光のもとへ
ハァー。
放課後になると、留美は一番に教室を出ていった。多分、部活だろう。あんなに熱心になれるなんて、すごい。体操って、どんなスポーツなのかな? お昼休みはあまり時間がなく、話が聞けなかった。次は沢山話を聞こう。
沙箜は、一人で帰路につく。鈴帆ももちろん部活だ。「沙箜、また明日!」と言って、先程走って教室を出ていった。結局今日は、鈴帆に留美についてのお礼を直接言えなかった。明日の朝はお礼を言おう。
「次、停まります」
ボーと考えていたら、あっという間にバスは村の中に入っていた。村にはいる道は一本しかない。もっと沢山あればいいのにと、いつも思う。家の裏山方面に一つ道があれば、30分くらいで帰れるのに。あっ、でも裏山に道はいらない。自然の遊び場が狭くなっちゃう。
気がついたら、バスは家の近くまで来ていた。
「ありがとうございました」
定期を見せて、バスを降りる。生暖かい風が気持ち良い。そして、周りがとても明るい。
ふと山を見ると、光がまっすぐ上に向かって伸びていた。家の裏の山からだ。頂上近くから伸びている。この光は学校にいるときに発生したものだ。虹色に見えるこの光は、学校にいたときより濃く強く光っているように見える。周りを歩いている、近所の人々はいつもと同じ様子。ここでもやはり、光が見えているのは沙箜だけだった。早く山に行って光の出所の様子を見てこよう。少女は、帰路を急いだ。
「ただいま!」
「お帰り」
今の時間は、公優はまだ学校である。家に帰ると、母さんは台所に立っていた。
「母さん、何作ってるの?」
「よもぎクッキー。沙箜も手伝ってくれる?」
これから、山に行くのだ。手伝う時間はない。
「今日は予定があるから無理。また今度ね」
こないだも、このように言って断った気がする。まあ、いいか。
「そっかぁ、じゃあ、公優に全部食べられないように、できたら分けておくね」
「うん!」
母さんのよもぎクッキーはとても美味しい。だから、いつも取り合いだ。残してもらえるのはありがたい。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
制服から着替えて、靴とタオルを鞄の中に入れると、沙箜は山に向かった。
「あれ?」
山道は、いつも以上に静まり返っていて不気味。木々の風で揺れる音も、鳥たちのさえずり声も、動物たちの動く音も、何一つ聞こえない。聞こえるのは、少女の足音だけだ。
「何があったのかな」
こんなに静かだと、余計不安になってくる。気のせいだろうか? いや、やっぱり、いつもと違って、とても静かだ。早くテントへ行こう。広場までの道のりが、いつもより長く感じた。
「ミミ」
よかった、ここは何にも変わっていない。
ミミは、川の水を舐めているところだった。声をかけるとこちらを一目見て、駆け寄って来る。そしてジッと、少女を見上げた。これは、いつも通りおやつの要求だ。
「人参食べたいの?」
上目遣いで、一羽が見上げてきた。しばしの沈黙。
「これだけだよ、あとは休憩の時にね」
先に折れたのは、沙箜だった。畑から、人参を抜き取り、川でサッと洗い半分に折る。そして、ミミの前に置いた。本当にいつも通りの光景だ。
ミミが、いつも通りだったことに安心したが、光は出現し続けている。いつまであるのか? もしかして、ずっとこのままなのか?
意を決して少女は提案することにした。
「ねぇ、ミミ、今日の冒険はね、あの光の方へ行ってみようと思うの。ミミは見える? あの光は、なんなのかな? 気にならない? 他の人には見えていないんだよ」
クラスの皆は見えていなかったが、ミミは光が見えているらしく、あの光と言うと空を見上げた。やっと見える子発見。自然と顔が綻んでいく。
「だからね、あそこに行ってみようっ!」
少女が立ち上がると、ミミは光の方角へ足を歩ませた。賛成してくれたようだ。
「あっ、ミミちょっと待って」
テントから、荷物を持ってこなくては。
沙箜は、テントに駆け込み、リュックと、時計を持つ。ふと、外を見ると、ミミは止まって待っていてくれている。
急いで追いつき、少女は口を開いた。
「お待たせ、じゃあ、行こう!」
出発だ。
光の根元は、どのようになっているのだろう。気になる。そして、何があったのか、知りたい。気持ちは、冒険心で高まるばかりだ。
「あっ、そうだ! あのね、今日学校で新しい友達が出来たの。体操部なんだって。松永留美ちゃんっていうんだよ」
ミミに今日の学校の出来事を報告。ミミは少し前からこちらを振り返り、何かいいたそうにじっと見てきた。続きが聞きたいのだろうか?
