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農業と地域性

修正(12/2)

 農業モノ・内政モノを書く場合、大体の場合その対象となるのは時代が全く異なるものであり、必ずしも現代で行われている農業方式が、そのままあてはめられるわけではありません。

 今と昔で自然環境は大きく変わるものではありませんが、その経済システムは全く異なるものであり、過去に遡るほど、生産を行う上での自然環境の影響は非常に強いものとなります。

 今回は明治12年の統計データを元に、農業の地域性について整理を行います。


挿絵(By みてみん)


 簡単に表の説明から。


 まず1つ目は米。

 日本は全国的に世界平均の2倍近い降水量がある地域であり、その多湿な気候と、多雨による土壌の酸性化が激しく、米はこうした環境に適した作物であるといえます。

 九州から東北まで、全国的に多くの生産比率を持つ作物は米であり、まさしく日本人の主食といえる作物でした。


 次の2つ目は麦。

 現代で麦といった場合、パンや麺類となる小麦をさす場合が多いですが、前近代日本においてはそのほとんどが大麦(大麦・裸麦)であり、麦飯として消費されました。

 このどちらを栽培しているかというのは気温を表す目安となり、中国山地と近畿地方を境にして、東北日本では大麦栽培優位、西南日本では裸麦栽培優位となっていました。


 次の3つ目は雑穀。

 生産高の多い順に、粟・稗・蕎麦・黍・蜀黍・玉蜀黍をまとめて突っ込んでおり、環境適応性が強い作物が多いです。

 例として粟・黍は高温で乾燥した環境に、蕎麦は低温で乾燥した環境に適しており、稗などは洪水で稲が全滅した田んぼでさえ栽培できる、などと言われたそうです。

 「江戸時代の農民は粟や稗しか食べられなかった」なんてことが可能なほどの生産高はありませんが、山間地など環境次第でそうした状況が見られる場合もあったのでしょう。


 最後に4つ目は芋。

 サツマイモとジャガイモですが、前近代に圧倒的だったのはサツマイモであり、ジャガイモは明治時代を通じて栽培が拡大していきます。

 特にサツマイモは前近代日本の農業において、圧倒的なカロリー供給を誇る作物であり、救荒作物というよりもむしろ平常の主食として、広範に栽培されていました。



 また農業によって地域を区分していく上で重要になるものとして、大きく3つの要素が挙げられます。


 1つ目は気候。

 主には降水量と気温であり、作物を育てる上で最も根幹となる要素です。

 たとえばイネやサツマイモは高温でなければ栽培できず、一方で蕎麦やジャガイモは盛夏の過剰な高温は避けなければなりません。


 2つ目は土壌。

 本来なら土性やphといった話になるかと思いますが、ここでは都道府県レベルの大きな枠組みでの比較となり、火山灰由来か否かというのがポイントになります。

 火山灰由来の土壌は黒ボク土と呼ばれ、透水性が強いことから水田化は困難であり、大部分は畑として利用されます。


 3つ目は市場からの距離。

 現代人は輸送に必要なコストという感覚が稀薄ですが、前近代の社会には高速道路も鉄道も存在していません。

 コストは遠ければ遠いほど重いものになり、消費者のいる市場からの距離が変われば、採算がとれる農業方式も大きく変わってきます。

 また都市に近い地域は下肥や灰や油粕といった肥料を最も安価に手に入れることができ、豊富な労働力の供給も安価に受けることができるという性質があります。

 そうした点から都市に近い地域では、肥料や労働力を大量に必要とするものの利益が大きい商品作物生産や、足の早い野菜などの生産に傾斜し、一方で遠い地域では穀物など長期の輸送に耐える生産物に特化するという生産動向を示します。


 以下、地域別の特徴を整理していきます。




■日本海地域

 気候的特徴としては、とにかく雪が多いということ。

 この地域は世界最高峰の豪雪地帯であり、春まで雪が田んぼを覆うという特性から、冬作物生産が著しい制限を受けます。

 他の地域では一般的な、麦の生産はほぼ不可能であり、言わば「米しか作れない」土地でした。


 市場特性としては、大坂を中心とする前近代日本の経済の中では最末端に位置しています。

 収穫された米は春を待って翌年積み込まれ、日本海を西に進み、瀬戸内海に入り、大坂に到着し、そこから積み替えられて太平洋を江戸に向けて進む、という迂遠で長大なルートを辿ります。

