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プロローグ② 切っ掛け

 アトラージュ暦二〇三四年――


 騎士王国モラン、とある街の一角にある古びた館。

 暗黒神を信仰する一人の魔法使いが自身の工房にて、その命を終えようとしていた。

 寿命を迎えるのではない。

 彼の脇腹からは(おびただ)しいほどの血が流れていた。

 おぼつかない足取りで工房内を数歩進んだところで足をもつれさせ、転倒した。


「おのれ忌々しい聖騎士どもめ! あと一歩で『門』が完成するというこの段階でこの命、果てることになろうとはっ」


 息を荒げながら、自分を傷つけた聖騎士たちに呪詛を吐く魔法使い。

 彼の言う『門』とは、冥府へと繋ぐ道を作り出す魔法具のことであった。

 また、道を作り出すだけでなく、冥府へと赴き、そこに生息する悪魔どもを自らの力として従え、戻る事のできる機能をも備えていた恐るべき魔法具でもあった。

 痛みに呻くなか、彼の耳がこちらに近づいてくる複数の足音を捉えた。彼を追ってきた聖騎士たちに違いない。


「犬どもめっ、我から『門』のありかを聞き出しに追ってきたか! だが、貴様らに『門』は渡さんっ、渡さんぞ!」


 魔法使いが隠し持っていた短剣で自分の心臓を刺すのと、聖騎士たちが部屋に押し入ってきたのは同時であった。

 床に転がる魔法使いを見て、聖騎士の一人が慌てて駆け寄るも、すでに事切れていた。


「門のありかを聞きだせなんだか」


「隊長、どうしますか」


 隊長と呼ばれた壮年の男は部下に問われ工房内を見渡した。

 部屋の中には様々な薬品や書物に道具、魔道具が散乱している。

 この中に自分たちが探している『門』があるかもしれないが、そもそも『門』がどのようなものなのかも知らないのだ。

 『門』について分かっていることはただ一つのみ。床で事切れている悪の魔法使いが冥府へと繋がる魔法具を作ったという事だけで、どのような形をしているのかは不明。


「――仕方あるまい。工房中の物を壊した後、火を放つぞ」


 上司からは『門』が特定できない場合は工房を徹底的に破壊しろと言われていた。

 隊長の言葉に部下の聖騎士たちは敬礼を返し、命令を実行する。


 一時間後、魔法使いの死体とともに、工房は炎に包まれ崩れ落ちた。

 それを見届けた聖騎士たちは教会へと戻り、魔法使いの死と工房の破壊した旨を報告した。


「……門の魔法具を確実に壊せたか知れないのは痛いな」


「魔法使いが自害していたのでは仕方あるまいて」


「工房を破壊したのだ。問題はないだろう」


 だが、聖騎士たちが探し、魔法使いが命を投げ捨ててまで口を閉ざした『門』は、元から工房には無かったのだ。

 警戒心の強かった魔法使いは、普段から『門』を別の場所に隠していた。


 その場所とは、街の中央にある教会、その一室であった。

 数ある調度品に紛れるようにして隠された『門』の魔法具。

 まさか聖騎士たちも、暗黒神に仕える悪の魔法使いが教会に隠すなどと夢にも思わないだろう。

 魔法使いはそこを狙って隠していたのだ。

 そしてそれは達成された。


 こうして、冥府へと繋ぐ門を作り出すことのできる魔法具は、誰にも発見されること無く長い時間を教会の一室で過ごすこととなる。


 事態が動き出すのは、それから実に三九五八年後のことである。




 アトラージュ暦五九九二年の三月三十日――


 騎士王国モラン。とある廃墟と化した街。

 その中心にある教会に、一人の駆け出し考古学者が訪れていた。その傍らには、彼と同じく駆け出しである冒険者が三人。彼らは考古学者の青年が雇った護衛である。

 考古学者の青年は、目の前の教会を見上げる。


「ふむ、思っていたより綺麗ですね。さすがはギルド指定の教材といったところですか」


 長い年月が経っているにも関わらず、石造りの教会は奇跡的に崩れることなく太古の姿をほぼそのまま残していた。

 そのことに気を良くした考古学者、教会に入るなり目に付いたものから調べ始めていく。その顔は楽しげだ。

 とはいえ、わりと知られた廃墟である。すでに調査は済んでいるのだが、駆け出しである彼らにとっては経験を積むのに丁度良い場所だ。

 なぜなら、考古学者は自分で調べ、推測したものが間違っているかどうかは帰ってから幾らでも調べることができる。さきほど彼が述べたように、考古学ギルドでは教材として指定されてもいるのだ。

