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第03話 検証②

 暗闇を抜け出した瞬間、目の前に広がったのは広大な草原。


「………………」


 びゅうびゅうと体に吹きつけ通り抜けていく風を浴びながら、相馬(そうま)は目の前の雄大な光景に目を奪われていた。

 風にたなびく草が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 頭上を悠々と流れる雲が、時折り太陽を隠して影を落とす。

 耳をくすぐる風は、どこまでも優しい。


 太陽の位置を見るに、今は昼ぐらいだろうか。

 頭上に見える太陽の数は一つ。

 読み漁ったWeb小説では、太陽が二つあったりしたので少し期待していた相馬だったが、どうやら地球と変わらないようだ。


 とすれば、ここは地球のどこかなのだろうか。

 異世界に転移しているのではなく、テレポートしただけ?

 そんな疑問が頭をよぎる。


 ふいに、相馬は後ろを振り返る。

 自分がどこから出てきたのか気になったからだ。

 そして目にしたのは、朽ちかけた神殿のような石造りの建物。

 規模としては、そう大きくない。せいぜい平屋一件分といったところだろう。

 形としてはギリシャの神殿に似ているかもしれない。

 何本もの石柱に支えられていただろう屋根はその殆どが崩れ落ち、優美な装飾が施されていた跡が見える石壁もまた同じ。その壁からは、見た事の無い文字も散見できた。

 荒れ果てた石畳の隙間からは草が好き放題に伸びている。

 無事なのはさっき相馬が出てきた神殿の入り口付近のみのようだ。

 非現実的な光景。


「……やっぱ異世界だわ、ここ」


 相馬の呟きに頷くように、石畳の隙間から顔を覗かせる草がたなびいた。


 ここがゲームを土台としたVRなどではなく、異世界だという事はある程度予想はしていた。

 ソフトを入れ替えてもあの部屋に跳んだという事がそれを物語っているし、なにより、あのような石造りの部屋などこの2つの作品には出てこないのだから。

 であれば、ここは異世界なんだと考えるのが妥当だろう。

 ……まあ、『ゲームを始めたら異世界』なんて非常識に妥当もへったくれもないような気もするが。



 呆けること数分。

 ようやく再起動した相馬は、辺りに危険が無いかマップと視認による確認を行い、大丈夫だと判断してから現実世界へと戻る前に次なる検証へと取り掛かった。


 『こちらの世界のものをアイテムとして手に入れきれるかどうか』だ。そのついでに、異世界(こっち)で手に入れたアイテムを、現実世界(むこう)に持っているけるかどうかも検証するつもりだ。

 WG(ワールドギア)Ⅲでは、そこらに落ちているものは石だろうとなんだろうとアイテムとして入手できた。それこそ雑草でもだ。

 これからこの世界を見て回るつもりなので、アイテム回収が出来るか出来ないかは重要なことだ。出来なければ何か対策を考えなければならなくなる。

 ともあれ、相馬は足下に転がっている石ころ一つ手に取る。……が、アイテムとして収納される気配が無い。

 失敗だろうか? いや待て。読んだ小説では大抵インベントリに収納することを考えながらやっていたことを相馬は思い出した。

 やってみて損は無いだろう。相馬は『収納』と念じてみた。

 すると、手にあった石が「キュピン」という音とともに消えた。今の音はゲーム中でアイテムを手に入れた時になる効果音だとすぐに分かった。

 慌ててアイテム欄を呼び出す。一覧をスクロールしていくと、


 石・1/999。


「……あった。あったよ」


 ちゃんと入手できていた。

 選択すると、取り出すことも出来る。

 その後も幾つかの石や草を収納したり出したりし、問題ないと判断。

 ここで相馬はいったん現実世界に帰ることにした。

 さっきも言ったように、手に入れたアイテムを持っていけるかどうか試すことと、更なる検証のための準備である。

 持っていくのは石ころ三つ。草は捨てた。

 草を捨てたのは、この世界特有の菌などを警戒してのことだ。もし地球に存在しない菌を保有している草なんて物を持って帰った日にはどうなるか想像も付かない。それを言ったら石ころでも危ないと思うのだが、相馬はそのことに気付いていない。


「アイテムの確認はできたな。これで残る心配はあと一つだ」


 相馬が今懸念しているのは、一度現実世界に帰ったあとでこっちの世界に戻って来る場合、どこに出るかだ。

 もしあの石造りの部屋が帰還ポイントに設定されているのなら、この世界のどこに行こうと現実世界から戻る度にあの部屋からのリスタートになってしまう。

 それでは心が折れる。異世界旅行など夢のまた夢だ。

 ともあれ、それを検証するには一度戻らなければならない。

 一握りの不安を抱えたまま、相馬は現実世界に帰るのだった。



 異世界から戻って来た相馬は、コトリと部屋の隅で音が鳴るのを聞いた。何かが床に落ちたような音だった。

 何だろうと思いながらベットから降りて音のしたほうに向かうと、向こうで拾ったと思われる石が、三つ一塊で落ちていた。


「持って帰れたか。……でも何で部屋の隅に?」


 インベントリに収納していたからか?

