第23話 ゴブリンも色めく恋の季節・中
『オッサン』ことドワーフのガイからの誘いで、森へ素材の採取に出かける薬師の護衛を受けた日の翌日。商・工業区にシヴァの姿はあった。
ガイの話では依頼は日帰りの予定だが、薬師の採取状況によっては野外で一泊することになるという。
今日はその為の買い物である。
何せこの男、冒険者に必須の水筒すら持っていない。持っていない理由は簡単。地球と異世界を自由に行き来できる特性を活かして喉が渇いたら地球に帰っていたからだ。
なので、大人数で行動する今回を機に水筒を買ったのだが――
「これが水筒、ねえ」
シヴァは今しがた買った水筒が入った袋を見やる。
そこにあるのはコップほどの大きさの蓋付きの筒。これが水筒なのだ。
この大きさでは十分な量の水が入れないではないかと思うなかれ。この水筒には、この世界の水道と同じく水を精製する魔法陣と魔石が底に組み込まれており、水筒内部を常に一定の量の水で満たすよう設計されている。つまり、どんなに飲んでも減らないという、地球人から見ればまさにおとぎ話に出てくる魔法の水筒である。だというのにお値段たったの10G。日本円にして千円。お買い得である。
そしてもう一つ買ったのが、簡易トイレである。
形は長方形をした箱型の椅子といったところか。上部の面には穴が開いており、ここに用を足すのだ。
ちなみに排泄物は内部に組み込まれた魔法陣によって塵へと還る仕組みだ。処理を気にする必要がないのはありがたい。お値段は少し高めの120G。
これも冒険者必須のアイテムである。が、もちろんシヴァは持っていなかった。地球に戻ってしていたからだ。
その日の夕方遅く。
シヴァの家のリビングには食欲を誘う香りと湯気が立ち込めていた。出所はテーブルの上に並べられた料理から。夕餉の時間である。
献立はメインに兎の肉を使った料理や豆の煎り物と、それらを挟むパン。サイドメニューはコーンスープにサラダだ。
作ったのはシヴァではなく、彼の隣に腰を下ろして一緒に食事を取っているリリィである。
合鍵を貰ってからというもの、リリィはこうして頻繁に手料理を振るってくれるようになっていた。
ちなみに料理が載っているテーブルの足は短い。いわゆるちゃぶ台だ。カーペットが敷かれた床に直に座って食べるのが、シヴァ家のスタイルである。この世界では珍しいが、日本人であるシヴァにはこのほうが落ち着くとあって、リリィもそれに倣っている。最初の頃は戸惑っていた彼女も今では慣れたもので、足を崩してシヴァに話しかける彼女の姿に無理は見られない。
「それじゃあ、明後日からガイさんたちと一緒に森へ?」
「ああ。――ん、あいかわらずどれも美味いな」
「ふふっ、ありがと。なにせ隠し味に愛情が篭もってますから」
「篭もってますか」
「篭もってます」
和やかに、にこやかに、緩やかに交わされる、何気ないいつもの穏かな会話。リリィは順調にシヴァの好感度と胃袋を掴みつつあるようだ。
春である。
そして当日。空は白じんできたばかりで大地にはまだ夜の気配が残る早朝五時。
「おう、シヴァ! こっちだ!」
シヴァが集合場所のギルド前に着いたころには、すでに全員が揃っていた。
その中に一人見知らぬ顔の男がいるが、恐らく依頼主だろうと当たりをつけながら、大きく手を振るジョニーに駆け寄るシヴァ。
「すまん。遅れたか?」
「いや、こっちが早く揃っただけだ。気にすんな」
「まっ、そういうこった」
ニカッと人好きのする笑みを浮かべるジョニーと、その横で頷くドワーフのガイのからは少しだけアルコールの匂いが漂う。朝方まで飲んでいたのだろうか?
