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第06話 エリクサー無双

 エンドレス・ファンタジーⅩⅥ。通称EFⅩⅥ。

 二十一世紀末の日本に生きるゲーマーで、その名を知らぬ者はいないと言っても過言ではない程に有名なアクションRPGシリーズである。

 シリーズは一貫して勇者が魔王ないし邪神のラスボスを倒して世界を救う王道物で、根強いファンを持つ。

 余談ではあるが、途中マンネリ化を嫌ったのか、(ナイン)では宇宙が舞台でラスボスが主人公たちが住む銀河系に押し寄せてきた別の銀河系の宇宙人の大王がラスボスで、ファンタジー要素が無いまま主人公は世界どころか宇宙を救ったりするのだが、ファンからはそれはもうファンタジーじゃなくてSFだろうと散々酷評され、その後も良く分からない路線に飛んだりもしたのだが、十四作目にして原点回帰して人気を回復させた経緯を持つタイトルだ。


 相馬(そうま)が用意したのは昨年発売されたEFシリーズ最新作だ。

 主人公は基本勇者ではあるが、ジョブシステムを採用しているので戦士や魔法使いにもなれる。それぞれのジョブには専用のスキルや魔法があり、それらを全部習得するとマスタージョブとなり、他のジョブに変わってもマスタージョブのスキルや魔法は使えるようになる。

 また、クリア後の特典として、セーブデータを引き継いで二週目をやると、レベルは一からだがステータスやスキル、アイテム等は引き継げるようになる。つまりは何周もすることでステータスをカンストできるようになるのだ。

 もちろん相馬はクリア済みであり、レベルやステータスはカンスト、装備やスキル、アイテム等もコンプ済みである。伊達に半ニートではないのだ。


 長々とゲームの説明をしてしまったが、今回相馬がリズの母親に使おうと思っているのは、作中に出てくる万能薬、エリクサーだ。

 エリクサーは全てのステータス異常を治し、さらにはHPやMPも全快するアイテムであり、相馬はこれを最大数持っている。

 ちなみにEFⅩⅥにおける最大数は999個だ。まあ他のアイテムも全て999個なのだが。


 リズの母親がどんな病気なのかはしらないが、ゲームと同じ効能があるのならエリクサーを飲めば一発で治るだろう。

 だから俺は行くのだ、リズの元に! よく分からない使命感を燃やして相馬は行く。ドローンのカメラを通じてストーキングしていただけで、まだ知り合ってもいないのにもう知り合い面である。典型的なストーカーであることに本人は気付いていない。下心は視野を狭くするのだ。

 工学迷彩を解いて村に向かって歩き出した相馬だったが、すぐに今の自分がWG(ワールドギア)Ⅲの装備であることに気付き、慌てて現実世界に戻ってEFⅩⅥのソフトに入れ替えて戻って来たのだった。

 本当に締まらない男である。



 それから数分後。

 EFⅩⅥの装備に身を包んだ相馬は、村の入り口手前で呼び止められた。入り口には見張りが二人いたのだ。

 見張りといっても剣と槍を持つだけで防具類は一切に身に着けていなかったが。村人がやる自警団的なものなのだろう。


 見張りの二人はジロジロと相馬を眺める。

 EFⅩⅥ仕様の今の相馬はどこから見ても立派な戦士に見えた。となれば冒険者だろうか。

 青を基調とした全身鎧は一目で高価なものと分かる。

 腰から下げる剣の鞘は赤く、こちらも高価なものだろう。

 また、羽織る黒いマントも一切の汚れもほつれもない。

 余程、高名な冒険者なのだろうかと見張りは思ったが、同時に、そんな冒険者が仲間も連れずにこんな田舎に何の用かと(いぶか)しんだりもした。

 なぜならこの世界に於いて、大抵の冒険者は仲間か同業者と組んで仕事をするものであり、一人で魔物が跋扈する世界を歩く者は殆ど居ないのだ。

 見張りの村人が怪しむのも当然だろう。こいつ死ぬ気か、と。

 ちなみに見張りの二人が知る由もないが、相馬の装備はEFⅩⅥ内において戦士系ジョブの最強装備とされる組み合わせである。相馬のカンストしたレベルとステータスを合わせれば、この辺を一人で歩いても何ら問題はない。というか瞬殺できる。そのことを相馬自身まだ知らないのだが。


