回復
「カワン、明日はもう、外に行っても良いでしょ?」
「沙箜、良いけど、もうちょっと落ち着け」
「無理だよ! この本読んだり、カワンの話を聞くうちに、外が早く見たくなっちゃたんだもん」
初めて会った日にカワンが待ってきた本は、この世界の仕組みについて書かれたものだった。
なぜ、地底にあるのに明るいのか。それはティエラとラフェイの間に、太陽のようなものがあるからだ。光は熱を帯、土から漏れでている。だから夜もあるし、季節もある。ティエラとは元いた地球の外側の世界のこと。ラフェイは地球の内側で今、砂箜がいる世界のことだ。
早く外を見たい。不思議な生き物にも会ってみたい。日が連なるにつれ、砂箜の気持ちは高まっていた。日が過ぎるにつれて、その思いは大きくなっていた。
「わかったよ……でも今日はもう寝ろ。明日は、朝早くから出発だ」
「やったぁ! ありがとう、カワン」
「ああ」
少年はそういうと、足をドアの方へ向けた。
人見知りなはずなのに、カワンとパテラにはなぜか、普通に話せた。ここ数日ですっかり打ち解け、今では家族のようになっている。
「あっ、そうそう、多分そのまま宿舎に入るから、荷物まとめておいてね。じゃあ、おやすみ」
カワンは思い出したように、付け加えると、ドアをピシャリと閉めてしまった。
沙箜は言われたように荷物をしまっていく。リュックの外に出していたのはノートとタオルだけだった。そして、前にいた世界の洋服をしまう。今着ているのは、パテラに貰ったこの国の服だ。ざらざらしている布だが、淡い水色で端に葉の刺繍がしてある。可愛い服だ。
ふと、さっきカワンが言っていた言葉が頭を過る。宿舎ということは何処かに出掛けるのではなく暮らすのだ。もしかして、東方学校は寄宿制なのだろうか?
沙箜は疑問に思いながら、いつの間にか眠りの世界へと入っていった。
「沙箜、起きて! 行くよ!」
突然布団の温もりが無くなった。手が布団を探し伸ばされるも、空を掴むのみ。
「今日は王宮に行くんだから! 早く起きて!」
ん? 今、王宮って言った?
「えっ! 行くの、王宮なんですか!?」
眠気が一気に吹っ飛んだ。そんなこと聞いていない。少女は飛び起きて、パテラを見る。
「おはよう、沙箜」
にっこり、微笑むパテラと目があった。
「おはようございます。って、それより、学校じゃなくて、王宮に行くなんて聞いてないですよ!」
「あら、今言ったもの」
「…………」
反論したのに、難なく言い換えされてしまった。
「ほら、早く仕度しなさい。謁見の機会、もう予約しているから、時間は厳守なの」
「……はい」
予約なんてあるんだ。もう、頭がついてこない。返事をするだけで精一杯だ。
「あっ、洋服、そこの籠に入っているから、サイズが合わなかったら言ってね」
籠の方を見るが、中身は布がかかっており見えなかった。
「じゃあ、また後で。リビングにいるから」
本当に、風のような人だ。伝えたいことだけ言うと、いなくなってしまった。
「は、はやいよ……。いなくなるの、早すぎるでしょ……」
沙箜の声は、空しく、部屋に響いていた。
「まぁ、着替えなきゃ」
とりあえず、着替えなければ。籠の上にかかっている、布をどけた。
「うわぁー!」
中身は今までとは違う、上質な洋服だった。布はさらさらしており、デザインは、シンプルなワンピースのようだ。この世界に来てから、初めてしっかりとした、洋服を見た気がする。何より襟の所や洋服の裾にある、小花や葉の刺繍が、とても、可愛い。
今まで着ていた服を脱ぎ、ワンピースを被る。そして、銀の縁取りのしてある紐を手に取った。
「紐は、さっきの服と同じで、腰の所で結ぶようでしょ? あっ! 革靴も入ってる! すごい! これにも刺繍がしてあるんだー!」
沙箜は、テンションがどんどん上がっていくのを感じた。そっと、革靴に足を入れる。靴下はない。裸足だ。