「何が早く揃っただけ、ですか。ギルドのバーでさっきまで酔いつぶれていたのだどこの誰です?」
「ござるな」
ジト目で見るのはエルフのカリストフ。その隣では着流し風の服を着るキースが腕を組んで同意するが、またもカリストフが「あなたもでしょうに」と呆れ顔でツッコミを入れると、
「……ぬぅ。面目ござらん」
しょぼくれる侍もとい軽戦士。
どうやらこの四人、朝方まで飲んでいたようだ。カリストフが介抱したのだろう。「お疲れ」と声をかけると、
「はぁ……どうして私まで飲む羽目になったんでしょうかね。本当なら昨夜はシンディとしっぽり……失礼、ナイトディナーを楽しむ予定だったというのに」
と肩を落とすが、恐らくそれが原因だったんじゃないのかとシヴァは推測する。モテる男、略してモテメンには死を! を合言葉にする一人身の男の嫉妬は恐いのだ。あとこのエルフ、しっぽりとか割と下品だ。
「とりあえず全員揃ったな。シヴァ、こちらが依頼主のエドモンドさんだ。俺のお得意さまでもある」
エドモンドという依頼主は小柄な男だった。百七十センチ中ごろのシヴァよりも頭一つ分は低い。動きやすそうなチュニックの上下服に護身用と思われる短剣が腰に一本。腰には他にも小袋がいくつか下がっており、背中には大きなリュックを背負っている。これらに素材を詰めるのだろうか。
「エドモンドさん、こいつが前に言った期待の新人シヴァだ。シヴァ、ほれ挨拶しろ」
「シヴァだ。護衛は初めてだが、今日はよろしく頼む」
「エドモンドです。こちらこそよろしくお願いします」
互いのギルドカードを見せ合う。
エドモンドは薬師ギルドに所属しているようで、ランクは『N』。薬師のランクは冒険者ランクと同じく『Z』から始まり最上位の『A』まで。そのことからエドモンドは中位の薬師だと分かる。Nランクはそこそこ薬が作れる、そこそこの腕といったところだ。
「……シヴァさんのランクは『X』。下位ですか」
シヴァのランクを見たエドモンドが懐疑的な視線をシヴァではなくガイへと向けた。本当に彼を連れて行って大丈夫なのかと。
「大丈夫だ! 見た目はパッとしない奴だが恐らく……というか間違いなくこの中で一番強いのはコイツだ。俺たち四人が束になってかかっても瞬殺されるだろうぜ」
「中位のガイさんたちが? そんなにですか」
ガイの言葉を聞いても懐疑的な様子のエドモンドに肩を竦めるシヴァ。無理もない、シヴァは見た目だけならこの中で一番弱そうなのだから。実際の実力はガイの言ったとおりなのだが。
とはいえ、どうしたものか。依頼主である薬師のエドモンドが納得しなければ出発することはできない。
「まあ、シヴァ殿の実力をここでうんぬん言うよりも、実際に外に出て魔物と会えば嫌でも分かるでござろう」
「……そう、ですね。改めまして宜しくお願いします、シヴァさん」
「ああ。期待に沿えるよう、がんばろう」
キースがフォローを入れてくれたお陰で、変になりそうだった空気が変わる。言葉遣いは妙だが、意外と場の空気が読める男のようだ。
「うし、それじゃあ行くか!」
ガイの掛け声でようやく出発の運びとなった。
ちなみに、シヴァが『コンフィグ』の魔法で全員のステータスを調べた結果、シヴァを含め次のとおりとなった。
名前:シヴァ 性別:男 年齢:25
種族:人間
職業:勇者
Lv:999
HP:99999/99999 MP:…85145/…85145
筋力 :9999 体力:9999
精神力:9999 魔力:9999
敏捷性:9999 器用:9999
運 :9999 直感:9999
知識 :9999 話術:9999
【称号】---
名前:ガイ 性別:男 年齢:72
種族:ドワーフ
職業:重戦士
Lv:76
HP:1200/1200 MP:60/60
筋力 :360 体力:400
精神力:150 魔力:50
敏捷性:60 器用:300
運 :20 直感:30
知識 :50 話術:90
【称号】---
名前:キース 性別:男 年齢:30
種族:人間
職業:軽戦士
Lv:71
HP:800/800 MP:70/70
筋力 :160 体力:150
精神力:160 魔力:60
敏捷性:130 器用:120
運 :25 直感:35
知識 :55 話術:60
【称号】---
名前:ジョニー 性別:男 年齢:26
種族:人間
職業:重戦士
Lv:65