「あー……冒険者さんよ、アンタ、どこから来たんだ?」


 見張りの一人が訊ねてきたが、相馬としてはどこから来たかと言われても困る。ここら辺の地理なんて分かるはずもなく、かといって正直に日本からといってもそれどこよって話になるだろう。

 なので適当に誤魔化すことにした。


「東の果てにある国から来た」


 取ってまわしたような言い方をしたのはその方がファンタジーっぽくていいかなと思ってのことと、尊大な喋り方はその方が戦士っぽいかなと思って意識したものだ。余り似合ってはいなかったが。


「……この国の人間じゃなかったのか。この村に何の用だ?」


 見張りの顔に警戒の色が宿ったのを見て、相馬はしまったと思った。相手が聞いていたのは出身国ではなく出身地だったのだ。外国人に厳しいのは世界が変わっても一緒らしい。ましてや田舎は閉鎖的だ。

 どうにか切り抜けないと村に入れてもらえなくなるかもしれない。そうなってはリズに会えない!


「すまん、生まれた国の事を聞かれたのかと思ってしまった。この国に移ってからまだ日が浅いのだが、この辺りに詳しくなくてな。恥ずかしながら都に帰る途中で道に迷ってしまった。この村には一泊したいだけだったのが、どうだろうか」


「ああ、都に籍を置く冒険者さんだったのか。ここは都からかなり離れているからなあ、慣れてないと道に迷っても仕方ないわな」


 適当に言った都という単語に、なぜか警戒心を解く見張りたち。なんだろう、この世界の田舎の人は都と聞くと警戒心を解くのだろうか?

 というかさっきから言っている冒険者というのは自分の事なのか? 冒険者か……うん、なかなか悪くない。今後は都の冒険者と名乗ろうと思う相馬だった。


「そういう事情なら問題ない、村に入るのを許可しよう。だが、頼むから面倒は起こさないでくれよ。ただでさえ村は今、ピリピリしてるからな」


 ピリピリしてる? 何のことだろうか。まあ通してくれるなら構わないが、と相馬は流すことにした。村の事情に他人が関わっても碌なことにならないだろうから。


「そのつもりだ。感謝する」


 道を開けてくれた見張りにお礼を言って村へと入った。


「おお、上空から見るよりもなんていうか、ごみごみしてんな。……しかも臭い。山羊とか鶏とか普通に歩いてるし。放牧? 放牧なの?」


 村の入り口から伸びる道は石畳で舗装されており、そこを人や家畜の合間を縫って歩きながらの感想である。

 相馬がもらした言葉どおり、上空から俯瞰で見るよりも家の間隔が狭く感じられ、道幅も狭い。そこに行き交う人や家畜が加わればさっきのような感想になるのも頷ける話だ。

 村の様子を物珍しげにキョロキョロする相馬だったが、一方で彼も多くの村人たちから好奇の視線を集めていた。本人は周りを見るのに夢中で気付いていないが。


「おっと、そういやリズの家に行くんだった」


 目的をすっかり忘れていた相馬は観光気分から抜け出し、ドローンで得た情報を頼りに「確かあっちだよな」とリズの家の方角に当たりをつけて歩き出す。

 いくつかの路地を曲がると、ドローンで見た覚えのある通りに出た。このまま進めばリズの家が見えてくるはずだ。

 一気に相馬の足取りも軽くなった。が、はたとあることに気付いて足を止めた。


「……何て言って訪ねればいいんだ?」


 いきなり押しかけて「君の母親の病気を治しに来た」と言っても「あら素敵」とはいかないだろう。むしろ「なんで知ってるの?」と聞かれるだろう。まさか「窓から覗いてたからさ」と言うわけにもいかない。そんなことを言えば変態である。まあ実際に覗いていたので、そう言われても否定できないが。

 ともかくそんな出会いは嫌なので、相馬は素敵な出会いの方法を模索するために頭を悩ますも、すぐに妙案が浮かんだ。


「そういや俺、この村に一泊したいから立ち寄ったことになってんだよな。だったら宿がある場所を尋ねるのは不自然じゃないよな、うん」


 相馬が考えた作戦(プラン)はこうだ。

 リズの家を訪ねて宿の場所を聞く。親切に教えてくれるリズ。その時、奥のベットに眠る母親の姿を相馬が見つけ、具合が悪いのかと聞くと、涙ながらに母は病気で語るリズ。あとは俺がどんな病も治る薬を持っていると言えば、エリクサーを使う流れになるだろう。