「サイズ、ピッタリだ! パテラさんすごい! それにこれ、すごく可愛い!」
「沙箜、入るぞ」
ドアの方を見ると、いつもより、しっかりした服装の、カワンが入ってくるところだった。
「カワンどう? この服と靴! 可愛いね!」
「ああ。っ! 沙箜、腰の紐早くつけろ」
紐? あっ……。忘れてた。さっきまで着ていた服じゃなくて、良かった。さっきまでの服で同じことしてたら、危ないところだった。
「もういいか?」
「うん」
律儀に後ろを向いて、待っていてくれたらしい。別に、横にも布があるんだから、見られてても平気なんだけどな。
「よし! 準備できたな。じゃあ、荷物持って、行くよ」
「はーい!」
リュックを掴み、カワンの後に続く。カワンの背にも、小さなリュックがかかっていた。
「ねえ、王宮に行くの? なんで? 学校に行くんじゃ、なかったっけ?」
「あのさ、沙箜、住民登録がないのに、学校に行けると思う?」
日本でも、住民票は必要だった。この世界でも、必要なものらしい。
「住民登録は、王宮で行うんだ。すぐに終わるから、そしたら、学校に行くよ」
なるほど。だから、王宮に行くのに、荷物が必要なのだ。
玄関に着くと、余所行きのひらひらした服を着た、パテラが微笑んで、待っていた。暗い色が、体の線を強調させ、美しい。
「あら、沙箜、良く似合っているじゃない。とても可愛いわ。これで、王宮に行っても、大丈夫ね」
「ありがとうございます。パテラさんもとても、綺麗です」
「ふふっ、ありがとう。王宮に行くの、久しぶりだから、少しおしゃれしちゃった! じゃあ、行きましょう。結構歩くわよ。ハイキング気分で行きましょ。楽しんでいれば、きっと、あっという間よ」
「はい!」
「ただの、王宮だろう? 外国に行くわけじゃないんだし、なんでそんなに、おしゃれする必要があるんだ?」
「あっ、そうそう、おなかすいたら食べる、お菓子も作ってきたの。後で食べましょう」
「はい! ありがとうございます!」
気持ちが浮いていた、女性たちには、ただ一人の、少年の声は届いてなかった。
「うわぁ! すごい! すごいです! 想像した通りの世界です!」
外の出ると、出迎えたのは、しっぽの長い、ウサギのような、動物だ。家の庭で、放し飼いされているらしい。パテラが家の鍵を閉めているのを背に二人は、しゃがんだ。
「カワン、この動物の名前何て言うの?」
「ラーロだよ。ティエラでの、ウサギに似てるよね。この子は、僕たちの家で飼っている、イル」
カワンが手を差し出すと、イルは、前足をのっけた。こうしてみると、犬にも似ている。
「撫でても平気?」
「もちろん、イルは人が好きだから、喜ぶよ」
沙箜は、そっと手を伸ばす。
「うわぁ、見た目と違って、さらさらしていて、ひんやりしてるね」
イルは、気持ちよさそうに、目を細めた。空気は温かいし、動物の体は、温かいイメージがあったから、驚いた。
そっと、周りの景色を見ると、やはり、世界が違った。太陽はないのに、明るく、ほんのり温かい。空にはパイプ、コルがいくつもあり、重なっていた。草原の中に、木や花がまだらに生え、遠くに大きな壁のようなものが見える。先程までいた家は大きな樹木をくり抜いたものだ。それにしては、とても、中は広かったが……。
「さあさ、王宮に行くわよ。イル、行ってくるね」
「じゃあな」
「バイバーイ」
キィ!
突然、イルが空を見上げた。黒い影が鳴き声を上げながら、頭上を横切る。大きな鳥だ。
「あの鳥は何ですか? 大きいですね」
「……あれは、王宮から飛んでいるの。きっと使者を送っているのね」
「母さん、今日行って大丈夫?」
「大丈夫よ。予約してあるし。情報を聞くためにも、足を運びましょう。それに、たぶん虹石関係だわ。私達に関係あるもの。なおさら行かなくちゃ。」
「そっか、虹石見つかるといいね」
二人の横顔は、なんだか暗かった。
次は、王宮へ