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地底に存在する世界    作者: 風鳥 紀乃
地底世界
10/23

王に謁見

 空の眺めは、気持ちよかった。一気に空に駆け上がったあとは、振動が感じられず、空を切っていく。

空からは、人で賑わう市場や、門の向こうには山々が並んでいた。そして王宮は、都の一番奥にある石壁の中。壁を越えると、まず目に入ったのは芝生。大きな建物は植物に紛れている。まるで秘密基地のようだ。一気に下降すると、体格に似合わずヴォルネアは、羽毛のように着地した。

 先に降りていたパテラの手を借り、沙箜は、広い芝生の宮庭にそっと降り立つ。

 風で髪が舞い上がるなか、飛び降りたカワンが、口を開いた。


「沙箜ようこそ王宮へ」

「空の旅はどうだったぁ?」

「楽しかったです」


 嘘ではないはない。楽しかった。また、二人には言えないけど、同じくらい高いところが怖かった。乗っていた黄色い羽のヴォルネアには、ばれていそうだったが、大丈夫。ヴォルネアに言葉は話せない。けど、そんな呆れた目はしないでほしい。横目で見えてるから!


「風が気持ちよくて、上から見ると、都の様子がよく分かりました。あの通りを、歩いてみたいです。帰りに見れますよね!」

「あ――沙箜、学校に行くから今日は見れない。また今度な」


 笑うと、カワンに目を逸らされた。こんなにあっさりと、断られるとは。


「え……」


 心の風船がしぼんでいく。


「そう……ですか……」


 はあ、行きたかった。


「まあまあ、またこっちに来たときに、行けばいいよ。学校も休みがあるんだし」

「パテラさん……!」

「ああそうだな、今は行けなくても、また来るときに行けばいいさ」

「カワンも……。分かった、また今度ね」


 行きたいけれど、仕方がない。まずは王に会う。そして、学校だ。この世界を、知らなければならない。

 頭を振って、意識を切り替える。


「ここ、王宮の庭だよね? どこから中に入るの?」

「もう少ししたら、迎えが来るはずだ。着く時間は報せてある」


 王宮は目の前にあるけど、見た限り、入り口はない。一階であろう所にも窓はついていない。窓があるのは二階くらいの所からだ。


「入り口は?」

「あそこ。使用人の人しか許可証を持てないのよ。私たちにくらい、許可証だしてもいいと思うのに」


 パテラが指した方は、王宮のバルコニーの真下だ。けれど、そこには入口らしきものはない。

 突然、バルコニーの下の辺りが眩しくなって、男の人が現れた。迎えの人だろうか? 薄茶色の髪に、優しそうな顔つきをしていた。

 そして、こちらに歩いてくる。パテラたちも、男の人の近くへ向かった。


「あら、久しぶりね。元気にしてた?」

「は、はい。母の容態も落ち着いたため、王都に帰って参りました。パテラ様もお元気で何よりです」


 パテラと迎えに来た人は、とても親しげだ。どんどん、話が進んでいく。


「あぁ、そうそう、この子は沙箜というのよ。私たちの親戚」

「沙箜様ですか。お初にお目にかかります。わたくしは王宮に仕えております、アントと申します。分からないことがございましたら、なんでもお申し付け下さい」 


 優しそうな笑顔で挨拶されたので、カワンの陰から、会釈をした。


「さぁ、案内頼んだよ。私じゃ、ここの転移円は使えないから」

「では、参りましょう。転移円に乗って大丈夫です」


 今回はみんな一斉に転移ができるようだ。転移円は、近くまで行くと形が分かった。門まで移動した時より、大きい。そして、もうすでに青く光を放っている。カワンもパテラも同時に転移円に乗った。沙箜もあとに続く。


「いきます。転移!」


 青い光が転移円を覆い、目の前の景色が変わる。いや、高さが変わった。

 さっき見えていたバルコニー、この建物二階に当たる部分に立っていた。高いからか、風が少し強い。下にいる時は、木に邪魔をされ、都の様子が見れなかった。しかし、二階からは、少し見える。また今度来た時に、通りを歩けるって言っていたけれど、次来れるのは、いつなんだろう?


「どうぞ、こちらへ」


 アントが扉が開き、冷たい空気が吹き付けてきた。

 ランプが等間隔で灯り、壁には細かい模様が描かれている。そして、そのなかに歩を進めていく。階段を上がり、いくつもの扉を通りすぎて、一際大きな扉が現れた。


「こちらの中で、王がお待ちです。私が、部屋から出てきて、合図をいたしましたら、真っ直ぐに歩いてください。そして、王に挨拶をしたら、謁見の開始です。王は人払いをするでしょうから、私的な話も可能だと思います」

「は、はい、ありがとうございます」


 沙箜が分からないだろうと、説明してくれたらしい。だけど、私的な話ってすることは、ないと思う。ただ、学校に行くために、住民登録するだけだし。


「沙箜、大丈夫か?」

「う、うん」


 緊張してきた。

 お城だから、すごいところだと覚悟はしていた。それでも、時間がたつにつれ、緊張はしてくる。

 廊下を歩いていると、何人もの仕えている人とすれ違った。どの人も、姿勢や所作がきれいで、沙箜とは比べ物にならない。パテラとカワンも家とは違っていて、お城に合わせた態度をとっている。なのに、こんなただ少女の沙箜が、謁見しても大丈夫なのだろうか。大丈夫だと思う。大丈夫だと思いたい。きっとなんとかなる。

 考えている間も時間は止まらない。ドアはノックされ、一緒にいたお城の人が、なかに入っていく。


「失礼します! パテラ様、カワン様、沙箜様が参りました! っ……? お、……お通ししてよろしいでしょうか?」

「はい。もちろんです」

「分かりました」


 聞こえてきた声は想像より若かった。いや、幼かった。子供の声だ。

 横では、パテラが深いため息を吐いている。


「皆様、どうぞこちらへ」


 案内してくれた人が、苦笑いで中に入れてくれた。

 パテラが入り、カワンが入る。そして、沙箜も、後に続いて足を踏み入れた。


「みなさん、こんにちは。沙箜さんは、元気そうで何よりです。最後に見たときは、意識がなかったので、安心しました」


 中にいたのは、三歳くらいの男の子だった。この子が王様だろうか?


