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紆余曲折ある恋人達(上)

長くなりそうなので、上中下で分割する予定です。

今回のお話がとりあえずまとまったら、このシリーズはひとまず完結という形にします。

 都合のいい話なんてのは転がっているはずがない。今時は誰しもが知っている事だ。しかし、宝くじに当選するのとおおよそ同程度の確立ではあるが、都合のいい展開に出くわすことはありえるのだと、俺は身を持って体感することになった。

 何も庭を掘ったら埋蔵金が出てきたとか、そういう内容じゃない。人によっては些細なことだが、俺にとっては望外の幸運は、俺の通う八木東高校にて、起こったのである。


 *


「えーというわけで、第二十三回、どうしたら彼女が出来るのか、喪男会議を始めます」

「空しくなるからやめろ、村岡」


 放課後の教室、俺と数人のモテナイ男共は、時折無意味に集っては極めて生産性の無い雑談に終始するという奇妙な習性を持っていた。スナック菓子と清涼飲料水を持ち込んでの、本当に雑談に終始するだけの会である。何分全員暇人で、極めて退屈を持てあますとこうして集うのである。ちなみに、俺――三井慎二というが――は突っ込み役のような役割をしているが、こんな会に参加している時点で同じ穴の貉というやつである。


「はい、村岡会長」

「うむ、なんだね明石君」

「藤井の奴が脱退したのを顧みるにー、運さえよけりゃー我々でも何とかなると思―う」

「なかなか素晴らしい発想だ、明石君。それで、どう思うかね三井君」

「何も提案していないに等しいだろそれ」


 そう、本来ならばこの集いは俺を含めて四人で行われているものだった。まず俺、そして会長ということに何故かなっている村岡一馬。のんびりした見た目のノッポの男で、通称はデクノボーといったところ。古めかしい丸メガネもそんな印象を助長させる一因だろう。そしてもう一人は明石雅文。こいつほどぐうたらな男もそうそういないという程で、授業中なんかも常に眠って過ごし、当然口癖は「眠い」である。起きているときでも何となくふらふらしているので危なっかしい。そして、今しがた話に上がった藤井という人物も、大よそ彼女なんていう存在とは無縁であるはずだったはずの男。藤井文也。手芸部に属する彼は背も低く、何となく女顔をしていて、それがコンプレックスになった結果なのか、口が達者でチクチクと人を刺すのが好きな奴だった。


 しかし、手芸部で過ごしているうちに如何なる事が起きたのか、先輩と恋におち、めでたく成立したのだという。その先輩というのも、変人で知られるものの、美人に分類される人物である。その変人にかかれば、彼も丸め込まれて猫のようになってしまうのだとは風の噂だ。本人に実際のところを一度聞いたことがあるが、彼は証言を拒否した。拷問が禁じられている都合、そこで聴取は諦めるしかなかった。


 で、その事実がどうにも村岡を苦しめるらしく、今日暇人達を緊急参集することになったのである。裏切り者には制裁を、という思考でないのが幸いか。

 が、このちゃらんぽらんの集まりではやはり建設的なアイデアが出ようはずもなく、明石の出したアイデアとも呼べないようなものまでカウントに入る有様だ。


「やれやれ系のモノローグ中悪いんだが、何かないのかね三井君」

「人の心中を読まんでくれ村岡。大体、何かないかで出せれば、俺はもう実行してる」

「それは当たり前だがね」

「だーかーら、運だめしでいきましょーって。あれですよ、テキトーな女子に告白するんですよ。よさそうなーのに。で、上手くいーけーば、もうけもの。もーしーダメでーも、クラスからはモテない男が暴走した結果としか思われなーい」


 色々と放り投げた男の意見に、何故かデクノボーは頷き始めた。そんな寝言みたいな理屈に関心してもいいことはないのだが、何でもっともらしい顔をしているのやら。


「だが我々が一斉にやると流石に世論が誅罰に傾くぞ」

「んじゃー、ゲームでもして決めよー。負けた一人が実験兼ねてやってみて、でー、その結果から残りの二人は判断すりゃいーんです」

「ずいぶん無責任な話だな。俺はやりたくないぞ」


 大体、俺は勝負運が悪い。どういう理屈なのかはわからないが、運が関係するゲームは本当に苦手だ。トランプなんかは非常に弱いのである。ポーカーをすれば初手に役があることは稀で、交換してなおブタというケースが非常に多い。


「またまた。さぁ丁度ここにトランプがある。大人しくポーカーでもして決めよう」

「さぁー勝負だー三井」

「お前らここぞとばかりに結託してんじゃねえよ!」


 まずい、こいつらは俺を体の良いモルモットにするつもりだ。三十六計何とやら、さっさと逃げてしまおうと立ち上が――ったところで村岡の奴が肩を掴んで、そのまま座らせる。この男は見た目の迫力の無さとは裏腹に筋力があるのが悩みどころだ。


「逃げる事ないだろ三井。明石の名案を無駄にしてはならん」

「別に負けるって決まったわけじゃないぞー三井―。逃げると負け癖がつくぞー」


 最早逃げることもままならない。こうなれば腹を括るしかない。自分を信じてカードを引き当てれば、何かの役ぐらいはできるはずだ――!