 その後リズと仲良くなれるかは自分の頑張り次第。頑張れ俺! と自分に発破をかけつつ歩き出す相馬だった。


 しばらくして、リズの家の近くまで来るとなにやら人だかりができていた。道を塞ぐほどなので、これでは先に進めない。

 無理やりにでも進んでもよかったが、みな一様にヒソヒソと声を交わしているので、相馬は好奇心に駆られて近くの男性に話しかけてみることにした。


「すみません」


「んん? ……誰だい、あんた」


「宿を取るためにこの村に寄らせてもらった都の冒険者だが、この人だかりは何なんだ?」


「ああ、都の……こんな面倒な時に来るなんて、あんたも運がないな」


 この村の人間じゃない相馬を見て警戒する男性だったが、相馬の都という言葉に見張り同様なぜか警戒を解いた。そんなにこの国の都は凄いのだろうかとも思ったが、それよりも気になることを聞いた。


「面倒な時?」


 そう言えば見張りの男性も似たようなことを言ってたなと思い出した。


「……流行り病さ」


 流行り病!?


「心配しなくてもまだ感染者は少ないよ。それに、この病は重症にならなきゃ他人に感染もしないし死にはしないよ。何より対処法もある。時期に収まるさ」


 相馬の表情が強張るのを見た男性が苦笑いを浮かべながら付け加えた言葉を聞いて、先にそれを言え! と思いつつ相馬は胸を撫で下ろした。


「ではこの人だかりは――」


「ああ、この先のローズさん家から出たんだそうだ。それで今、村長が集めた男どもが見に行ってるのさ」


「ほう」


「まあ、村長んとこに垂れ込んだ人の話だとローズさんは激しい(せき)や体も震えていたようだからな。多分重症だ」


 咳に体の震え。まるで風邪の症状だが、村人の反応を見るに違うのだろう。ただの風邪ならこうも人が集まるわけもない。


「リズちゃんもこれから一人で大変だ」


 やれやれと男性がもらした名前に、相馬は思い切り反応した。


「リズ?」


「ああ、ローズさんの娘さんさ。向こうは親娘二人暮しだからなあ。本当に可哀相なことだよ」


 男性が言うリズというのは、相馬がこれから会おうとしていたリズのことだろう。確かにドローン越しに見た彼女の母親は咳をしていたし体も震わせていた。

 だからといってなぜこれからリズが大変になるのか。

 男性はこの病の対処法――恐らく薬だろう――があるといっていたのでリズの母親は重症でも助かるだずだ。それとも日常生活に支障が出るほどに副作用が強い薬なのだろうか?

 何とも言いがたい不安が、相馬の背中を撫でた。


「一つ聞くが、対処法というのはどういうものなんだ?」


「……そりゃあ、あんた。コレしたあとに焼くのさ」


 コレ、の部分で男性が自分の首を手刀でかっきる真似をした。


(うおおい! なんて乱暴な対処法だよ!? 薬じゃなかったのか!)


 その一方で、相馬は納得もしていた。この村の水準は見たところそう高くない。尚且つ、中世十四~五世紀頃に類似した服装に準じて、この世界の文化レベルもそれ相応であるならば、このような村では手軽に薬など手に入らないだろうことは想像に難くない。


(って納得してる場合じゃない!)


 相馬は慌てて人ごみを掻き分けて前へ進む。人ごみを抜けた先にはドローンで見たリズの家。

 中からはリズのものと思われる泣き喚く声と、男性の怒声が外までもれていた。


『やめてっ、ママに酷いことしないで!』


『諦めろリズ! ローズさんはもう助からん! おい、さっさとやれ!』


 その声に引っ張られるように、相馬はすぐさま家に飛び込んだ。

 そこで見たものは、ベットに眠る彼女の母親のそばで短剣を握り締める二人の男と、それを止めようとするリズを後ろから羽交い絞めにする男の姿だった。

 ベットの横に立つ男の一人が、リズの母親に何事か話しかけると、母親が諦めたように頷く。それを確認した男は持っていた短剣を彼女の胸目掛けて振り下ろ――せなかった。


「ちょっと待ってもらおうか!」


 カンストしたステータスにものをいわせた速さで駆けつけた相馬が、短剣を持つ男の腕を掴んで(はば)んだのだ。

 突然の闖入者に部屋に居た誰もが驚いた。


「だ、誰だあんたは!? 勝手なことはしないでくれ!」


 腕を掴まれた男は相馬の手を振り払おうとしたが、ビクリともしなかったのでさらに息を呑んだ。村人程度の腕力ではカンストした相馬の筋力(STR)をどうにかできるものではない。


