王に謁見
空の眺めは、気持ちよかった。一気に空に駆け上がったあとは、振動が感じられず、空を切っていく。
空からは、人で賑わう市場や、門の向こうには山々が並んでいた。そして王宮は、都の一番奥にある石壁の中。壁を越えると、まず目に入ったのは芝生。大きな建物は植物に紛れている。まるで秘密基地のようだ。一気に下降すると、体格に似合わずヴォルネアは、羽毛のように着地した。
先に降りていたパテラの手を借り、沙箜は、広い芝生の宮庭にそっと降り立つ。
風で髪が舞い上がるなか、飛び降りたカワンが、口を開いた。
「沙箜ようこそ王宮へ」
「空の旅はどうだったぁ?」
「楽しかったです」
嘘ではないはない。楽しかった。また、二人には言えないけど、同じくらい高いところが怖かった。乗っていた黄色い羽のヴォルネアには、ばれていそうだったが、大丈夫。ヴォルネアに言葉は話せない。けど、そんな呆れた目はしないでほしい。横目で見えてるから!
「風が気持ちよくて、上から見ると、都の様子がよく分かりました。あの通りを、歩いてみたいです。帰りに見れますよね!」
「あ――沙箜、学校に行くから今日は見れない。また今度な」
笑うと、カワンに目を逸らされた。こんなにあっさりと、断られるとは。
「え……」
心の風船がしぼんでいく。
「そう……ですか……」
はあ、行きたかった。
「まあまあ、またこっちに来たときに、行けばいいよ。学校も休みがあるんだし」
「パテラさん……!」
「ああそうだな、今は行けなくても、また来るときに行けばいいさ」
「カワンも……。分かった、また今度ね」
行きたいけれど、仕方がない。まずは王に会う。そして、学校だ。この世界を、知らなければならない。
頭を振って、意識を切り替える。
「ここ、王宮の庭だよね? どこから中に入るの?」
「もう少ししたら、迎えが来るはずだ。着く時間は報せてある」
王宮は目の前にあるけど、見た限り、入り口はない。一階であろう所にも窓はついていない。窓があるのは二階くらいの所からだ。
「入り口は?」
「あそこ。使用人の人しか許可証を持てないのよ。私たちにくらい、許可証だしてもいいと思うのに」
パテラが指した方は、王宮のバルコニーの真下だ。けれど、そこには入口らしきものはない。
突然、バルコニーの下の辺りが眩しくなって、男の人が現れた。迎えの人だろうか? 薄茶色の髪に、優しそうな顔つきをしていた。
そして、こちらに歩いてくる。パテラたちも、男の人の近くへ向かった。
「あら、久しぶりね。元気にしてた?」
「は、はい。母の容態も落ち着いたため、王都に帰って参りました。パテラ様もお元気で何よりです」
パテラと迎えに来た人は、とても親しげだ。どんどん、話が進んでいく。
「あぁ、そうそう、この子は沙箜というのよ。私たちの親戚」
「沙箜様ですか。お初にお目にかかります。わたくしは王宮に仕えております、アントと申します。分からないことがございましたら、なんでもお申し付け下さい」
優しそうな笑顔で挨拶されたので、カワンの陰から、会釈をした。
「さぁ、案内頼んだよ。私じゃ、ここの転移円は使えないから」
「では、参りましょう。転移円に乗って大丈夫です」
今回はみんな一斉に転移ができるようだ。転移円は、近くまで行くと形が分かった。門まで移動した時より、大きい。そして、もうすでに青く光を放っている。カワンもパテラも同時に転移円に乗った。沙箜もあとに続く。
「いきます。転移!」
青い光が転移円を覆い、目の前の景色が変わる。いや、高さが変わった。
さっき見えていたバルコニー、この建物二階に当たる部分に立っていた。高いからか、風が少し強い。下にいる時は、木に邪魔をされ、都の様子が見れなかった。しかし、二階からは、少し見える。また今度来た時に、通りを歩けるって言っていたけれど、次来れるのは、いつなんだろう?
「どうぞ、こちらへ」
アントが扉が開き、冷たい空気が吹き付けてきた。
ランプが等間隔で灯り、壁には細かい模様が描かれている。そして、そのなかに歩を進めていく。階段を上がり、いくつもの扉を通りすぎて、一際大きな扉が現れた。
「こちらの中で、王がお待ちです。私が、部屋から出てきて、合図をいたしましたら、真っ直ぐに歩いてください。そして、王に挨拶をしたら、謁見の開始です。王は人払いをするでしょうから、私的な話も可能だと思います」
「は、はい、ありがとうございます」
沙箜が分からないだろうと、説明してくれたらしい。だけど、私的な話ってすることは、ないと思う。ただ、学校に行くために、住民登録するだけだし。
「沙箜、大丈夫か?」
「う、うん」
緊張してきた。
お城だから、すごいところだと覚悟はしていた。それでも、時間がたつにつれ、緊張はしてくる。
廊下を歩いていると、何人もの仕えている人とすれ違った。どの人も、姿勢や所作がきれいで、沙箜とは比べ物にならない。パテラとカワンも家とは違っていて、お城に合わせた態度をとっている。なのに、こんなただ少女の沙箜が、謁見しても大丈夫なのだろうか。大丈夫だと思う。大丈夫だと思いたい。きっとなんとかなる。
考えている間も時間は止まらない。ドアはノックされ、一緒にいたお城の人が、なかに入っていく。
「失礼します! パテラ様、カワン様、沙箜様が参りました! っ……? お、……お通ししてよろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです」
「分かりました」
聞こえてきた声は想像より若かった。いや、幼かった。子供の声だ。
横では、パテラが深いため息を吐いている。
「皆様、どうぞこちらへ」
案内してくれた人が、苦笑いで中に入れてくれた。
パテラが入り、カワンが入る。そして、沙箜も、後に続いて足を踏み入れた。
「みなさん、こんにちは。沙箜さんは、元気そうで何よりです。最後に見たときは、意識がなかったので、安心しました」
中にいたのは、三歳くらいの男の子だった。この子が王様だろうか?