 *


「まぁ、こんなこったろうとは思った」


 悲しいまでの惨敗だ。何も役が入らず、それぞれ役が入った二人に無条件敗北したのである。考えてみればカードを配ったのは村岡だった。何かイカサマをしたに違いない。そうでなければこんなにご都合主義的に俺が敗北するはずがないのだ。


「残念だけど俺がイカサマできるほど器用と思うか?」

「ああ、ノッポの役立たずだからデクノボーなんだもんな、村岡」

「とげとげしいぞー三井―」


 事が傍観できるからと二人は気楽なテンション。冷静に考えたらこれは罰ゲームの企画であり、俺はあいつらの余興であるということだ。なんでそんなポジションなんだろう。今ほど死にたいと思うことはない。


「で、誰に告白するの?」

「これは罰ゲームでなくて建設的な実験で、我々にも実行する可能性があることを考えると、当然彼氏持ちの女子は除外せねばならん。情報も特に多くないからクラス外もまぁ、無しだな。で、三井なんか跳ね除けそうなギャルっぽいのもダメだ……おお、消去法で案外行けるな……んじゃあ、氷川縁だな。うん。クールでいいよな」

「人を置いて話を進めるな」

「タイプじゃなかったか?」

「……そうでもないが」


 氷川縁。眼光鋭く冷ややかな目線と、女子離れした高身長が特徴的なヒトである。長い黒髪は艶っぽくて結構なのだが、見た目の美しさと恐ろしさで、どうにも「極道の娘」といったイメージが先行しがちである。……何というか、うかつなことをしたら全身の骨を粉々にでもされてしまいそうな危機感がある。……そしてそんな人物に、余興の勢いで告白をせねばならないと考えると……これは自殺ではないだろうか。


「実行は明日の放課後な。どうにかして呼び出せ」

「きょうりょくしてやろー。ほら、こんなかんじで」

 明石はカバンからレターセットを取り出した。……そういえば、この男の趣味は文通であった。このメール万能の時代に、このめんどくさがりの男が、よくわからん趣味をもっているものだと関心したことがあるが、今となってはひたすら余計だ。勘弁してくれ、という俺の思惑をよそに、明石はすらすらとあっという間に何事かを書きつけて、俺に手渡してくる。中を見れば、丁寧な綺麗な字で、氷川を放課後の空き教室に来るように頼むように書かれていた。……なるほど、これならいけそうだ、と思いかねない出来である。


「……お前文才あるな」

「まーそれほどでもあるかなぁー」


 明石の制作した手紙を武器に、不本意ながら俺は彼女に告白せねばならない。軽佻浮薄の事この上無い。無礼もここに極まれりといったところだが……引くことはできず、進むしかない。ええい、もう、どうにでもなれだ。


 *


「――なるほど。君が言いたいことはわかった」


 冷ややかな眼差し。刺すような目つきで俺は彼女に見つめられていた。いや、これは睨まれていると言った方が正しいか。俺はあの手紙で彼女を放課後の空き教室まで来るように誘導し、簡潔ながら一世一代の大告白を行ったのだが、反応はこれこの通り。上手くいけばもうけもの、外れればモテない男の暴走の結果。そんな風に明石の奴は気軽に言ったが、相手が悪かった。もう少しノリの良い女子ならばまた違っただろうが、氷川は違った。グッバイ人生。また来世。


「それで、恋人というのは何をすればいいのだ? 一般論で構わない、教えてくれないか」

「え?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。もしかして挽回の余地があるのだろうか。彼女のこれは、結構乗り気と見てよさそうな気がするのだが。いや、罠か?


「何だ、君も知らないのか?」

「あ、いや。……その、スキンシップがあったり、デートしたり、ですかね」


 彼女がいたことのない人間に、恋人とはどうするものなのかという問いは厳しいのではないか。俺はしどろもどろになりながら答えながら、そんなことを考えていた。質問の意図がよくわからないわけで、俺が挙動不審になるのは仕方がないはずだ。


「――同性間の交友と大して変わらないようだが、そういうものか?」


どうもこの人、本気で知らないらしい。ついでに言えば、この睨みつけるような視線はおそらく疑問形だ。わざとではなく、徹底して元の目つきが悪いらしい。……と分析してみるが、別に事態は好転しない。彼女の納得のいく回答が出来なければどうなるかわかったもんじゃないという恐怖は未だついて回るのだ。


「いや、あの、恋人というのは、そこからだんだんと踏み込んでいくんですよ」

「ほう。踏み込んでいく? なるほど。それも教えてくれないか?」

「え、えー……キスとか、ハグとか、ですかね」


 彼女はふむ、と小さくうなずいて考え込み、それからこちらを鋭く見据え、左手で拳を作り、自分の下唇の辺りを気にしながら、目線を落として、言いづらそうに口を開く。


「当分唇をくれてやることはできんが、それで良ければ」

「えっ、あの、それは……」

「なりたいのだろう。私と恋仲に」


 ――成功した、だと?


 いや待て、こんな非常識な話があるか? 何かこれは騙されてないか? 村岡や明石の奴の仕込みでもあるんじゃないか――いや、あいつらに氷川を操るほどの力があるとは考えられない――となると、騙された、というよりは、何も知らない氷川を、弄んでいることにならないか、これ。


「どうかした、か?」

「い、いや――感動で身体が動かなくて」


 不思議そうに首をかしげる氷川から目線を逸らし、そう誤魔化した。わかった。状況を完全に理解した。氷川は極端に奥手で、色恋に関しては下手な彼女なしの男よりも無知だ。彼女の様子から言って、こっちに好意はないと考えていい。同様に、敵意も現段階ではない。そんな人間に、宝くじ感覚で告白したということが世間に露見すれば、これは、女子ネットワークで国会議員の汚職が発覚したのと同程度には騒がれるはずだ。その末に待っているのは、三井慎二という罪人の処刑だ。回避せねば、ならない。


「自分から提案した割に、動揺しているな。君は」

「ほ、本当に嬉しくて……」


 完全に不審がられているではないか。おそるおそる氷川に目線を戻すと、さっきより目つきが悪化していた。視線で人を殺せるというのは、恐らくこんな感じだ。


「話は、歩きながら聞こう。それで、恋人というのは、こういう時どうするものかな」

「え、えー。手をつないで歩くんじゃないですかね」

「なら、そうしよう」


 あっさりと、彼女と手をつなぐ。彼女の手は小さくて、それで少し冷たかった。見た目のクールさに違わず、体温もやや低いのかもしれない。自分が今緊張の極みで極端に体温が上がっている可能性も、残ってはいるが。