「俺はこの村に立ち寄った都の冒険者だ。この家のことはさっき表の村人から聞いた。この伏せている女性は流行り病なのだろう?」


 ことさら『都』の部分を強調して言い、さらに事態も把握していることを伝えると、やはりあからさまに態度を軟化させた。


「だったら分かるだろ、重症の者をこのまま放っておくわけにはいかないんだ」


 リズを羽交い絞めにしている中年の男が相馬に言う。相馬も頷く。


「だから俺がここにいる。この女性を治せる薬がある。殺す必要はない」


「薬だと?」


 胡散気に相馬を見る中年の男。


「これだ」


 言って、懐から取り出したように見えるような動作でフラスコ型のガラス(びん)を取り出した。実際にはメニュー画面のアイテム欄から出したのだが。

 相馬が取り出した瓶こそが、EFⅩⅥにおいて回復系アイテムの中でも最高峰のエリクサーである。


「これを飲ませればすぐに回復するはずだ」


「……それを信用しろというのか? 仮に信用したとして、この村にそんな高価な物を買えるお金はないぞ」


「信用するかしないかを判断するのはお前ではない。お前が羽交い絞めにしている娘だ。お金に関しては――」


「払います! どのくらいするのかは知りませんが、私を売って下さってもその前に好きにして下さっても構いません! ですからどうか――!」


 好きにしても!? お金は要らないと言おうとしていた相馬だったが、リズの言葉に心が動いた。が、


「金は要らん。何かさせようとも思っていない」


 きっぱりとリズの言葉を首を横に振って否定したのだった。言葉が少ないのと少し早口なのは未練の表れでもあったが。


「そう、俺はただ、表まで聞こえたお前の言葉に心が動かされただけだよ」


 もちろん嘘である。相馬を突き動かしているのはれっきとした下心だあり、今のもいわばナンパ言葉だ。


「あ、ありがとうございます、冒険者様」


 ぽうっと見つめてくるリズに、手応えを感じた相馬は内心でガッツポーズをとる。


「礼なら母親が治ったのを確かめるまで取っておけ。……そういうことだ、その娘を放してやれ」


 解放されたリズは、相馬からエリクサーを受け取るとベットの横に膝をついて母親に呼びかけた。


「ママ、病気に効く薬だって。これを飲めば良くなるよ」


 咳が酷いため喋れないのだろう。リズの手を借りて頭を起こしたローズは、苦労しながらも少しずつエリクサーを喉に落としていく。

 効果は抜群だった。

 四口ほど飲んだ時点で、ローズの症状が引いたのだ。先ほどまで酷かった咳も、小刻みに震えていた体の震えも消えている。どころか、起きるのにも助けが必要だったのに、今は一人で体を起こしているではないか。まだエリクサーを飲み干していないのに、だ。

 その様子を見て、流石は全てのステータス異常を治し、HP・MPを全快するエリクサーだと満足していたのは相馬一人だけ。

 他の面子はエリクサーの即効性に言葉を失っていた。実体験したローズもそれは同じだった。

 それもそのはず、病に効く即効性の薬など、ない事はないが、噂でしか聞いた事がない。持っていたとしても王侯貴族か金持ちくらいだろう。少なくともふらりと立ち寄った冒険者がポンと他人にあげるような安い物ではないはずだ。

