第07話 都に向けて~初戦闘、そして無双
リズと熱い一夜を過ごした柴崎相馬ことシヴァは現在、リズがいた村を出て、村長から教えてもらった次の村に続く南寄りの道を時速六十キロという速度でひた走っていた。
今のシヴァの装備はEFⅩⅥからすでにWGⅢへと変えている。この速度はパワードアシスト機能のお陰だ。
(それにしてもこの速さでずっと走っているのに全然疲れないし、便利だなあ。こういうのをチートっていうんだっけか)
Web小説で得た知識を思い出しながら風を切って走り、時には小さな丘を一っ跳びで越えて走り続ける。まさに超人的な動きだが、WGⅢではこれがデフォルトである。
とはいえ、実際に体感すれば話は別で、風を切ったり丘を飛び越える感覚は気分を爽快にしてくれて。シヴァは鼻歌交じりに街道を突っ走っていく。
村長の話では、この道を一日ほど行けば次の村に着き、そこを過ぎれば都に続くアマン街道に出られるらしい。
それと、村長からは村を救ってくれたお礼としてお金も受け取っていた。
お金は要らないと言っていた手前、最初は断ろうとも思ったのだが、せっかくの善意であるし、なにより無一文だったことを思い出したので、シヴァはありがたく頂戴することに決めたのだ。が、受け取った次の瞬間、袋が消えたのと同時に目の前に【162ギラを手に入れた】というメッセージが現れた時はすごく驚いた。
……うん。確かにEFシリーズではお金を手に入れたときにこうやってメッセージで知らせてくれたよね。所持金はステータス画面に記されてたっけ……ああ、やっぱり。さっきまで0Gだった所持金欄が162Gになってるや。いやーホント便利便利ー、ハハハー。と内心で乾いた笑いを上げたのが数時間前のことである。
所持金を確認した時はEF仕様だったのだが、WG仕様の今でもステータス画面の所持金欄にはちゃんと【162G】とある。どうやらソフトを入れ替えてもお金はちゃんと引き継がれるようだ。
もっとも、この世界の貨幣の価値が分からないので162Gというのが多いのか少ないのか分からないのだが。
それからさらに数十分後。
ステルスモードで頭上に飛ばしていた四機のドローンのうち一機がそのレーダーに敵の姿を捉え、視界右上のマップに赤の▲マーカーとして表示させたのを見て、シヴァは地面を滑りながら急ブレーキをかけた。
「おおっと、ついに敵を発見!」
敵のマーカーはここから少し東に離れた所に四つ。
興奮で逸る気持ちを抑えつつ、光学迷彩を起動し、敵を確認できそうな丘を見つけたのでそこまで移動する。
敵と思われる姿が遠くに見える。距離にして四百といったところか。
シヴァは敵を確認しようと多機能ゴーグルを起動する。
これは、GWⅢにおいて主人公が最初から持っている装備だ。
装備といっても、昨日使った暗視装置と違いアイテム欄に収納されているわけではなく、プロテクトアーマーのネックガード部分が変形してフルフェイス型のゴーグルになるのだ。それが多機能ゴーグルである。
このゴーグルには電子双眼鏡機能があるので、シヴァはそれを使って敵の姿を見ようというのだ。
光学ズームで捉えた敵の姿とは果たして――
「兎?」
シヴァの言葉どおり、見えるのは兎が四羽。ただしデカイ。恐らく百七十センチのシヴァが隣に並べば、兎が少し上回るだろうくらいデカイ。後ろ足で立てば二メートルに届くだろう。
しかも兎の特徴である上下の切り歯はどう見ても牙だ。察するに肉食だろう。
流石は異世界と感心するべきか、呆れるべきか。
(……とりあえず敵の姿は確認した。さて、どうするか)
あの兎は恐らく魔物だろう。野生動物ならマップに表示されるマーカーの色は黄色。だけどあの兎を示すマーカーの色は敵を示す赤だ。