「君の手は、暖かいな。驚いた」

「そうですかね? あんまり自分じゃわからないけど」

「ああ、なかなかのものだ。最近冷え込んできたからな。丁度いいかもしれない」

「そ、そうですか……」


 怯えているのだか、恐縮しているのだか、あるいはその両方か――どうにも薄ら寒いものを感じながら、俺は氷川と手を繋いで帰ることになってしまった。どこかで俺を観察している村岡と明石はどうするのだろうか。後で落ち合いたいのだが――。しかし、どういうわけか潜伏しているあいつらを見回すだけで補足することは叶わず、俺は彼女としどろもどろな会話をしつつ歩く他なかったのである。学校を出て、しばらく歩き――交差点で別れ、俺は彼女が見えなくなるまでその場で立ちつくし見送った。最後まで、彼女の態度がぶれることはなく、「これからよろしく頼む」とまで言われてしまった。


「思ったより上手くいってしまったなあ、三井」

「すごいぞ三井―。お前は稀代の女ったらしだ。うらやましいぞーこのー」


 こいつらは忍者か。どこかにいるだろうとは思ったが、姿を現すまで本当にどこにいるのかわからなかった。驚くほどに尾行が上手いと見える。


「折角上手くいったんだ、おごってやるから少し付き合え」

「作戦会議かー? 村岡お金持ちだなー」

「明石、お前におごってやるとは言ってないぞ」

「村岡はケチだなー」


 おごってやるから、と連れてこられたのは、学校前に存在する評判の喫茶店、『ジュピトリス』であった。わざわざ道を引き返してまで連れてきた意味はアリやナシや。というか、男だけでこんな店に……と思ったが、店内に入ってみれば拍子抜けした。モダンでシックなデザインの中に、当然のように有名ロボットアニメのプラモが飾られている。この不協和音は一体何事か。……いや、気にするのはよそう。この多数のやられメカたちが、俺達さえない男の印象を薄くしてくれる。


「それにしても、まさか氷川があんなんだったとはな」

「お前ら、あのチョイスはやっぱりわざとか」

「人聞きがわるいぞー。俺はいけるって信じてたぞー」

「白々しいな……」


 明石の発言は無視するとしても、今後の対策が急務になったのは紛れもない事実である。ここは、せめて村岡には責任をとってもらわねばならない。何せ相手が相手だ。悪い形で今回のことがクラス中に広まれば、それはやはり三井慎二を刑死させることを着地点にして紛糾されるだろう。それだけは、それだけは回避しなければならない。


「お前が何を考えているかはわかるぞ。このままでは危険だ。そしてそれは、お前という罪人の処刑に留まらん。芋蔓式に俺たちの関与が暴かれ、まとめてギロチンだ。妙な形とはなったが、ポジティブに考えればお前は今、そう、たった今。彼女持ちというステータスを得た。あとはそれを維持することに注力し、向こうさんに惚れさせるしかない。順番が滅茶苦茶ではあるが、そこはもう取返しがつかない」


 村岡は腕を組みながら、もっともらしいことを言う。いや、そもそも氷川をチョイスしたのはお前なわけなんだから、もう少し責任感というか、罪悪感みたいなものを感じてくれていてもいいと思うわけなのだが。


「そこでだ。三井。冷静に考えてみろ? 俺達喪男会議に名を連ねる面々がだな、ここでうんうん考えたところで案が浮かぶと思うか? 女の取り扱いを知らんからモテない我々が、だぞ? ありえないだろう」


 村岡はかっこつけた口ぶりでコーヒーを啜る。気の抜けた面で言われても気が抜けた印象しか与えないということをわかっているのか。というか俺もそれには同意するが一体じゃあなんのためにこんな店にいるのか。無い知恵絞って協力しようとは思わないのか。


「ふ、焦るな焦るな。俺はこう言いたい。裏切り者にこそ知見があるのだと」

「藤井を招集するのか」

「その通りだ。あの気障嫌味小言君だ!」

「すげぇ罵倒してやがる」


 もう連続している単語の響きがまるで麻雀みたいだもんな。数え役満か何かかな。思い立ったが吉日とばかりに村岡は藤井に電話をかける。挨拶代わりに呪詛が入り罵倒交じりに呼び寄せる。来なければひどいことになると脅しも込みであった。村岡、お前は多分ロクな死に方はしないだろう。


「来るそうだ」

「可哀相に」

「みついー。かわいそうなのは、村岡だと思うんだ俺はー」

「ははは明石。俺を憐れむつもりか」

「やめよう。喪男会議メンバーは全員がかわいそうなんだ……」

「三井。今から今回のことが失敗するつもりになるんじゃあない。俺たちの夢までついえるだろうが。今からきっとあの気障嫌味小言君が我らに素晴らしい知見を与えてくれる」

「とりあえず期待している奴に役満みたいな名前つけるのやめない?」


 いや本当に。いくら彼奴が温和だとしてもそろそろ怒るんじゃないか。彼の怒ったところは見たことがないけども。やっぱり越えちゃいけないラインとかあるんじゃないだろうか。だからそのあたりにしておけ、村岡。多分怒ったらおっかないタイプだ。


 *


 本当に来た。とは少し失礼な考えかもしれない。少し前までこの会議のメンバーだったとは思えない、なんとも言えない雰囲気がある。これが余裕というかそういったものなのか。背が小さく色白で女顔で嫌味で見た目よりはるかに腹黒く嗜虐的で……。