 大市場である江戸に到着する頃には古米・古古米となり、輸送コストも嵩むというのがこの地域の特性であり、とにかく生産面積を拡大し、コストを下げた米の大量生産を行う、ということが求められました。



■山陰

 気候的特徴としては上の日本海地域と似ているのですが、降雪量についてはかなりの差があります。

 麦とサツマイモの栽培比率が大きく異なっていることから、このように分けて分類しています。



■東北東部

 気候的特徴としては、高緯度の寒冷地ということ。

 その点から気候変動リスクに強い雑穀比率が高めであり、逆に高温要求性の強いサツマイモ栽培は壊滅的でした。

 寒冷地とは言うものの日本は夏に高温を確保できることから、生産比率で最大なのはあくまで米となっています。



■中央高地

 気候的特徴としては、標高が高いことによる寒冷な気候と、比較的雨量が少ないといういこと。

 一般に標高が100m上がると気温が約0.6度下がるとされ、また海から離れて比較的低湿な環境であることから、昼夜の温度較差も大きくなっています。

 昼夜の温度差は生産物の質を高めるようなプラスの作用もあるものの、単に高緯度にある地域よりもさらに霜による被害のリスクが高い土地といえます。

 その点から気候変動リスクに強い雑穀比率が最大の地域であり、逆に寒冷地の特性からサツマイモ栽培は壊滅的となっています。



■関東中部

 土壌的特徴としては、ほぼ全域にわたって黒ボク土壌(関東ローム層)が覆っているということ。

 この地域は湛水を行う稲作には不適であり、畑作物の比率が約6割強(面積比だとさらに大きい)と、完全に畑作優位の地域となっています。



■東海

 温暖な地域であり、生産動向だと九州北部にやや似ています。



■近畿

 市場特性としては、日本経済の中心であったということ。

 最高の人口密集地域であり、輸送コストは最低限、対して労働力や肥料については最大の供給能力を持つ地域です。

 この地域の大きな特徴としてまず言えるのが、米反収が高いということであり、全国平均反収に対して、ほぼ全ての国が上回っています。

 豊富な労働力と肥料供給を背景に、狭い面積からより大きな収益を得ようとするのがこの地域の特性であり、日本最高の高等農業地域であるのがこの地方の特性でした。

 一方で雑穀は取引価格が安いことや、肥料の投下量を増やしても生産量に結びづらい点から、ほぼ皆無となっています。



■瀬戸内

 気候的特徴としては、盛夏の頃の雨量が比較的少ないこと。

 これは米生産にとって渇水リスクがともなうものであり、やや畑作比率が高めとなっています。


 市場特性としては、瀬戸内交通を通じてダイレクトに大坂と接続可能であり、商品作物生産では重要な地域です。



■九州北部

 九州のほかの地域と比較すると差が大きく、瀬戸内や東海と似通った生産動向を示しています。



■九州中部

 土壌的特徴としては、黒ボク土壌が広範囲に分布していることで、見ると排水過剰気味で畑作優位な地域となっています。

 特に目を引くのが芋(もちろんサツマイモ)比率の高さですが、粟が高温環境を好むことから雑穀比率も高いです。



■九州南部

 サツマイモ比率が70%強と、非常に芋依存が強いと言えます。

 火山灰土壌、温暖な気候、台風の影響、といった要素がこうした状況にしたと言うべきでしょうか。



■壱岐対馬

 島嶼の常として平野部が少なく、畑作依存が非常に強いです。

 害獣となる猪鹿を絶滅させた歴史を持ちます。



■全国平均

 全体としてみると米が6割、麦が2割、雑穀が1割弱、芋が1割強といった感じです。

 とはいえこれをそのまま食用としていたか? というとまた異なってきます。

 たとえばこの明治12年の統計では、米収穫高3167万石(米+糯米)に対して醸造米488万石と、実に2割弱が酒になっていたようです。

 他にも麦であれば味噌や醤油の製造に用いられた分もあるでしょうし、上の表は石高(容積)ベースなのでカロリーで考えると芋類の影響力はだいぶ差し引かれます。

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