銃の威力を試す意味でも、どこかで魔物と戦ってみたくはあるが、できれば情報が欲しいところ。
本来であれば、この多機能ゴーグルには今使っている電子双眼鏡機能と連動して生物や機械をスキャニングし、『端末』に蓄積されているデータと照合してくれる機能がゲームにはあるのだが、流石に異世界の魔物や動物のデータは入っていないだろう。
とはいえ、これまでの不思議現象を考えればあるいはと思い直し、シヴァはあの兎たちをスキャンする事に決めた。
画面に映る兎に走査線が走り、すぐに解析が終了する。すると、
【サーベルラビット】
アトラージュ大陸に広く分布する魔物。
体高は百八十センチほどで体長は二メートル近くある。全身を深い体毛で覆い、前足より後ろ足が長い。そのため時速五十キロから六十キロの速さで走ることが可能。
上下に見える牙状の切り歯から分かるとおり肉食。
攻撃的な性格の反面、非常に警戒心が強い一面ももつ。
また、鋭い聴覚を有する長い耳は、百メートル範囲の音を逃さないので、サーベルラビットに奇襲を仕掛けるのは困難を極める。
攻撃は主に群れで行われる。攻撃方法は突進、噛み付き、前足に備わった爪による斬りつけである。
剥ぎ取れる素材は魔石に毛皮、それと肉である。特に太ももの肉が美味い。
討伐証明はギルド規定の牙兎の右前足の大爪。
総討伐数――0。
「……ほらやっぱりなー」
目の前に表示された敵の情報にシヴァは棒読みである。
なんで異世界の生物が『端末』にインプットされているかなんてもう考えない。考えたってわからないのだから、便利だなーくらいに思い留めるのが無難だ。
ともかく。情報によると敵の名前はサーベルラビットというらしい。そしてやっぱ肉食の魔物。
足の速さは自分と同等。耳の良さと警戒心の強さ、近距離に向いた攻撃手段から、今回は狙撃銃を試してみようと思う。
シヴァが選んだのは、WGⅢ内で愛用していたセミオート狙撃銃であるVS-121(S)だ。
威力は狙撃銃の中では上位クラス(といっても基本、狙撃銃の威力はどれも高めだが)を持ち、有効射程は六百メートル。最後に付いている(S)サイレンサーが装備されていることを示している。
そして何よりカッコイイ。シヴァは性能よりも見た目を重視する男なのだ。
WGⅢでは高威力を持つビーム兵器もあるが、あれは撃った場所を特定されやすいので、今回は実弾兵器をチョイス。サイレンサーもあるし、ここから牙兎までの距離は約四百。いくら敵の耳が良くてもこちらの位置を特定するのは難しいはずだ。
さらに言えば今のシヴァはステルスモードなので、視認のみではまず発見できない。
「それでも保険を兼ねて指向性地雷も仕掛けとこう」
なんせ相手は魔物だからとシヴァはせっせと自分の五メートル前に三つほど横に並べて仕掛ける。WGⅢの地雷類はいずれも光学迷彩を搭載しているので、仕掛ければすぐに景色に溶け込んでくれる優れものだ。
クレイモアを設置し終えたシヴァは身を伏せて狙撃銃、VS-121(S)を構えた。
WGⅢにおいて、狙撃銃は取り付けられているスコープを覗く必要はない。多機能ゴーグルと連動しているからだ。
手ブレもプロテクトアーマーが抑えてくれるので、止まっている敵ならばまず外す事はない。
また、リアル性よりもアクション性を重視したゲームなので、弾の空気抵抗などは一切なく、有効射程であればどこまでも直進する。
「銃やシステムがここまで再現されてるなら、それもきっと再現されてるはずだよ――なっ!」
一番手前のサーベルラビットの頭に狙いをつけ、トリガーを引く。
バスン!