「何で僕は呼ばれたのに歓迎されてないムードなんだろう」

「まーおこんなよふーじーい。しょーがないだーろ」

「明石君は相変わらずだねぇ」


 うん。明石がいてくれてよかった。こいつがいなければ空気は最悪だったろう。村岡もすごい顔をしている。おいおい呼んでおいてその顔はないぜ。


「三井よ。貴様が人のことを言えるとでも」

「お前ほどひどくないはずだ」

「漫才はやめーろっておまえら」


 明石に突っ込まれるようじゃ終わりだ。たしかにそうだ。そんないきなり敵意をぶつける必要もないだろう。俺と村岡は改めて朗らかに藤井を席に座るように(逃げられないように一番奥の)し、その隣に明石。向かいに俺と村岡という形で座りなおした。


「これで逃げられんぞ」

「何で僕は捕まっているのか」

「お前は自分がどれだけ我々にとって重要人物なのか、理解してないようだな」


 おや、村岡が恰好つけモードに突入した。眼鏡を直し、腕を組んで尊大に言う。別に迫力も何もないのだが、楽しそうなので続ける。藤井もとりあえず黙って乗ってくれるようだ。やっぱりこいつは人が好すぎるのでは。


「貴様は唐突に我々喪男会議を脱退するに至った。あまりにも突然に、だ。予兆らしい予兆は……ああいや……今考えればあったような……まぁいい。即ち、女との接し方を教えてもらおう。さしあたってはこの三井にだ」

「悪いんだけど、僕にはわからないよ。猫柳先輩は突飛で意味不明だし、先輩との接し方の正解が他の女性との正解だとは思えない」

「突飛、突飛なぁ……」


 突飛ということを考えると、今回頭を悩ませるに至った彼女、氷川縁も十分に個性的だと思う。その藤井の先輩とやらのことは詳しく知らないから何ともいえないが……。ともあれ、こっちの事情も話さないことには始まらないので、掻い摘んで彼に伝える。


「なるほど……そりゃ難敵だけど……その前に、なんというか。君達アホだねぇ」

「そーいうなよ藤井。俺らだーってお前みたいにいー思いしたくて行動してみただけなーんだー。人の勇気を笑っちゃーいけないんだぞ藤井―」

「そうだぞ藤井。お前のような奴ばかりだと思うなよ」

「いや、まぁ……まぁいいや。それで、その氷川さんだけど」

「何か知っているのか」

「僕は何も知らないけどさ、とりあえず、先輩に聞いてみるよ。あの人変に顔広いし」

 

 ふむ。彼女がいるというだけで女性目線からの視点を簡単に尋ねることができるようになるというのは実はすごいことなのではないだろうか。では氷川という人物の詳細はその報告を明日にでも彼から聞ければいいだろう。


「で、話聞く限り堅い人みたいだから、あまり軽率な接し方は控えたほうがよさそうだね」

「まぁ、そうだな。あんまり馴れ馴れしい接し方はダメだろう」

「ただ、そうだねぇ。あとは結局のところ、三井君の人間性に左右されるのが大きいだろうね。どのみち今どうのこうの言っても殆ど何も進まない。軽率な発言は控える。距離感を間違えない。……難しいことだけど、少なくとも向こうは現段階で恋人関係であるということを成立させたつもりみたいだから、ヨソヨソしいのも不信感を抱かせるだろうね」

「それ三井じゃ難しくないか」


 失礼なことを言うな村岡。だが、嘆かわしいことに、その通りだ。


「難しくともやってもらうしかないね」

「もう少しなんとか具体的に言えないだろうか」

「僕が氷川さんについて詳しくない以上はどうにもならないよ。明日の放課後を待ってほしい。君はそれまで何とか彼女の機嫌を損なわないようにするんだね」

「やってみるしかないか。そう簡単に地雷を踏むとも限らんしな……」

「頑張れよー三井―。俺もおーえんはしてやるからなー」

「しかしなんだな。今日はこれ以上どうにもならんか」


 村岡の言うように、確かにもうこれ以上はどうしようもない。藤井の協力をひとまず得られたというところで満足するしかないだろう。これ以上どうにかするのは明日藤井から彼女についての情報を仕入れてから改めて作戦を考えるのが現状できる最善手だろう。俺は、彼女を半日間、怒らせないように振舞えばいい。


「じゃああとは藤井を質問攻めだな。男しかいないんだし下世話な話も込みでな」

「そのとおりだなー村岡―。覚悟しろ藤井―」

「おい馬鹿やめろ」

「だが待ってもらおう。本当に僕の話が聞きたいのかい村岡、明石。本当に?」

「藤井がすごく悪い顔をしている……」


 多分アホ共には刺激が強すぎるネタをこいつはもっている。そしてそれは俺にも刺さる。やめろ藤井。その話題は俺に効く。やめるんだ。


「何となく先輩の前だとヤレヤレ系気取っちゃうけどなんだかんだ僕も嬉しいんだ」

「本性出したなこの腹黒嫌味小言君」


 こいつ、大人しい顔をしてとんだ野郎だ。伊達に馬鹿とアホとクズしかいない喪男会議の元メンバーではないということか。しかしここには下世話で馬鹿でクズの村岡とのほほんのんびり系むっつりスケベの明石がいる。そう簡単にはやられんぞ。


「とりあえず三井をつるし上げようと思うんだが」

「いぎなーし」

「確かに、そうだね」


 そんな馬鹿な。


 *


 昨日のバカ騒ぎから一晩。いつもの何気ない気怠い登校の時間が、慣れ親しんだ通学路が、今やなんとも緊張感溢れることに。どうしてこんなことに?

