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地底に存在する世界    作者: 風鳥 紀乃
日常
3/22

朝の山へ

 家がどんどん離れていく。もうすぐ山の入り口だ。足に力を込め前へ、前へと蹴っていく。ここで見つかったらだめだ。


「とぉッ!」


 最後の一歩。片足を樹の影に入れる。体も反転し、樹の影に滑り込ませた。


 ハァ、ハァ……。……ッ、ハァ、ハァ……。


 ここまで来れば、大丈夫だろう。家からは見ることはできない。……と、思う。

 走っている時は平気だったのに、止まった途端に息が上がってしまった。しばらく走っていなかったからだろうか。ゆっくり息を落ち着かせた。


 山に居られる時間は限られている。早く基地に行ってミミと(たわむ)れたい。それに、今朝は久しぶりにビックツリーに行きたいの。だから、急がなくては。

 沙箜は獣道を登っていく。ここ何年かは、自分以外にこの山に入った人は居ないのだろう。人の入った形跡はないし、山に入る登山口も見つからなかった。過去には、人が入って居たみたいだが……。


「あぅっっ!」


 思わず、大きく一歩だす。

 びっくりした。良かったー。ぎりぎり転ばずに済んだ。

 樹の根が飛び出ていた。葉ならハサミで切れるが根はさすがになにもできない。注意あるのみだ。

 しっかり舗装された道があればいいのにと、いつも思う。たまに樹の根が獣道に出ていたり、葉が横から道を塞いでいたりする。登山道が在ればもっと早く基地まで行けるのに。残念だ。

 なぜ、この山には誰も登らないのか? それは、およそ七十年前に遡る。


 その頃、山で行方不明者が出たらしい。祖母の姉だ。村で捜索隊が発足され村中、(くま)無く捜した。しかし、最後に目撃されたのが山の入り口という事しか解らなかった。さらに一時期は、神隠し騒動となった。

 当然、山に入ってはいけない。と、子供たちは親に言われる。そして祖母は誕生日前日に姉が居なくなったこともあり、山恐怖症となった。それからは、山に一度も入っていないらしい。

 今でも山に対する意識は危険そのものと、なっている。だから山に来ている事が見つかったら、次は今まででないほど怒られるだろう。

 以前一度だけ見つかったことがあるが、その時は一回目ということで注意だけだった。顔は笑っているけど目が笑っていなくて、幼い少女は顔が真っ青になっものだ。もう、あの顔は見たくない。

 それでもまだ、裏山が家の土地なのは、祖母がまだいつか姉が帰って来ると信じているからなのか? それは、誰にも分からない。


 川に突き当たった。もうすぐ、基地だ。

 朝露が足首にひんやり触れる。少しくすぐったい。そんな中、地面を一歩一歩踏みしめていく。つい最近まで茶色だった木々はいつの間にか青々としている。季節は夏に近づいていた。


「……ぁっ!」


 突然、光が目の前に広がる。予想以上の明るさに目が眩んだ。思わず、手で日光を遮る。いつの間にか日が昇っていたらしい。

 光に馴れてくると見慣れた景色が現れた。

 ちょっとした、小さな空き地には中央に皮でできたテントが存在している。いつ見ても誰が建てたのか気になる代物だ。

 沙箜は其処(そこ)を拠点としていた。


「ミミ、おはよう」


 一羽の野兎、子兎が低木の間から出てきた。 そして、少女がいるのに気づいた。少女に向かって直進。嬉しそうに向かって来る。犬だったら尻尾を振っていそうだ。とても可愛い。少女にとって自慢の兎である。


 ミミとは、ここの広場を見つけた時に出会った。ミミは、足を怪我していて、テントの隅に(うずくま)っていた。その後、仲良くなって今に至る。この子の親は見たことが無い。