 考えても分からないことなので、近い内に手に持った状態で検証してみようと決めた。

 が、今はやることがある。といっても、目的のソフトを探すだけだが。


 その探しているゲームのタイトルは、携帯ゲーム機、『PZ Bidama(ビーダマ)』(通称Pダマ)用ソフト『写真彼女~Deep Kiss~』という。通称『シャシカノ』と呼ばれる青春恋愛ゲームだ。


 『(きら)めく想いと輝く思い出をシャッターに篭めて』というキャッチフレーズを持つ、高校の写真部に所属する主人公が撮影を通して総勢七名のヒロイン達と交流を重ね、やがて恋をする作品だ。

 随分と前にオタクの友人、奥田(おくた)(みつる)(渾名はオタル)から「名作だから絶対にやれ!」と押し付けられたのだが、相馬には合わなかったゲームでもある。

 なぜならヒロインを撮影する際、Pダマに付いているマイクに向かってヒロイン達に話しかけて、その気にさせなければならないのだ。

 そんな恥辱に耐えられない。このソフトを作ったスタッフはキチガ……頭のねじが緩いに違いないとほっぽり出したのだが、それを聞いたオタルは「馬鹿! それが良いんじゃないか! 心の触れ合いだよ、触・れ・合・い!」と力説し、「しかも上手く乗せることが出来れば大胆なポーズどころか服も脱いでくれるんだぞ!? 服までだがな! 残念ながら下着は脱いではくれん! くそ、十八禁はまだか!!」といらない情報まで早口でまくしたてられたが、相馬がこのゲームをやり続けることはなかったのだった。


 なのに今、どうしてこのゲームを使うのかというと、向こうの世界を写真に撮れるか試そうと思ったからだ。

 ゲームの装備やアイテムが使えるのなら、うってつけの作品(ゲーム)だろう。

 ただ写真を撮るだけならWGⅢでも可能だが、それはどちらかというとスクリーンショットに近いのだ。

 しかし、シャシカノの主人公が使っているカメラの設定は『凄く高性能なデジカメ』だ。

 まあ、『凄く高性能なデジカメ』としか説明されていないので、何がどう高性能なのかは分からないのだが。

 ヒロイン達に関しては細かすぎる程に細かい設定がある(説明書のヒロイン紹介のページは一人当たり三ページもある)というのに。それに対してカメラの設定の雑さはいっそ清清しい。やはりスタッフはキチガ――ゲフンゲフン。

 ともあれ、高性能カメラと設定がなされているのだから、恐らく高性能なのだろう。

 少なくとも、WGⅢのカメラよりかは多機能ではある。

 なにせズーム機能に始まり、連写、パノラマ、画角、ライティングや各種エフェクト機能も搭載しているのだから。

 しかも撮った写真はゲーム内だけでなく、Pダマ本体にも画像として保存されるので、上手くいけばこちらに戻ってきても見ることができるだろう。


 問題はこのゲームがPダマ専用ソフトということだ。

 PZ5以外のゲーム機でも異世界に跳べるかは分からないが、PダマをWi-Fiで繋げばいけるかもしれないと相馬は考えていた。もちろん根拠は無い。


 それも試せば分かるだろう。


 探すこと十数分。ようやくシャシカノを見つけることができた。

 すぐにPダマを用意し、ソフトを差し込む。PZ5とWi-Fi経由で繋いだ。

 持って来た石ころも手に持っている。これはこちらからも物を持っていけるかを試そうと思ってだ。あと、異世界の石ころも考えてみれば菌とか付着してたらヤバイような気がすることに、ようやく相馬は気付いたのだ。


 さて、あとはゲームを起動させるだけだ。

 まずはこの環境で異世界に行けるか試す。


「頼む、上手くいってくれよ」


 相馬は神に祈る気持ちで画面に表示されるゲームアイコンをタップした。

 ちなみにPダマの液晶画面はタッチパネル仕様である。

 軽快な音と共に画面にエフェクトが走る。

 そして――



 相馬は神殿前に戻ってきていた。


「ぃよっし!」


 二十一世紀末の現在でも未だその存在が証明されていない神だが、どうやらその神は相馬を見捨てなかったようだ。

 Pダマでも来れることに思わずガッツポーズ――した手に違和感を感じ、開いてみると、両手には石ころが三つ収まっていた。

 これもちゃんと持ち帰れたようだ。

 石を捨てて自分の姿を確認する。見慣れない制服が目に入るが、これはシャシカノの主人公が通っている高校の制服だ。首からはごついカメラを吊るしている。なるほどこれが『高性能カメラ』かと手に取って見てるも……やはりどこが高性能なのかは外見からは分からなかった。

 ただ、なぜか使い方は分かる。

 これはWG(ワールドギア)Ⅲでも銃が扱えたのと同じなので、問題は無い。

 なので目の前の神殿や草原、足下に生える草花を撮っていく。


「どうも手にとって使うものは脳内コントローラーでの操作じゃなくて実際に扱う必要があるっぽいな。まあ、どうしてか使い方が分かるから良いけどさ」


 撮った写真をカメラのモニターで確認しながら独りごちる。ともあれ写真は問題はないようだ。


「あとはPダマ本体にも保存されてるか確認するだけだな」



 異世界から帰って来た相馬は、さっそくPダマに画像が保存されているか確認したが、しっかりと保存されていた。それも信じられないほど高画質で。

 さすがは高性能カメラ。

 設定は雑だが、その名は伊達じゃなかった。

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