鮮血
読者の皆様、今回は残酷なシーンが出てきます。幼いお子様にはくれぐれも読ませないようにしてください。おおらかな気持ちで受け止めてくれたなら、ありがたくと思います。
第29話です。それでは宜しくお願い致します。
「ジョン…、ジョン・ラファロと言ったかな? 君は何が目的なんだ?」慎二は冷静な態度をジョンに見せる事で彼から詳しい経緯を知りたいと思っていた。
レインもジャン・ジェイラヴも厳密に言えば極秘事項に極めて近い立場で現世で行動を起こしている。
ジョン・ラファロがレインやジャン・ジェイラヴを知っているという事だけでも只者ではないということが分かった。
本来ならば、二人とも異世界という現世から遠く隔てた魔法国にこそ生きる場所があり、ジャン・ジェイラヴが現世で慎二を探し求めたことが発端となって、一連の激しい活発な動きが繰り広げられてきたのだ。
慎二はジョン・ラファロと名乗る男の存在感に美を感じてはいるが、彼自身の底が知れない孤独に吸い込まれていきそうな感覚に対して、何としてでも拒否しなければという衝動が胸の奥にあった。
慎二は、レインの場合、膨大な怒りの出所に踏み込む立場にはないので、無理に聞き出そうとするのは野暮だと分かっていた。
時が来てお互いの腹の底まで分かり合えた時に、いずれは、本人の口から聞き出せるのであれば、喜んで親身になって相談を受けたいと思うが、ジョン・ラファロの場合はどうも今までに出会った人達とは全く様子が異なっていて、仕事上の付き合いや、友人関係の中にもいないタイプの人間だった。明らかにズレが生じているような気がしてならなかった。
慎二はジョン・ラファロの外見を見ていると、確かに若くは見えてはいるのだが、頼りなく儚げな佇まいに、背筋にさえも鳥肌が立つような強い違和感と不穏なものを感じ取っていた。
それは波に浮かぶ瓶詰めの手紙のように、誰かに拾われることを信じて遠方より遥か彼方から漂ってきたような、書いた本人の温もりの時間だけが瓶に封じ込まれた無垢な手紙のように見え、ジョン自身が身動きができない立場にいて、足掻き続けている苦しさを感じた。
慎二がここまで分析をするのは俳優という職業柄が大きい。
慎二の演技の基本はメソッド理論に基づいていた。演劇界の至宝である、アクターズ・スタジオで実践されているスタニフラフスキー・メソッドが慎二の原点だった。
深く内面を掘り下げていく人物描写が特徴の演技術だ。細かい観察に基づくのはもちろんのこと、生い立ちや性格におけるまで徹底したリアリズムを用いる高度な演技術が特徴だ。最高峰の演技術と言って過言でない。
慎二は不利にならないように、ジョン・ラファロの言動から何かを読み取り、推理と観察に基づいて対話をしていかなくてはと思っていた。演技術がものをいうだろうし、推理と洞察を駆使して取り組もうと考えていた。
「目的は色々とあるが、どれもが感情的な部分と結び付く事が多いと思う。レインとジャン・ジェイラヴの存在は私の世界でもかなり有名なんだ」ジョン・ラファロは含みを持たせた言い方をした。
「目的が感情的な結び付きと一致するならば、何事も客観的に判断するのは難しいだろう?」慎二はジョンの『目的』に話の的を絞りたかったのだが、『私の世界でも』という言葉が妙に引っ掛かっていた。
『一体何を意味する言葉なんだろう?』と慎二は頭の中で知識をフル回転させていた。
「そうかもしれないね。重要な書類ですら、確認をせずに我関せずを通して、淡々と捌いてハンコを押していく、誰かさんみたいな仕事のように振る舞えたなら、感情を必要としないので、覇気の無さを学べて、今後は上手くいくかもしれないね」慎二はジョン・ラファロの余裕綽々な話しぶりが気になっていた。
2人は心を見透かすことなく、言葉を弾き出すようにしていた。
「私は君たちよりも、ずっと大人だ。あらゆる経験をしてきたのだが、今回の艶夢の惨事には驚いたし、大変、胸を痛めている」ジョンは悲しげな顔をして自分の胸に手を当てていた。