 それをやってのけたこの男は一体何者なのか。都から来た冒険者と言っていたからそれなりに高名なのだろうか。この場にいる者たちの疑問は増すばかりだった。


「ふむ、問題はなさそうだな」


「そ、そうだママ! 具合はどう!?」


 相馬の一言で我に返ったリズは、母親に調子を訊ねたのだが、当人はあまりの調子の良さに困惑こそすれ、問題はないと娘に答える。


「問題はないわ。本当にこのような素晴らしい薬をありがとうございます、冒険者様」


 深々と頭を下げる母親に続いて、リズも相馬に頭を下げた。


「ありがとうございます、冒険者様、このご恩は必ずお返ししま――」


「シヴァだ」


 リズの感謝の言葉を切って、突然放たれた相馬の言葉に、リズは「え?」と返した。


「俺の名前だ、シヴァという。冒険者と呼ばれては味気ないだろう?」


 口の端を微かに上げて冗談めかして言う相馬――いや、シヴァに、リズは一瞬目をぱちくりとさせたが、すぐに目を細めて改めて感謝の言葉を述べた。


「ありがとうシヴァ様、このご恩は必ずお返ししますね」


「ああ、楽しみにしている」


 シヴァはリズの態度から、ナンパが上手くいったことを確信し、満足そうに頷いた。

 そんな下心を向けられているとは知らないリズは、シヴァの笑顔を見て顔を赤く染めたが、決して目を逸らそうとはしなかった。

 そしてそれを見守るローズの目はとても優しかったのである。

 ちなみにシヴァというのは相馬の渾名である。柴崎(しばさき)相馬(そうま)だからシヴァ。命名は友人のオタルである。


「……あー、シヴァさんよ。良い雰囲気のところ邪魔して悪いが、相談に乗ってくれねえか」


 リズを羽交い絞めにしていた男が居心地悪そうに声を掛けてきた。

 他人がいる所で見つめ合っていることに今さらながら気付いたリズが、今度は違う意味で顔を赤くしながらシヴァから顔を逸らした。

 シヴァは内心で「このお邪魔虫め!」と悪態をついたが、それをおくびにも出さずに「相談のモノにもよるが、聞こう」と男に向き直った。


「その余った薬なんだが、良かったら他の奴にも飲ませてやってくれねえだろうか」


 男が顎で指したエリクサーをシヴァが確認すると、


「ん? ……ああ、確かにまだ半分ほどは余ってるな」


 男はこれを他の患者にも飲ませてくれと言う。ローズを見るにこの量でもあとニ、三人はいけそうだが……。


「構わないが、そもそもどのくらいの人数が病に伏しているんだ?」


「重傷者は今んとこローズさんだけだったが、軽い奴なら二十人はいる」


 二十人!? 思わず素で話しかけようとしたシヴァだったが、寸でのところで飲み込んだ。


「……だとしたらこの量では足りないだろう。飲めなかった者はどうする」


「若い奴を優先して飲ませる。マリーんとこみたいな新婚は特に優先する。……全員が軽症なんだ、飲めなかった奴も必ず重症化するとは限らないしな」


 苦虫を潰して飲み込んだような顔をする男たち。彼らも好き好んでこの仕事を引き受けているわけではないのだ。

 マリーと言うのは聞き覚えがあった。確かドローンで村の様子を見ていた時に井戸端会議していた女性たちが言っていた名前だったか。それに、男が言うにはこの病、重症化しなければ比較的治りやすいそうだ。

 治りやすいとはいえ、飲めなかった者を放置するのもどうかと思う。かといって軽症の者も殺した上で焼却処理というのも違うだろう。

 第一、この病が空気感染や飛沫感染するのであれば、雑多な村の作りからして、すでに症状が発現していないだけの感染予備軍がけっこうな人数がいるはずだ。

 そう考えると、重症者の母親と一緒に暮らしていたリズも危ないことになる。彼女は母親の介助を日頃からしていたはずなのだから。

 となれば、やることは一つ。


「悪いがこの(びん)はやれない」


 シヴァの言葉に落胆し、顔を伏せる男たち。


「代わりに、村人全員に新しい(エリクサー)を一瓶ずつ渡そう」


 シヴァの言葉に、男たちが頭を上げるが、その顔は驚愕に引きつっていた。あのような薬を村人全員に?

 顔を引きつらせる男たちにシヴァは内心首を傾げるも、すぐに『もしかして空気感染とかってまだこの世界では知られていないのかな?』と思い説明しようとしたが、上手く説明できる自信がなかったので、『病の元がこの村全員に潜んでいる可能性がある』と簡単に説明したのだった。

 もっとも、男たちが驚いていたのは簡単に高価な薬を上げると言ってのけたシヴァ自身に対してだったが、結果として説明を受けた男たちは医療の心得があると勘違され、尊敬の眼差しを受けたのだった。