「どうぞ、おかけになってお待ちください」

「はい。分かりました」


 カワンが答えている間にも、なんか、パテラの目がいつもと違って怖くなっていく。

 なんで?


「あっ……」

「さ、さくう、待って」


 挨拶だ。挨拶するの、忘れていた。

 気持ち急いで、男の子の前に跪いた。カワンが何か言った気がするが、気のせいだろう。


「お、お初にお目にかかります、沙箜と申します。先日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい、失礼しました。本日の謁見を許可して下さり、ありがとうございます」


 言えた。噛まずに最後まで言えた。


「か、顔を上げてください」


 挨拶は終わったのだ。パテラさんの、怖い顔は無いだろう。少女は顔を上げた。

 目の前には、戸惑った顔の男の子が立っている。


「沙箜、ルイスは王様じゃないよ。この国の第二皇子だ」

「え……」


 カワンを見ると、口元が緩んでいた。せっかく、上手く挨拶ができたのに、王じゃなかったなんて。パテラは、呆れた顔をして、口を開いた。 

 

「ルイス、人払いを頼みます」


 パテラに、怒られるだろうか?


「はい。アント人払いをお願いします」


 あぁ! 過去に戻って、挨拶するのを止めたい!


「はい。分かりました」


 アントは、顔を歪めながら、急ぎ足で部屋を出ていく。

 バタンとドアの閉まる音が響いた。

 同時に、パテラが大きなため息をつく。


「沙箜、こんな小さな子が、王様なわけないでしょう? まだ、たったの三歳よ。まったくもう、ルイスに留守を任せるなんて。あの人は、いったいどこに行ったの?」

「す、すみません、父上がいつも」


 はぁ。

 パテラとカワンは、同時にため息を吐いていた。どうやら、パテラが起こっていたのは、沙箜にじゃなかったようだ。


「王子のルイスが謝ることはないよ。悪いのは、あの人なんだから」

「はい……」


 それにしても、ルイスずいぶんしっかりしているように見える。三歳とは思えない。


「今日は、ルイス一人なの?」

「はい、パテラさん。姉上は、学校から帰ってきていないので」

「そっか、ルディア、部活もやっていたからな」

「はい」

「カワン達も学校に行ってしまうのですよね。せっかく会えたのに」


 ルイスは、一人で残っているのは、寂しいのだろう。顔が少し陰った。


「また、すぐ来るよ、休みもあるし」

「私でよければ、会いに来るよ。遊び相手にはならなくても、話し相手にはなるからさ」

「はい! お願いします」


 うつむいた顔はすぐに前を向き、笑顔になった。笑うと年相応にとても可愛い。


「あの、沙箜さんもどうぞ、お掛けください」

「は、はい」


 ルイスに勧められ横を見ると、いつの間にか、カワンとパテラの二人は座ってくつろいでいた。

 さすがお城! 椅子がふわふわしている。どこまでも、沈んでいけそうだ。


「すごく、柔らかいでしょ? これは、おばあ様が特別に、注文して下さったのです」


 ルイスが、沙箜の様子に気づいて言った。綿ではない、バネでもない。しかし、とてもふわふわしている。


「はい」


 自然と顔がほころんでいく。ルイスは、明るく、とてもいい子だ。まだ幼いから、そんなに緊張しない。


「沙箜さんと、会えてうれしいです。カワンから話を聞いて、ずっと会いたいと思っていたのですよ」

「そうなんですか! ありがとうございます」


 気持ちがだんだん、高まっていく。


「二人とも、静かに!」


 カワンが、突然真剣な顔で、扉の方を見た。

 一瞬、静かな空気が降り立つ。


「ねえ、母さん、なんか外バタバタしていない? 不審者?」


 さっと、空気が凍った。王宮でも、そういうことが起こるのだろうか。


「いや、不審者じゃない。安心して大丈夫だよ。あの人が来たのよ」

「そうか、良かったぁ」


 全員がホッとし、場が暖かくなってきた頃、ノックの音が聞こえ、アントが入ってきた。


「失礼します。ルイス様、国王様が参りました。お通し致します」

「はい」


 先ほどまでの、柔らかな空気が引き締まり、みんなが一斉にその場で跪く。

 突然、すぐそばから、カワンの小さな声が聞こえた。


「沙箜、今度は挨拶して大丈夫だ。自信を持てよ」


 カワンの方を向くと、カワンはこちらを見て、頷いた。


「王様、こちらへどうぞ」

「うむ」


 堂々とした声がした後、すぐに、マントを引きずり歩いてくる音がした。

 王様だ。

 そして、沙箜の前で足元を止めた。これは、挨拶をするタイミングのはずだ。


「お初にお目にかかります、沙箜と申します。先日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい、失礼しました。本日の謁見を許可して下さり、ありがとうございます」

「顔を上げよ」


 よかった、挨拶をすることは、正解だったようだ。

 沙箜は、ゆっくり、顔を上げ王を見上げた。


次は、本物の王とお話しします。

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