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ヨーロッパ農業の展開 - 基礎

1/20更新

「土壌」の項目を追加しています


これまであった「ヨーロッパの農業の歴史」を解体。

分割と詳細な記述に書き換え作業が凍結中……。

■ヨーロッパ農業を理解するために

 所変われば品変わるとは言いますが、日本とヨーロッパでは当然気候が大きく異なり、何気なく使っている日常の用語が持つ意味合いすら異なってきます。

 たとえば「園芸」という語。

 現代日本で一般的に使う場合は「ガーデニング」などと言ったりして、花や樹木で庭を飾り付ける意味合いが強いかと思いますが、試しにWikipediaで英語版に飛んでみると出てくるのは"horticulture"であり、「園芸農業」だと"Market garden"になります。

 この中身を読んでみると「英語では慣習的に、規模の大小に関わらず、鍬で行われる農作業を"gardening"(園芸)と呼び、犂で行われる農作業を"farming"(農業)と呼ぶ」のだとか。

 英語で「農業」と言う場合は「大きな畑で単一の主要作物を栽培する」といった意味合いが強いのに対して、「園芸」だと「小さな畑で多種類の作物を栽培する」といったニュアンスの違いが存在するそうです。


 ではこの場合に日本はどうか?

 明治時代や清代末期に東アジアを訪れた欧米人は、そこで行われている稲作を見て、「農業ではなく園芸」と称したとか。

 欧米人からしてみれば「農業」であるはずの穀物栽培ですら、菜園としか思えないほどの小面積を経営して、手に持った鍬で耕し、1つ1つ手作業で苗を移植して、手作業で除草まで行う、というのはまず考えられない(というかそもそもできない)ことであり、とても異質な存在に映ったようです。

 ではそれを表すデータを1つ下に挙げてみます。

挿絵(By みてみん)

 こちらはイングランドでの耕地面積に関するデータなのですが、農業人口1人あたりで13反前後、仮に1戸を5人家族とすれば65反なんて数字になります。

 対して日本がどうかと言うと、『日本農業史』によれば1880年前後の1戸あたり経営面積は、田畑合わせて約8.5反とのこと。

 その差は約8倍にもなります。


 そんなわけで当然ながら行われる農作業はそれぞれで全く異なります。

 根本的な部分だと、日本は灌漑用水を整備した稲作が基本になりますが、ヨーロッパでは現代でも降雨に頼った天水灌漑が基本。

 田植えとして苗を1本1本手で移植しますがヨーロッパでは基本的にバラまきですし、一面に肥料を散布するというのは不可能、そんな広大な畑を手作業で除草するだなんてできるわけもなく、中世後期の労働力が不足した時期には、多少穀物のロスが生じたとしても大鎌で切り倒して収穫という方式にも向かいます。

 こうした事情から生じたのが「ヨーロッパでは播いた量の3倍しか収穫が無かった」という状況であり、収穫率や反収で表される「土地生産性」は低く抑えられました。


 これに対してよく「米は30倍も収穫できた」だとか、「少ない面積で大勢養えて凄い」だとか言われますが、これは一面的な見方です。

 米を生産するためには水が必要であるので、灌漑用水路を長距離に渡って整備し、土地を平らに均し、人力で水の汲み上げをするなんて具合に、莫大な設備投資とその維持費が必要になります。

 収穫率が大きく異なっていようとそれは「大量の労働力」を投じた結果であり、面積含めて計算すると1人あたりのカロリー供給量に優位な差はありません。

 少ない面積で養えるというのは逆に言うと耕地面積の極端な零細化であって、規模の経済を障害するものであり、欧米人から言わせれば「1人あたりの資本」が低く抑えられたというものです。

 まぁこのへんは本題でもないので置いておいて、以下意識すべきポイントのまとめへ。


①農業とは

・主要な穀物を大面積で労働節約的に栽培すること

・都市から少し離れた農村で行われる

・作業の基本になるのは「犂耕(りこう)」であり、家畜労働力が不可欠

・収益性は高いとは限らないものの、生育中の必要な労働量が小さい

・牧草栽培も作業としては簡単なので基本はこちら


②園芸とは

・その他の作物を小面積で労働集約的に栽培すること

・自家用だと家屋のすぐそばの菜園で、販売用だと主に都市近郊で行われる

・作業の基本になるのは「耨耕(どうこう)」であり、主に人間の手作業を必要とする

・収益性は高いものの、生育中の必要な労働量が大きい

・穀物や牧草を除く作物全般が該当


 詳しい内容は後でも出てきますが、とりあえず上のようなイメージを頭の片隅に置いておいてください。

 古代や中世の農業について語る分には「農業」だけ意識していればいいのですが、近世以降に進行する「アメリカ原産作物の受容」や「輪栽式農法の成立」を考えるためには、必ず「園芸」の認識が必要になります。



