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【議論部】 『戦隊シリーズでいらない色は?』

作者: 白烏

『戦隊シリーズでいらない色は?』




「さて、今日の議題はこいつとして、早速議論をおっぱじめようか」


 机の上に立てられたフリップ、その向こうで今日も今日とて挑戦的な眼光の由々志木先輩は僕たち5人に目で促す。

 そう、それは合図。僕ら議論部はいついかなる時も、部長である彼女の一声をトリガーにして舌戦の火蓋を切ってきた。


「ではまず、私から」


 開幕早々、先陣を切って挙手するのは『浅い窓の令嬢』の異名を持つ薙宮さん。控えめに挙げられた右手が赤みがかった茶髪に触れ、ほのかにローズの香りを漂わせる。


「先に一つ問いますが、戦隊シリーズというのは特定の期間、特定の戦隊を指して用いる括りですか?」


「いや、違うよ。今日まで続くすべての戦隊を考慮に入れた上で、議題に合う意見を述べてもらえればそれでいい」


「わかりました」


 由々志木先輩が補足し、それに頷く薙宮さん。それから彼女は恭しく続けた。


「私が一番いらないと思う色、それは赤。すなわちレッドに他なりません」


「え!?」


 予想だにしない回答に僕は思わず声を出してしまっていた。だけど、不意を突かれたのは決して僕だけじゃない。静聴していた他のメンバーの中にも困惑した表情を浮かべる者が多い。


「ちょ、ちょっと待って、薙宮さん。レッドって言ったら他でもない戦隊のリーダーの色だよ? 言ってみればヒーローを代表する正義の色だ。それがいらないってことはさすがにないと思うんだけど……」


 議論部は意見を交わす自己主張の場。当然誰かの意見に待ったをかけることは許されている。だから僕も素直に否を口にできる。

 もっとも大して度胸のない僕に真っ向からの否定は難しい。だから今もそうだが、大抵はやんわりとした懐柔策を取るのを常にしている。


「確かに、赤はリーダーが纏う代表色。そんなこと、知らないわけがありません」


「だったら、薙宮さんは『リーダーがいらない』って言いたいのかな?」


「少し勘違いをしているようですね。この議論の焦点はあくまでもいらない色。つまり私は『リーダーがいらない』と言っているわけでなく、『リーダーが赤色だからいらない』と言っているのです」


「うーん……薙みぃ、それって何か違うことなの?」


 僕の声に代わって高く弾む声が通る。声の主は僕の隣に座る和ノ島(なごのじま)さんのもので、彼女も薙宮さんの説明に理解が及ばないのか、悩ましそうに頭と亜麻色の髪を終始左右に揺らしていた。


「大違いです。先ほど伊ヶ崎さんが赤は正義の色と仰いましたが、今一度赤という色について、世界を普遍的な視点で捉え、考えてみてください」


 僕の言葉に被せる形で薙宮さんは要求を突きつける。口調は相変わらず淡々としていて、それも相まって僕らに冷静な分析を強いた。

 それにより、僕は彼女の真意に到達した。いや、ここは到達してしまったといった方がいいのだろう。なぜなら気づいた時の僕の顔は酷く引き攣っていたからだ。

 そんな僕の変化を薙宮さんは見逃さなかった。


「そう、赤が正義の色だなど、あまりに陳腐な空言。辺りを見渡すだけでもわかります。交差点の信号然り、スポーツの反則行為に提示されるカード然り、パトカー・救急車・消防車然り、赤は何物にも変え難い、この世における絶対的な警告色なのですよ。そんな色をイメージカラーにしているヒーローなんてあってはならないかと」


「うっ……」


 指を突きつけこそしないが、薙宮さんの鋭利な瞳から放たれるプレッシャーは確実に僕を射竦める。

 確かに戦隊シリーズの中でこそレッドはリーダー的ポジションを確立こそしているが、現実で赤が危険をほのめかす警戒色である事実には相違ない。


「薙みぃ待って。サンタクロースだって着ている服は赤だけど、子供たちに夢を届けてくれる存在だよ? だからそれだけで赤色がいらないっていうのは少し飛躍が過ぎる気がするよ!」


 黙るしかない僕に取って代わって和ノ島さんが反論し、薙宮さんの視線は自ずとそちらへ向かう。


「サンタクロースの件は所説あるので置いておくとして、他にも私の主張を裏付ける根拠はあります。和ノ島さん、血の色というのは、何色かご存知ですか?」


「え? そんなの赤に決まっ……あっ!?」


 驚き、口を手で覆う和ノ島さん。面と向かった薙宮さんは澄ました顔でそれを確認し、そして続けた


「仰る通り血の色は赤。この事実から一つの仮説が立てられます。すなわち『刃向う敵をぼっこぼこにする際、返り血がついても問題がないようレッドは赤いスーツで全身を固めている』。これは果たしてヒーローとして如何なものでしょう。はっきり言って致命的です」