 というのも、家の前に、氷川縁がスタンバイしていたのである。


 こんなことは絶対におかしい。俺は叫びたくなる衝動を堪えるのに必死だった。だってそうだろう。いつものように無意味に早起きして、必要以上の時間かけて身支度して、ぼーっとテレビのニュースを見ている、朝のちょっとした楽しみの時間に、母親から衝撃的な言葉を聞いたんだぞ。「何か、女の子が待っているみたいだけど、何をのんびりしているの?」 てな風に。新聞を取りに行った母親が、信じられない光景に出くわしたとでも言いたげな表情で、だ。母さん、俺も信じられないよ!


 とりあえず、身支度自体は済んでいるので、俺は顔を真っ青にして飛び出すようにカバンを掴んで家を出た。彼女は小さく頭を下げ、どこか気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「恋人というのはこうして一緒に登校するのだそうだ。私もそうするべきだと思って君の家に来たまではいいんだが、昨日、君の連絡先を聞くのを忘れていてね。まだ朝早いから、チャイムを鳴らすのもどうかと思い、出てくるまで待っていたところなんだ。ふふ、君は知っていたかね。肩を並べて学び舎に行く姿こそが正しい恋人のカタチというのだそうだ」


 誰だこの子に変なことを教えた奴は。

 あと俺の家を教えた奴は。どうせならメールアドレスぐらい一緒に伝えろ。


「おはよう、氷川さん」


 俺は、とりあえず絞り出すように挨拶をすることしかできなかった。いやそうだろう。誰でもそーなる。俺もそーなる。変なことじゃあない。


「あ、おはよう。私としたことが、つい緊張しておはようも無しにベラベラと……」

「それにしても、驚いたよ。俺の家を知っていたなんて」

「それは簡単なことだ。伝手経由で君の友人から教えてもらっただけだよ」


 誰だよこえーよ。伝手ってなんだよ。あと俺に知らせることもせずに言われるがままバラしたのはどこのどいつだ。まさか村岡か? 明石か? それとも藤井か?


「そ、そっか……。ちなみに誰に聞いたのかな」

「桜井君から聞いたが、それがどうかしたのか」


 俺とあいつはそこまで気安くも親密でもないぞ。さらにあいつ経由でどこかに繋がったのだろう。うーん。真剣に突き詰めて考えていくとスパイごっこになりそうだ。今度村岡と一緒に探り当てて犯人に何か飯でも奢らせるよう強要しよう。あと桜井は殴る。


「ああいや、とくには。それより、そうだね。学校いこうか」

「そうだな。立ち話していることもないだろう」


 などと話してどうにか歩を進めたはいいが、どうすればいい。どうすればいいんだ。挙動不審になりそうなのを根性でどうにかしているが、許されるならば奇声をあげて駆け抜けたい。緊張の極みもいいところだし、頭が真っ白になっている。嬉しさなどは(大分失礼なのだが、それだけ俺は余裕がないのだ)感じる間もなく抜けていってしまう。


「それで、並んで歩くのはいいんだが……」

「ひゃっ」

「……ひゃっ?」


 急に彼女が話したもんだから、とんでもなく素っ頓狂な声が出た。心臓が飛び出るかと思った。そして勿論そんな奇声をあげたら不審がられる。だけどこれもう取り返せないでしょう。そう頭では理解していても大げさな咳払いでごまかそうとしてしまうのは人の性か。隠れてケータイをいじっている時に教師に見つかった時以来の驚きぶりだ。


「な、なんでもない。なんでも。続けて」

「おかしな奴だな君は。……緊張しているのか? 私もそれは同じだが……そう堅くなられてもな。もう少し自然に振舞えないのか?」

「ご、ごめん。ただ、あいにく。そもそも、女子とまともに話したことがなくてね。どうしても緊張優先というか、なんといったものか……」

「恋人にする態度かね、それは」


 思い切り呆れられた顔をされてしまったし、これはそろそろ地雷を踏んでしまうというか、もう半分ぐらい地雷に足乗せてないだろうかこれは。大丈夫か俺。取り戻せ俺。なんとかここから復帰するんだ。さもなければ未来はない。


「面目ないことで……恋人にする態度も知らない次第で」

「……そういえば私も知らないな」


 そうだろうね。


「それなのに随分非難がましいことを言ってしまった。すまない」

「い、いやいや。こっちが緊張で固まっているのが悪いんだし」

「だから思うんだ」

「……聞きましょう?」

「今からお互いに恋人らしい態度をとるんだ」

「お互いに知らないと今相互理解が出来たでしょう」


 ははーん、見た目より大分エキセントリックな子だな。


「何か、こう、あるだろう。恋人像というものが」

「落ち着こう氷川さん。ステレオタイプに則ればいいというものでもないと思うよ」

「……そ、そうか。そうだな。いやすまない。どうも冷静ではいられないようだ」


 大人しく、クールな見た目に見えてイベントとかそういうの、実はとても好きそうだ。今までどうしてたか知らないのだが、人知れず体育祭だ文化祭だではしゃいでいたりしたらひょっとしてとても可愛くないか。……ともあれ、今は地雷に足を半分乗せたような、スリリングな状況を抜け出せたことを喜ぼう。


 とりあえず、そこからは取り留めのない会話を、お互い妙にぎこちなくこなしつつ、何とか学校についた。そういえば、これからなんだよな一日。もうすでに終わったような気さえしていた。えらい気疲れしてしまった。


「ところで君。放課後はどうする?」

「どうって?」

「一緒に帰るか、それとも予定があるのかという話だ」

「ああ、そういうことなら少し野暮用があるんだけど……」


 と、一旦断りかけ、いやいやと思い直す。相手がちょっと見た目が怖いがレベルの高い女の子に、なんの間違いだかわからんが、とりあえず外面では付き合ったことに(ちっとも自分は信じられないが、彼女がそう認識しているなら対外的にもそういうことになるんじゃないだろうか?)なっているんだ。このチャンスを逃して、これから先俺の人生にチャンスというものは果たしてありや無しや、ということを考えた時、ここで彼女を逃がすのはありえないという結論に至る。至ったのだ。