■気候

 まずは農業を語る上で大前提となる気候について、ヨーロッパの生物地理分布図を参考にして見ていきます。

挿絵(By みてみん)



(1)地中海性気候(黄色)

 ヨーロッパの気候を決定づける要因の1つが、東西に伸びる山脈の存在であり、ディナル・アルプス山脈、アルプス山脈、ピレネー山脈のラインを境に、南北で大きな気候差を持ちます。

 降水量で見ると、夏場はアゾレス高気圧の影響下に入ることで雨が少ない(乾季)のに対して、冬場はアゾレス高気圧とシベリア高気圧に挟まれた低気圧が山脈の南を東進することで、まとまった降水が得られる(雨季)といったものです。

 気温で見ると、東北や北海道と同緯度帯にあるものの年間を通じて温暖であり、特に乾燥する夏季にはかなり高温になります。


 こうした気候から農業の基本は、冬の降水を利用した冬作となりますが、ヨーロッパの中では灌漑率が高く、現代の西欧が13%に対して南欧は32%あり、高温が得られる優位な環境で夏作も行われます。

 また特筆すべきものに果樹生産があり、ほぼこの気候下でしか栽培が見られないオリーブや、ヨーロッパ内でイタリア・スペインが1位2位を占めるブドウ、灌漑が必要になりますがオレンジやレモンといった柑橘類などが挙げられます。



(2)高山気候(紫色)

 書いての通り、山脈沿いの気候です。

 冬場は非常に寒冷なので森林も発達せず、利用も不能な場所ですが、夏場は気温上昇とともに草生も得られることから、高地に移動して夏場の家畜放牧を行う移牧が見られます。



(3)大陸性気候(緑色)

 ケッペンの気候区分では下の西岸海洋性気候に含まれますが、その中でも気候差はあります。

 ハンガリーのあたり(朱色)は盆地で植物相が異なることからかなり異質に見えますが、気候や農業的にはこちらと同じと考えてもらって大丈夫です。

 降水量で見ると、夏場は偏西風の影響が強く雨が多いのに対して、冬場はシベリア高気圧が強く雨が少ないといったものです。

 気温で見ると、内陸に入ることでやや乾燥気味であり、夏の高温と冬の低温がかなりはっきり現れます。


 こうした気候から農業の基本は、冬場は雨が少ないものの気温も低く蒸発散量が少なくて済むので、水に不足は無いことから地中海地域と同じく冬作であり、また夏場はまとまった降水が得られることから、夏作も行われます。

 下の西岸海洋性気候との違いとしては、夏場に高温と多雨が得られることにより、作物一般の栽培はこちらの気候が優位を持ちます。



(4)西岸海洋性気候(水色)

 年間を通じて偏西風の強い影響下にあり、絶えず海から低気圧が東進してきます。

 降水量で見ると、年間を通じてほぼ平らなグラフを示すくらい一定しており、1時間に十何mmというような強い降水になることはまずありえないほどに安定しているといったものです。

 気温で見ると、年間を通じて曇天で湿度も高く、偏西風の影響で冬場は温暖であるものの、夏場になっても気温はそこまで高くはなりません。


 こうした気候から農業の基本は、年間を通じて降水が得られることから、冬作と夏作のどちらも見られます。

 夏場も気温が上がりきらないというハンデから作物一般の栽培に適しているとは言い難いものの、冬場も温暖であり1年を通じて草生を得られることから、牧畜においてはこちらが優位を持ちます。



(5)亜寒帯気候(青色)

 高緯度地域であり、冬場はあまりの寒さに冬作が不可能なことから、農業は夏作に限定されます。

 またこの気候下では成帯土壌としてポドゾルが分布することから、酸性耐性の強い作物や、焼畑のように酸性を中和する特別な手段が必要になります。



 注意点として、あくまで「現代」のデータであるということを承知してください。

 たとえば中世盛期のヨーロッパはかなり温暖化していたことが指摘されており、フランス北部やイギリスでもブドウ栽培が行われていたというように、100年単位の気候変動の中では気候の境目も前後に大きく変動します。