「だ、だけど、仮説はあくまで仮説止まりなんじゃ……」


 胡麻をするような低い物腰でそっと呟くと、薙宮さんは横目で僕を()める。


「承知の上ですよ。だから消去法です。レッドがレッドでなければならない他の仮説を削いでいった結果、こう結論づけるに至りました。それとも、伊ケ崎さんは何か別の理由があると?」


「うん? えっと……ほら! 燃え滾る正義の炎を象徴した紅蓮……とか?」


「暑苦しいだけですね。近くにいると鬱陶しいのでどちらにしろ邪魔です」


「じゃ、じゃあ、正義のヒーローをより印象付けるためとか……。赤色って明るいとこだと目立つし」


「目が疲れるだけですね。昼間だと補色残像も鬱陶しいのでどちらにしろ邪魔です」


「わかった! わかったからもうやめようか! レッドの立つ瀬なくなっちゃうからさ!」


 かつてここまでレッドがボコボコにされたことがあったろうか、そう戦慄するほどの貶され様に耐えかね、僕は叫んでいた。

 そうして僕は改めて彼女、薙宮あかりが『浅い窓の令嬢』と呼ばれる所以を垣間見る。

 最初は世間一般からずれた発言とその外見で深窓の令嬢と呼ばれていた時期もあった。けれど話をして内面に触れていく中でありのままの性格が露呈し、周囲の評価は一変した。


 詰まるところ、浅いのである、彼女は。


 決して世俗に疎いからずれているのではない。彼女の理論は彼女の中だけで完結されるものであり、そこに外界からの干渉が及ばないだけ。俺の物は俺のものと豪語するガキ大将となんら変わらない、浅薄なアイデンティティーの持ち主なだけなのだ。

 そんな彼女が今議論の舵を握っている以上、下手を踏めばこのまま彼女の意見が通って議論終了もありうる。かといって僕ではもう手の施しようがなかった。


「はっ、どうしたよ、あかり。ひょっとしてお前が言えんのはそれだけなのか?」


 滞りかけた議論に荒々しく踏み入る一声。それは薙宮さんの向かい側に座る少女のもの。当たり前のように机の上に足を置き、染めたブロンズヘアーを指でくるくるといじりながら、天道(あまみち)さんは挑発的に笑っていた。


「……何か問題でもありましたか、空良(そら)?」


 いつもすまし顔という印象が強い薙宮さんも今だけは眉根を寄せる。声音も心なしか1オクターブ低くこもって聞こえるが、それも気のせいなんかじゃないだろう。


「おいおい、まさか自覚してねーってことはないだろ? 天下のあかり様ともあろうものが、あたしでも気づける見え見えの落とし穴に嵌るなんてこと、あるわけねーもんな?」


「いえいえ、残念ですけどわからないとお答えしておきます。ごめんなさい。かく言う私、あなたのような下級地底人の思考を読み取れてしまうほど落ちぶれた覚えはないから」


「おーおー、必死必死。ほらほらもっと頑張って自分を高く見せなよ。そうやって雲の上を歩けるまで上り詰めなきゃ、落とし穴怖くて碌に歩けもしないからねぇ」


「落とし穴掘るしか能のない地底人の教訓は大変ためになりますので、ありがたく頂戴させていただきます。して、あなた方はその調子で生涯土を耕し続けて農家の方々に誠心誠意尽して憐れに土に帰って肥料になるのですね、わかります」


「いいね、人助け。あたしはそういうの嫌いじゃないぜ? 誰かのために片肌脱ぐってのは気持ちがいいもんさ。なんせ天上で下々の民衆見下げて惰眠を貪るだけの脳無し野郎に比べたら何十倍もマシだからよ。で、なんだっけか? 生きてる価値ないのどっちだって話だったっけ?」


「…………空良、過ぎた口は身を滅ぼしますよ?」


「へぇ、どんな風に?」


「こんな風にですッ!!」


 薙宮さんの右手が筆箱に伸びていたのを僕は知っていたし、居合抜きを彷彿とさせる不自然な腕の曲げ方も一応気にかけていたつもりだ。

 でも瞬きの間まで注意を払うのは土台無理な話だったりするわけで、開けた時には薙宮さんの腕は既に振るわれ、細長い物体が空中に一直線の軌道を描いて飛んでいた。

 

