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さよならマーチェンナイフ  作者: 湯島結代&水鳴倫紅
ヘタレ編
16/28

目を閉じて

ヘタレ編として再開です\( 'ω')/

僕には家族がいない。

気付いた時にはそうだった。

僕みたいな子がたくさんいる場所に居て、そこでの生活が当たり前で、それが僕にとってのあたりまえ、僕にとっての普通。

寂しくはなかった。みんながいるから。

でも、でも何かが欠如していて、その何かは今の僕にはわからず、どこか満ち足りなかった。

…変わり始めたのはあの子との出会い。

その頃の僕はもうそこそこに成長して、いわゆる引き取り先はもう現れず、其処の職員としてずっと過ごそうと決めかけていた頃の話。

ある女の子が施設に来た。

大人たちの話はよくわからなかったけれど、ひどく傷ついていたらしい。

たまに突然包丁を振り回して暴れる子だ。大人たちは困っていた。僕は、年齢が高いからの責任感かな?その子に部屋に行った。

ズタズタに引き裂かれた人形。泣きはらした目。ムスッとした顔。床に散らばったぬいぐるみの中身。手に持った包丁。

普通ならば、恐怖するだろう、でも僕は…『守りたい』と思ったんだ。

けれどその女の子はやはり怯え、特に男性に敵意を向けて、僕が近寄ろうとしたら包丁を向けて来た。

少し切れて流れる血。そういえば、初めてだった。誰かに傷付けられる。他意での出血は。

…不思議な感覚、不思議な感情だった。僕はより一層惹かれたんだ。

この子を守りたい。だけどあの子は男性に怯える。

導いた答えはあまりにも単純。

男を捨てて女になりきる事。

君を守るためなら、男なんて捨てられるつもりだった。

元々趣味も見た目も中性的だったし、決意した日に男性的なものは捨てて、その日からなるべく女性に見えるような服を着て、髪を伸ばして薄く化粧もした。大人たちの目など気にせずに。そして…。

「あなた、女の人?」

数日後、まだ変わらないあの子にそっと近づくと、無邪気に聞いてきた。

一度会った人とは気付かないようだ。

「うん、そうだよ」と、僕は優しく微笑む。あの子は僕の顔を眺めた後、微笑んでくれて嬉しかった。

「ねえねえ、飴と金平糖はどっちが好き?」

急な質問。?が頭に浮かんだ。少し戸惑いが出ていたかもしれないけど、とりあえず笑って答える。

「僕…は、飴が好きかな」

「ふーん…じゃああなたは悪くない人ね!」

意味が解らなかったけど、これもあの子らしさと言うものだろう。僕は「ありがとう」と言ってあの子の頭を撫でた。

嬉しそうな微笑み。まるで姉妹のような。…なんて言ったら、普通の人は笑うんだろうな。

でもこれでいい、そう、これでいい。まだ未成熟な僕はそう思っていた。

けれどたった数か月、たった数か月のうちに僕は体も心も成長して、あの子の境遇、出来事を、理由を、なんとなく理解した。あの子の中に何がいるのかも、大人たちがあの子を避けている理由も。

あの子への小さな同情や心配は、成長期の体の痛みで消えて行って、子の成長をどうやって誤魔化そうか考える日々。

そんな僕の考えなんか知るよしもなく、あの子は今日も僕のそばに座る。

よくわからないぬいぐるみのようなものと話すあの子。僕はそれを見守る。

これを幸せと呼んでもいいのだろうか。だって、お互いを理解してしまえば…。いつかは終わりが来るから。

何の感情かはわからないけど、涙が出そうになった。その涙を堪えるかのように、僕はあの子の手をそっと握る。

握り返すことはなく、あの子は静かに僕の肩に頭を置く。

どうかこの日常がなるべく長く続きますように。

そんな願いも、ある日突然砕けちる。

騒ぐ大人たちの中心にはあの子がいた。また何か殺傷沙汰かな?そう思っていた。

だけど中心に要るあの子は動かなくて、その姿を見た僕は慌ててあの子の元へ向かう。

抱き上げて名前を呼んでもあの子に反応はなく、異常だとわかる。

半分放心状態で聞いた話では、原因がわからない、意識不明。

でも僕には原因がわかる気がして、あの子の部屋へと向かう。

手に取ったのは一冊の本。あの子がよく読んでいた本。書かれている内容はまるでおとぎ話。

けれど最後に非現実的なおまじないが描かれている。

『枕とベッドの間にこの本を挟んだら、ずっとずぅっと幸せな夢が見られるよ』

そこからは、単純な推測。うまくいくかわからない、イチかバチか。

だけど僕はそれにかけて、あの子がとったと推測した方法と同じ方法を取る。

眩む意識に引きずられるように、僕は多分あの子の夢へと入って行けたんだ。

あの子を、救うために。夢が混ざるとも知らずに。

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