第04話 最強の布陣で異世界を歩くべく
画像を確認した後、相馬は異世界のことで分かった事を羅列してみることにした。
一つ。
PZ5に入れたゲームの仕様で異世界に行ける。
また、PZ5とその兄弟機であるPZ Bidama(通称Pダマ)をWi-Fiを介せばPダマ専用ソフトでも異世界行きは可能。
一つ。
好きな時に帰って来ることも可能であり、また異世界に行く時は前回の場所に戻れる。
一つ。
向こうの物はこっちに持ってくることができる。その逆も然り。
とまあ、以上の事が分かった。
特に、異世界に戻った時に前回の場所から始められるのが嬉しい。ゲームでいえば中断セーブみたいなものだろうか。
つまりはデメリット無しで行き来が可能ということ。
となれば本格的に異世界を見て回りたい。
だがしかし、まだ異世界のことは何も分かっていないのだ。なんせ石造りの部屋から外に出てみれば草原のただ中だったわけだし。
近くに町か村があるのか、危険な野生動物や魔物はいるのか。何も分からない。
だからこそ万全の準備を整えてから行くべきだろう。
読み漁ったWeb小説でいうところのチート、もしくは俺TUEEEを目指すべきだ。
幸いにもそれを可能にする手段は目の前にあるのだから。
相馬が目を向けたのはテレビラック。
その中に詰め込まれた数々のゲームソフト。そしてPZ5内にあるセーブデータたち。
俺TUEEE実行のために考えたのは、状況に応じてゲームソフトを入れ替えるというもの。
例えば戦闘の時。銃器がメインのWGⅢでは対応できない、魔法しか効かない敵が現れた場合は魔法があるファンタジーゲームに変える、といったやり方だ。
それにはやりこんだゲームたちが良いだろう。
また、選ぶゲームはレベルカンストは当たり前、スキル制のゲームはスキル全取得、ステイタスもできる限りカンストしているものが好ましい。全てのアイテムは最大数持っていた方が良いだろう。
異世界旅行は急ぐ必要も無い。まずは今挙げたことから始めるべき。とはいえ、今からやるとなるとかなり時間が掛かるだろう。下手すれば月単位だ。
急ぐ必要はないが、早いに越したことはない。
世の中には、相馬の悩みを一発で解決してくれる便利なツールがあるのを彼は知っている。
セーブデータを改造するソフトだ。
相馬は使ったことは無いが、友人の奥田満、通称オタルが持っていることは本人から聞いたことがあったので、さっそく電話で聞いてみることにした。
『――シヴァか。お前が俺に掛けてくるなんて珍しいな。何か用事か、それとも面倒ごとか』
受話器越しに聞こえてきたのは神経質そうでありながら芝居がかった細い男の声。この声の主こそオタルだ。
ちなみにシヴァというのは相馬の渾名である。
「いや三日くらい前にも電話しただろ、あと面倒ごとがあっても余計に面倒になるからお前には相談しないし」
ちなみに今は平日の午前中であり、こんな時間に普通に出るオタルはニートであった。たまにバイト戦士に変身するが、企業戦士にジョブチェンジする気は本人にはないらしい。
『ふん、相変わらずシャレが分からんヤツめ。面倒ごとでなければ何だ。金なら無いぞ』
「知ってるし。それに金ならあるから良いよ。それよりもお前、PZ5ソフトの改造ソフト持ってだろ? あれを貸してくれ」
相馬は、誰にも異世界の事を話すつもりはないようだ。
『チッ、勝ちニートめ! ……ソフトなら別に構わんが、お前のPZ5、ファームウェアのVerは何だ?』
「ん? 確か最新の5.02だったはずだけど」
オタルの言いたいことが理解できないまま答えると、
『なら無理だな。そのVerは対策されて使えん、諦めろ』
「……マジか」
オタルが言うには、開発元が本気で改造ソフト撲滅に乗り出したらしい。どうりでここ最近ファームウェアの更新が頻繁だったわけだ。
いきなり相馬の計画は頓挫したのだった。
やはり地道にやるしかないかと諦めかけたその時、オタルが訊ねてきた。
『そもそもどんな改造しようとしていたんだ。アイテムの増殖か? それともステータス系のカンストか?』
「その両方だな。ゲームによっては俺、カンストしてないものとかアイテム持ってないヤツとかあるし」
『そのくらいならば、ゲームによってはお前の要望を叶えられるぞ』
「マジで!? え、でもどうやって、改造ソフトは使えないんだろ?」
『単純な話だ、俺のセーブデータを使えばいい。知っての通り、俺は自分が持っているゲームはレベルもステータスもアイテムも全てカンスト、コンプ済みだ』
「いや初めて知ったし。どんだけ廃人なんだよこのニート。だが助かった」