「ッ!?」


 天道さんは目を見開いて驚きを露わにしながら、それと同時に上半身を捻り、上手く飛来物の軌道上から外れてみせる。

 一方で目標を失った物体はそのまま天藤さんの後ろに置かれたホワイトボートに衝突し、勢いを削がれて数回床の上を跳ね回り転がり回り、次第にその動きを止めた。

 恐る恐る確認してみると、やっぱりというか、鉛筆だった。それも9Hの超硬い奴。ボードに当たってなお芯先が少し欠けるだけという驚異の硬度は、はっきり言って正しい使い道が全くわからない。間違った用法なら腐るほど思いつくけれど。


「あかり、てめぇ……」


 驚きから冷めやらぬまま怒りを滲ませる天道さんの両の眼。一歩間違えたら大参事だったのだから妥当な反応だが、本当に人一人くらい平気でやってしまいそうな殺気だ。


「おや、どうしたのですか、空良? 私はただあなたが訊いてきた通りに身の破滅を実演して差し上げようと思っただけですが……それが何か?」


 対する薙宮さんといえば飄々として悪びれることさえない。こっちはこっちでいつも通り平常運転ではあるが、余裕の笑みの中に確かな剣呑さを秘めていた。


「まあ私は部室で流血沙汰を犯すような蛮人とは違いますので、ちゃんと手は抜いていましたよ? よかったですね、私が温良恭倹な人間で。あ、温良恭倹などという四字熟語、空良には理解できませんね。温和で恭しい様のことです。覚えましたか?」


「あーそうかい、そっちがそういう腹積もりなら上等だ……今日こそこの場でけりつけてやるよ! 後悔すんなよ、あかり!」


「地底人風情が……望むところです!」


「ストーーーーーップ!! ストップストップ!」


『Fight!!』のゴングが打ち鳴らされる寸前、まさに危機一髪、僕は辛うじて二人の闘気の合間に割り込むことに成功する。

 本当に、本当に危なかった。僕の鼻先一寸に迫った鉛筆の先端と、後頭部の髪を掠めて静止している鉄拳が粗雑に、しかし如実に現状を物語っている。

 そのままどれくらい経ったのか。軽く見積もっても、血の気が失せていた顔に新鮮な血流が蘇るくらいには時間も経過したことだろう。これで二人も少しは冷静さを取り戻せたのではないか、そんな期待は……抱くだけ無駄なので止めておこう。


「……おい、邪魔すんじゃねーよ、伊ヶ崎。害獣駆除だ。大人しく見逃せ」


「どいていただけますか、伊ケ崎さん? 資源の無駄を省く環境活動の一環です。エコです」


「二人とも落ちついて! 目の前で始まった喧嘩を黙って見過ごすなんてできないって、そう何度も言ってるだろ! ていうかそれと同じくらい何度も何度も言ってるけど、ここは論争する場なの! 戦争は認められてないんだって!」


「戦争じゃない、駆除だ。吐き違えてんじゃねーよ」


「やかましいわ!」


 屁理屈で無理を押し通そうとする天道さんのような人もいれば、


「伊ケ崎さん、私としても刀剣を持ち出して闘争に持ち込むつもりはありませんよ? ほら、古来より言うではありませんか――ペンは剣より強し」


「ダメ! 上手いこと言ったつもりでもダメなものはダメ!! 第一、薙宮さんが持ってるのはペンじゃなくてペンシル!」


 妙な至言を持ち出して耳をほだそうする薙宮さんのような人もいる。前途多難である。


「まあまあ、薙みぃも天みぃも一旦冷静になろ? お互いに矛を収めて話し合いしようよ。争い合っても何も生まれないしさ。ね?」


 和ノ島さんも慌てず騒がず二人の仲を取り成してくれる。僕だけでは厳しいと判断してフォローに回ってくれる辺り、やはり和ノ島さんは空気を読める人である。


「由々しぃ部長もそう思いますよね?」


「ん? ああ、そうだな、まったくもって和ノ島の言う通りだ」

 

 ここでさらに由々志木先輩に助け舟を求めた和ノ島さん。事態を鎮静させるためにもその人選は大変理に適っている。

 由々志木先輩は議論にこそあまり参加してこないが、その制止力たるや、おそらく部内最強と言っていい。粗野な態度が目立つ天道さんでさえ由々志木先輩には頭が上がらないのだから、それが如何に凄まじいものかは一々語るべくもないだろう。