「そんなに時間はかからないから、もしよければ教室で待っていてくれるかい」

「心得た。ああそうだ。また忘れていた。今度こそ連絡先を交換しよう」

「そうだね。用事が終わったらすぐにメールするよ」


 というわけで、何とかメールアドレスも電話番号も交換した。よし、風は俺に来ている。波が来ている。大波が来ている。下手すれば流されるが、これを逃すと一生どうにもならんだろうという大波が。人生にチャンスはそう何度もないんだ。


 *


 そんなわけで放課後。俺はとりあえず藤井の奴を捕まえようとしたのだが、妙なことになっている。そういうのも、藤井の恋人である(こう書くと腹が立つのだが事実なのだから仕方がない)猫柳女史から直接話したいので、部室にくるようにとのことだった。ううむ。『変人』猫柳。そんな人物と話すことになるとは思わなかった……。


 さて、やってきた手芸部の部室。この藤井とその猫柳女史の二人が基本メンバーで、あとは幽霊という、なんともかんとも存在意義からしてブレている部活動だが、さて。中に入ってみれば、清楚そうな眼鏡の美女が待ち受けていた。……藤井の奴は磔刑にして火あぶりにした方がひょっとしたらよかったかもしれない。背が少し氷川より低いぐらいということは、このヒトも十分女子にしては高身長な方か。痩せ身の眼鏡の似合う黒髪の美女。ただ、よくみれば目元の辺りは釣り目気味でなんとなく猫っぽいというか、肉食獣の雰囲気が漂っているというか、早い話が、場をかき乱すタイプに見える。これは、藤井は狩られた側か。なるほど。ネズミみたいだもんな、藤井の奴は。


「ふむ、よくきたね柳井宗矩君」

「三井慎二です」

「そうか、村正君」

「慎二です」


 誰だ柳井。誰だ宗矩。柳生か。村正って刀か。


「先輩は少し……いや大分残念なヒトなんだ。わかってやってほしい」

「藤井も大変だなぁ」

「そこ、男だけで和まない」


 そういわれましても。『変人』の噂は聞き及んでいたがまさかここまでめんど……もとい、独特なヒトだとは知らなかった。藤井にも情状酌量の余地があったようだ。


「……ちい、藤井君と同クラスだというから愉快な少年を期待したんだが」

「ご期待に沿えませんで」


 猫柳女史はつまらなさそうに鼻を鳴らし、わかったわかったとばかりに肩を竦めて見せた。藤井、本当にこの人とお付き合いしていていいのか。大丈夫なのか。


「仕方ない。本題に入るとしよう。氷川縁のプロフィールだったね。まぁ、本人とは知らん仲でもない。常識の範囲内で伝えてあげようじゃないか」

「氷川さんと知り合いなんですか」

「まぁ、これでもこの学校の情報屋気取りなのでね」


 この人、裏社会でも逞しく生きてそうな人だなぁ。

 そんなあまりにも馬鹿っぽい感想を抱いている俺の顔を、にやりとした笑みを浮かべた猫柳女史は見つめ、そして咳払いをしてから話し始めた。


「氷川縁。眼光鋭い黒髪の美少女。まぁ、いろいろ話せることはあるんだが……まぁ、君にとって重要そうな、本人のことだけ話そうか。そんなら。さて、もう察しはついていると思うが、サブカルチャーの類にはあまり触れてこなかったようで、恋愛についての知識も勿論皆無。テレビの中の事すらよくわかってないだろう。だから変な事を言い出しているんじゃないか。急いで調べようとするから。……何? 朝味わってきた? 結構。しばらくはそういうノリのフルコースを堪能したまえ。で、見た目に寄らず結構はしゃぐタイプでな。友達もそうあまり多い方じゃないので、そもそも遊びにいくっていうことを大して経験していないだろう。今までどうしていたかって? どうしていたんだろうなぁ。だから、君は彼女を精々いろんなところに連れまわしてあげるといいだろう。花が好きみたいだが、見た目通りというか、皆伝位の資格をもっているそうだ。そうだな、何かの機会に華道展でも見にいって、彼女を得意にさせてやればいいんじゃないか。……とりあえずこんなところかね。スリーサイズは伏せさせていただこう」


 いや、最後のはなんで知っているんですかねこのひと。

 ……ともあれ、参考にはなった。華道の何流派なのかは知らないが、皆伝とは大したものだ。……詳しくないので、皆伝がどれだけすごいのかはよくわからないが、ただの高校生が取れる中で最高とかそのぐらいなんじゃないかな。まさか師範代とかそういうわけじゃないでしょう。……いや、まぁ、そこはどうでもいいか。


「さしあたっては彼女に嫌われないよう、そしてクラスの敵にならんように頑張るんだね。……ただ、ひとついいかね」

「なんでしょう」


 猫柳女史の眼光が鋭くこちらを射貫くように見据える。眼鏡越しから伝わるそれはひょっとしたら敵意のようにも感じられた。もう少し俺の感覚が鋭敏ならば殺気とも表現できたかもしれない。にらまれる、なんて経験のない俺の身体が、少し強張ったようだった。