『礼なら言葉ではなく物で欲しいところだ。例えばゲームソフトとかな、マジで金が無くて買えん』
何度も言うがオタルは現在ニートである。
「働けよ腐れニート」
『お前が言うなよ勝ち組ニート。とりあえず俺が持っているソフトをメールで送るから欲しいヤツを書いて返信しろ。そしたらクラウドに上げてやる』
「分かった。それじゃあな」
会話を終えてしばらく、オタルからメールが届いた。
羅列されたタイトルを見ると、相馬が求めていたのは全て揃っていた。どれだけ廃人なのか、あの男は。
友人のダメ人間っぷりに驚愕しながらも目当てのヤツをチョイスしていき、最後に『報酬に欲しいソフト五本教えろ』と添えて返信する。
するとすぐさまメールが返ってきた。内容はセーブデータをクラウドに上げた事と、欲しいソフトの一覧が書かれていた。仕事が速い。どうやら送った最後の一文が効いたようだ。
PZ5からオタルと共有しているクラウドにアクセスし、セーブデータをダウンロード。念のため自分のセーブデータを避難させたあとで上書きした。
そのあと世界最大の通販サイトでメールに書かれていたソフトを注文。届け先をオタルの住所にして会計を済ませ、その旨をオタルにメールで報告すると、すぐに返信が返ってきた。『俺はお前に一生付いて行く』と。
「いや、いらんし」
とりあえずそのメールを削除する相馬であった。
これで準備は整った。
俺TUEEEを実現するために相馬がPZ5の前に並べたゲームソフトを挙げてみよう。
メインで使う『WGⅢ』。いわずと知れた銃器を扱う近未来アクションゲームだ。
そのスピンオフ作品の『サンダーマン』。刀やビームブレードを使ったアクションゲームだ。
剣や魔法が必要になった時の為にアクションRPGである『エンドレス・ファンタジーⅩⅥ』。
対魔物枠として一応『ゴッド・キラー3』と『モンスタースレイヤー7G』を。どちらも狩りゲーである。エンドレス・ファンタジーがあるので必要になるか分からないが、あって困ることは無いだろう。
主に対人戦を想定して格ゲーを幾つか。『ストリートソルジャー5』に『リアルファイター3』、『デッドライブ5 リターンマッチ』をチョイス。
様々なアイテム作成が楽しめる錬金ゲーム『私の工房 ~金がわたしを呼んでいる~』。これを選んだのはサブタイトル通り、向こうで金稼ぎに使えるかも知れないと思ってだ。
同じく金稼ぎに使えるかと考えて『一攫千金! ジョブ☆チェンジ』。タイトル通り様々なジョブを駆使して成り上がる育成型ゲームであり、ウリはアホみたいな数のジョブ数である。戦士から始まりニートやヒモまである。
あとは『写真彼女~Deep Kiss~』を。写真が撮りたい時には重宝するだろう。
以上の計十本。
これらを必要に応じて入れ替えていくわけだ。対応できない時はその都度ソフトを増やしていけば良い。
「よしっ! 早速行くか! ……でもその前に腹ごしらえとトイレに行ってからだな」
鳴り出した腹の虫に、せっかく意気込んだ気分が萎えていく。同時に尿意も覚え、いそいそと部屋を出る。
肝心なところで締まらない男であった。
相馬が腹ごしらえを終えて異世界へと戻ってきてから一時間近くが経とうとしていた。
その間、用意したゲームを入れ替えたりして装備やアイテム、スキルや魔法を確かめ、他にもやり残していた検証を済ませていたのだ。
ちなみに今はWGⅢ装備だ。
装備などに関してはどのゲームも問題なかったが、ほかの事で分かった事があるので挙げていこう。
まずこの大陸、アトラージュ大陸というらしい。
そして現在はアトラージュ暦五九九二年の四月一日。時刻は午後一時を少し回ったところだ。
なぜ暦が分かったのか。
それはこっちの世界からネットに繋げるか試そうとしてPZ5のホームメニューを呼び出したところ、右上のデジタル時計に表示されていたからだ。
いやビックリ、最近の時計は異世界でもネットを通じて調整してくれるのかー。と相馬は半ば現実逃避したものだが、実際にはネットに接続しようとしてもできなかったわけで。
……まあ日付が分かって困るもんじゃないし、繋がらないネットに関しても調べたいことがあれば現実世界に帰って調べれば良いだけのこと。
なので「別にいっか」と開き直ることにしたのだった。
また、ホームメニューやセレクトボタンから呼び出せるゲーム内メニューやスタートボタンの―PAUSE―中は、ただ単に体が動かせなくなるだけではなく、実際に時間が停止してるようだ。
石造りの部屋の中だと分からなかったが、こうやって外で試してみたところ、雲や草などがピタリと静止したのだ。これも使いようによっては便利だろう。