「天道、議論部員の心得第二条を言ってみろ」


「ぎ、議論部員は己を厳しく律し、いついかなる討論の場においても決して暴力に頼ることなかれ……」


「まあそういうことだ。雄々しく血気盛んに熱弁を振るう分にはいくらでも構わないが、手を出した時点でご破算だからね。そこのところはよろしく頼むよ」


「……先に手を出してきたのはあかりの方だろ」


「何か言ったかな?」


「……」


 由々志木先輩の目力に気圧された天道さんがしゅんと縮こまって顔を伏せる。さっきまで机上にあった足も気づけば両足とも床の上で揃えられていた。

 そんな委縮した天道さんを傍目に鼻で笑う薙宮さん。けれど由々志木先輩も甘くはない。すぐその矛先は彼女の方に向けられた。


「薙宮、君の方は第四条、ちゃんと覚えてる?」


「えっ……。あの、それは……フリップ並びにホワイトボードは議論部に欠かせない神器なり。これを傷つけることなかれ……です」


「その通り。君も知ってるようにホワイトボードへの書き込みはインクペンを使う。鉛筆じゃあ書けない。だから、うん、次にホワイトボードへ鉛筆をつきたてるようなことがあれば、後はわかるよね?」


「……」


 俯き黙す少女が二人。

 さすがは由々志木先輩だ。荒ぶる猛獣共を瞬く間に手なずけてみせた。見習えるものなら見習いたい。


「天道も薙宮も、積極的なのは評価に値するよ。でもだからこそ、その積極さは喧嘩に生かしちゃならない。せっかく幼馴染の仲なんだから、もっと平和的に研鑽し合っていくべきだ」


 由々志木先輩の言葉に薙宮さんと天道さんは揃ってこくんと頷いた。

 しかし未だに信じられないのは、この犬猿の仲を絵に描いたような二人が幼馴染であるという事実。来る日も来る日も一触即発、顔をつき合わせれば喧嘩ばかり。とても幼稚園来の付き合いとは思えない。

 それともあれか、これが俗に言う幼馴染の平均的な有り様なのだろうか。もしそうだとしたら幼馴染とかほんといらない。


「と、お説教はこのくらいにしようか。伊ケ崎、続けてやってくれ」


「あ、はい、了解です」

 

 部長が取り直してくれた舵を僕が受け取って続けた。


「じゃあさっきの天道さんのところから再開しようか。薙宮さんの意見に対する反論からだ」


「ん、ああ、そうだったな。……てか、本当にこんな馬鹿げた思い違いに誰も気づいてねーのかよ」


「気づくって、さっきも言ってた薙宮さんが陥ってる落とし穴? まあ推測で成り立ってる部分が強かったといえばその通りだけど、感情論を抜きにすれば意外と的を突いているんじゃないかな?」

 

 認めたいとは思わないけれど、間違っているとも言えない。

 僕が和ノ島さんをチラリと見ると彼女も黙って首を振る。やっぱり彼女にしてもその『落とし穴』はわからないらしい。


「なら言わせてもらうぜ。あたしも別に戦隊ものに詳しいわけじゃねーが、奴らが戦うのは基本的に訳のわからねー怪人だろ?」


「うん、敵は地球外生命体の場合が多いと思う」


「だったらあれだ、そいつらの血が赤とは限らねーだろ」




「…………」




「……」





 た、確かに……。





「ホラー系の映画なんかだと怪物の体液が緑ってのはよくあるし、そうでなくても青や黒って可能性もねーわけじゃねぇ。ひょっとすると個体で色が違う場合もあんだろーに、いっつも赤着てるってのは腑に落ちねーんだよ」