HP:1000/1000 MP:65/65
筋力 :210 体力:320
精神力:150 魔力:55
敏捷性:60 器用:60
運 :21 直感:26
知識 :45 話術:85
【称号】---
名前:カリストフ 性別:男 年齢:80
種族:エルフ
職業:レンジャー
Lv:66
HP:700/700 MP:120/120
筋力 :140 体力:130
精神力:160 魔力:100
敏捷性:125 器用:120
運 :30 直感:45
知識 :110 話術:130
【称号】---
名前:エドモンド 性別:男 年齢:36
種族:人間
職業:薬師
Lv:27
HP:160/160 MP:30/30
筋力 :21 体力:16
精神力:100 魔力:4
敏捷性:15 器用:250
運 :15 直感:30
知識 :150 話術:90
【称号】---
いかにシヴァが規格外か分かるだろう。
街を東門から出てさらに東へ三時間ほど進んだところに目的の森はある。
街道から外れているので魔物との遭遇は割りと起こるが、ここにいるのはシヴァを除けば全員が中位の冒険者だ。そうそう遅れを取る魔物はいない。
半時間も歩けばさっそく牙兎十匹の群れと遭遇した。
普段はそう狂暴でない牙兎が自身の名を示す牙を剥いてこちらに向かってくる。聞けば牙兎もゴブリンと同じく発情期らしい。
剣を抜こうとしたシヴァの肩を、ガイが抑えて言う。
「まっ、とりあえず最初はシヴァに俺らの実力を見せておこう――か!」
『――っ!?』
先行して向かってくる牙兎を自分の身長の半分はあろうかという大戦斧を横薙ぎに振るい、二匹纏めて吹き飛ばしたではないか。牙兎の上半身が弾け飛ぶ。
「ござるな。シヴァ殿はそこでゆっくりと見ているでござるよ」
キースがシヴァを横目で見ながら愛刀をスラリと抜き放ち、一気に駆け出す。軽戦士とあって中々に速い。
迫るキースに最初の二匹が攻撃を仕掛けるも、キースはそれらをひらりひらりと躱しつつさらに前進。その無駄のない動きはまるで川の流れに身を任せる柳の如く。
敵のただ中に身を躍らせたキースが刀を四度閃かせると――
『ピッ!?』
すぱりと、四匹の牙兎の首が地に落ちた。
「俺らの実力に腰抜かすんじゃねえぞ?」
『ピギャッ!』
キースが無視した二匹がシヴァたちに迫るが、ジョニーが大剣で難なく切り伏せた。
「まあ、牙兎を十匹程度を四人がかりで倒したところで自慢にはなりませんがね」
いつの間にか弓に矢を番えていたカリストフが素早く残りの二匹に狙いを定め、二度放つ。
『ピョンッ!?』
いずれも狙い違わず眉間に突き立ち、牙兎の命を刈り取った。
鮮やかな手並み。
淀みのない連携。
数の上では不利にも関わらず、余裕を持って殲滅する各々の力量。
これが中位の冒険者の実力である。
「どうよ、シヴァ!」
ドヤ顔を向けるガイに、
「おー、凄い凄い。オッサンって本当に強かったんだなあ」
のほほんと拍手を送るのだった。
「感想それだけかよ!?」
「あっはっはっは」
「どこに笑う要素が!?」
「……オッサンの顔?」
「よし分かった。お前をぶっ殺す!」
「まあまあ、落ち着くでござるよガイ殿」
「そうだぜガイ。シヴァに向かっていったところで返り討ちにあうのが関の山だ。それにお前の顔が笑えるってのは本当だしな!」
ニカッと笑顔を見せながら酷いことを言うジョニー。
「お前も殺すぞ!?」
「そんなどうでも良いことを言い合ってないで剥ぎ取るのを手伝ってくださいよ」
さっそく解体に取り掛かっていたカリストフがうんざりした顔を向ける。このエルフも中々に酷い。
「俺の顔はどうでもいいことなのか!?」
ギャーギャー言い合いながら解体に取り掛かるみんなを見ながら、エドモンドは溜め息を漏らした。
ちなみに、剥ぎ取った素材は全てシヴァのアイテム欄に仕舞うと事前に話し合って決めていた。そのほうが効率が良いからだ。ガイたちはここ一月でギルドで見慣れているが、初めて見たエドモンドは大層驚いていた。
それから二時間後。一行は目的の森へと辿りついた。
この森は街の周辺で一番広く深い。薬に使える草花や食用にできる野草なども豊富だ。が、それに比例するように魔物も多い。何の武芸もない一般人が入れる場所ではない。
それは薬師であるエドモンドも同じ。だからこそこの森に素材を採りに来る時は必ず護衛を雇う。だが、今回は下位ランクの冒険者が一名いることが不安であった。