「最低な男だよ、君」

「……っ」

「仲間内で気が大きくなって、手ごろそうなのに振られる前提で、最初っから身内ネタで騒ぐネタにするため程度に粉かけてみて、自分でも理由がわからないが何故か上手くいってしまったから、慌ててそれを取り繕い、表面上の恋仲を一定期間続けたのちに、自分がダメ男なので振られましたというストーリーを組んで向こうから振ってもらい、いつもの馬鹿な男共の悲喜劇でした、とクラス内で大きな問題を起こさず今回の件を解決させようって腹だろう。君は実行犯なだけで、同情できない点がないわけでもないが、それを差っ引いても、君とその一派は最低だ。……それだけだよ。ウチの藤井を巻き込まんでくれというだけの話さ。私の大事な恋人だ。君のような最低な人間が取り扱っていい子じゃないよ。……ま、彼とはゆっくり話す必要があるんだがね」


 何か言い訳のようなものを考えようとした頭は、そのままフリーズした。猫柳女史の言葉は、湯だった頭に引っ被る冷や水だった。藤井が何か慌てた表情を浮かべていたが、俺は踵を返して、手芸部の部室を後にする。


 あそこまで言われて、本当に彼女のあの助言を使って、頭の中で思い浮かべていた馬鹿馬鹿しい計画を実行に移すのは、本当の最低で、馬鹿な人間のすることだろう。普通の人間なら、ああして諭されたなら、考えていたつまらない悪事なんてやめる。氷川に謝って、とにかく謝って、許しを乞うしかない。そうだ。


 俯いて走り、教室に飛び込んできた俺を、彼女は驚いたような顔で迎えた。何をそんな急いでいたんだと言わんばかりだ。メールすると言っていたのに、走ってきたのだから、そんな反応にもなるだろう。だが、今は関係がない。


「なんだ。青い顔をして。何か不都合でも……」

「ごめん、氷川さん。ごめん。俺は……」


 彼女の言葉を遮って、俺は開口一番に謝罪した。何のことだかわからないという彼女に、俺は全て白状する。村岡や明石の連中と、悪ノリと焦りと、ほかの連中への嫉妬が混ざった、ただの馬鹿馬鹿しい企画だったということ。恋をしたから告白したわけじゃないのだということ。適当に表面上を繕って、振ってもらうつもりだったこと。全てだ。


 俺の自白を、彼女はどこか冷ややかな目で聞いていた。俺が話し終えた時、当然彼女から罵りの一つもあるもんだと、思った。どんなひどいことを言われるのか。どんなことを言われてもそれは当然であると、覚悟なのか怯えなのかわからないようなことをぐるぐる考えていた俺に――彼女は――。


「……そうか。君が私に虚偽の申し込みをしていたのは理解できた」

「そうなんだ。本当に、ごめん」

「別に謝罪はいらないよ。……早い話が、あれだろう? 私たちは恋仲というにはお互いに、あまりに恋も何も知らないというだけだ。確かに印象は良くないことだが……君は私にそうやって打ち明けて謝った。ならもういいんじゃないか。だから、なんだ。友人から初めて、昨日の今日のことを、やり直せばいいだけのことだ」

「やり直す……?」

「お友達から始めましょう。などと言うのだろう。昨日勉強したからな。こういうケースにもこれは適用できるだろう。ああそうだ、友人関係からスタートして、そこから本当に、私たちがお互いに恋なるものをしたならば、また恋仲になればいい。恐らくだが、そう自然な段階を経て成立するものならば、それはきっと、唇などは大したものじゃないんだろう。そして、君が何か、私を騙したとか弄んだだとか、罪悪感があるのならば、一年だ。一年。私たちが三年生になる前に、私を君に惚れさせるんだな」


な。なんだと。そうなるのか。そうなる流れだったのか今のは。そんな馬鹿な。俺のあまり豊富ではない人生経験でもわかる。この場面ならば、俺を平手打ちし、散々っぱら罵倒し、明日にはクラス中が敵になっているとかそういうシーンじゃなかったのか。


「何にしてもいい機会ではあるんだ。だから、私は君が思うほど傷ついていないし、そこまで繊細ではないし、君が思っているよりいい人でもない。だから、変な事にはなったが、別にお互い何でもない、取るに足らないような、ただのつまらん高校生なんだ。単純に友達になってみて、後の事はなるように任せようじゃないか」

「そ、そう。……わかった。友達から始めよう。ただ、もう一度。ごめんね」

「しつこい男だな君も。わかったよ。もういいから……帰るとしよう」

「友達なら、一緒に下校ぐらいするからかな」

「そういうわけだ」


 そうか、そうなるのか……。


 *


 俺のあの、半べそかいた謝罪が何だったのかと首をかしげたくなるほど、俺と氷川さんは実に和やかにおしゃべりをしながら下校と相成った。話した内容は取るに足らないことだが、とりあえず今度の休日に遊びにいく約束をした。映画に興味があるらしく、丁度俺も見たい洋画なのでそれを提案したのだ。なので今度は映画を見に行……。


「いやまて、何でさっきの流れでそのままデートの約束にまで飛躍する? 夢か? 俺ははモテなさすぎてこんなよくわからん夢を病院のベッドとかで見続けて昏睡しているのか? どうなってるんだ」


 などと玄関の前でぶつぶつ呟き、落ち着きなく庭を歩き回り、母親に不審がられたりした後に、俺は村岡と明石を緊急でジュピトリスに呼び出した。作戦会議が必要だ。俺はカバンも置かずに、来た道を引き返し、例の喫茶店に向かう。


「お前、お前、テンションで俺と明石巻き込んだ自爆テロ寸前だったとかお前……」


 事情を聞いた村岡が心底参ったように言う。何を言うか。巻き込むも何も、最初からお前らはこの件に関わった主犯グループの一人だよこのバーカ! 俺は半べそかいていたんだぞ! 男が! 涙目になって! 女の子に謝っていたんだぞ! バーカ、このバーカ!