 冒険者の三人も、近隣に出る魔物を事前に調べ、その対処の仕方も分かっている。

 そういった理由もあって、駆け出しのパーティーはこの場を訓練場として選んだのだ。

 あとはそれを、自分の血肉にできるかどうかだけ。

 魔石灯(ライト)を片手に幾つかの部屋を調べ、次の小部屋へと移る。

 木製の扉を開けたそこは、他と同じく石造りの部屋のようで、微かにかび臭く、薄暗い。

 魔石灯を唯一の光源に、部屋を見渡す考古学者。

 中央にある風化しかけた台座、壁に沿うようにして並ぶ机には、埃を被った調度品の数々があった。


「ここは保管室、でしょうか?」


 考古学者の呟きに、後ろから覗き込んでいた冒険者の一人が「保管室の割には、金になりそうなもんはねえな」と返して考古学者の苦笑を誘った。

 調査済みの廃墟に金目の物が残っているはずもないからだ。ここにあるのはいわばガラクタである。

 例え金にならないガラクタだとしても、考古学者を志す彼にとっては貴重な教材。さっそく検分に入る。

 考古学者にとって大切なことは知識である。

 知識なくして歴史は語れず、風習や文化を知らなければ、遺物を見てもそれがいつの時代にどのようにして使われたかを語ることはおろか、推測することもできないのだから。

 だからこそ、歴史書を漁るだけでなく、こうして少しでも『本物』に触れなくはならない。そのためのフィールドワークだ。

 検分を始めた考古学者に、冒険者の三人は肩を竦めて「外で待ってる」と声をかけて立ち去るが、考古学者の青年の耳に入ったかどうかは疑わしいところである。


 考古学者が検分を開始して半時間が経っただろうか。

 あと少しで部屋の調度品全てを調べ終えようかというところで手に取った一つの調度品。

 変哲のない、ただの壷。


「あっ!」


 それをうっかり手を滑らせてしまい、床へと落とした。

 てっきり割れるかと思いきや、予想に反して返ってきたのは砕ける音ではなく、硬質な音であり、何かが作動する異音であった。


 考古学者は知らなかったが、この壷こそが三千年前、一人の悪の魔法使いが人生の殆どを費やして作り上げた、冥府へと繋がる門を作り出すことのできる魔法具であったのだ。

 かくして魔法具は、三千年の時を経て、今まさに初めて己が使命、つまりは門を作り出すべく、起動しようとしていた。

 響く異音に本能的な脅威を感じた考古学者の青年は、慌てて部屋を飛び出すと冒険者たちが待つ教会の外へと走り出した。

 が――

 数メートル進んだところで、彼の一生は終わった。

 唐突に、世界のどこからも消え去ったのだ。

 彼だけではない、外で待っていた冒険者の三人も、同じ結末を迎えた。


 彼らの命を奪ったもの、それは魔道具だ。

 本来であれば内蔵された魔石に貯蔵された魔素(マナ)を用いて冥府に繋がる門を作り出すのだが、長い年月は貯蔵された魔素を蒸発させるに十分な時間であり、また、魔道具自体を劣化させるにも十分な時間であった。

 そう、魔法具は壊れていたのだ。

 壊れた魔法具は起動してすぐに暴走を始めた。

 枯渇していた魔素を魔石へと再充填するために周囲の魔素を取り込み始めながら、冥府への座標を計算を始める。が、その計算を司る魔石回路(サーキット)もやはり壊れていた。

 魔道具が座標を固定したのは冥府とはかけ離れた異界であった。

 そのため、必要になった魔素は冥府に比べて膨大な量となり、取り込む範囲が広がっていく。

 その範囲内に、考古学者と三人の冒険者たちはいたのだ。哀れな彼らは、こうして魔法具の燃料として取り込まれたのだ。

 だが、四人の犠牲だけでは魔素は足りず、魔法具は魔石の限界を超えてなお、取り込み続ける。それは教会一帯を巻き込んだところで収束し、魔法具はついに『門』を作り始める。

 が、ここで問題が発生する。

 本来であれば、魔法具が起動した場所を門の入口と定めるのだが、壊れかけている魔法具は、自身の座標そのものもいじり始めてしまったのだ。

 そして次の瞬間には――教会の一部ごと、転移してしまった。

 転移した先は、騎士王国モランから南西にある通商連合国『ブリタイ』。その東部にある草原の真っ只中であった。

 しかもその転移の影響で、魔法具そのものが崩壊を始める。

 このままでは己が使命を果たせなくなると、魔法具は自身に刻まれた魔術を改編していく。

 その内容は、最初に『門』を潜った者を『門』自体とするというものであった。

 かくして改編を終えた魔法具はその使命を終え、動かぬガラクタと化したのだった。



 さて――

 さきほども言ったように、魔法具が座標を指定したのは冥府などではなく、地の果てよりも遠く、どの星々よりも遠く、どのような未来よりも遠く離れた異界である。

 その異界は『地球』と呼ばれていた。

 その地球の中にある、とある島国――日本。

 その日本の中にある、群馬県のとある町。

 その町のなかにある、とあるマンション――その一室。

 その一室のただなかにある、一つの据え置き型ゲーム機、『Play Zone5』(通称PZ(ピーズ)5)。


 このゲーム機こそが、魔法具が繋いだ『門』の座標先であった。

 異世界バニイップと、PZ5が繋がった瞬間である。


 PZ5の前にしゃがみこみ、どのゲームをやるか頭を悩ませていたこの部屋の主である青年は、


「よしっ、今日は久しぶりにこれをやるか!」


 そう言って、一つのソフトを選んでゲーム機に投入し、コントローラーのスタートボタンを押したのだった。


 自分のゲーム機が異世界に繋がっているとは知らずに――

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