(足を引っ張らないといいのですがねぇ。先ほどもガイさんたちの実力を見ても何も感じていなかったようですし)
そう溜め息を吐いたのが森に入る前であった。
半時間後――順調に目的の素材を採集しながら森を歩いていると、カリストフが警戒の声をあげた。
「……近くに何か魔物がいますね」
「気付かれているか?」
「ええ。動きが速いので戦闘の回避は無理ですね。準備をしてください」
カリストフがそう言った直後、シャシャシャシャと、何かがこすれるような音が近づいてきた。
『キシャアア!』
「ジャイアントスネークか!」
茂みを掻き分けて現れたのはジャイアントスネークという、四匹の大蛇。先ほどからの音は大蛇の鱗がこすれる音だったのだ。
シヴァもこの一月の間にこの森には二度ほど訪れたことがあったので知っている魔物だ。戦ったこともある。平均レベルは40ほど。
レベル999のシヴァからすればザコである。
(そろそろ俺も仕事をしようかね)
森に来るまでの間はガイたちが率先して魔物の相手をしていたのでシヴァの出番はなかったのだ。だが、いい加減仕事をしなければ付いて来た意味がなくなる。
なのでシヴァは一人前に出た。
「俺が相手をしよう。オッサンたちはそこで見ててくれ」
「ちょっ、シヴァさん! ジャイアントスネークは下位のあなたが敵う相手ではないですよ! ここはガイさんたちに任せるべきです!」
シヴァの言いように、エドモンドが慌てて言いながらガイを見やる。こいつを止めろと意味を込めて。
だが、ガイはエドモンドの視線を無視して言った。
「……そうだな。そろそろお前の実力をエドモンドさんに認めさせねえとな」
「ガイさん!?」
驚くエドモンド。
「本当なら森に入る前にシヴァさんの実力を見せるはずったのですけどね」
「然り。どこぞの誰かさんがシヴァ殿に対抗心を燃やして襲い掛かってくる魔物を率先して叩いたのでその機会が失われていたでござるが」
「誰だよ? そのどこぞの笑える顔のドワーフってのは」
「うっせえよお前ら! ……で、いけるんだろ? シヴァ」
「ああ。すぐに終わらせるさ――ほいっ」
『シャバッ!?』
気合いのこもっていない掛け声とともに、無造作に剣を横に振るうシヴァの一刀。剣身から放たれた真空の刃が大蛇たちの体を両断した。それで終。シヴァのみに見える敵のダメージカウントは四匹全て99999だった。大蛇のHPは平均で900ほど。オーバーキルもいいところだ。
レベルも各ステータスも全てカンストしているシヴァだからこそできる力技。むしろこれでもかなり手加減している。
「……今のはスキルでござるか?」
頭を失ってなお、のた打ち回る大蛇の体を見ながらキースが訊ねると、シヴァが頷いた。
「まあな」
使ったのは『断空斬』という中級のスキルである。もちろんこの世界のスキルではなく、EFⅩⅥのスキルだ。
「……ホントに出鱈目だな、お前さんはよ」
「……あれ? 大蛇ってこんなに簡単に狩れる魔物だっけ? あれ?」
「現実逃避はみっともないですよ、ジョニー。大蛇の危険度ランクは中の下。シヴァの実力が圧倒的なだけです」
「ま、まあ、シヴァの実力は見ての通りだエドモンドさん。これなら問題ないだろう?」
ガイの問いかけに答えることなく、エドモンドはぽかんと口を開けるのみだった。
それからしばらく――。
素材集めをしながら森の中を歩き回り、襲いかかってくる魔物をシヴァが一人で屠っていく。
「……やることがねえな、オイ」
「でござるな。さっきから某らの出番がないでござるよ」
嘆息するガイたち。魔物が現れた瞬間にシヴァが瞬殺するものだから四人が活躍したことはまだ一度もないのだ。
「いやはや。まさかここまでとは思いませんでした。実力を疑ってしまい申し訳ありませんでした、シヴァ殿」
シヴァの実力に対して懐疑的だったエドモンドもここまで圧倒的な実力を見せられては謝るしかない。むしろ怒らせては危険だと判断した。
「初対面だったしな、構わないさ。それよりも襲ってくる魔物の数が多くないか?」
エドモンドからの謝罪を受け取りながら、シヴァは感じた疑問を口にする。
この森にはこの一月の間に二度ほど来たことがあったが、ここまで多くの敵とエンカウントした事はなかった。
「まあ、この時期は発情期を迎えた魔物とちょうど出産や産卵期の魔物が重なっているからな。それでいつもより魔物が多いんだろうさ」