「まぁーまぁー村岡。うん、考えてみれば俺らはちょっと悪ノリがすぎたーよ。反省が必要だねこれは。となると、仕方ないな。俺と村岡の彼女作りはひとまず諦めて、三井と氷川をくっつけられるようサポートしよう。今回のことに罰があるなら、多分それが一番軽い。とりあえず、三井はあれだな。氷川に惚れるところから始めなきゃな」

「誰だお前」


 間延びしない、まともなしゃべり方の明石はレアである。さすがのこいつも反省したのか。そう、俺たちは反省しなければならない。人を巻き込んだ悪ノリなどはダメだ。


「……わかった。でもなぁ、明石」

「何かあるのかむらおーか」

「……俺らが、サポートって、何だ? モテないから奇行に走ったゴミのような男三人の内の二人に出来ることってあるのか?」

「三井の味方であり続けることとかじゃないか」

「……おい本腰いれて誰だこいつ」


 くそ、明石がまともだと調子が狂う。村岡も頭を抱えている。まともな話し合いになる予感がしない。だが、まともな明石は何か頼れるように見える。


「……俺さ、明石がモテる方法なら心当たりがある」

「奇遇だな村岡。俺もなんだ」

「……こいつ、普段からこうならモテないか?」

「本当にそれな」

「俺のことはいーから。みーついー。お前のことだーろ」


 そうか。そうだな……うん。


「とりあえず、氷川のいうように、何でもない友人として接していくしかないだろう」

「映画に行くってのも悪くなさそうだな。何を見るんだ?」


 明石に尋ねられ、俺はつい緊張感無く口元を緩めてしまう。俺は映画好きだ。特にハリウッドだ。難しい映画評論なんぞくそくらえだと思っている。俺が好きなのは


「悪党絶対殺すおじさんの映画だ」

「……うわぁ、女の子と見る映画じゃねえ。馬鹿だろお前」

「拳銃で強盗犯をぶち殺し、逃げた奴をパトで追いかけ、逃げ切れないと思った一人が車から飛び出したところを構わず轢き殺すおじさんの何が悪いんだ!」

「全部だと思うぞ俺は」


 俺が好きな映画は、アクション。それもハリウッド映画だ。カッコいい映画俳優のPVみたいになっている作品も最近は多い事だが、それがどうしたというのだ。バタバタと悪党がくたばっていくのが大好きなんだ俺は。殺し方がユニークで、思いつきもしないようなバイオレンスさだと最高だ。そんな映画が今来ているのだ。今年の夏は熱いぞ。


「……まぁ、いいか。氷川の好みに合わないと決まっているわけじゃないし」

「そういうのが好きな女の子って俺はどうかと思うぞ」


 村岡と明石が諦めたようにため息をつく。くそ、あまり理解してくれる人が少ないんだこれが。氷川さんならもしかしたらと思うのは図々しいことなのだろうか。


「まぁ、大筋はこうだな。お前は一年……といっても、あと半年ぐらいだけんど。氷川と友人関係を構築し、なるべく親密になり、三年生になると同時に恋愛関係に発展させる。で、そうするにあたって、お前はもう明日にでも氷川に惚れたほうが話が早い」

「そういうと変な感じだな」


 大体、惚れるだなんだというのはそんな簡単だろうか。


「むらおーか。難しくかんがえすぎだー。みついー。考えろー。氷川の顔を想像しろー。それがなー。お前にだけなー、やわらかーく微笑んだりー、顔赤くしたーりして、二人でいろいろするんだ。いろいろ。わかるかー、この意味が」

「……お、おお?」


 言われた通りちょっと想像してみる。あの人を誤解させがちな、少しキツめの表情を浮かべている彼女が、俺にだけ、俺にだけ特別な表情を浮かべる……ふむ。悪くない。


「でさー。今日のやり取り考えろー。友達からやり直そうって言ってくれたんだろー? 俺たちの悪ノリに巻き込んでしまったのに。優しいよなー。で、そのまま悪感情なく今度映画見るんだろ? もしかしたら趣味もあうんだーろ?」


 おお?


「で、氷川のことどー思う?」

「結構好きかもしれない」

「単純かよ」


 意識してみるとドキドキしてきた。確かに、確かに。本当に、本当に氷川さんと恋仲になってみたりしたら、どんなに素敵なことだろう。あの表情がどう変わり、どういう顔を向けられるだろう。俺は何ができる。彼女は何をする? ……気になってくる。


「……これで、後はどう氷川に好きになってもらうか。になっただーろ」

「明石。俺はたまにお前が怖い」


 何やらふわふわした気持ちになってしまった俺をヨソに二人が呆れたように話す。いやだが、一度意識して、想像してしまったらこれはとんでもないぞ。考えてみればこれは俺の初恋ってやつなのか。……多分、そう、なのか? いや、きっとそうだ。


「とりあえず、細かいことで毎度喫茶店に呼び出されたらたまらんし、次は映画デートの後な。別にメールでもなんでも好きにくれていいし、何より学校で話せるしな」

「そうだーな。まー、変な感じだけど三人でがんばーろ」

「……とりあえず、頼りにさせてもらうぞ二人とも」


 こうしてみれば何やら、俺たちはすごい青春をしているのではないか。高校生のこういう話し合いだとか、誰が好きだとか、とんでもない青春なんじゃないのか。


「妬む以外のことも結構楽しいもんだな」

「そーだなー。俺らは大学でがんばーろー」

「……三年生になったらとかにはならんのか」

「多分、無理だな」


 俺を元気づける流れで自分も奮起するのが自然な流れなように感じるのだが、そうはならないらしい。いや、とにかく二人には感謝している。とにかく元気とやる気が出てきたところだ。俺は、そうだ。せっかくなんだ。


 ――芽生えたこの恋を、モノにする。そう決意しても、いいだろう。

猫柳パイセンと氷川さんは姉妹ではありません。似ているけどネ。

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