「どうぞ、おかけになってお待ちください」
「はい。分かりました」
カワンが答えている間にも、なんか、パテラの目がいつもと違って怖くなっていく。
なんで?
「あっ……」
「さ、さくう、待って」
挨拶だ。挨拶するの、忘れていた。
気持ち急いで、男の子の前に跪いた。カワンが何か言った気がするが、気のせいだろう。
「お、お初にお目にかかります、沙箜と申します。先日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい、失礼しました。本日の謁見を許可して下さり、ありがとうございます」
言えた。噛まずに最後まで言えた。
「か、顔を上げてください」
挨拶は終わったのだ。パテラさんの、怖い顔は無いだろう。少女は顔を上げた。
目の前には、戸惑った顔の男の子が立っている。
「沙箜、ルイスは王様じゃないよ。この国の第二皇子だ」
「え……」
カワンを見ると、口元が緩んでいた。せっかく、上手く挨拶ができたのに、王じゃなかったなんて。パテラは、呆れた顔をして、口を開いた。
「ルイス、人払いを頼みます」
パテラに、怒られるだろうか?
「はい。アント人払いをお願いします」
あぁ! 過去に戻って、挨拶するのを止めたい!
「はい。分かりました」
アントは、顔を歪めながら、急ぎ足で部屋を出ていく。
バタンとドアの閉まる音が響いた。
同時に、パテラが大きなため息をつく。
「沙箜、こんな小さな子が、王様なわけないでしょう? まだ、たったの三歳よ。まったくもう、ルイスに留守を任せるなんて。あの人は、いったいどこに行ったの?」
「す、すみません、父上がいつも」
はぁ。
パテラとカワンは、同時にため息を吐いていた。どうやら、パテラが起こっていたのは、沙箜にじゃなかったようだ。
「王子のルイスが謝ることはないよ。悪いのは、あの人なんだから」
「はい……」
それにしても、ルイスずいぶんしっかりしているように見える。三歳とは思えない。
「今日は、ルイス一人なの?」
「はい、パテラさん。姉上は、学校から帰ってきていないので」
「そっか、ルディア、部活もやっていたからな」
「はい」
「カワン達も学校に行ってしまうのですよね。せっかく会えたのに」
ルイスは、一人で残っているのは、寂しいのだろう。顔が少し陰った。
「また、すぐ来るよ、休みもあるし」
「私でよければ、会いに来るよ。遊び相手にはならなくても、話し相手にはなるからさ」
「はい! お願いします」
うつむいた顔はすぐに前を向き、笑顔になった。笑うと年相応にとても可愛い。
「あの、沙箜さんもどうぞ、お掛けください」
「は、はい」
ルイスに勧められ横を見ると、いつの間にか、カワンとパテラの二人は座ってくつろいでいた。
さすがお城! 椅子がふわふわしている。どこまでも、沈んでいけそうだ。
「すごく、柔らかいでしょ? これは、おばあ様が特別に、注文して下さったのです」
ルイスが、沙箜の様子に気づいて言った。綿ではない、バネでもない。しかし、とてもふわふわしている。
「はい」
自然と顔がほころんでいく。ルイスは、明るく、とてもいい子だ。まだ幼いから、そんなに緊張しない。
「沙箜さんと、会えてうれしいです。カワンから話を聞いて、ずっと会いたいと思っていたのですよ」
「そうなんですか! ありがとうございます」
気持ちがだんだん、高まっていく。
「二人とも、静かに!」
カワンが、突然真剣な顔で、扉の方を見た。
一瞬、静かな空気が降り立つ。
「ねえ、母さん、なんか外バタバタしていない? 不審者?」
さっと、空気が凍った。王宮でも、そういうことが起こるのだろうか。
「いや、不審者じゃない。安心して大丈夫だよ。あの人が来たのよ」
「そうか、良かったぁ」
全員がホッとし、場が暖かくなってきた頃、ノックの音が聞こえ、アントが入ってきた。
「失礼します。ルイス様、国王様が参りました。お通し致します」
「はい」
先ほどまでの、柔らかな空気が引き締まり、みんなが一斉にその場で跪く。
突然、すぐそばから、カワンの小さな声が聞こえた。
「沙箜、今度は挨拶して大丈夫だ。自信を持てよ」
カワンの方を向くと、カワンはこちらを見て、頷いた。
「王様、こちらへどうぞ」
「うむ」
堂々とした声がした後、すぐに、マントを引きずり歩いてくる音がした。
王様だ。
そして、沙箜の前で足元を止めた。これは、挨拶をするタイミングのはずだ。
「お初にお目にかかります、沙箜と申します。先日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい、失礼しました。本日の謁見を許可して下さり、ありがとうございます」
「顔を上げよ」
よかった、挨拶をすることは、正解だったようだ。
沙箜は、ゆっくり、顔を上げ王を見上げた。
次は、本物の王とお話しします。