 頬杖をついていかにも不満そうに天道さんは語る。


「ま、戦隊っていや多色混合、いろんな色があるからな、個体差に合わせるために色を取り揃えてるって言うなら、返り血案もあながち間違いじゃねーのかもしれねーが」


「いやいや、それはちょっと……」


「だろうな」


 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ想像してみよう。



 戦隊レッド『正義の拳の前に砕け散れ!!』

 怪人『ごふっ』

 戦隊ブルー『見ろレッド! 滴り落ちるあの緑の液体……間違いない! 奴は緑だ!』

 戦隊レッド『よし、皆一度下がれ! 後は任せた――』

 全員『グリーンッ!!』

 戦隊グリーン『おうっ!』



 いや、本当にダメだろう、これは。戦隊としてもドラマとしてもアウト過ぎる。


「な、なるほど、込み入った話の真偽はともかくとして、薙宮さんの意見に不確定要素があることはよくわかったよ」


 否定された薙宮さんは不服といった感じで口を曲げるが、反発はしてこなかった。さっきのお説教の効果だろうか。


「よし、なら次は天道さんの番だ。自分が一番いらないと思う色を言ってみ――」


「ピンク」


「はやっ!? ……あ、えっと、それはまたどうして?」


「ビッチだから」


「みじかっ!! っていうか、なんか多分に偏見入ってない!?」


「入ってねーよ! てめぇあんま見くびってんじゃ……」


 天道さんが喧嘩腰に立ち上がろうとしたところに、再び由々志木先輩がにこりと微笑みかける。それだけで彼女の身体はビクッと震えて固まってしまう。

 そして由々志木先輩の前では下手に動けないと悟ったのだろう。天道さんは舌打ち混じりに席に着いた。


「考えてもみやがれ。日常生活を送る中でピンクなんて普段目にすることがあるか? 赤や緑、青ならあるだろうが、ピンクはほとほと覚えがねぇ。つまりピンクはそこにいるだけで注目を集めるし、逆に注意を引きたきゃピンクのマスクを被ればいいってことになんだろ」


「だからってそれだけで『ピンク=ビッチ』っていうのはさすがに……。たとえば、女の子にとってピンクは一種の憧れなんじゃないかな? 魔法少女で言えばリーダーがピンクってことも多いわけだし」


「はっ、どうだかな。自己顕示欲が強い女に限って裏で何やってるか知れたもんじゃねーよ。チームメンバーとよろしくやったり、ひょっとしたら怪人連中とも……」


「OK!! 天道さん、貴重な一案ありがとうございました! さあ次の人いってみようか!」


 僕は二、三度手を鳴らして半ば無理やり話を推し進めた。

 天道さんに主導権を握らせてならない。本能がそう訴えていた。


「つ、次は和ノ島さん、お願いできる?」


「うん、いいよ。でも私はみんなとちょっと違う見方で意見を述べるつもりなんだけど、それでもいいかな?」


 尋ね返す和ノ島さんは少々照れ臭そうに頬を掻く。


「違う見方、というと?」


「えっとね、『いらない色』じゃなくて、『欲しい色』を言いたいなって思うの。ダメ?」


「いや、全然構わないと思うよ。逆の視点とか、そういうのも大事だろうからさ。それでその『欲しい色』っていうのは?」


 僕が訊くと、和ノ島さんは二枚のフリップを取り出し、それらを手前に掲げた。さっきから隣で何か書いているのは知っていたけれど、どうやら自分の番が回ってきた時のためにコツコツ準備していたらしい。

 一枚のフリップには『山』の一文字と山のイラスト、もう一枚には『海』の一文字と海のイラストが描かれていた。


「私が必要だと思うのはグリーンとブルー、この二色だよ」


「山に海……ってことは選んだ理由は……」


「うん、緑から山、青からは海が連想できるからだよ。こういった色が近くにあると心が和むし、戦いの中でも大地のパワーが自分たちを後押ししてくれてるみたいで、なんだかとっても頼もしいよね」


「……」


「あ、あれ? 私、何か変なこと言っちゃった? やっぱり……こんなあやふやな理由じゃ、ダメだった……?」


「……え!? あ、いや、全然! 全然そんなことないよ! 僕はとってもいいと思う!」


「そうかな! よかったぁ……」


 ほっと安堵の表情で胸を撫で下ろす和ノ島さんを見て、逆に僕の方が安心させられる。

 つい呆気にとられて反応するのが遅れてしまった。それくらい彼女の意見は新鮮で純粋、ここまで僕が流されていた濁流をあっという間に清流へと浄化してしまう力があった。

 トップバッターと二番手が汚れた答弁をかますこの場にあって、彼女の存在はまさしく異質。疲れ切った僕の目が彼女を天使に見間違えたとしても許されるはずだ。というか許して欲しい。


「おい、他人の意見途中でドシャットしやがったくせに、和ノ島にデレデレしてんじゃーぞ、この色ボケ」


「し、してねーよ! 誤解を招く発言は控えてもらえるかな、天道さん!」


「誤解ね……どうだかな」

 

 危なかった……。

 天道さんの横槍のおかげでギリギリの所で踏み止まることができた。議論を交わすにあたって発言者は平等な立場で公平な態度を貫かなければならない。それが部員の心得第三条だからだ。


「まあいい、次はてめぇの番だ、伊ケ崎。てめぇの意見ってやつを精々熱く語りやがれ」


「あ、ああ、そうさせてもらうよ」


 僕にだって自論はある。言いたいことももう胸の中でそれなりに整理してあった。だから後は軽い咳払いで場を仕切り直し、順を追って口に出すだけだ。


「まず僕も和ノ島さんと同じで、どの色がいらないかについては全く考えてないし、考えるつもりもない。かといって逆を思案していたかといえば、それも違う」


 この先が僕の意見の核心部だ。ゆっくり丁寧に、一字一句をなぞっていく。


「結論から言って、僕はどの色についても不要だなんて思ってない。リーダーがいなくなったら困るとか、戦力が足りなくなるとか、これってそういう話じゃないんじゃないかな? だって、戦隊が戦隊であることの良さは誰かが誰かの代役を担えることじゃなくて、自分に足りない部分を他の仲間が補ってくれることにあるんだから」


