ダンジョン・探索開始
1
階段を降りた先は、どこまでも続く薄暗い直進の通路のようであった。道幅は入口と同じく十メートルほど。天井までの高さはそれよりもやや高そうで、壁や地面はゴツゴツとしており岩のような感触である。
ダンジョンが生きているとはいっても、内部は普通の洞窟と変わらないらしい。
脈動する臓腑のようなグロテスクな壁などではなさそうで、しかも地上と違って涼しく、暑さから解放されたことに一安心するシヴァであったが、周りを見渡して溜め息を吐ついた。
「やっぱここも混んでるか」
周りでは沢山の冒険者や騎士らがひっきりなしに地上とダンジョンを往来しており騒がしい。
立ち止まっていると迷惑になるのでゆっくりと通路を進んでいるが、人の多さに歩きにくいことこの上ない。
地上と変わらない込み合いっぷりに、シヴァが少々うんざりしたように呟くと隣に並ぶベアーチェことベアトリーチェが肩を竦めて言う。
「一階はどこもこんなものよ」
シヴァは心底嫌そうな顔で、うげぇ、と唸った。
「こんなに人が多いんじゃ、ここで魔物の強さを測るのは無理そうだな。さっさと下に降りよう」
「案内するわ」
「いや、少し試したい魔法があるから待ってくれ」
先導を買って出るベアーチェにそう断りを入れると、彼女は「魔法?」と目を輝かせてシヴァを見てきた。
シヴァは周りに気付かれぬよう、小声で魔法を唱えた。
「『マップ』、『サーチ』――よし、問題ないな。いけそうだ」
シヴァが今しがた使ったのは、フロア全体を把握する『マップ』と、フロアにいる敵や味方を検出する『サーチ』である。
これら二つの魔法により、現在シヴァの視界右上にあるマップウィンドウには一階フロア全体が映し出されているばかりか、敵や冒険者たちの位置や動きまでもがリアルタイムで表示されているのだった。
何の魔法を使ったのか視線で訊ねてくるベアーチェに説明しながら進むシヴァ。
それを興味深そうに聞いていたベアーチェは、シヴァが無数に枝割れする道には脇目もくれず、下層に続く正解の道(しかも最短ルート)を迷いのない足取りで進むのを見て、この魔法の利便性に感心したものだ。
本来、ダンジョンのフロアの探索は地道に足で調べていくしかないのだが、足を使って探索をしていれば当然、魔物と出くわすこともある。となれば戦闘が発生するため、探索に掛かる労力は並大抵のものではない。
その労力を、この二つの魔法は一気に解決したのだ。
『マップ』の魔法でフロアの構造が分かれば下層へ続く道を探す必要はなくなり、『サーチ』の魔法で敵の位置や動きが分かれば回避もできるだろう。
「そういえば、ベアーチェはここに来たことがあるんだよな?」
どうにかしてこの魔法を再現できないかと思考の坩堝るつぼに嵌っていたベアーチェに、ふと思い出したようにシヴァが訊ねた。
「え? ええ、魔法ギルドに頼まれて魔物の素材を取りに何度か来たわ」
「へえ、その時は何階層まで降りたんだ?」
「最高で十五階よ。さすがにそのくらいの階層になると、一人では苦労したわ。というよりも限界ね」
と、その時の事を思い出したのか肩を竦めるベアーチェ。
(十五階か。それじゃ、少なくともこのダンジョンはその階までは探索済みってわけだ)
このダンジョンが何階層あるかは知らないが、これまでに攻略されたというダンジョンの三つともが二十階層から三十階層の間だということを踏まえても、単独で十五階層まで降りたというベアーチェの実力は本物なのだろう。
それから半時間ほど進んだところで、下層へと続く坂道が見えてきた。
どうやら入口と違って階段ではないらしい。その事をベアーチェに聞くと、入口の階段は人工的に作られたものだという。つまり、ここから先は下層へと降りる道は全て坂道なのだろう。
足を滑らさないよう気をつけながら、慎重に十メートルほどの坂道を降りていく二人。
二階層も人で溢れていた。
ここでもシヴァは『マップ』と『サーチ』を使って人ごみと魔物を回避し、周りからひっきりなしに聞こえる戦闘音を耳にしながら最短ルートでさらに下層へと降りていく。
ろくすっぽ探索を行わずに最短ルートを選ぶのは、ベアーチェからダンジョンに宝らしい宝が無いと聞いたからだった。
ダンジョンといえば金銀財宝に宝箱。というのがゲームの中の王道なのだが、現実はそうでもないらしい。ついでに言えば、トラップなどもないという。
運が良ければダンジョンでしか採れない魔鉱石という希少鉱物レアメタルがあるらしいが、そうそう簡単に見つかるものでもないようだ。そんな物を探すくらいならば先に進んだほうが建設的というもの。
元より今回の目的は腕鳴らしなのだから。
階層を降りていくたび、冒険者達の姿が少なくなっていき、これまで絶えず聞こえてきた戦闘音も疎まばらとなり、次第に遠ざかる。
騒がしいまでの喧騒は鳴りを潜め、静寂が辺りを支配していく。
それにともない、辺りも次第に暗くなっていった。
いや、これが本来のダンジョン内の明るさなのだろう。
これまでの明るさは、大勢の冒険者たちの魔石灯ライトによるものだったのだ。
ベアーチェが魔法の灯ライトを使うことで視界を確保し、道を進む。
2
そして三時間後。あっという間に七階層まで降りてきた。二人がいるのは、上層と繋がる坂道の手前に広がる大広間だいホールである。
「……呆れた。私がここまで降りるのに大抵一日はかかったものよ?」
「まっ、便利な魔法があるからこれくらいはな」
ジトッとした目で見てくるベアーチェに、肩を竦めて言うシヴァ。
ちなみにここまで戦闘は一度も行っていなかった。
シヴァの『サーチ』の魔法のお陰で、魔物との遭遇エンカウントを回避してきた結果であり、だからこそ短時間でここまで降りてこれたのだ。
戦闘を回避してきたのは、ひとえにシヴァの戦闘力が強すぎるからである。人が多いところで魔法を使おうものなら周りを巻き込みかねないので、人が多い階層では自重してきたのだ。
「『マップ』、『サーチ』――よし、殆ど人がいないな。ここらで魔物の強さを測るか」
マップウィンドウに映る味方を示す青いマーカーは全部で十八だが、いずれも六つが一塊になって動いているのを見るに、恐らく六人組のパーティーなのだろう。それが三つ確認できる。
しかも、三つのパーティーは上手い具合に他方へとばらけている。
ダンジョンは下層にいくほど広く、迷路じみた通路も複雑になっていくようで、この階はマップを見る限り四キロ四方はありそうだ。道幅も広い。
この階ならば戦闘を行っても大丈夫だろうとシヴァは判断した。
マップを確認すると、都合よくこちらに向かってくる敵のマーカーが確認できた。数は七つ。
「もうすぐ魔物が来るから、ここらで戦闘をしておこう」
それで良いか? というシヴァに、ベアーチェが問題ないと頷いた。
「ようやく君の戦いが見れるのね。楽しみだわ」
魔女が妖艶な笑みを浮かべたそのとき、魔法の明かりが届かない向こうの暗闇から、魔物が七匹現れたのだった。
それで良いか? というシヴァに、ベアーチェが問題ないと頷いた。
「ようやく君の戦いが見れるのね。楽しみだわ」
魔女が妖艶な笑みを浮かべたそのとき、魔法の灯りが届かない暗闇から、魔物が七匹現れたのだった。