また、最初に現実世界の物を異世界に持ってこれると言ったが……どうやら違ったらしい。
異世界から持って帰った石を再びこっちに持ってこれたのでそう思っていたのだが、部屋にあった適当な本を持ってこようとして、できなかった。
他の物でも試してみたが、いずれも失敗に終わる。
それでも異世界の物はもって帰れるだけでも御の字と思うしかない。
それと、WGⅢで使えるはずの『支援要請』――弾薬や乗り物を手配してくれたり、指定した場所に爆撃や核ミサイル攻撃をしてくれる機能――が使えないことが分かった。
プロテクトアーマー内に内蔵される網膜投影式の『端末』から呼び出せるメニュー項目の中に『支援要請』があるはずなのだが、なぜか『支援要請』自体が消えているのだ。
これも不思議現象と思って諦めるしかない。
だが幸いなことに他の項目はあるので一安心だ。なんせこの中には自分が歩いた場所やドローン等を飛ばして得た情報を地図として記録する『広域マップ』があるのだから。いわゆるマッピング機能である。
視界右上にある簡易マップウィンドウをこれに切り替えることも出来る優れものである。
他にも衛星軌道上にある(という設定)超大型レーザー兵器とコネクトするための項目も存在する。
これは武器一覧の中にあるピストル型のレーザー照準機を装備した状態で選ぶと、主人公が空に向かって照準器を掲げて空にレーザーを照射し、衛星軌道上のレーザー兵器とコネクトを開始。以降は好きな時に軌道上レーザーを撃つことが可能となるものだ。
まあ核ミサイルほど威力は高くないが、それでも最低五キロは離れていないと撃てない仕様にはなっていた。
相馬は先ほど試しにと照準器を装備して端末からコネクトを選ぶと、右腕が勝手に空へと照準機を掲げ、レーザーを発射。すると視界に――Connecion Start...――の文字が浮かび、しばらくしたら――Connecion Completion――の文字とともに照準器から放たれていたレーザーも消えた。ついでに文字も。
核ミサイルが使えなかったので軌道レーザーも使えないのだろうなぁと相馬は高を括っていたのだが、まさか使えるようになるとは。本当に衛星軌道上に兵器が再現されているのだろうか? 謎は尽きない。
ともあれ使えるようになったのは幸運である。が、軌道レーザーはその威力と相まって数少ない無限弾適用外兵器だ。しかも最大弾数は六発と少ない。
これを一発補充するには、一度現実世界に帰ってから、WGⅢを敵に一度も見つからない状態でクリアする必要がある。クリア後の特典で一発分が補充されるのだ。
相馬は最大数持っているが、使いどころには気をつけなければならないだろう。なんせ補充したくても、ゲームを起動すれば異世界に来てしまうのだから。まあPZ5をあと一台買えば何とかなるかもしれないが。
ともかく、相馬は核ミサイルに次ぐ高威力の軌道レーザー六発を手に入れたのだった。
この時点でかなりのチートであることは間違いない。
最後に、これが一番重要だと思われるのが――金が無いという事だ。
WGⅢはゲーム内でお金がある。相馬はお金もカンストさせていたのだが、それが無い。
どこを探しても金が無い。
お金がある他のゲームに入れ替えても、やはり無い。
Web小説では大抵の場合、異世界やゲームの世界に行っても持っていたお金を引き継いでいたりしたのに、相馬は無一文である。
「まあお金のことで嘆いていても仕方ない。その内稼ごう。そのためのソフトも用意してるんだしな。うしっ、気分を切り替えて、そろそろドローンを飛ばしながら町か村を探しに行きますか!」
WGⅢにおいて、ドローンは大人の手の平より少し大きいくらいの翼の無い飛行機のような形をした飛行型偵察ロボットだ。
イオンクラフトなる技術で浮力を得て無音で飛び、内蔵されたセンサーで周囲二キロをマッピングと警戒を、同じく内蔵されたカメラで周囲を撮影できる。
さらには工学迷彩を搭載しているのでステルスモードも可能。
基本、オートで自分の周りを飛ぶだけだが、端末からマニュアルに切り替えれば自分で操作できるようにもなる。
一度に運用できるのは最大で4機だ。
ちなみに相馬が所持しているドローンの数は999/999。全てのアイテムを最大数所持しているという言葉に偽りは無い。
そのドローンをアイテム欄から四機、自分の頭上に飛ばし終えると、プロテクトアーマーに内蔵されたパワードアシスト機能をフルに使って地面を蹴り、時速九〇キロという脅威の速度で草原を東に駆けていく相馬であった。
ちなみに走った方角に意味は無い。なんとなくだ。
割と適当な男なのである、相馬という男は。