待たせたな、希伊人
普段寝むたそうな表情を浮かべている彼女からは考えられないスピードでパイクに猛突していく。
パイクとの距離を最大限に縮めてから。
シュバッ。
跳んだ、その跳躍距離およそ三メートル。
「斬る……!」
彼女の腕時計が刀の形状に変身し思い切り振り下ろした。
スタッと地面に着地。
着地と刀を振り下ろした勢いで辺りには砂埃が舞って状況が読めない。
や、やったのか?
「くくくっスピード、技のクオリティ、申し分ない……。」
しかし砂埃からはパイクの笑い声が聞こえる。
そして砂埃が晴れて。
「だがなっこの俺には通じんぞっ!」
パイクは無傷だった。
あれだけの凄まじい攻撃を喰らった筈だが腕でガードし、かすり傷一つ受けていなかった。
「俺は宇宙最強のインフィニティドラゴの血を受け継ぐ種族、故にこの身体は強靭な盾である。この最強の盾、生半可な攻撃では崩せんっ!」
「流石ドラゴ型エイリアンなだけあって堅いね……だったらっ!」
ニーナは素早く攻撃態勢に入り第二攻撃を開始。
一太刀からの一太刀、休む間もなく繰り出される高速の刃。
ガキンガキンっと白刃がぶつかる音が響き、目の前で起こっている戦闘に視力も聴力も魅了される。
しかし。
「ぬるい、ぬるいわ小娘っ!」
パイクがガードしていた腕を一気に広げる。
ガキィィィンっ!
「くっ!」
その為ニーナの刀が弾かれ、彼女の体勢が崩れた。
「どっっっせいぃぃぃ!!!」
ブンッ!
その隙を逃さずパイクは下半身を思い切りぶん回す。
そして彼の頑健な尻尾がニーナに向かって一直線だ。
ドゴーンっ!
辺りに轟音が響く。
ニーナは何とか紙一重で回避出来たが彼女の居た場所のコンクリートが大穴を開けている。
強い。
堅牢な肉体からの圧倒的な破壊力。
正にパイクは最強の矛と盾をその身体で体現していた。
ブライヤ、サキュバーナ、今まで見てきたエイリアンの中でもパイクは最強と呼ぶのに相応しい。
「次はこちらから行くぞっ!」
今度はパイクがニーナに向けてその大腕を振るった。
パイクもその巨体からは想像もつかない速さで攻撃してくる。
ニーナはそれをぎりぎりで回避したり刀でその攻撃を受け流したりと上手く対応しているが防戦一方なのは目に見えて判った。
「ニーナっ!」
くそっ!俺はどうしたらいい!?
ニーナを助けたいが残念ながら俺みたいな一般人が混ざれる戦いではない。
こんな時にターニャがいてくれればっ!
「あの馬鹿はっ!」
ターニャが今居ないことを嘆く。
その時だった。
「貰ったっ!!!」
ブンッ!
パイクの拳がニーナの前頭部を掠め取った。
ニーナはそれをぎりぎりで回避したが。
「っ……!」
それでも避け切れなかったようで額から血が流れて始めた。
「くくくっどうやら勝負はついたようだなエイリアンバスターっ!」
「まだ終わってないっ!」
ニーナがもう一度パイクに猛突。
しかし。
「甘いわっ!」
ブンッ!
パイクの凶拳がニーナの腹にクリーンヒット。
そしてそのまま勢いで吹っ飛ばされ塀に激突する。
「かはっ!」
腹に思い切り拳を入れられ体内の空気が搾り出されるようにニーナから漏れる。
相当ダメージを受けたようで暫くその場から立つ事が出来ない様だ。
「俺の攻撃を喰らって立ち上がる者は居ない。そこで寝転んでいるがいい。さてと次は安藤 希伊人お前だ……んっ?」
足元で何か見つけたのか屈んでそれを摘むパイク。
「これは……髪飾りか。」
パイクが拾ったのはニーナが付けていたヘアピンだった。
あれは確か……。
「……これはお姉ちゃんに貰ったの。私のお気に入り。」
そう、昼間言っていたターニャから貰ったニーナにとって大切な物だ。
「駄目っ!!!」
パイクがヘアピンを拾った瞬間ニーナの怒号が響く。
それを聞いてパイクのワニのような口角が少し上がった。
「成る程、これは相当大事な物のようだな。」
パキっ。
パイクはヘアピンを指圧で粉々に壊した。
「お前ぇ……!!!」
ニーナがグワっと目を見開きパイクを睨みつける。
「この世は弱肉強食っ!諸行無常っ!信じられるのは己の肉体のみっ!物などに愛着を持つとは弱者の証よっ!!!」
「殺す……っ!!!」
立ち上がり三度パイクに突撃するニーナ。
しかし、手負いと疲労からか最初程のスピードはなく。
「ふんっ下らんっ!」
尻尾を振り回し簡単にニーナを一蹴。
「ぐわっ!」
また吹っ飛ばされて先程の塀に激突する。
「さて、せめてもの慈悲だ。強者の俺が直々に止めを刺してやろう。」
動けないニーナにパイクは一歩一歩近づく。
そして。
「さらばだっ!エイリアンバスターっ!!!」
両拳を組みそれを思い切り振り下ろした。
まずい、なんとかしないと。
ターニャは居ない、俺がやるしかない。
でもどうやって?どうやって止めればいいんだ?
だけどやるしかない。俺がやるしかないんだ。
俺がニーナを助けるんだっ!
「止めろっ!!!」
大声でそう叫んだ。
パイクは寸での所で拳を止めて俺の方を振り返る。
「お前の目的は俺だろっ!さっさと俺を連行しろよっ!」
「ほう、仲間を助けるために自ら犠牲になるのか。それも弱者の考え。だが面白い。」
ニーナへの攻撃を止め俺の方へ向かってくるパイク。
ごめんな、ニーナ、俺の所為でボロボロにさせちまって。
ごめんな、ターニャ、俺の所為でお前の心を惑わせちまって。
本当にごめん。
パイクの両腕が俺の肩を掴んだ。
俺はこれから連行されてどうなるんだろう。
でも、もういいんだ、これであいつらが傷つかないで済むのなら。
俺の目からは自然と涙が零れてくる。
そして脳裏に浮かんでくるのは彼女達と過ごした楽しい日常生活の風景。
これでいいんだ。
さよなら、ターニャ。
バキューンっ!
その時、眩い閃光が俺の後ろから飛んでくる。
パイクはいち早く気づいたのか俺から腕を離し、それを回避した。
俺は呆気に取られるも身体の奥底から熱い物がどんどん沸き立つのを覚える。
この聞き慣れた銃撃音は。
こ見慣れた閃光は。
「待たせたな、希伊人。」
この聞き慣れた凛々しい声は。
「遅ぇよ、馬鹿っ。」
ターニャブラウスが凛々しく美しく、俺の後ろで立っていた。




