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地底に存在する世界    作者: 風鳥 紀乃
日常
4/22

学校への道

 トン、トントン!


 ……ん? なんの音だろう?


 トントン、トン!


 沙箜は目を徐々に開けた。

 目の前には、何か白い固まりが視界を覆っている。

 ピントが合ってくると、ミミが顔の前に身を乗り出していた。ピタリと目が合う。ミミは、(しき)りに時計と少女を見ていた。

 沙箜は、まだ寝ぼけて重い腕を持ち上げて時計を見る。


「あぁ――!! ミミどうしよう? 取り敢えず急がなきゃ! それから、間に合うかな? 間に合うよね?」


 少女の顔は、血の気が一気に引き、青くなっていた。母さんが部屋に来る。普通に歩いたら間に合わない。


 「ミミ、行くよ」


 荷物をリュックに詰め、ミミを最後に入れてあげる。そして樹を下っていく。急ぎたいが樹の上は油断してはいけない。慎重に降りていく。

 地面に足が着いた。走る。急ぐ。山を駆け降りる。山は確実に朝が来て、鳥が歌を奏でていた。風は、少女を急き立てるように、すぐそこを駆け抜けていく。

 なだらかな道ではない、山道は走りづらい。石や樹の根に(つまず)いてしまう。

幸い転ぶことなく、無事テントに戻ることが出来た。


「ミミ、また夕方来るね」


 ミミをリュックから出し川で手を洗うと、また走る。蹴ることで体が浮く感覚が楽しくなってきた。リズムよく降りていく。 転ばないように降りていく。

 家が見えた。あと少しだ。

 家を出たときと逆の手順で、木を登り、窓に体を滑り込ませる。暖かい空気が体を包む。体の強張りが解けていく。


「ふぁ~。あったかーい」


窓を閉めると、朝の冷気は遮断された。


「さく~! 遅刻しちゃうわよ! 早く降りてきなさ~い!」

「うん! 今行く」


ギリギリセーフ。

あと少し遅かったら、母さんが部屋にくるところだった。足下を見ると靴を履いている。そのせいで床は泥と砂で汚れていた。


「まずは、靴を隠して……」


袋に靴を入れ、机の裏に隠す。棚からタオルを取って、床を拭く。このタオルは放課後に、山の川で洗う予定だ。ビニール袋に、入れておく。ウェットティッシュで手を拭うと、制服に着替えドアを開けた。


「うわぁ! 光優!」

「お、お姉ちゃんっ! おはよう」


内側に開くドアを開けるとドアをノックする格好で、光優が固まっていた。クリッと大きな目が可愛いとご近所さんにも評判である。


「おはよう。ごめんね、呼びに来てくれたの? ありがとう」

「うん! あと……、お姉ちゃんおそいから……母さんおこってる」


瞼に怒っている姿が想像できる。冷や汗が浮かんできた。


「は、早く行こっか!」

「うん!」


二人で階段を駆け降りる。

徐々に味噌汁の良い香りが漂ってきた。朝の森へ行ったから、お腹は空腹を訴えている。


「沙箜、おはよう。ちょっとご飯運ぶの手伝ってくれない?」


母さんの目が笑ってない。


「おはよう。わ、わかりました」


これ以上怒らせないよう、俊敏に動いていく。


「このサラダも、もう運んじゃって平気ですか?」

「うん。あと、それ運んだら箸も並べて」

「はい。分かりました」


 公優は席について、テレビを見ている。ちょうど朝のアニメの時間らしく、オープニングテーマを歌っているのが聞こえてきた。そんなのんきな様子が、何だか羨ましい。

 父さんは既に仕事に行き、祖母はまだ寝ている。だから、朝食の用意は、三人分だ。

 最後に箸を並べて準備万端。

 母さんの顔を窺うと冷たい目は、既に和らいでいた。心を撫で下ろす。


『いただきます』


 席に座って食事開始。テレビは既に、公優の手によって電源を消されていた。

 朝取れ立ての野菜はみずみずしく美味しい。庭で取れた自家野菜だ。お米も、村で取れたもので、噛み応えがありとても美味しい。


「母さん、この味噌汁の魚、また父さんが釣ってきたやつ?」


 父さんは、よく魚を川で釣ってくる。


「うん、この前の土曜日に釣ってきた魚を冷凍しておいたの」


 まだ残っていたとは。結構ここ最近、沢山食べていたから昨日の夕食のから揚げで終わりかと思っていた。魚は美味しいが、どれだけの量を釣ってきたのだろう? 今度、聞いてみよう。