乾いた小さな音。肩を押す衝撃。それを緩和するプロテクトアーマー。
銃口から放たれた凶弾が、憐れな牙兎の頭に小さな穴を開けては脳に致命傷を与え、その生涯を強制的に幕を降ろさせた。
どうと倒れるサーベルラビット。
周りの仲間が驚きに立ち上がり、耳を立てて周囲に警戒を巡らせる。
その頭には『!?』が浮いていた。
「それも再現されるかよ!」
WGシリーズは、敵が主人公を見つけた時や仲間が倒されるのを見た時などに、頭上に『!?』を浮かべて主人公に見つかったことを視覚的に知らせてくれる演出がある。
それが現実でも再現されていることに、シヴァは驚く以前に笑ってしまいそうになった。
「この演出がWGⅢ仕様の時だけなのか気にはなるけど、今は敵に集中――っと!」
次のサーベルラビットの頭に狙いを合わせ、トリガーを引く。
倒れる牙兎。今一度頭に『!?』を浮かべる残りの二羽。
その様子からやはりこちらを見つけられていないことを悟るシヴァ。
こうなれば後は一方的な展開だ。
さらに一羽の頭を撃ち抜くと、流石に戦意を失った最後のサーベルラビットは、文字通り脱兎の如く逃げ出す。
それを見ながらシヴァはVS-121(S)から愛用のビーム型狙撃銃、BSL-99に持ち替えた。最後の敵ならこちらの位置がばれても問題ないからだ。
逃げる牙兎を追いかけるように照準を合わせる。
実弾であれば動く標的を撃ち抜くのはゲーム内でも難しい。
だがしかし、ビーム兵器ならば難易度は一気に下がる。その理由は簡単だ。
「これでお終い!」
シヴァがトリガーを押しっ放しにビームを撃つ。すると、ビームは帯状に撃ち出されたではないか。
高速で迫るビーム。
だが、それを紙一重で躱すサーベルラビット。
地面を削るビームはしかし、辛くも逃れた牙兎を地面を削りながら追いたてる。
トリガーを押しっ放しにしたシヴァが銃口を移動させたのだ。
ついにビームがサーベルラビットの後ろ足を捕らえて切り飛ばし、そのまま転倒した敵の腹を焼き切って止めを刺した。
これこそがビーム兵器の真骨頂。実弾を扱う狙撃銃では難しい事もこれご覧の通り。
ビーム兵器にはトリガーを押しっ放しにすることで、今のように帯状にビームを発射したり、またはチャージして一発の威力を高めることができるのだ。
BSL-99は前者のタイプで、これならば狙撃が難しい移動している標的も比較的簡単に倒せる。
本来なら0.5秒毎に弾を消費していくのだが、無限弾なので撃ち放題だ。
「うんっ、これぞまさに俺TUEEEだな!」
多機能ゴーグルを解いてから立ち上がり、初戦闘、初勝利に顔を緩ませるシヴァ。
興奮の為からか、命を奪ったという嫌悪感は感じていないようだ。
狙撃銃からアサルトライフルに持ち替え、指向性地雷を回収しつつ周囲を警戒しながら仕留めたサーベルラビットも元へと移動する。ちなみにステルスモードのままだ。
「デッケー」
近寄ってみると、サーベルラビットのデカさがよく分かる。横たわった状態でシヴァの腰辺りの高さがあるのだ。正直これにタックルされたら一撃で死ぬんじゃねえ? と体を震わすと同時にこんな大物を仕留めたという事実に興奮も覚える。
「遠距離攻撃最強! チート最高! 俺TUEEE!!」
興奮したシヴァは思わず空に向かって叫ぶ。ステルスモードで姿を消した状態なので、もし近くに人がいたら確実に怪談話になったことだろう。
「……おおぅ、これはグロイな」
それを見た瞬間、先ほどまでの興奮は消え失せ、げっそりとした顔を見せるシヴァ。
彼が見下ろしているのは腹から腸を零して死んでいるサーベルラビット。最後に仕留めたヤツだ。
こんな死体を見たら興奮だって冷めるのも仕方ない。
そもそもシヴァが仕留めたサーベルラビットのところに来たのはこんなグロ死体を見たいからではない。
戦闘前に見た敵の情報の中に気になる一文があったからだ。
「えっと、取得した敵の情報は『端末』から見れたよな……っと、あった」
脳内コントローラーで『端末』を呼び出し、網膜に投影されたメニューの中から敵情報を選ぶと、その中から【サーベルラビット】の情報を表示させた。というかまだサーベルラビットの情報しかない。
(……ということは、これから新しい敵に会う度にどんどん情報が集まるって事か。なんだかコンプ魂に火が付くな)
などと考えながらサーベルラビットの情報を読んでいくと、すぐに欲しかった一文は見つかった。
取れる素材は魔石に毛皮、それと肉である。特に太ももの肉が美味い。
討伐証明はギルド規定の牙兎の右前足の大爪。
総討伐数――4。
(素材ねえ。ま、狩りゲーの基本だけどさ。それに討伐証明はギルド規定ってあるってことは、定番の冒険者ギルドとかがあるってことだよな。あとは総討伐数は、まあ見たまんまか。これはWGⅢにもあったしな)
ともあれ、目下の問題はどうやって素材を取ればいいのだろうか?ということ。
読んだWeb小説では勝手に素材だけが残ったりしたわけだが……その様子もない。
WGⅢでは野生動物を狩ると、やはり勝手にアイテムに変わった。……だけどやはりアイテムに変わる様子がない。
「『!?』の演出が再現されてるなら、こっちの方も再現されてて欲しかったなあ」
がっくりと肩を落とすシヴァだったが、ふと一つのゲームタイトルを思い出した。
「そうだ、剥ぎ取りといえばあのゲームがあったじゃないか!」