真顔に戻してグザリフに話した。
「……」グザリフは茫然自失で完全に言葉を失っていた。
「グザリフよ、早くしろよ!! 早くしろ!! 早くしろ!! 早くしろ!! 早くしろ!!」ジョンはグザリフを小突き回し、目を見開いて何度も叫び続けていた。
「……」グザリフは項垂れて地面を見ていた。
「早くしてくれ」ジョンは今にもグザリフの首を切り落とそうとするかのように腕を上げていた。
「どうたい? ジョン。生き返らせたかい?」銀次は淡々として叫んだ。
「グザリフよ、私は急かされるのは嫌いなんだよ。早く生き返らせろよ!!」ジョンは牙を出して目を真っ赤に輝かせると、猫背のままの姿勢で腕を振り上げていた。
「人間は価値がないゴミだ。ざまみろ。死んで当然の奴等さ」グザリフは狂ったような笑い声を上げてジョンの頭を撫でた。
「……。そうか」ジョンはグザリフの右腕を切り落とすと、続いて左足を切り落とした。
「ガァァァァ…グルルルル」グザリフは泡を吹いて気絶する寸前だった。
ジョンはグザリフに飛び掛かると首に噛み付いて血を貪った。グザリフは静かに倒れ込むと、ジョンは立ち上がって口に含んだ血をすべて吐き出した。
「これは不味い血だ」
「ゲ、ゲルバス様…」グザリフは小声で誰かの名前を口にした。ジョンは慌ててグザリフの口元に耳を寄せていた。
「ゲルバス!? 誰だ? もう一度言え」ジョンはグザリフの口に手を当てて無理に開こうとした。
グザリフは腕、足、口から緑色の血を吹き出しながら倒れていた。意識の混濁がみられる。ジョンは焦っていた。
「おい、もう一度聞く。ゲルバスとは誰なんだ?」ジョンは仰向けに倒れているグザリフ目を見つめて叫んだ。
「ハハ…ハハ…、今に分かる…貴様らは…後悔…」グザリフは大きく息を吐くと目を見開いたまま息絶えた。
つづく
ありがとうございました♪