 そう、一人一人が支え合い、補い合うからこそ戦隊は戦隊たりうるのだ。もし誰か一人でも欠けてしまえばその人が補っていた弱点は露呈する。それじゃあ勝てる戦いも勝てない。

 劇中、全員揃ってチームであると彼らは声高に叫ぶ。結局それこそが答えであって、他に答えはない。彼ら自身がそれをよく知っているのだ。


「これが僕の回答だ。どうかな?」


「ねーな」


「ありませんね」


「あ、あはは……ちょっとないかなぁ……」


「……え?」


 天道さんはゴミを見るような目で言った。

 薙宮さんは虫けらを見るような目で言った。

 和ノ島さんだけが気遣いながら言ってくれたが、目は笑っていなかった。


「ったく、てめぇどんだけあまちゃんなんだよ……。いいか、あたしらはあくまで『いらない色』を決めようって腹でくっちゃべってんだぞ? つまり過程はどうあれ最終的には出すもん出す責任てのがある。それをほっぽり出して、挙句の果てに『みんな揃ってた方がいい』とか 頭沸いてんのか、あぁ!?」


「まったくですね。白熱する議論に水を差す愚行に他なりません。ナンバーワンよりオンリーワンなどとなし崩しにかかる辺りがとりわけ実に情けない。勝手にへたれる分には与り知らぬことですが、それを押しつけないでいただきたいですね。不快極まりない」


「えと、私はその……伊ヶ崎くんならきっとわかってると思ってたから、ちょっと残念だったかも……」


「……」


 い、痛い……視線も言葉も、漂う雰囲気すら痛すぎる……。

 そんな酷いこと言ったか。ここまでボロクソにダメ出しされなきゃならないことを言ったのか、僕は。

 あ、ダメだ、なんか段々居づらく……。

 

「――おいおい、そんな顔をするなよ、ユキユキ。ちょっと否定されたぐらいで動揺するところがユキユキの未熟さだ。何事もメンタルを強く持って生きていかないとダメだぞ?」


「な……」


 予想外のアクシデントに僕はほぼ条件反射で生唾を呑みこんだ。

 まさか、ここで奴が話しかけてくるなんて思いもしなかったのだ。

 泣きっ面に蜂。嫌なことで嫌なことが上塗りされる意。もっとも僕が今この状況をそう表現しようとすれば、そもそもが蜂なんかじゃ生温い。

 それくらいあいつ(、、、)と面と向かって話すのは徒労を越して苦痛でさえあった。


「あのさ弥刀(みと)……ここまで1ミリたりとも話し合いに参加してこなかった奴が、どうしてここへきて登場してくんのかな……」


「いやなに、ようやく鏡のチェックを終えたところでユキユキが青い顔をしていたからな。親友としてこれは救ってやらねばと立ち上がった次第だ」


「親友? 知らない言葉だな。というか、なんなんだよ鏡のチェックって」


 そういえばと思い出す。目鼻立ちの整った凛々しくも甘いマスク、そんな弥刀の面をできるだけ視界に入れないよう僕が心がける傍らで、こいつは確かに手鏡を見つめて何かをぼそぼそと呟いていた。

 もっともまともに関わりたくない僕からすれば一人で何かやってくれている方がありがたいので、そういうのは一切合財無視で通したわけだが。


「聞いてくれるか、ユキユキ。実はな、ついさっき鏡を覗き込んだら、そこに眉目秀麗の絶世の美男子が映り込んでいることに俺は気づいたんだ。ともすればそれが誰なのか気になるのは当然だろう? だからしばらく考えに耽っていたというわけだ」


「…………で?」


「俺だったよ」


「そりゃそうだろうよ!! 鏡覗いて顔が映ってるならそれはそいつの顔だろうよ!? つーかどれだけ鈍感な奴でもそんなのものの一秒でわかるわ! いくらなんでも時間かけすぎだろ!!」


「ああ、つい見惚れていた」


「照れるな呆けるな頬を染めるな! 気持ち悪いわ!!」


 悪寒すら走るその自信は本当に一体どこから出てくるんだ。日常という檻の中で生々しいナルシストっぷりに付き合わされる僕の身にもなってくれ。ほとんど拷問だ。


「あと、その妙なニックネームはやめろって口が酸っぱくなるほど言ってるよな!? どうして頑なにやめようとしない!?」


「そう声を荒げるなよ。可愛いじゃないか、『ユキユキ』。これはちゃんとお前の名前の伊ケ崎(ゆき)にちなんでいるんだぞ? それに俺が三日三晩寝ずに考え出した自信作でもある」