「すごいんだよ。授業が終わったらまた話そうとしたのだけど、すぐに部活に行っちゃった。明日は、もっと話すんだ。あっ、もちろん、森に早く行きたいから、今まで通り早く帰るようにするよ。だから、いーっぱい遊ぼうね」
ミミは立ち止まり、こちらを向き、強く瞬きした。納得してくれたみたいだ。ミミは話せないが、こちらの言葉を、しっかり理解してくれる。あぁ、ミミと話してみたい。話せたら、面白いだろうな。
「あそこかな?」
静かな森を歩いていくと、石の壁に突き当たった。以前はこんなものはなかった。いつ、出来たのだろうか? 人は、この森に入っていないはずだ。入り口は、家の裏しか無いのだから。まぁ、考えても仕方が無い。とりあえずは、光だ。光はこの壁の向こう側から延びている。木に登れば、越えられそうな壁だ。ちょうど、壁の近くに、壁を越えやすい位置に枝がある、木があった。
「ミミ、おいで」
少女がリュックを広げしゃがむと、ミミは心得たようにリュックに潜り込んだ。木に上ったら朝と同じだ。少し壁より高く登ると、木からぶら下がり、手を少しずつ移動させながら石の壁に足をかける。上は思ったより幅がありしっかり立つことができた。風が体を吹き付ける。
「うわぁー。ミミ、ここだよ。あったよ、根元。早く行こう」
光の根元発見。奥にまた石の壁、ごつごつとした壁があり、その真前のところ、そこから光がでているようだ。
「とぉーっ!」
強く前へ蹴って着地。壁の向こうは、なんと、雑草の広場だった。小さな花も所々に咲いている。
着地の衝撃で、ジーンと足に負担がかかる。
「いったーぃ」
足がジンジンする。高いところから飛び降りた上に、ミミの体重が加わったからだ。そういえば、ミミを背負ってこの高さから飛び降りたのは初めてだ。
ミミは大丈夫だろうか。リュックを前に背負い直し、中を覗くミミは、リュックの中で小さく丸まっていた。反動が少し大きかったのだろう。小さく震えている。
「ごめん、ミミ、大丈夫?」
リュックをそっと下ろし、ミミを撫でる。すると安心したのか、徐々に震えが治まり、終には、リュックから出てきた。そして、周りを一度見渡すと、突然迷わず光の根元へ駆けていく。
「えっ……」
さっきまで震えていたとは思えない。
「……っ! ちょっと待ってよー、ミミ!」
少女はリュックを背負い、急いでミミの後を追った。
さすが、兎。速い速い。距離がすぐに離されていく。ミミは、目的地にたどり着くと、その周りを駆け回った。
「はぁ、はぁっ、ミミ、速いよぉ」
息切れしながらたどり着くと、ミミは止まり、少女を見上げた。何だかとても嬉しそうだ。反対に少女は、とても疲れた様子だった。
しかし。
「うわぁー。すごい! ミミ、これどうなっているのかな?」
光の根元を見たとたん、少女の疲れは吹き飛んだ。
石のずれた隙間から、光は出ていた。石には、不思議な文字が描かれており、七色のインクで、丸や三角などを組み込んだ、おかしな図も書いてある。そして、何より全く汚れていなかった。こんな草むらの中に在るのだから、土が付いていて、少し茶色っぽくなって、ざらざらしている。それが、普通ではないのか。
「あっ……」
少し触れただけで、大きく動いてしまった。もちろん、光も強く、太い柱のようになる。戻さなければ!
「っ! ミミ!」
ミミが突然光の中に、足を踏み出した。そして。
「えっ! ミミ!」
足が光に触れたとたん、ミミが消えた。
「ミミ! ミミ! あっ……」
勢いよく立ち上がったとたん、文字の書いてある石に躓いた。もちろん、顔は光に突っ込み……。
沙箜の目の前は、真っ白になった。
次は、異世界です。