王宮へ
「イル、バイバーイ」
イルは姿が草に消されるまで見送っていた。
王宮まで、遠いのだろうか? 遠くの壁の中にあるなら、まだまだ歩くことになる。目を凝らして、壁の方を見ていると、何かがこっちに向かって来るのが見えた。鳥だろうか? しかし、それにしてもなんだか、人間のように見える。
近づいてくるにつれ、姿がっはきりしてきた。
人間だ。
「カ、カワン、空を人が飛んでる!?」
「きっと、王都にでも行った帰りだろう」
「王都? ま、それはよくて、ねぇねぇ、学校にいけば飛べるようになるの?」
「ああ、飛べるようになる。そっか、ティエラだと、何もなしで、人間飛べないもんな。珍しいのは分かるけど、今は前見て歩け。転ぶぞ」
すごい! 人が飛べるんだぁ! 学校に行くのが楽しみだ。
宙に浮かぶその人は、頭上を飛び越え、飛び去って行った。一瞬目が合ったような気がしたが、気のせいだろう。
「あうっ!」
「おっと、だから言っただろう。前見て歩けって。沙箜はよく転ぶんだから」
上を見てたら、石に躓いた。それに、前を向けって言っていたっけ?
「うわぁ、なにこれっ、すごいフカフカしている。さっきまでこの草なかったよね」
カワンを見上げると、顔は笑っているのに、目は笑っていなかった。
「沙箜。は、な、し聞け」
「は、はっ! はい! 分かりました!」
沙箜は、すぐに立ち上がった。草のことを聞くのは、後回しだ。
それにしても、ここには、沢山の、気になることがある。道から外れたところにも、一匹動物らしきものが、見える。
何なのか気になるが、目を輝かせている少女を見る目が厳しいカワンには、聞くことができない。と、なると聞けるのは、必然的にパテラだ。
カワンの目は気になるが、知りたいものは、知りたいのだ。
「パテラさん、あれなんですか?」
目に入ったのは小さくて、毛が柔らかそうな動物。青い目でこっちを見てくるのが、とても可愛い。
「あれはね、キランいう動物だよ。とても大人しいの。触ってみる?」
「いいんですか! 触りたいです」
「母さん、今触っていたら、面会時間に間に合わなくなる。沙箜も、学校に行けば沢山いるから、学校で触ればいいよ」
「はい! わ、分かりました」
後で触れるなら、あとでいっか。沙箜は首を縦にふった。今は、カワンの怒りが恐ろしい。
「えー。ちょっとくらい、いいじゃない! あの人なら、待ってくれるわ」
しかし、どうやらパテラは諦めきれなかったらしい。
「だめだ。他に、あの人は仕事もあるだろうし、邪魔しちゃだめだって!」
「あの……、あの人って?」
「この国の王様っ! 母さんいい加減諦めろよ。」
王様をあの人というなんて。
「何で、私が諦めなきゃいけないの。ちょっとくらい、平気よ」
「だめだ。キランは一度触ると放すのが大変だ。そして、大幅に時間が遅れて、城の皆に迷惑がかかる」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「カワン……」
「だめだ」
訴えるパテラにカワンは次々正論を並べていく。
「……はぁ……、はいはい分かりましたよ。何でこんな息子に育っちゃったのかしら」
「なんかいったか?」
「ううん、何でもない。さあ、早く王宮に行きましょう。あーあ、キラン触りたかったな」
パテラはトボトボ、キランを背に、二人を置いて歩き出した。
沙箜とカワンは顔を見合わせ、小走りで後に続いた。
「うーん、確か、こっちだったはず。ほら、カワンも手伝って。この間の嵐で土を被って、どこにあるのか分からないの。ま、まさか、誰かに隠された?」
「何言っているの? この辺、うち以外はみんな、こっちに来ないでしょ。でかい石の下じゃなかったっけ? 見えなくなったら困るからって、自分で、帰る直前に置いていた気がするけど」
二人は、分かれ道に来たところで、道に外れ、草をかき分け何かを探し始めた。辺り一帯を、早いスピードで探っている。沙箜は、あっという間の出来事に、ついていけず、分かれ道の所に突っ立っていた。
「ああ、そうだった、確か、石ならこっちにあったはず」
草がなくなっているように見える場所に来ると、少ししゃがんで見えなくなった。
「カワン! ほら、あったよ」
パテラは、片手で、人が三人乗れるくらいの丸い石を持ち上げた。直後、大きな音がして地面が揺れる。石をそばに置いただけだが、振動が、ここまで伝わってきた。
「お、おう。うん、問題なく使えるな。沙箜、こっちおいで」
「うん」
すぐに、パテラの近くまで行ったカワンが、しゃがんで何か、確かめた後、沙箜を呼び寄せた。
草をかき分けて、二人の所に行くと、足元に丸い円が地面に焦げ付いている。近くには、先程パテラが持ち上げていたのであろう、大きな石があった。
「これは、転移円。今から、門の前へ転移する。順番は、僕。そして、沙箜。最後に母さん」
「じゃあ、私の許可書を当てて、沙箜を転移させればいいのね」
「ああ、頼む。沙箜は、安心していい。出口には、僕がいる。着いてから、迷うことはないはずだ」
「分かった。荷物は持ったままでも大丈夫?」
「ええ。一緒に転移してくれるわ」
なら、もう不安なことは、ない。
「分かった」
カワンは、転移円に乗ると、両手を握り下に向けた。
「また後で」
カワンの手から青い湯気があふれ、転移円に降りかかると、円が青く縁どられ、上に乗るカワンが消えた。
「次は、沙箜ね」
「はい。あの、青い光って?」
「許可書の光よ。魔力は私が注ぐわ。だから、そのまま乗ってくれれば大丈夫」
「分かりました」
つまりは、乗るだけでなにもしなくて良いのだろう。
足を円の中に入れる。円の中は周りの土と違って固く、しっかりしていた。
「用意はいい」
「はい」
するとパテラは、拳をこちらに向けた。握った手の中から光が漏れだす。その光は湯気のように揺らめき、こちらに飛んでくる。そして、円に染み込むように入っていき、転移円が青く輝いた。体が引っ張られる、と思ったのは一瞬で、周りから多くの人の声が聞こえてきた。
移動が完了したのだろうか? なんか、もっと気持ち悪くなったりするのかと思っていた。
顔を上げると、パテラはいない。目の前には、木の壁があり窓の外を多くの人が歩いているのが見えた。この世界の人々は、不思議だ。猫の耳の付いた人が歩いている。それに、髪の色がカラフルの人もいる。地面を蹴るようにして浮かび上がる、人もいた。
どうやらここは、門の近くの道に立つ、小屋らしい。中には、家具は何もなくて、転移円だけが輝いている。まるで、転移円のためにある小屋のようだ。
たしか、出口にカワンがいるって、言っていた気がする。この、小屋の外だろうか?