「ちなんでれば大丈夫とかそういう話じゃないんだよ! 男の僕に女子女子したあだ名をつけて平気で呼び続けるお前の神経が異常なんだ!! それと頼むから秘められたエピソードを僕に語るな! 秘めたまま墓場まで持っていってくれ!!」


 耳に目に口、ありとあらゆる感覚器官が発熱して僕を悶えさせる。もうなにもかも匙を投げて楽になりたい。


「腕白だなぁユキユキは。いつも元気いっぱいで素晴らしい」


「誰のせいだよ、誰の……」


 正直、これ以上会話を続けるのは精神衛生上よろしくない。でも弥刀は仮にも議論部の一員。喋らないなら黙殺もできるが、しゃしゃり出てきた以上例外はない。

 何より僕の勝手な一存でこいつを省くと部員の心得に反してしまう。後で由々志木先輩に説教されるのも御免だ。

 非常に遺憾だが、振るしかなかった。


「……で、お前も一応ここまでの話のあらすじはわかってるよな? 何か意見はあるか? ないのなら別に構わない。そうか、ないのか、それはそれは」


「おいおい、そう矢継ぎ早にまくしたてて俺を仲間外れにするなよ。俺にだって言いたいことの一つや二つあるさ」


 強引に議論を収束させようと試みるもあえなく失敗。腹立たしいのでそれとなく舌でも打っておくとしよう。


「そういう素直じゃないユキユキも俺は気に入っているから安心してくれ」


「心から頼む、僕を凍え死にさせたくないなら早く本題に触れてくれ。お前と長々言葉を交わすと話が脇道に逸れるばかりだ」


「そうか、それは困るな。なら端的に言うとしよう。俺がいらない思う色は黒だ」


 戦隊ブラック。

 基本的には緑に代わって後から追加された戦士であり、初登場からは確か緑と交互にメンバー入りするポジションでもある。

 黒は悪役のイメージが強く、投入には難色が示されたとも聞く。そんな予想を裏切って子供たちの人気を集めたことで、今なお活躍するヒーローまで上り詰めた。確かにそのあたりの経歴を叩けばホコリが出そうではある。

 弥刀の表情も案外真面目なのでひょっとするとひょっとするかもしれない。


「で、理由は?」


「漆黒が伴うクールイズビューティーな前衛的イメージに、大人な包容力、加えてレッドすら食ってしまいそうなカリスマ性……ここまで言えばわかるんじゃないか?」


「……。あー、うん……つまり?」


「俺と被る」


「……」


 総じて、弥刀なんかに期待してしまう奴は馬鹿である。だからこの場で誰よりも馬鹿だったのは他でもない僕だった。

 僕には荷が重すぎた。だから諦めたっていいはずだ。もう聞くべきことは聞いたし、これなら言い訳も立つだろう。

 心の中で言い聞かせ、僕は弥刀に言葉に耳を傾けるのをやめた。




         ×       ×        ×




「じゃあ私が代表して、本日の議題に対する結論を発表させてもらう」


 ホワイトボードの前に立つ由々志木先輩がインクペンの蓋を開ける。

 僕ら議論部では議題を発表した人が皆の意見を聞き、そこから最後にたった1つの結論を独断で導き出す。議題はフリップ、結論はホワイトボードという割当ても自然に慣例化したものである。

 そして今がまさに議論の佳境だった。


 残念ながら今回僕の案は全否定を浴びてしまったが、それでもいろいろと候補が挙がった方だろう。

 薙宮さんが推したレッドに、天道さんのピンク。推測と偏見の結晶とはいえ、議論部ではこれも有効として扱われる。

 和ノ島さんのそれは直接結論に結びつくことこそないだろうが、判断材料としてはこれも有用。

 あともう一つあったような気もするが気のせいだろう。


 いずれにしろ、何が選ばれるかは由々志木先輩の手に委ねられている。


「私が行き着いた答え、それはこいつだ」


 由々志木先輩がペンでボードを小突く。

 僕は書かれた文字を目で追う。そうしてその文字を前にして、自分の口が自然と開かれていくのを自覚した。



『イエロー』



「……黄色?」


「そう、黄色。問題『戦隊シリーズでいらない色は?』の答えは、『イエロー』で決着だ」


「いやでも……誰も黄色なんて主張してませんでしたよ?」

 