■土性

 この項目では『合理的農業の原理』を参考に、簡単な土性の分類とそれに対応する作物の種類について見ていきます。

 土壌を構成する物質は粒の大きさに従って粘土・シルト・砂・礫、またその他の有機物といった具合に分けることができますが、ここで重要になるのは作土層における「砂」の比率です。

 水田や砂浜のようにある程度は触れば判断がつくものの、より正確に土壌を分析するための最もシンプルで汎用性の高い手段は水による洗い流しであり、その際粒子が大きい砂が残ることから確認が容易であることがその理由となります。

 200年前の著作であり、現代の基準とも異なりますが、土壌と適応する作物に関しては古今変わるものでもないので参考にどうぞ。



(1)粘土質土壌

 粘土は通気性・排水性が劣悪であるものの保肥力に富み、塩基の溶脱・流亡も少ないことから酸性化もあまり進まないことを特徴とします。

 この土壌は砂の比率が40%未満の場合を指すものであり、現代では埴土・埴壌土あたりが該当でしょうか。

 一般に砂比率が高いほど評価が高くなる傾向にあり、一方で砂が5%未満ともなれば最低の劣等地として評価されます。

 ただ土壌の粘性が強いことから耕耘には困難が多いものの、自然の草生力が強いことから穀草式農法においては高く評価されることもあったとか。


 この土壌は「小麦土壌」とも呼称され、作物としては粘質土に適した小麦やソラマメ、湿害への耐性が強いエンバクが挙げられます。

 また砂比率が30%以上と高いのであれば、大麦やエンドウやインゲンも栽培が可能であるとのこと。



(2)ローム土壌

 この土壌は砂の比率が40~60%の場合を指すものであり、現代では壌土があたりが該当でしょうか。

 通気性・保水性・保肥力・保温性などあらゆる指標で、最も安全性が高く生産力の強い土壌であり、耕耘も容易です。


 この土壌は多くの作物に最適であり、小麦や大麦といった穀物はもちろん、マメ類やマメ科栽培牧草に根菜やジャガイモのような飼料作物、ナタネやアマにタバコなどの商品作物と、広範な作物をカバーします。

 ただし砂の比率が50%以上である場合は小麦の出来は次第に悪くなり、弱施肥でライムギを生産した方が有利であるとか。

 小麦がよいかライムギがよいか、という問いに関しては「小麦のほうがライムギより多収できるとしても、小麦はライムギより土壌を消耗させ、地力枯渇度も大きく、そのうえ小麦わらも少ないため、堆厩肥素材の再生産が少なくなり、したがって、これが繰り返し作付けされる場合には、経営全体が弱体化してしまう」とのこと。

 緑の革命においては可能な限り背の低い品種が求められましたが、前近代の化学肥料によらない農業を考える上では、長い藁というのも重要であったようです。



(3)砂質ローム土壌

 砂は通気性が高いことがメリットと言える反面、有機物の分解が強く進むことから保肥力が小さく、温度変化の影響も大きい、といったデメリットも挙げられます。

 また通水性が高いこともメリットとなる反面、保水性が弱く旱魃に脆弱となり、塩基の溶脱・流亡が激しく酸性化が進行する、といったデメリットが挙げられます。

 この土壌は砂の比率が60~80%の場合を指すものであり、現代では砂壌土あたりが該当でしょうか。

 一般に砂比率が高くなるほど土地の評価は大きく下がっていき、保肥力が小さいことから施肥は少量を複数回繰り返すといった栽培管理が必要になります。


 この土壌ではもはや小麦生産には不適であり、一方でライムギには最適の土壌となります。

 夏作について見ると、「大麦土壌」と呼ばれるくらい大麦の生産には向くものの、砂比率が75%を超えてくると土壌の消耗が大きいことから、エンバク栽培の方が一般化するとのこと。



(4)砂土壌

 この土壌は砂の比率が80%の場合を指すものであり、現代では砂土あたりが該当でしょうか。

 砂比率が85%くらいまではギリギリエンバク栽培が行われるものの収益性は低く、この土壌で砂比率90%程度まで確実なのはライムギとソバのみとのこと。

 しかし十分に施肥が行えたとしても土壌の劣化が進行していくことから、長期の草地化で土地を休息させることが不可欠になってくるようです。


 特に砂比率が90%を超えるという場合は、土地評価は最低とされます。

 ここでは長期の土地休息の後でなんとか1作できるかどうか、また乾燥に比較的強い羊の放牧を多少行えるといった程度だそうです。

■図表

wikipedia「ヨーロッパ」より

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