「昨日は凄まじい1日だった」慎二はポツリと呟いていてジョン・ラファロの目を真っ直ぐに見た。
「ところで君は?」
「三杉慎二だ」
「慎二か。そちらは?」
「銀次で良いよ」
「銀次…。分かったよ。私の目的については純粋な動機だと言える事だけは理解してほしい。君たちの力になりたいんだよ」
「なぜ?」
「君たちの以上の力があるかもしれないからさ」
「もし、君に助けを借りた場合、裏切るような真似はしないだろうな?」慎二は凄みを効かせていた。
「慎二、それは深読みし過ぎだよ」ジョンは子供のような無邪気な笑顔を一瞬だけ見せた。
「偽りではなく、のらりくらりと真実の目的を果たすためだけに、僕たちに付きまとい、利用するような真似をしたら、絶対に許さない。言っている意味が分かるか?」慎二はジョンの頭上に隕石を連続で落とすかのような鋭い言葉を投げ掛けた。
ジョンは全身に鳥肌が立ち、体を緊張させて急激な圧力感じたまま、怯むのを堪えていた。
ジョンは、回り道をしないでストレートに物事の本質を掴んで、ゴールに辿り着く慎二の考えや言いぐさが心から気に入った。
ジョンは慎二が誰よりも本音で向き合ってくれているのが分かった。
「私はそれなりに力がある。決して後悔はさせないよ」ジョンは、今はまだ自分の背景や本音を隠して、慎二達に敵意がないことだけを明確に伝える事で2人の心を開いて欲しいと思っていた。
「確かに俺のパワーを解くらいだ。やり手な奴だというのは十分に分かった」銀次はあまり面白くない気分だったが『おそらくジョンも自分と同じ超能力がある人間なんだろうな』と思っていた。
「ジョン、強さの証明となるものを見せて欲しいんだ。何でも構わない」慎二はジョンの強さを確かめようとしたのだが、ジョンは力を見せる意志はなくて、しばらく黙って何かを考え込んでいた。
「慎二、グザリフというのは何者なんだ?」ジョンは唐突にコンビニ事件で聞いた店内の会話の中で、川谷亮三郎がグザリフを崇拝する絶叫を上げたのを思い出していた。
「ジョン、なぜそれも知っているんだ?」慎二は一歩距離を引く感じで話し掛けた。
「コンビニ内の会話は全て筒抜けだったのさ。もしクザリフに会えば、私を理解してくれる機会が訪れることになるだろう」ジョンはグザリフという者の存在を微妙に認識をしていた。
「どんな仕掛けがあるのか知らないが、聞いていたんだな」銀次は土を蹴り続けていた。銀次はジョンの掴み所のない話し方に苛立ちを隠せないでいた。
「この先にある洞窟まで迷子になることなく案内をするよ。別荘とまではいかないが、私の馴染みの住処の1つだからね。私に許可なく無断で侵入し、荒らす者がいるようだ」ジョンの赤い瞳が怪しく輝き始めていた。
「分かった。では先頭に立って洞窟まで案内してくれ」慎二は急かすように、自分より前にジョンの体を右手で押し出して促した。
「それでは行こうか」ジョンは顎で合図をすると土を強く踏みしめるように歩き出した。
ジョン、慎二、銀次の順番で並び、洞窟まで進んでいく事になった。
森の奥へと導かれて歩くのは、常に目線が一定を保ったままの状態だ。登頂を目指す登山とは違って、眺めの良い景色の連続とはいかない。
森の場合、代わり映えのしない風景に飲み込まれてしまいそうになる。
森で遭難するのは、登山よりも確率的には高いし多いという話しに納得しながら慎二はジョンの後に続いて早足で歩いた。
慎二はジョンの話を思い返してみたが『君達の力になりたい』という言葉だけにジョンの本心と正解があるように思えた。
『ジョン・ラファロを信じて良いのだろうか?』慎二は、まだジョンに躊躇いを残したまま洞窟までの道のりを歩いていった。
上空を優雅に旋回する鷲の姿が見えた。鳥は天使の使いで、慎二達の様子を観察しに来たに違いない。
木の匂い、土の匂い、枝が折れる音が辺りを包み込んでいた。小さな虫が飛び交う中を迷うことなくジョンを先頭に歩いていく。