 

「もっと味噌汁ある?」

「こうゆうも食べたい!!」

「ごめん。もうないよ、これで最後」

「そっかー」

「えーっ!」


 美味しい朝食はすぐになくなり、それに比例してお腹は満たされていった。


「ごちそうさまでした」


 母さんと公優より一足先に席を立ち、動き始める。

 高校に行くには隣町まで行かなければならない。山を越えるのでバスで片道およそ一時間かかるのだ。当然、村内に在る中学校に通う公優よりも早い時間に家を出ることになる。 髪を整えなおし身支度をしていく。


ピーンポーン!!


「おはようございます、沙箜を迎えに来ました」


 いつも通り、チャイムを鳴らした後は勝手にドアを開ける少年、鈴穂りんほが迎えに来た。鈴穂は沙箜の幼なじみで近所に住んでいる。ただ一人のこの村に住む同級生だ。


「鈴穂! おはよう! ちょっとまってて。もうすぐ支度終わるから」

「おう、いつものことだろう」


 そう言うと、鈴穂は慣れた様子で、玄関に座り込んだ。母さんは、ちょっと挨拶を交わして、すぐにリビングに戻っていく。


「おまたせ! 行こう! バスもうすぐ来るよね?」

「うん、今日も走ることになりそうだ」

「ごめん……」

 毎朝のように朝はランニングをしてバス停まで行く。乗り遅れたことは、さいわいにも一度もない。


『行ってきます!!』


 少年にとって、幼い頃から、家と同様に過ごしているここは、第二の家だ。二人で、忍霧家を後ろに一歩踏み出した。


「沙箜、今日も朝に図書室行くのか? 俺も行く?」

「もちろん、返却する本があるから、行くよ。けど、鈴穂は来なくて平気。だって、朝はサッカーの練習したいでしょ?」

「う、うん。じゃあ、今日は別行動だな……」


 バスの中で、鈴穂が切り出した話は、朝の行動について。いつもは、一緒に図書室に行くが、ここ最近気温が上がってくるにつれ、サッカーをしたそうにグラウンドを眺めているのだ。さすがに自分だけ、好き勝手に行動するわけにはいかない。朝の気持ちのいい時間、思う存分サッカーの練習をさせてあげたい。一人でいるのは寂しいが、本を見るとその気持ちもまぎらわすことができる。せっかく、二人きりになれる朝の時間、今日から短くなるのか。


 ハァ~ア。


「どうした? 何かあったか?」

「ううん、なんでもない」


 会う時間が短くなるのが嫌だ! なんて、鈴穂に言えるがわけない。我慢するしかないのだ。放課後は、鈴穂が部活をやっているので必然的に別行動となる。


 ハァ~。


 窓の外を眺めると、バスはいつの間にか山を越えていたらしい。小さな山の奥にビックツリーの頭が見える。


「次は~路栄じえい高校前~、路栄高校前でございます。お降りの方はお忘れ物のないよう、よろしくお願い致します」


 高校はすぐそこだ。葉になってきた桜の花びらが窓の外で散る。


「沙箜、行くぞ」

「あっ、待って」


 ボーっとしていたら、バスはもう止まっていた。

 急いでリュックを背中に背負い、定期券を出す。


「すみません、いつも……。ありがとうございました」


 小走りで前の扉に行き、運転手さんに定期券を見せ、階段を降りる。


「いえいえ、勉強頑張ってください」


 後ろから声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、運転手さんは微笑み、ドアを閉め、そのまま走り去っていった。


「大丈夫か? 今日、疲れてるようだけど、何かあった?」

「えっ! そんなに、疲れているように見える?」


 思わず、顔を触ってしまう。


「小さい頃からの付き合いをなめるなよ」

「昨日、楽しみすぎて眠れなかったからかな……」


 あとたぶん、今朝山に行ったからだ。


「何か今日、あるのか?」

「うーん……、ひみつ」

「そっか……」


 いくら鈴穂でも秘密は秘密。今は。

 そのうち山に行っていることは、教えても良いかなと思っている。けれど、まだ、言いたくはない。

 こういう時、しつこく聞いてこないのが少年の良い所だ。


「じゃあ、後でね」

「うん」


 グランドで、既に友達がサッカーをしていたようで、昇降口のところで鈴穂と別れた。


 さぁ、読書の時間だ。


次は、学校での出来事です。

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