 沙箜は、ミミを思う存分撫でまわす。


 そういえば、ミミは見つけた時より少ししか大きさが変わっていない。もしかしたら、そんな種類があるのだろうか? まあ、元気そうだから病気ということはないだろう。

 ご飯は、一年を通してテントの畑で勝手になる人参やキャベツを食べている。以前いたであろう、テントの持ち主が植えつけたらしい。日記に記してあった。


「よし!」


 気がすむまで子兎を撫でまわした後は、川に向かわなければ。木から降りたときの、泥がまだ足に付いている。

 テントの入り口から手を伸ばし、入り口の近くにあるタオルを掴む。そして、近くにある川の大石に腰掛けた。


 パシャ、パシャ。


 手で水をかけていく。冷たい水は、直接足をつけるには冷た過ぎた。少しずつ手でかけていく。乾いた泥は、水に濡れるとすぐに落ちていった。

 フワフワとしたタオルで足を拭くと、やっと靴が履けた。ひんやりとした地面の感覚が消え、靴の暖かさが実感される。


 身体の準備も出来たし、冒険だ。


「ミミ、ちょっと待ってて」


 テントの中に入って行く支度をする。タオルを紐に干して、まずは時計を……。


「あれ? ここに、置いておいたはずなのに……。ない…。どこ? ……どうしよう……」


 思わず、ミミに目で助けを求める。


 ……仕方がないなぁ。


 そう、言っているような気がした。

 渋々と動いてくれる。


「ごめん、ありがとう」


 一人と一匹、いや、二人で時計を探す。机の上にないなら、棚の上は?


 ……ない。


 床の上には落ちてないし……。


 ……トン!


 ?


 トン! トン!


「うぁ~、よかった~! ありがとう、ミミ」


 ミミの発する合図の音に顔を向ける。するとミミは腕時計をくわえていた。どうやら、机の横の籠に入っていたらしい。そういえば、昨日地震があった。その時に机から落ちたのだろう。


 この腕時計は、隣街で売られているものとは違う。手首に本体を着けると風みたいなものが手首を一周する。すると普通にしていれば手から離れなくなる。また、外したいときは心で離れろ!  と念じ本体をを引っ張ると外れる。

 不思議な時計だ。テントを見つけた時机の上に手紙と共に置いてあった。前の持ち主からのプレゼントらしい。森をモチーフとしているそれは、少女のお気に入りだ。


 早速、装備する。


「あっ!」


 気づいたら時間があと一時間と少し! 早く出発しよう。


「ミミ、行こう」


 鞄を背負うと、テントを出る。

 遮断されていた音が一気に耳に流れ込んできた。同時にミミも、テントから出てくる。

出発だ。


 ビックツリーは、沙箜の一番好きな場所だ。

この山の中でも一番の大樹で、上からの景色は最高。特にまだ寒いこの時期、朝の空気が澄んでいる時間は遠方まで見渡せる。少女が通っている学校も見えるのだ。

 その場所へ二人は、向かっていく。木についている保護色の布。それを辿たどって。



「着いた~」


 そう言いながら、少女は樹に付いているロープに足を掛ける。ミミはリュックのポケットに顔を出して入っている。

 時間で言えば、たった十分の道のり。しかし、ここは山だ。体力が奪われていく。その疲れもあと少しで癒される。

 樹の上だ。

 風が通り、汗が冷え疲れを忘れられる。

 足は久しぶりの山登りで、腕は今登っている樹のお蔭で重くなっている。早く休憩したい。スピードを上げていく。


 そして、体を木の集まる地点に滑り込ませた。

 必然的に下を見ることに……。


「っ!」


 あまりの高さに、脳がしばし拒絶。だが、景色に目がいったとたん恐怖心は消えていた。

 朝日に照らされた山の麓は、黄金の光を発している。とある木からは鳥が一斉に飛び立ち、村からは鶏の声が聞こえてくる。去年、いつも見ていた景色が今ここにある。そして、後ろを向くと隣町の電車や大量の車が見えた。田舎と都会の様子がこうも派っきり分かるとは面白い。やはり、朝の時間は好きだ。

 少女は、リュックからまだ新しいノートを取り出すと、その美しい景色を記入していく。空の色のグラレーションは、鉛筆の明暗で表す。絵の具が無いのが残念だ。

 ミミはいつの間にかリュックから出ていた。日に当たって眠っているようだ。

 まあ、すぐに起きるだろう。いつもの事だし。少女は描き続けることにした。あと半分くらい時間がかかるだろうし、その間は寝かせてあげよう。



「できた! ミミ、これでどうかな?」


 顔を向けた先で、ミミは気持ち良さそうに寝ていた。いや、爆睡していた。兎も爆睡することが判明する。


「ミミ、気持ち良さそう」


 なんか、ミミを見ていたら眠くなってきた。時計を見る限り、まだ時間はある。

 木に寄りかかって目を(つむ)る。風の音がちょうど良い子守り歌を紡ぎ、陽の光が心地よい掛け布団となっていた。

 時間はゆっくり流れていく。

ここまで、読んでいただきありがとうございます。

次は、学校です。



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