とりあえず、沙箜は円の外へ出て、ドアを開けてみた。
「おっ、沙箜」
外に出ると、横にカワンが立っていた。いつの間にか、大きな袋を持っている。
「ここ、門の前?」
「うん、あそこから入る」
カワンの指す方は、人々が出入りが激しく、どうなっているか見えにくい。だが、人の流れが激しいので、荷物検査のようなものは、なさそうだ。
「ここは、沢山の人がいるんだね、王都だから?」
「王都なのもあるけど、この都はコルがあるからだと思う。ティエラとここを繋ぐためのコルは、ここだけなんだ。ティエラに行く道がなくなったから、今は、都を出る人の方が多い」
「へぇー。じゃあ、さくうも、王都にまず着いたの?」
「ああ、その時ちょうど、王宮にいた母さんが、親戚だからって家に連れて帰った。僕が着いた時にはもう、二人が家に帰った後で、大急ぎで追いかけたよ」
「そうだったんだね」
それなら、パテラが家まで運んでくれたことになる。見かけによらず、どこからそんな力が出るのだろう。
「おまたせ、行こうか」
パテラが、小屋から出てきたので、王宮に向け出発だ。
人の流れに乗り、門を通ると、目の前には様々な店が並んでいた。しかし、その方向にはいかず、三人は横に避け歩いていく。ラフェイのお店、見てみたかった。
「カワン、なんで、大通りを通らないの?」
「ヴォルネアに乗るからだよ。ヴォルネアに乗れば、直接王宮に入れるんだ。それに、大通りを通ると、沙箜はきっといろいろ見たがると思ったから。また今度見に来ればいいよ」
どうやら、顔に見たいという気持ちが、出ていたらしい。仕方がない、今度ゆっくり見に来よう。帰りに、見れないかな。
「わかった。ヴォルネアってどんなものなの?」
「動物だよ。ティエラでいうと、大きな鳥のような感じ。ほら、あれだよ」
曲がってすぐに、あった建物に入ると赤やオレンジ、黄色といった羽が付いている大きな鳥が、五羽並んでいた。
「こんにちはぁ、王宮まで行きたいんだけど」
「はいよ! ああ、パテラさんじゃないか。今日も王様に呼び出されたのかい?」
「違うよ、この子の住民登録さ」
カワンに、そっと背中を押され、パテラに目で促され、お店の人がこちらを見た。
「この子かあ。確かこの間、運んでた子だよな。目が覚めたのか、よかったよかった」
目が合ったので、目礼しておく。そして、カワンの後ろに隠れる。
「それで、二羽借りたい」
「三羽じゃなくて、いいのかい」
「ああ。カワンと沙箜が一緒に乗るさ」
お店の人が、少年の後ろに隠れる沙箜に目を向けてくる。何やら、勘違いしているみたいだが、放置だ。
「ほう……分かった。鞍は?」
「カワン」
「おう、はい」
カワンは、持っていた大きな袋を店の人に渡した。
「あと、許可証を。パテラさんは知り合いだが、規則で決まっているんでな」
「ああ、分かってるよ」
パテラは、カバンから転移の時に使った石を取り出した。
すぐに、お店の人は石を返すと、鞍を持ちヴォルネア達に取り付け始める。
「黄色い羽根の多い、こいつに二人分つける。あと一つは、いつもの赤いヴォルネアにつけるぜ」
「ああ、頼む」
「はいよ」
沙箜が乗る、黄色い羽根の多いヴォルネアは、優しそうな眼をしていた。それにとても大人しい。赤いヴォルネアは、パテラに慣れているらしく、パテラにすり寄っていた。
「これで良し。もう乗って大丈夫だぜ」
汗びっしょりで、鞍を付け終わったことが告げられた。
「ありがとう、お礼はまた今度」
「ああ」
お店の庭に出て、パテラがお礼を言っていた。沙箜とカワンも軽く目礼しておく。
ヴォルネアは、横に立つと、とても高く感じた。台を使ってよじ登り、前の鞍に座る。軽く振動があり、後ろにカワンが座ったことか感じられた。
「行くぞ、沙箜」
「うん」
カワンが軽くヴォルネアのお腹を足で蹴ると、羽を風に揺らしながら走り出す。寒いかと思っていたが、ヴォルネアの体があるので、風が避け暖かかい。
そして、一歩一歩が速くなっていき、一気に空に舞い上がった。
次は、王に会います。