「獣のくさい臭いがしてきたよ」ジョンは突然立ち止まっておかしなことを口にした。
「臭い?」銀次は鼻をひくつかせていたが、そんな臭いは微塵も感じないでいた。
「今は獣の道を歩いているのかな?」慎二は確認するために地面を見たが、泥濘には足跡や獣の痕跡はなかった。
「ほら」ジョンは前方に見える生い茂った木の間に向けて指を指していた。
慎二と銀次は体を屈めて覗き込むような体勢を作ると、ジョンが指差した場所を睨んでみた。
慎二達の位置から20メートルほど先に、黒い塊が見えた。黒い塊は慎二たちに向かって歩いてくるようだった。
「あれはなんだ?」銀次は眉間に皺を寄せてジョンに言った。
「熊だよ。腹を空かせているのさ」ジョンは面白おかしく話した。
「どうやら縄張りに踏み込んだようだな。向きを変えて別のルートから洞窟に向かおう」慎二は翻して歩こうとした。
「お互いに腹を満たしたいと思う者同士が鉢合わせしたらどうなるかな? 分は私にある」ジョンは何を思ったのか、熊に向かって歩いていった。
「お、おい!? ジョン」銀次は声を掛けたが、立ち止まることなくジョンは歩いていった。
「何を考えてやがる!?」銀次は助太刀しようとジョンの後を追い掛けようとした。
「待て、銀次」慎二は銀次の肩を押さえた。
「何だよ!?」
「いいから見ていろよ」
ジョンは熊に向かって走り出した。
驚いた熊が後ろ足で仁王立ちをしてから前足を上に上げると、爪を振り回して威嚇の吠え声を上げた。
熊はジョンに走り出して襲いかかった。
ジョンは怯まずに熊に飛び掛かると熊の顔に噛みつくような体勢でしがみついた。
熊がジョンを振りほどこうともがき出していた。前足でジョンの背中を叩き払おうとした瞬間、ジョンは熊の背後に素早く移動をした。熊は首を回してジョンを見ようとしたところをジョンは熊の左目を目掛けて指を思いきっり突いた。
「グワァァァァァァ」熊は上半身をくねらせて暴れている。熊はジョンを振りほどけずに苛立っていた。
ジョンは躊躇わずに熊の右目を強く突いた。熊は声にならない呻き声を漏らすと動きを止めてしまった。
ジョンは熊の背中を噛み付いていた。
痛みを感じた熊は伸ばしていたジョンの足を殴って地面に叩き下ろした。
目が見えない状態の熊は鼻先を引くつかせながら口を開けて威嚇をしていた。 熊は必死に前足でジョンを捕らえて叩きつけようと探したが、ジョンはタイミングを合わせて熊の腕に噛み付いた。
「ガアァァァァァ」熊の腕から血が吹き出した。
ジョンは迷わずに熊の顔に飛び掛かって噛み付く。ガリッと削れる音が響いてきた。ジョンが地面に立つと熊の顔は肉が捲れて骨が見えている状態だった。
慎二と銀次は驚愕しながらもジョンに向かって歩き出した。
ジョンは熊の顔を再び噛み付くと熊の頬から血が溢れてきた。熊は荒い呼吸を繰り返して座り込んでしまった。ジョンは熊の血を吸い続けていた。
銀次は2年前に、ライオンが生きたトムソンガゼルを捕らえて、首筋に鋭い牙を当てながら食べている野生の動物を特集する番組を見て以来の光景だった。
驚く事に、トムソンガゼルはライオンに食べられている間、目をパチパチさせて意識があったのだ。
「酷いけど、厳しい野生の世界で生きるためには仕方がないこと。自然の摂理は偉大だ。ライオンも美味そうに食べるから嫌になっちゃうよな」と銀次は独り言を良いながらテレビを付けたり消したりして見ていたのを思い出していた。
ジョンはライオンと同じ様な事をしていたので、銀次は、ジョンは人間の姿に生まれ変わったライオンかもしれないと思い始めてきた。
「無駄のない動きで仕留めるとは、まるでハンターそのものだ」と慎二は静かに呟いていた。
熊が横になってしまった所で、ようやくジョンは熊から離れた。
ゆっくりと慎二と銀次に振り返ったジョン・ラファロの青白い頬と口元には、鮮血が滴り落ちていた。
つづく
ありがとうございました!また読みに来てね♪