 主張するどころか、誰一人黄色に触れている人間はいなかった。言及はなく、例示にも使われずじまい。

 そして僕は今さら認識した。初期戦士の中にあって唯一、イエローだけが話題にすら挙げられなかったのだ。


「気づいた? いや、私もまさかこんな形になるとは思わなかったよ。だって皆、びっくりするくらい黄色を口に出さなかったから。だったら……ね? そういうことかなって」


 そう言って由々志木先輩は快活に笑う。

 拍子抜けだ、なんて毛ほども思わない。それでも、きっと僕は苦笑いを浮かべていた。またか、なんてことを頭で考えながら、彼女の結論にすっかり納得している自分がいた。


「妥当……でしょうね」


「ま、妥当だわな」


「かわいそうだけど、妥当だよね」


 薙宮さん、天道さん、和ノ島さん、三人も揃って微妙そうに、けれど決して異議はないといった穏やかな表情で、今日の結果を眺めていた。


「よし、これにて本日の議論は終了!」


 由々志木先輩が締め括るように手を叩き、それから窓の外、茜色に染まる街並みを見つめてうんと頷いた。


「時間もいい具合だし、どこか帰りに寄ってご飯でも食べていこうか」


「はいはい! それなら最近駅前にできたファミレスがいいと思う! クラスの友達が美味しいって絶賛してたから」


「ファミレス? 和ノ島、お前って相変わらず子供みたいな趣味趣向してるな。その勢いでお子様ハンバーグでも頼もうってか?」


「お子様……!? ひ、酷いよ天みぃ、確かにハンバーグは好きだけど、頼むなら鉄製のお皿に載ってるやつ一筋だよ!」


「わ、わかった、わかったからそうむきになるなって……。ちょっとからかっただけだろ」


「しかしまあ、空良はからかい方があまりに幼稚ですからね。あるいはあなたの方がお子様ハンバーグ向きなのではありません?」


「そういうてめぇは旗の刺さったチャーハンがお似合いだよ、あかりちゃん(、、、)。よかったな、趣味で集めている旗コレクションが今日も一本増えるだろうぜ」


「……議論は終わりました。既にあなたを守る砦は失せましたが、後悔しますよ?」


「続きをやろうってのなら容赦しねぇぞ」


「あーもう二人とも、そんなちっちゃいことで喧嘩しない! はい行った行った」


 議論が終わってもなお喧騒はやまず、賑やかな声は部室の中に響き渡る。

 でもそれは彼女たちが部室を離れるまでのこと。僕一人が部室に残ったとしたら喧騒は鳴りやみ、静寂だけが居座るだろう。

 僕は一人、ただぼんやりとした視線の先をホワイトボートの文字に向けていた。

 由々志木先輩の答えを見ながら、また少し、苦く笑う。


「――ちなみに俺はお子様ハンバーグがなかなかに嫌いじゃないぞ? ユキユキ」


「ッ!?」


 一人じゃなかった。

 部室の引き戸に背を預ける姿勢で弥刀がいた。


「気配を消して話しかけるなよ。あとその呼び方もやめろ」


「何故そんなに嫌がる? 実にプリティじゃないか」


「それが問題なんだよ……それが嫌なんだよ」


 他人を思いやりたいのか貶したいのか、どっちだって話だ。それに本人に悪気がなかったとしても、本人が悪気の塊なら自覚症状はない。だとしたら手遅れか。

 本当に疲れる奴だと一つため息を吐く。


「……行かないのか? 急がないと皆行ってしまうぞ?」


「ん?」


 けれど、悪気はあっても悪い奴じゃないんだろう。なんとなく、それだけはわかってるつもりだ。


「あ、まだこんな所にいた! 伊ケ崎くんも宮根くんも、早くしないと置いてっちゃうよ?」


「まったくだ。これ以上待たせんならしばいてでも連れてく」


「集団行動すらまともにできないようでは家畜以下ですよ? 抑えの効かない畜生は一匹いれば十分でしょう」


 そうこうしているうちに一つ二つ、声が再び重なり流れる。一時の喧騒が、名残惜しむようにこの場所に集まる。

 僕はイレイザーを手にとって、今日の結果を丁寧になぞりあげた。そしてもう一ヵ所、端に書かれた日付も消して、新たに明日の日付を書き入れる。

 恒例の後始末。ただの雑務だ。

 でも何故か、こんなことで不思議と満足感に浸る僕がいる。なんでだろうと考えるうちにいつの間にやら僕の日課になる始末。

 それも最近、少しだけわかってきたような気がする。

 ふと遠巻きに眺めていた由々志木先輩と目が合う。彼女は囁くように小さく口を動かして、それからやっぱり朗らかに笑った。



「ああ、今行くよ」





 ここは議論部の部室。皆が奏でる喧騒で埋め尽くされる明日を待つ。


 

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