「さっきも言ったがお金は払えないんだが、良いんだな?」


「構わんよ」


「済まねえ……恩に着る」


「礼ならリズに言うといい。俺は彼女の母親を思いやる心に打たれたんだからな」


 正直、無一文なのでお金は魅力的だが、それ以上にリズの好感度を稼ぐことに余念がないシヴァである。


「シヴァ様……」


 ちゃっかり名前で呼ぶシヴァに、勝手に高潔な志を感じたリズの心はキュンっと高鳴った。


「そ、そうか。それじゃあシヴァさん――いや、シヴァ様、どこで薬を受け取れば良い? 言ってくれればどこにでも馬車を出すぞ」


 またもや甘い空気が漂い出したところで、またもや空気を切り裂くこの男は、きっと童貞か使命感が強いのだ。後者であることを切に願う。


「どこに行くまでもない。悪いが歩ける村人は全員を表に集めてくれ。そこで渡そう。歩けない者は俺も一緒に周るので後で案内してくれ。重症者は他にいないのだからこれで問題ないな?」


 男たちはまたもや驚いた。さっきから驚きっぱなしではあるが、百名以上もいる村人全員に渡せる量をどこに持っているのか分からないのだから、彼らが驚くのも無理はないだろう。

 とはいえ、シヴァにとってみれば999個――さっき一個渡したから正確には998個――あるのだから、そこから百や二百渡したところで別に痛くも痒くもない。さらに言えば、数が少なくなったら一度現実世界に戻り、オタルの所にソフトとセーブデータを持って行って、またゲーム内で買えば良いだけの話である。だから何も問題はない。


「わ、分かった。すぐに村長に言って集めるし、案内もしよう。ローズさん、邪魔したな。……この詫びは必ず入れるからよ」


 辛そうな顔をする男たちに、ローズは優しい声で「気にする必要はないわ。あなたたちは村を守るため、自分の仕事をしただけだもの」と許したのだった。

 許しを得た男たちは一転、泣きそうな表情になったが、それを見られまいと外に飛び出していくのだった。


「……さて、俺も外で待っているか」


 シヴァもローズの優しさに目頭が熱くなったのだ。



 それから一時間後、リズの家の前には大勢の村人が村長に引きつられてやってきていた。

 村長は男たちから話を聞いていたが、半信半疑であった。そんな甘い話があるものかと。だが、実際に治ったローズの姿を見て仰天し、素直にシヴァに謝ったのだった。


 村長や男たちに手伝ってもらい、集まった村人たちを一列に整理してもらってから、シヴァはは次々とアイテム欄からエリクサーを取り出しては渡していく。

 その光景に村人たちから驚きの声があがる。まるで魔法みたいだと声をあげた者もいた。

 彼はその声を聞いて、そういやその手があったか! と内心で頭を叩いた。

 EFⅩⅥにはエリクサーと同じ効力がある、広範囲の回復魔法『エンジェルヒール』があるのを今になって思い出したのだ。かといって今さら魔法を使うのも格好悪い。

 実際にゲームと同じことができるようになったからと言って、すぐに使いこなせるわけではないなあと少し落ち込みながら、エリクサーの入った瓶を渡していくシヴァであった。


 渡したエリクサーはその場で飲み干してもらった。全部飲むのは勿体無いからといって残されても、その残されたエリクサーがいつまで効果があるのか分からなかったからだ。

 飲んだ村人は、その効果に驚愕した。体が軽くなったように感じたかのだ。HPが全快するということは、恐らく疲労も回復するのだろう。体が軽いと感じたのはそのためと思われる。畑仕事とはかくも大変だということか。

 また、飲み終えて空になった瓶は、すぐに消えてしまった。村人たちがどよめくが、シヴァはその声を無視した。なぜなら彼もビックリしていたからだ。シヴァが声を上げなかったのは、ひとえに似たようなものをWeb小説で読んでいたからだった。



 集まった村人たちに一通りエリクサーを渡し終え、今度は男たちの案内でベットから起き上がれない人たちの家を訪ねて周り、エリクサーを飲ませていく。やはり効果は抜群で、すぐに起き上がれるようになった。

 一様に感謝されつつ家々を後にすると、付いて来ていた村長がお礼がしたので家に来ないかと誘われたが、ふと、リズにエリクサーを飲ませていないことに気付き、誘いを断った。

 なおも誘おうとする村長だったが、何かを察した男たちがまあまあと止め、シヴァに親指を立てると村長を連れて去っていってしまう。


「何なんだあいつら……助かったぜ」


 ちゃんと彼らの気遣いに気付いていたシヴァは、軽い足取りでリズの家に向かうのだった。



 その後、リズにエリクサーを渡したシヴァが彼女の家から出てくることはなく、リズの部屋で熱い夜を過ごしたのは、いうまでもない。

 こんな感じで戦闘以外でも色々な無双をやっていきたいと思っています。

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