「なるほどな。……オッサン、剥ぎ取りはお願いして良いか?」
「おうよ。まっ、正直に言えばお前がやったほうが買取り価格は上がるんだがな」
ガイが言うように、シヴァが『モンスタースレイヤー7G』仕様で剥ぎ取りをしたほうが綺麗に素材を取れたりする。現にここまでの道中、半分はシヴァがやっていたのだ。その手際を見たレンジャーのカリストフなど、本気でシヴァに弟子入りを考えたほどだ。
「ほれ、ジョニーたちも手伝え! さっさと終わらせんぞ!」
「あれ? 俺たち何しに来たんだっけ? 剥ぎ取り? あれ?」
「……それを気にしたら駄目です、ジョニー」
「でござるなあ」
しゃがみこんで剥ぎ取りを行う四人の背中に哀愁が漂っているのを見たシヴァは、次からは攻撃に出るのを控えようと頬を掻きながら思ったのだった。
「――ふぅっ、こんなもんですね」
腰を屈めて何かの植物の根を採集していたエドモンドが、それを腰から提げていた小袋の一つに丁寧に入れ終えると立ち上がりながら言った。
「おっ、終わりましたかい?」
「ええ、お陰さまでね。採集はこれで終了です」
ガイの問いかけににこやかに答えるエドモンド。どうやら満足のいく採集ができたようだ。
「よっしゃ! これであとは帰るだけだな! 早く帰って酒飲もうぜ、酒!」
エドモンドの言葉を聞いてはしゃぐのは百九十はあろうかという大柄の男、ジョニーだ。
「今回は早く終わりましたね」
カリストフが頭上を見上げながら言う。木々の合間から見える空はまだまだ明るい。
「然り。シヴァ殿がバッタバッタと敵をなぎ倒していたでござるからなあ。お陰で某らは暇で暇で仕方ないでござるよ」
「ですねえ」「だな」「まあ、シヴァだから仕方ない!」
カリストフに答えるのはどこか侍じみたキースである。みんなもその言葉に同意する。
「そう思うんだったらお前ら少しは手伝えっ!」
叫んだのはシヴァ。
彼は今、ガイたちから離れた場所で敵の集団と一人……いや、独りで戦闘中である。
相手にしているのは大蜘蛛に大蛇、灰色狼にコボルトの群れ。いずれも発情期や産卵期を迎えた魔物ばかりで、いつもより凶暴化している。その数およそ三十。
最初は大蜘蛛数匹と対峙していたのだが、全滅させる前にあれよあれよという間に他の魔物とエンカウントしてしまったのだ。
とはいえ、レベル999のシヴァからすれば容易く蹂躙できる数だ。そうしないのは素材を剥ぎ取るために手加減しているため。
「おお。そういえばシヴァの事を忘れていたな」そう、しれっと言うのはドワーフのガイ。
「なんだあ、まだ戦っていたのかよ? さっさと片付けろー。そして酒飲みに帰ろうぜー」呑気に言うのはジョニー。
「エルフは見かけどおり貧弱なんですよ。森を歩き回ったせいで疲れてしまいました。というわけでシヴァさんにお任せします」にっこりと爽やかなイケメン笑顔で出鱈目を言うエルフのカリストフ。
「やーやーやー。シヴァ殿の、凄いところを見てみたい。あ、それ」なぜか飲み会のノリのような音頭で言うキース。
完全に他人事である。
楽ができるなら楽をする。それが下位以上の冒険者たちの心得であった。要するに、手伝う気が全くないのだ。
「みなさん酷いですねえ。あ、薬師の自分に期待しないでくださいね」と、エドモンド。こちらも他人事である。
「ああもうっ、面倒だ! 素材とか気にしないで一気に片をつける!」
剥ぎ取れなくなっても文句言うなよ! と言い終るか終えないか、シヴァは地面に向かって勢い良く拳を叩きつけた。
瞬間――
轟音とともにシヴァの周囲の大地が揺れ、そして爆ぜた。
槍のように鋭く切り立つ大地。土の槍に貫かれる魔物たち。
鎚のように勢い良くせりあがる大地。大地の鎚に下から潰される魔物たち。
魔物たちの悲鳴は大地の悲鳴に掻き消された。
『臥竜咆哮拳』
シヴァが使ったのはEFⅩⅥにおけるジョブ、拳闘士の中級スキル。
大地の揺れが収まると同時、土の槍と大地の鎚が崩れ落ちる。その周りには見るも無残な魔物たちの姿。生き残りはいない。その中心でふんぞりかえっているのはシヴァである。
「……本当に出鱈目な奴だよ、お前は」
見たことも聞いたこともないスキルを放つシヴァに掛けたガイの言葉は、この場にいる全員に共通する気持ちであった。
結局、剥ぎ取れたのは何匹かの魔石のみだった。




